現在定休日のため閑散としたフルーチェハウスの客席の一角。そこには金髪の少女と、オーナー代行として頼智が座っていた。これから始まるのはそう、言うなれば金髪の少女による就職戦争である。すでに彼女に残された給金は少なく、早いところ新しいバイトに入り働き始めないと生活にも関わってきてしまうのだ。その事実を正面から受け止めているからか、彼女の額には既に薄く汗が滲んでおり緊張しているのが見て取れる。
またその友達である林檎もその様子が気になるのか、キッチンの入り口からちょこんと覗き込んでいる。しかし隠れる努力は虚しく、その事については頼智、少女共に把握されていたりする。
「では桐間紗路さん、これから面接を始めます。僕は今日の面接でオーナー代理を務めます、結城頼智です。宜しくお願いします」
「は、はい!宜しくお願いします!」
ーーーそんな妙な緊張感のある中、面接はスタートした。
「まず通ってる中学校は白鳳中学ですか…!凄いですね…!」
「あ、ありがとうございます!」
頼智は渡された履歴書を読み、白凰中学という文字を目にして少し驚く。白凰中学と言えば私立のお嬢様学校であり、また大変偏差値が高いことでも有名なのだ。
(…でもどうやってそんな優等生の集まる学校の生徒と林檎が友達になったんだろうか…)
そんな一抹の疑問を感じつつも頼智は話を進める。
「えっと職歴は…バイトを一つ今やっているんですね。なるほど、フルール・ド・ラパンですか。良いお店ですよね」
「え、えぇ」
「ホールと厨房、どちらで?」
「ホールです」
「よし採用!面接終わり!これから宜しくシャロちゃん!」
「…エエエエェェェ!?」
履歴書をパタンと机の上に置くと頼智は背伸びをして、肩をほぐし始める。
そんなフリーダムすぎる宣言を聞いたシャロは思わず叫び声を上げてしまう。何なんだこのオーナー。いや、本人は代理と名乗っていたしオーナーではないのか。いやしかしこんな簡単に採用を決めてしまって良いものなのだろうか。流石にあまりにも雑すぎはしないか。
「…?どうかしたシャロちゃん?」
そんなシャロの心を全く理解していない頼智は思わず疑問の声を投げかける。
「いやあの…例えば志望動機とか聞かないんですか…?」
恐る恐る口を開くシャロに頼智は軽く答える。
「それなら林檎から聞いてるよ。生活費を稼ぐ為か…大変だね」
「…!」
咄嗟にシャロは先程林檎が隠れて見ていたキッチンの方へ視線を送る。林檎はその視線を感じた瞬間焦ったように頭をヒョイと引っ込め、ついでにパタパタと裏へと逃げていく音が聞こえる。
「あ…」
その途中で一度、ビターン!と重いものをフローリングの床に雑に置いたような音も聞こえる。
(転んだわね………)
(転んだね…………)
頼智とシャロの心の声が図らずしも一致した瞬間だった。
「ま、とにかく採用だからシフト決めちゃおう」
「は、はい!」
ここで頼智の口元が面白いものを見たかのように歪む。実はこれまで、頼智はシャロはいじられ役としてはかなりのものではないかと考えている、考えてしまっているのだ。
バイトの面接というのは確かに緊張するものだから、どもるのも声が小さいのも仕方のないことかもしれない。だけれど叫び声は普通上げることは出来ないだろう。何せ面接の場だ、幾ら会話の流れが突飛になって採用になったとは言え緊張感が持続してるからそんなに大きく驚く事もないだろう。つまり普段からそういうリアクションが多いのが、偶々ここでもでてしまったのではないかーーーそう頼智は考えているのである。
そんな訳で、
「確かシャロちゃんシフト週3日希望だったよね」
「そ、そうです」
「…あ、言い忘れてたけどこの店、ホールは指ぬきグローブ着用だからね。あと包帯を足に巻いたり腕にシルバー巻いたり、眼帯もしたりするけど大丈夫?」
「ええぇぇぇ!?!?」
ーーーそんな頼智の意味不明な発言を聞いたシャロは本日二度目の驚きの声を上げる。
(えっ、待って、ここって普通の喫茶店だったわよね!?なんでこんな、まるで中二病カフェみたいな格好をウェイターに強いてるのこのオーナー代理!?私の働くフルール・ド・ラパンもウサギの耳がウェイターの正装だけれど、流石に指ぬきグローブ?包帯?シルバー?はありえないでしょ!!)
頼智の奇天烈な発言を起点に、シャロの心中は大変穏やかなものではなくなっていた。何せ指ぬきグローブに包帯、更にはシルバーに眼帯を付けて接客…、少し金欠なことを除けば今時の女子中学生であるシャロには、うさ耳をつける万倍以上にそれは抵抗のあるものだった。
「あはは…!冗談だよ冗談」
「…!何だ…ジョークでしたか…」
…と、ここで頼智は流石に悪く思ったのか、接客の正装が中二病の格好であることを否定する。
「本当は水着なんだよね」
「っ!?!?!?!?」
訂正。一ミリも悪いとは思っていなかった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「なんか…余計に疲れた」
「あはは、ごめんって」
水着姿で接客するという、どこかのキャバクラのような仕事であることを否定して数分後。シャロは頼智に出されたメロンジュースを飲みながら疲れた顔で椅子に座っていた。最初は出されたジュースも頼智が運んできたという事で疑いの目をして飲んでいなかったが、頼智の必死の弁明によりちょびちょび飲み始め、今では普通に飲んでいる。
因みに頼智の言葉もあって、既にシャロの言葉遣いから敬語は抜けていたりする。まあその本当の理由は先程かなりからかわれた上、歳も近いしもう敬語を使う気力もないからだろうが。
「まあ今更だけど、うちのウェイターの正装はTシャツの上にこのエプロンを付けることだからあんまり気にしなくても大丈夫だよ」
そう言って頼智は手元から緑色を基調としたエプロンを広げる。色としては深めに緑、エプロンの前面の下の方にはフルーチェハウスの看板にもあるライチの絵柄が白く書かれている。
「シンプルなデザインで良いわね」
「でしょ?僕も案外気に入ってるんだこれ」
頼智は手元にあるエプロンを綺麗に畳み、シャロに渡す。
「一応それSサイズだけど、もしサイズ合わなかったら言ってね。その時はLサイズと取り替えるから」
「その妙に嫌な嫌がらせ止めて!」
「ジョークだよジョーク、イットワズジョーク」
「しかもなんで過去形なのよ…」
短い時間ではあったが、もうシャロは頼智のこの性格に慣れたらしい。頼智の無駄に多い冗談に諦めながらエプロンを鞄にしまうと、椅子から立ち上がる。
「んじゃあ、来週からお願いね」
「ええ、こちらこそ宜しく頼むわ」
そう言ってシャロは入店した時とは全く違う、堂々とした歩みでドアへと向かう。一歩一歩と確かに歩むその姿はまるでベテランサラリーマンが営業周りのために出社する光景のようでーーー
「あっ……」
ベタンッ!
そんな音が合いそうなほど、それはもう見事にシャロは転んだ。何もないところで。しかも受け身も取れず、思い切り、である。おでこには白い肌には目立つ赤いアザが出来てしまっている。
そんないつの間に戻ってきていて、情けない姿を見てしまった林檎が一言。
「…シャロ。中3にもなって転ぶとか…情けない…」
「アンタにだけは言われたくないわよ!」
そう突っ込まれる林檎のおでこにも、赤いアザが殊更目立って出来ていた。
「…本当に、林檎にも友達がいたんだね……!」
そんな中、自分の妹の成長を涙めぐみながら感じる馬鹿兄の姿もあったようななかったような
次回予告
訪れる恐怖!現れる天敵!裏切る仲間!
金欠少女シャロは、あの長年戦い続けた魔王に勝てるのか!?
次回、来訪
追伸
6月9日 シャロの年齢を訂正(高校1年→中3)、それにあたって白凰高校から白凰中学に変更
説明する場が無かったのでここで説明しますと、白凰中学と白凰高校はエレベーター式の学校という設定になります。なので入試はありません。