大倶利伽羅ラプソディ   作:立花祐子

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それぞれの劣等感

「うーん…」

 

大倶利伽羅4人は2振りの刀身を囲み、それぞれが4つんばいになって、その刀身を凝視していた。

 

「どこが、どう贋作(レプリカ)なんだ?」

 

1振りは1代目の本体で、2振り目は4代目の本体である。

 

「全く、一緒に見えるけどなぁ。」

 

3代目が、体を起こして言った。

 

「俺にもわからない。4代目、勘違いじゃないの?」

 

2代目が、4代目と一緒に体を起こしながら言った。4代目が呟くように言った。

 

「…でも、記憶が本当になくて…」

「うーーん、それだけでレプリカってのもなぁ。」

「逆にレプリカだとしたら、これある意味すごくない?本物と違いがわからないんだよ?」

「そうだな。」

 

2代目3代目が感心する中で、1代目はまだ2振りの刀身をじっと見ている。

 

「1代目にはわかる?」

 

3代目が、まだ体を起こさない1代目に尋ねた。

 

「……」

 

1代目は、ゆっくりと体を上げた。

 

「わからない。倶利伽羅文様を細かく見たが、全く同じに見える。」

 

4人は揃って、あぐらに座りなおした。2代目が言った。

 

「やっぱり気のせいだって。記憶がまだ戻ってないだけだよ。これから出てくるんじゃないの?」

「そうでしょうか?」

 

4代目は、まだ不安げにしながらも刀身を収めた。

 

「レプリカだとしても、それはそれで「大倶利伽羅」だ。俺は気にしないよ。」

 

1代目も、刀身を収めながら言った。2代目3代目が、それぞれ4代目に向いて言った。

 

「俺もだ。」

「俺も。」

 

4代目は、少し顔を赤らめ「ありがとう」と言った。最近、少しずつ表情が出てきている。それが、他の「大倶利伽羅」には嬉しかった。

 

……

 

3、4代目は、それぞれ自室で寝転んでいた。同じように、組んだ手を頭に敷き、仰向けに寝ている。

 

「1代目2代目は、どうかわからないけど…。」

 

3代目が口を開いた。4代目が隣の3代目に顔だけを向けた。

 

「ん?」

「俺達、銘がないじゃない。」

「!…ああ。」

「それが、劣等感だったなぁ…政宗様のところにいた時は。光忠は徳川の誰かさんに心酔されちゃって持ってかれるし、俺より後に来た「鶴丸国永」って刀だって、皇室に献上されちゃうし…。俺だけ取り残されたって感じ。」

「…そうなのか。」

「ん。記憶があっても、辛い思い出ばかりだよ。」

 

3代目と4代目は、そのまましばらく黙り込んだ。

…その時…

 

「倶利伽羅ー!」

 

と、かわいらしい声が響いた。

乱(みだれ)籐四郎だ。いつもの少女姿で庭を走ってきている。

 

「おー!乱ー!」

 

3代目が飛び起きて、縁側から降り靴を履いた。4代目が苦笑しながら、起き上がる。

乱が、3代目に抱きつきながら言った。

 

「倶利伽羅に会いたくて、来ちゃった!」

「よおし!」

 

3代目は、乱を幼い子どものように抱き上げて、片腕で抱えた。

 

「今日は、何して遊ぶんだ?」

「鬼ごっこ!…あ、4代目さん!ごきげんよう!」

 

乱が部屋の中の4代目に気づいて、ぺこりと頭を下げた。

 

「ああ、ごきげんよう。」

 

4代目が、少し口の端を上げて答えた。3代目が乱を抱えたまま、4代目に言った。

 

「ちょっと、こいつと遊んでくる。」

「ああ。人がいる時は、あまりいちゃつくなよ。」

「ははっわかった。」

 

3代目はそう言うと、乱としゃべりながら庭を出て行った。

4代目は再び、組んだ手を枕にして、体を横たえた。

 

「記憶があっても辛いだけ…か。」

 

ふと、そう呟いた。

 

……

 

「倶利伽羅、ずるいっ!」

「フェイントも覚えなきゃな、乱!」

 

3代目は、右に左にとジグザグに逃げながら、乱を翻弄している。

これは、実践でも使っている。卑怯な手だが、まともに打ち合い続けると疲れてしまい、集中力がもたなくなるのだ。

とにかく出陣や遠征では、命がかかっている。1代目や2代目のように強ければ、そんな手は必要ないだろうが…。

3代目は遊びを通じて、それを乱に教えているのだ。

かといって、乱は1代目だ。正直、3代目より戦いの経験がある。だが、何事も真正面にぶつかっていく乱を見ていると、いつか乱が命を落としそうで怖い。

 

「よおーーっし!」

 

息を切らせた乱が、一旦後ずさりしてから駆け出し、ジャンプをした。

短刀は身が軽い。くるんと空中で一回転して、3代目の胸に飛び込んだ。

 

「うわっ!」

 

3代目がまともに乱の体を抱き止め、そのまま仰向けにひっくり返った。

 

「こうさーん!」

 

3代目が、乱を抱きしめたまま言った。乱が「やったー!」と体を起こして拳を上げると、息をきらせながら、再び3代目の胸に体を戻した。

 

鳥のさえずりだけが響いている。

 

……

 

「はい!お花の冠!」

 

乱は、今作ったばかりのシロツメグサの花輪を、芝生にあぐらを掻いて座っている3代目の頭に乗せた。

 

「おーサンキュー」

 

3代目が、その花輪に手を添えて「似合うか?」と言った。

本丸は不思議なところで、年がら年中四季折々の花が庭中に咲き乱れている。その中で、このシロツメグサの花畑は、乱の1番のお気に入りの場所だ。

 

「似合う似合う!可愛いよ!」

「可愛いのはお前だ。」

「もおっ!倶利伽羅またそれー!」

「可愛いんだから仕方ないだろう。」

 

乱はくすくす笑った。…だが、ふと真顔でうつむき「そろそろ時間だ」と呟いた。

3代目の表情が曇った。

 

「…出陣か?」

 

乱はうなずいて立ち上がり、スカートをパンパンと払った。3代目は花輪をはずし、乱を見上げながら言った。

 

「お前が俺んとこ来る時は、いつも出陣か遠征の前だもんな。」

「……」

 

3代目が、乱の手を取った。

 

「無事に帰って来い。無茶すんなよ。」

「わかってる。」

 

乱は、3代目の手を払うようにして踵を反し、走り出した。

 

「じゃぁ、バイバイ!倶利伽羅!」

 

その声に、3代目は立ち上がって叫んだ。

 

「ばかっ!バイバイじゃない!「また後で」って言えっつってるだろ!!」

 

乱の走り去る姿が、木々の間に消えた。

3代目は、手に持った花輪を持ち上げて見つめた。

 

「無事に帰って来い。」

 

そう祈るように呟いた。

 

……

 

3代目と乱の出会いは、3代目が餓鬼に食われかけた後だった。

 

「第1部隊の出陣を経験しておけ。勉強になる。」

 

そう1代目に言われて、出陣した時である。

その第1部隊の中に、1人少女姿の「乱」がいた。

 

驚かないはずがない。隊長の長谷部に思わず「何かの間違いでは?」と尋ねた。

 

「乱は、あんな格好をしても凄腕なんだ。良かったら、彼の傍についているといい。」

 

長谷部にそう言われ、3代目はうなずいた。

 

……

 

乱の活躍に、3代目は感心するばかりだった。短刀はとにかく身が軽い。なんなく飛び上がり、敵の頭を蹴り飛ばすなどお手の物だ。

 

「そこをどけっ!」

 

敵と刀を切り結んでいた3代目は、その乱の声に思わず体を屈めた。乱がその背に跳び箱のように手を突き、前にいる敵に、真っ向から短刀を突き刺した。

 

「!!」

 

3代目は、ただ呆然と立ち尽くした。

 

「うしろっ!」

 

振り返った乱にそう言われ、3代目は振り返りざまに、刀を下段から振り上げる。

手ごたえを感じた。上段に刀を振りかぶっていた敵が、どおっという音と共にそのままの姿で地面に倒れた。

 

「少しでもぼんやりしてると、命持って行かれるぞ!」

 

乱が、額の汗を拭いながら言った。

3代目も、顎からしたたる汗を拳で拭いながら「わかった」と言い、辺りを見渡した。乱が、くいっと顎を上げて言った。

 

「ここは終わりだ。隊長と合流しよう。」

「ん。」

 

3代目は乱に続いて、歩き出した。

 

(なんだ、スカートの下はスパッツ履いてんのか。)

 

のんきにも、そう思った。

 

……

 

本丸についてから、長谷部が満足気に、部隊のメンバーを見渡しながら言った。

 

「今日も、皆無事で戻れてよかった。よく体を休めるように。」

 

全員が長谷部に頭を下げ、それぞれの宿舎に向かった。

 

「乱さん。」

 

宿舎に向かって歩き出した乱に、3代目があわてるように追いかけて声をかけた。

 

「?なんだ?」

 

乱が振り返って、3代目を見上げた。

 

「俺と付き合ってください。」

「!!」

 

乱が背伸びをして、3代目の頬を平手打ちした。3代目は驚く様子もなく、乱に向いた。想定内だった。

乱は顔を真っ赤にして怒っている。

 

「ばかにするなっ!」

「待って!」

 

3代目が、踵を返した乱の前に回りこんで尋ねた。

 

「その少女姿は、なんのためですか?」

「僕にわかるか!生まれた時点でこの格好だったんだ!」

「…そうなのか…」

「1つだけ言えることは、他の籐四郎(きょうだい)たちと違って、僕1人だけ「乱刃」なんだ。後は皆「直刀」だ。」

 

3代目は、目を見開いた。

 

「…僕は…」

 

乱は、何かを言いかけて口をつぐんだ。

 

「何です?」

 

3代目が、その先をうながした。乱は、3代目の顔を見上げて言った。

 

「…僕自身が、嫌いだ。」

「!」

 

乱は3代目に背を向けて、その場を立ち去った。

 

……

 

(あれから、宿舎に通いつめたんだっけ。)

 

3代目は回想しながら、芝生に寝転んだまま、青く澄み切った空を見上げていた。

 

(花束持って行ったり、お菓子を持っていったり…)

 

そこまで思って、3代目は笑い出してしまった。

 

(その度に、平手打ち食らったっけ。でも…)

 

大倶利伽羅部隊の初出陣で重傷を負った時、3代目は傷が治っているにもかかわらず、意識不明の状態が続いた。やっと目覚めたのは、2日経ってからだ。その後も、しばらく出陣に出してもらえなかった。

 

乱の事は心の端に引っかかっていたが、会う気力もなく、ただ呆然と自室で日々を過ごした。

そんな時、乱が宿舎を訪れた。2代目が、遠征でいなかった時だ。

 

その時、自室で寝入っていた3代目は、全く乱に気づいていなかった。

どれだけ傍にいたのか、ふと目を覚ましたら、乱が自分の顔を覗き込んでいた。

 

「!!!!!!!乱さん!」

 

3代目は飛び起きて、思わずその場に正座した。

 

「呼び捨てでいい。」

 

乱が真顔で言った。手には、シロツメグサの花束を握っている。乱は黙って、その花束を3代目に差し出した。

 

「やる」

 

3代目は受け取って「ありがとうございます」と言った。

 

「敬語もやめろ。」

「……」

「僕には、タメ口でいい。」

 

乱はそう言うと、顔を赤くして立ち上がった。

 

「帰る」

「あ、待って乱さん…じゃない、乱!」

 

乱が、赤い顔のまま3代目を見た。3代目が、その乱の手を取った。

 

「これから、1代目と出陣だよな。」

「!!」

「帰ってきたら…あ、疲れてるよな。…明日、会いに行くから…遊ぼう。」

 

乱が、こくんとうなずいた。そして3代目の手を払うと縁側に座り、靴を履きながら言った。

 

「…付き合ってやってもいいぞ。」

 

3代目が目を見開いた。慌てて立ち上がった時、乱の姿は、もう視界から消えていた。

3代目は、黙ってガッツポーズをした。

 

……

 

(それから、恋人ごっこが始まったんだっけ。)

 

空を飛ぶ鳥を見上げながら、3代目は思った。

 

(あいつが時々見せる寂しげな顔が気になって…それを笑顔に変えさせるために、いちゃつきごっこを始めたんだ。)

 

『僕だけ「乱刃」なんだ』

 

3代目は思った。

 

(それを聞いた時、言ってやれば良かった。)

 

俺だって「無銘刀」だよ…って。

 

 

 

 


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