大洗への旅   作:景浦泰明

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終わってなくて、しばらく旅もしません。


第九話 『大洗 小休止一』

 ふと、昔読んだ本の一節を思い出した。

 

 昔はわしも若かった。

 一人で旅をして道に迷った。

 人に会えたとき、自分が豊かになった気がした。

 人は人にとって喜びなのだ。

 

 結局旅をするというのはそういうことで、俺にとってはミカさんに言われたことを再確認するだけのことだった。

 

 俺は朝の陽ざしの中でパンターを綺麗に磨きながら、これからどういうルートで戻るか思いを馳せる。

 

 帰りは適当にフェリーを乗り継いで楽に帰ればいいやと思っていたが、まだ八月も十日を過ぎた頃だしどうせなら帰りもパンターに乗ろうと思った。

 

「そうしてるとお父さんにそっくりだね」

 

 声をかけられて振り返ると、太陽をさえぎるようにしてみほ姉さんが立っていた。俺は笑い、俺たちは父親似だからねと返す。

 

「朝ごはんできたから食べよう」

 

「みほ姉さん料理できるんだ。すごい」

 

「料理ぐらいできるよぅ」

 

 揶揄したつもりはなかったのだが、そう聞こえてしまったようだ。姉さんは少し不満そうな表情をしていたが、俺が美味しい美味しいと声をあげるとすぐに嬉しそうに笑ってくれる。ベーコンエッグとキャベツの千切り。油揚げとネギのお味噌汁。みほ姉さんが知っていたのかどうかはわからないが、俺が一番好きな朝ごはんの取り合わせだった。

 

 姉さんの部屋は女の子らしい柔らかな雰囲気のする部屋で、実家は質素な日本建築だから本当はこういう部屋に住みたかったんだろうなと思う。姉さんの好きなぼこられ熊のぬいぐるみがベッドの周りにたくさん並べられている。実家にはなんのためかよくわからないパンツァーファウストが置かれていたりしたが、そういうところまで一緒じゃなくてよかったと思う。

 

 そのまま視線を移していくと、勉強机の前に張られたコルクボードに何枚もの写真が貼られているのが見える。戦車道のチームメイトたちと撮ったものだろう。写真の中のみほ姉さんは幸せそうに笑っていて、俺も隠しきれずに笑顔になる。それに気づいた姉さんから「よそみしないの!」と声をかけられ、また食事に戻った。

 

「戦車道のひとたち、みんな面白いひとばっかりだね」

 

 そう話しかけると「個性的だよね」と返事が返ってくる。確かにあのカバさんチームとアリクイさんチームの面々は個性的と言って差し支えないだろう。昨日も散々歴史やゲームの話をふられ、あまり詳しくない俺はひたすらわたわたするばかりだった。

 

 昨日はあれからとても賑やかな一日になった。

 

 

 

 あれからしばらくして俺と姉さんが落ち着くと、すぐに小柄で活発そうなひとが寄ってきて「よし! じゃあお疲れ会しよう!」と言って背中を叩かれた。

 

「熊本から大洗まで来るなんてすごい根性だよ! バレーとか好き!?」

 

「と、得意というほどじゃないです……」

 

「いきなりバレーの勧誘をするな! 弟が困っているだろう」

 

 激しい押しに戸惑っていると片眼鏡の知的な雰囲気の女性が現れて助けてくれる。俺がお礼を言うと「ふん。当然のことをしたまでだ」とクールに返された。かっこいい。

 

「桃ちゃん、さっきまでもらい泣きしてたのにね」

 

「かーしまー、あんまりかっこつけんなよー」

 

「桃ちゃんとよぶな! たまにはかっこつけさせてください!」

 

 あんまりかっこいいひとではないらしい。

 

 それを皮きりにいろんな人が周囲に集まってきて色々なことを話しかけてくる。全員が大洗の戦車チームのひとたちで、なかには全国大会のモニターで見知った顔もあった。

 

「このカブで千三百キロ走ってくるなんてすごいなあ。カブだからこそかな」

 

「ビルから落っことしても壊れないんだから安心だよね」

 

「すごーい。西住隊長にそっくりだね」

 

「お姉さんのほうはこーんな尖った目つきだったのにね!」

 

「……西住流に後退という言葉はない」

 

「桂利奈似てるー!」

 

「まさかこんな小さいバイクで旅とは。まるで伊能忠敬」

 

「それは徒歩だろう。三蔵法師」

 

「チェ・ゲバラぜよ」

 

「それだ!」

 

「それか……?」

 

 ハイスピードで繰り広げられる会話の流転に目を回していると、目の前で姉さんがくすくすと笑う。

 

「本当によくきたね。手紙はもらってたけど、実際に会うのは久しぶりだしなんだか逞しくなってたから、びっくりしちゃった」

 

 俺はいつの間にか地面にへたりこんでいて、姉さんから差し出された手をおずおずと掴んで立ち上がる。立ち上がった時に、今年の初めに姉さんと並んで立った時と目線が違うことに気が付いた。

 

「一意、背が伸びたね。大人に近づいてるんだなぁ」

 

 そう言ってみほ姉さんが笑う。目線だけじゃなくて、あのときとはすべてが違う。場所も、表情も。

 

「みほ姉さんも今年のはじめとは全然違うよ」

 

「えぇ、そうかなぁ」

 

 自分の頭の天辺をかいぐりするみほ姉さんを見ながら、そういう意味じゃないんだけどなと思う。だけどきっと俺が指摘するまでもないようなことだ。

 

 いつのまにかみほ姉さんを囲むように四人の女性が立っていて、タイミングを見計らったように話しかけてきた。

 

「みぽりん! ふたりの世界も良いけどはやく紹介してっ!」

 

「そうですよぉ! 西住殿、弟がいるなんて全然聞いてないです!」

 

「いけませんよみなさん。感動の再会に水を差しては」

 

「一卵性双生児かと思うほど似てるな……。日焼けと髪の長さがないとわからん」

 

「あの、えっと、はじめまして。西住一意です」

 

 四人がそれぞれ名乗り、試合のモニターで何度も見たあんこうチームの四人だと気付く。それから次々に他のチームも挨拶をしてくれる。レオポン、カモ、アヒル、カメ、うさぎ、アリクイ、カバ。自己紹介だけでも個性豊かなひとの集まりだとわかる。というかカバさんチームとアリクイさんチームのひとたちは絶対本名じゃないと思うんだが、自己紹介の時もそれで済ませるのか……。

 

「んじゃーせっかくだし、生徒会室であんこう鍋でもやろうか」

 

 そう生徒会長が口にしたことで、その日はそのまま宴会になった。あんこうって冬じゃないのかなと思ったが、どうやら学園艦の船体内でいつも養殖されているらしい。よくわからないけど力を入れるところを間違えているような気がする。

 

 

 

「俺さ」

 

 昨日のことを思い出していた俺がふと声を発し、みほ姉さんがこちらを見る。

 

「昨日五十鈴さんに『何故、なぜその道を選んだのですか。その道に何があったのですか』って詰められたのめちゃくちゃ怖かったよ」

 

 遠い目をしてそう呟くと、笑いをこらえきれぬようにみほ姉さんが口元を抑えて俯く。昨日の宴会の最中に俺は五十鈴華さんにつかまり、まるで飲み屋でからまれるようにひたすら「道とは」という問いにさらされた。何がそんなに彼女の琴線に触れたのかはわからなかったが、彼女は俺に哲学的な問答を繰り返した。

 

「最後には納得してくれたみたいで良かったけど、あんなに納得してくれないひと初めて会った」

 

「は、華さん、一本気なひとだから」

 

 それって女の人に使う言葉なのかなとは聞かずにおいた。一目で個性的なひとだけが突き抜けてるわけではない。大洗女子学園の深淵を見た気持だった。

 

「姉さんも個性的な人に囲まれて変わっていくんだなあ」

 

「えぇ、そんなことないよ」

 

「でもプラウダ戦でいきなり踊りだしたよね」

 

 そういうと姉さんは「あれのことは忘れて!」と猛烈に抗議してきたが、あれを忘れるのは無理ではないだろうか。あれはすごかった。会場で見ていた俺も言葉を失い、ようやく試合が終わってから隣を見ると母さんはいまだに固まったままだった。俺には分かる。その後なんとか正気を取り戻して厳しいことを言っていたが、あれはまだまだ動揺していた。

 

 まだ不満そうな姉さんをよそに食事を終えて洗い物を済ませる。姉さんは今日も戦車道の練習があるということで、出かける支度など大変だろうから朝食の片づけは俺が請け負った。手を洗ってリビングに戻ると姉さんがにまにまといやらしい表情をしている。

 

「どうしたの?」

 

「お姉ちゃんに『一意がきたよ。元気そう』ってメールしたら、『たっぷり話があると伝えておいてくれ』だって」

 

「はー!? みほーしゃったらばっかじゃないの! なんでよりによってまほーしゃにそんなこと言っちゃうわけ!?」

 

 よにもよってこんな仕返しをされるとは予想外だった。予想外すぎてたまに心の中でやってるカチューシャ文体が出てしまうほどだった。みほ姉さんは仕返しができてうれしそうにしているが、俺はこの後家に帰るのが猛烈に憂鬱になってくる。このまま一生旅に出てしまおうかという気持ちになる。

 

「一意、本当に良くしてもらったんだね。グループトークで昨日の写真あげたらみんなからたくさん反応があったよ」

 

 ごまかされたような気持ちで姉さんから差し出された携帯を見ると、そこにはサンダースのひとたちやカチューシャさんからのメッセージが並んでいた。

 

『Congratulations! 本当にやったのね! たくさんみほに甘えるのよって言っておいて!』

 

『このカチューシャ様の大ファンなら当たり前だけど、褒めてやらなくもないわ』

 

 大ファンじゃねえし、甘えねえよ! と叫びたくなるのをこらえるのが大変だった。

 

「たくさん甘えていいよ!」

 

「甘えねえよ!」

 

 結局叫んでしまった。みほ姉さんは「えぇ~」とか言ってるが、高校生にもなった男が姉に甘えてたら絵面としてはあまりいいものではないと思う。

 

「他にもダージリンさんとかアンチョビさんがうちにも来いって言われてるよ。一意ったらモテモテだね」

 

「もういい! もうその話いい! 早く戦車道の練習いけばいい!」

 

 感動の再会から一夜明け、すでに俺は家族って本当に面倒だなという気持ちになっていた。昔からこうやって姉さんは俺をからかうところがあり、ここにまほ姉さんまで加わると天然で乗っかってきて収集がつかなくなる。

 

 俺はほらほらと姉さんを急かして支度をさせ、一緒に玄関を出た。パンターの整備をしていたときまではまだ朝の冷気がすこし残っていたが、いまではすっかり太陽が昇って激しい太陽の照り返しが目をつく。俺と姉さんはふたりそろってがくっと肩を落としてあーっと声をあげ、全く同じように息を吐いてまた背筋を伸ばす。

 

「一意は今日どうするの?」

 

 アパートの階段を降りながら姉さんがそう尋ねてくる。そういえば全く考えていなかったが、姉さんが戦車道の練習に行くなら大洗の観光にでも行こうかと考えていた。

 

「特に何も用事がないならうちの学校を案内するよ」

 

「それって大丈夫なのかな。俺って部外者だし」

 

 父兄だから大丈夫だよ! 気にしない! と言って前を歩く姉さんは既に俺を学校へ連れて行くことに決めたようだ。俺は苦笑し、「兄でも父でもないんだけど……」とぼやく。

 

 まるで昔に戻ったようだと感じる。小さい頃はよくこうやって姉さんの思い付きが俺とまほ姉さんを引っ張っていったことを思い出す。

 

 何も難しいことなんかなくて、俺たちはいつもあの頃に戻れるんだと思う。次は姉さんと三人になれる。

 

 俺はなんだかうれしくなり、笑いながら姉さんの後をついていった。

 

 

 




少し長く。

そもそも継続~プラウダの流れは青森から大洗を目指すためという目的もあって、それというのも途中に栃木をはさめるからでした。

これを思いついたときはヨッシャと思ったものでしたが、そういえば栃木って内陸県だよなと考え、アンツィオの母港ってどこなんだと調べたら「清水港」と出ました。おかしい。

そんなわけで当初はプラウダ~アンツィオ~大洗。それから帰路という予定を立てていたものの、もういいやみたいになってさっさと大洗に向ってもらいました。一意君は栃木で餃子とか食べたと思います。

今後はすこし大洗に滞在し、それから帰路につきたいと考えています。

もうしばらくお付き合いください。

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