大倶利伽羅ラプソディ   作:立花祐子

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3代目の憂鬱

本丸 第2部隊の宿舎-

 

3代目「大倶利伽羅」は、自室で気だるい体を横たえていた。目に拳を当て、ふーっと大きく息を吐いた。

 

(出陣が、あんなにきついものだなんて…)

 

正直、なめていた。命がけだということは、頭の中ではわかっていたつもりだ。だが…3代目の想像を超えていた。

 

(1代目も2代目も、あんなことを何度も繰り返して強くなったのか…。)

 

2代目に決闘を申し込んだ時、遠征帰りだと言っていたことを思い出した。恐らく、出陣も遠征も同じようなものなんだろう…と、今になって3代目は悟った。

 

(遠征帰りで…あれだけ動けた2代目は、化けもんだな。)

 

2代目に聞くと「1代目に結構しごかれたからね。」と笑っていた。実はまだ3代目は、1代目との手合いをしたことがない。してもらったことがないと言った方が的確だろう。

 

(怖い…どうして怖いんだ…)

 

初めて挨拶に行った時の、あの鋭い視線が今でも脳裏に焼きついている。その後も毎日会っているし、笑顔も見たことがある。

それでも…未だに怖い。

 

3代目は再び、大きく息を吐いた。

 

……

 

「3代目が口を利かない?」

 

1代目「大倶利伽羅」が、自室に訪れた2代目の言葉に眉をしかめた。

 

「今日、初出陣だっただろう?何かあったのか?」

 

1代目のその問いに、2代目は首を振った。

 

「長谷部さんが隊長だったそうなんだけど…特に何もなかったって。それどころか、初出陣にしては、なかなかの活躍だったぞってほめてたんだけど…」

「長谷部がほめたんなら、よっぽどだ。結構、あいつ厳しいからな。」

「最初は、疲れて口が利けないのかと思ってたんだけど…何か様子がおかしいんだ。」

 

1代目は首を傾げて「ちょっと…顔を見てくるか。」と立ち上がった。

 

……

 

3代目は、突然の1代目の登場に体を固くしていた。きっちり正座をして、うつむいている。1代目は(確かに、いつものチャラさがないな)と思いながら言った。

 

「2代目から様子がおかしいと聞いてね…出陣で何かあったのか?」

「何もありません。ただ、役に立てたのかどうか、自分にはわからなくて。」

「長谷部からは、特に何も聞いていないよ。」

 

調子付かれては困るので、長谷部がほめていた…という事は敢えて言わなかった。元々、

少々意地の悪い性分なのだ。それでも3代目は、ほっとした表情を見せた。

 

「そうですか…。」

「お前自身は、出陣をどう思った?」

 

その1代目の言葉に、3代目は驚いた表情をした。1代目が首を傾げた。

 

「ん?なんだ?」

「いえ。そんなこと、聞かれるとは思わなかったので。」

「そうか。…で、どうなんだ?」

「…想像以上でした。頭ではわかっているつもりでしたが、あんなにきついものだとは思っていませんでした。」

「そうか。それがわかっただけでも、良かったんじゃないか?俺はてっきり、お前が「あんなの楽勝ー」とかいいながら帰ってくると思っていたからな。」

「……」

 

3代目がうつむき、黙り込んだ。1代目は思わず身を乗り出して、3代目の肩をつかんだ。

 

「おい!まじでどうした?お前。」

 

しばらくの沈黙の後、3代目はうつむいたまま「俺にもわかりません。」と呟いた。

 

……

 

「いや、それが「大倶利伽羅」じゃないの?」

 

厨房で夕餉の支度をしながら言う光忠に、1代目は目を丸くした。光忠は、鍋の中を覗き込みながら言った。

 

「赤ちゃんが、大人になったって事じゃない?」

「そうかー?」

「逆に、ずっとチャラい3代目だったら、それこそおかしいんじゃない?」

「……」

「彼は今、成長期なんだよ。」

 

1代目は「そうなのかな」と呟いた。

 

……

 

「何もせず、しばらく様子を見よう。」

 

1代目にそう言われた2代目は、第2部隊の宿舎に戻りながら(気が重いな)と思った。

 

(1代目はいいよ、別室だから。俺は、ずっと3代目と一緒にいなきゃなんないんだぞ。)

 

そう心の中で毒づきながら、2代目は自室の前で1つ息をついた。そして、そっと障子を開いた。3代目はいなかった。2代目は何か不安を感じ、庭の方へと向かった。

 

……

 

3代目は、池のほとりで煌々と輝く月を見上げていた。

 

(「あんなの楽勝ー」…か…)

 

1代目に言われた言葉を思い出し、苦笑した。

 

(そう思われても、仕方ないよな。)

 

そう思った時、胸がずきりと疼いた。

 

(なんだ?今の痛み…)

 

3代目は、胸に手を当てた。その時、再び疼き始めた。

 

(な…なんだこれ…)

 

疼きは大きくなっていく。そのうちに息苦しさを感じ始めた。

 

「あっ…」

 

そう声を上げて胸を押さえ、その場にうずくまった。

 

「3代目!!」

 

2代目の声が聞こえた。3代目は、声のする方へと顔を向けた。

 

「2代目…」

 

そう言って、手を伸ばしたつもりだった。が、その手が自分には見えない。

 

「2代目…俺…消…える…」

「倶利伽羅!」

 

2代目が、自分の体に覆いかぶさったのがわかった。…だが、意識がそこで途切れた。

 

……

 

翌朝-

 

2代目が、1代目の部屋で頭を抱えて座り込んでいた。1代目も光忠も、どうすればいいのかわからない。

 

「長谷部は、何してるんだ!」

 

1代目が、イライラしながら言った。

長谷部は主のパソコンで、同じような事象がなかったか調べているのである。システムのエラーかとも思われたが、その報告もない。

3代目が消えた時、他に消えた者がいないか各部屋に確認をさせたが、誰も消えていなかった。

2代目の脳裏に、苦しげに自分に手を伸ばす3代目の姿が甦った。

 

(もし、あいつとずっと一緒にいたら、助けてやれただろうか?)

 

頭を抱えたまま、2代目はそう思った。そして、はっと顔を上げた。

 

「本体…」

「え?」

 

2代目の呟きに、1代目と光忠が「あっ」と言った。…同時に、2代目は第2部隊の宿舎へ走り出していた。

 

……

 

「3代目!!答えてくれ!刀身はどこだ!」

 

本来なら、神と刀身は一体化している。普段は見えないが、必要だと思った時にだけ刀身は出現する。

そして破壊された後も、かけらだけが残ることがある。2代目はそのかけらで生まれたのだ。神だけが消えるというのはおかしい…と2代目は気づいた。

 

(刀身が見つかれば…)

 

2代目はそう思いながら、部屋中を探し回った。

 

(待てよ。3代目を最後に見たのは池のそばだった…!)

 

2代目は部屋を飛び出した。

 

……

 

2代目が池にたどり着いた時、池のほとりに石切丸が立っているのが見えた。

 

「!石切丸さん?」

 

2代目は、石切丸に駆け寄った。石切丸は柔らかな微笑を湛え、2代目に振り返った。

 

「…3代目大倶利伽羅君が消えたのはここだね。」

「!?…はい!…でもどうして…石切丸さん…」

 

石切丸は「しっ」と、指を自分の唇に当てた。

2代目は、口を閉じた。

 

「彼は、何かに悩んでいたかな?」

「えっ…はい。何を悩んでいたのかはわかりませんが。」

「…そうか。やっぱり「大倶利伽羅」なんだな。」

「え?」

 

ちょっと下がってて…と石切丸に優しく言われ、2代目は素直に石切丸から離れた。

石切丸は肘を張り、両手をパンと音を立てて合わせ叫んだ。

 

「聞け、餓鬼ども!」

 

石切丸の体にオーラの炎が立ち上り、木々がざわめき始めた。(空気が変わった?)と、2代目は辺りを見渡した。さっきの穏やかさとは違う険しい表情で、石切丸が叫んだ。

 

「その者は、邪(よこしま)な神にあらず!弱きものを援(たす)け、強き邪(じゃ)を祓うものなり!すぐにそのものを解き放て!」

 

強い風が吹いた。2代目は体を持っていかれそうになり、思わずその場に座り込んだが、石切丸はびくともしていない。

 

「ここを立ち去れ、餓鬼ども!お前達のいるべき場所は、深き地の底なり!」

 

その時、池の遥か上に刀身が現れた。

 

「大倶利伽羅!」

 

2代目が、それを見て思わず叫んだ。その時、1代目と光忠が駆け寄ってきていたが、池の上の刀身を見て立ち止まった。

 

「3代目の本体か?」

 

光忠が呟いた。1代目が「だろうな」とうなずいた。

 

「戻れ、地の底に!そのものを我に返せ!」

 

その石切丸の叫びと共に、刀身は光り輝き3代目の姿に変わった。何かに担がれているように、体が弓なりに反っている。

 

「くどいっ!直ちに返せっ!」

 

石切丸が刀身を抜き、真横に払った。

 

「倶利伽羅!!帰って来い!」

 

2代目が石切丸の前へ飛び出し、両手を差し出して叫んだ。すると、池の上の3代目の体が消え、大倶利伽羅の刀身が2代目の両手に現れた。

 

「!!」

「あ、落とすよ。」

「え?」

 

石切丸の、そんなのんきな声に2代目が振り返ったとたん、刀身が3代目の体に変わった。

 

「わっ!重っ!」

 

光忠と1代目が駆け寄り、2代目の体ごと3代目の体を支えた。

 

……

 

翌朝-

 

3代目は、ゆっくりと目を開いた。だが目が霞み、白い世界が広がっている。

 

「あっ!起きた!!」

 

そんな2代目の声がした。

 

「3代目、大丈夫か?」

 

1代目の声がする。だが、まだ目が見えない。

 

「俺…」

「石切丸さんに助けてもらったんだ。「餓鬼」っていうやつに、魂食われかけてたらしいよ。」

 

3代目は、2代目の声のする方を見た。2代目が自分の目の前で手を振っているのがわかった。

 

「あー…まだ、目見えてないかな。大丈夫。体が元に戻るまで、時間かかるって石切丸さん言ってたから。」

「そう…か…」

 

3代目の声が思うように出ていない。

 

「3代目」

 

その1代目の声に、3代目はぼんやりとする1代目の影に向いた。

 

「はい。」

「お前、そんなに悩んでいたのか。」

「……」

「餓鬼ってやつは、弱った魂を好んで食べるのだそうだ。繊細な「大倶利伽羅」らしいって、石切丸が言ってたが…。」

 

そこまで言って、1代目が2代目に向いた。

 

「俺達って、そんなに繊細なのか?」

「1代目は、逆に餓鬼を食べそうだけどね。」

「なんだと?」

 

3代目が力なく笑った。それを見た1代目が言った。

 

「お前、やっと笑ったな。」

「ほんとだ。」

 

1代目と2代目にそう言われ、3代目は照れくさそうに、また笑った。

 

「1代目」

「ん?なんだ。」

 

3代目の嗄れた声に、1代目が身を乗り出した。

 

「…俺の体が元に戻ったら…手合い…お願いします。」

「ああ、わかった。びしびししごくからな。」

「えっと…いや…最初はお手柔らかに…」

 

その3代目の言葉に、2人が笑った。


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