1代目大倶利伽羅が、長谷部の部屋で神妙な表情で座っている。隣で、光忠も眉をしかめていた。
長谷部が、ため息をついている。大倶利伽羅が口を開いた。
「最近、確かに妖魔の類(たぐい)の事象が多いな。」
「どうも、あっちの世界の主のパソコンがおかしいらしんだ。」
長谷部の言葉に、光忠がたずねた。
「現世ってやつか?」
「そう。時々、そのパソコンが勝手に切れて立ち上がらなくなるらしい。」
「その間に、こっちに妖魔が来ているって事か。」
「そうだ。」
大倶利伽羅が、考え込むように腕を組んだ。長谷部が言った。
「データとやらは、本来のシステムに依存しているから、主のパソコンが壊れても元に戻すことはできるらしいが、システムとのアクセスが切れたタイミングで「付喪神」の何体かが消えてしまったって事例があるんだそうだ。あるいは、本丸そのものが消える可能性もあるらしい。」
「本丸が消える?」
「そうだ。」
長谷部が、固い表情で大倶利伽羅と光忠を見た。
「とにかく、俺達が消えるかもしれない覚悟だけはしておいてくれ。」
「俺達はいいが…。他の者たちはどうする?」
「……」
大倶利伽羅の言葉に、長谷部が黙り込んだ。
……
「本丸が消える!?」
3代目が思わず声を上げた。隣に座っている4代目も目を見開いている。向かいに座っている2代目がうなずいた。
「1代目から言われたんだ。ただ、短刀達には黙っておくようにって。」
「…そうだな…」
2代目が、厳しい表情で3代目に言った。
「乱(みだれ)にも言うなよ。お前、口軽いからな。」
「そんな重い話、乱にするわけないだろう!」
「ならいいが。」
「どうして、本丸が消えるなんてことになるのか、聞いたのか?」
4代目が本題に戻した。
「ああ、なんでも、主のあっちの世界のパソコンの調子が悪いそうなんだ。一応、他の端末?だってか、連動してあるそうだけど、何が起こるかわからないからって。」
「…ややこしそうだな。」
3代目が、頭を振りながら言った。4代目が身を乗り出して言った。
「俺達ができることはないのか?」
「あっちの世界の事だからなぁ。無理じゃないか?」
2代目がため息をつきながら言った。
……
「倶利伽羅?どうしたの?」
乱にそう聞かれ、3代目は、はっとした。
「あ、なんでもない。」
「いつもと様子が違うよ?」
「乱が浮気してないかって考えててさ。」
「ちょっとっ!何それ!ひどい!」
「ごめんっ!」
ぷいと横を向いた乱に、3代目が手を合わせた時、空が急に暗くなった。
「雨か?おい、乱、宿舎に帰れ。送るよ。」
「最近…空の色おかしいよな。」
「え?」
男言葉に戻った乱の視線を追い、3代目は自分も空を見上げた。
(普通の雨空だけどな。…だけど、確かに最近、青い空を見たことがない…)
3代目が、ふと黙り込んだ。乱が走り出しかけて、座り込んでいる3代目に振り返った。
「おい倶利伽羅!どうしたんだ?送ってくれるんだろ!?」
「あ、ああ、ごめん。はい、おんぶしよう。」
「うん!」
乱は嬉しそうに、3代目の背中に飛び乗った。
……
4代目は、自室で寝転びながら考え込んでいた。
(あっちの世界のパソコンとつながっている何かがあるはずだ。それを使って、遠隔操作する事ができたら…)
そこまで思い、4代目はふと体を起こした。
「だめ元だ。長谷部さんに頼んでみよう。」
そう言って、立ち上がった。
……
長谷部は、パソコンを操作する4代目の横ではらはらしていた。
「頼むから、壊さないでくれよ。」
4代目は黙って、操作している。その後ろには、2代目と3代目の大倶利伽羅が座っていた。
「4代目が、こんなことに詳しいとはなぁ。」
「どこで覚えるんだ?」
「さぁ?自分でもわからないって言ってたけど…」
「ちょっと黙って!」
4代目がそう声を上げたので、2代目3代目は「はい」と口をつぐんだ。
「じゃなくて、長谷部さん。すいませんが、ちょっと部屋を出てもらえますか?集中できません。」
「えっ?」
4代目の言葉に、長谷部が固まった。
……
2代目3代目が、4代目を挟んで座り、パソコンの画面を見ている。
3代目が、目をこすりながら言った。
「さっぱりわからない。4代目わかるの?」
「…これ…特定のウィルスじゃないかな。」
「ウィルスって?」
2代目が眉をしかめて尋ねた。4代目が2代目に向き「近っ」と呟いてから言った。
「パソコンの病気みたいなものだよ。」
「こんなのが病気になるのか!?風邪引くとか!?」
「ま、同じようなもんだね。」
それを聞いた3代目の脳裏に、パソコンがくしゃみする姿がよぎった。
「????」
「そのウィルスに適合するワクチンを導入すれば、すぐに治ると思うんだけどな。」
「ワクチン?」
「注射みたいなもんだよ。」
2代目に答えた4代目の言葉に、3代目の脳裏にパソコンが注射されて「痛っ」と呟く姿が映る。
「??????????」
3代目のクエスチョンマークが止まらない。
「主は、それを知らないのかな?」
「一般のワクチンなら入れてるだろうけど、こういう特定のウィルスに対するやつとなるとどうかな。」
「そのウィルスと言うのは、要するにこの本丸に妖魔を送り込むウィルスって事か?」
「そう。」
2代目が、少しずつ理解できてきたようだ。
「つまり、そのウィルスを作ってる奴がいるってことだな。そいつをなんとかすればいいのか。」
「いや、作った奴をやっつけたところで、ウィルスはなくならないよ。ワクチンを作らないと。」
「4代目できないのか?」
「そこまでは無理。探すことはできるけど、あるかどうかだな。」
「探してみよう!俺達も手伝うからさ!な、3代目!…?3代目?」
3代目は、その場に頭を抱え込んで寝転がっていた。
……
「4代目、突き止めてくれて、ありがとう。主が喜んでいたよ。あっちの世界でワクチンとやらを探してみるって。」
長谷部がニコニコと微笑みながら言った。さっきの4代目の無礼など、主が喜べば簡単に忘れられる男である。
「そう…ですか…」
4代目の表情がすっきりとしない。元々無表情だが、何か納得のいかない様子である。
「?どうした?4代目。」
「いえ。もっと、俺達にできる方法がないかも探してみようと思うのですが、またパソコンをお借りしていいでしょうか?」
「ああ、いいとも。よろしく頼む。」
長谷部が、立ち上がりながら言った。4代目も立ち上がり、長谷部の後をついた。
……
「4代目、調子はどうだい?」
最近、4代目がずっと主のパソコンにつきっきりだと聞いた2代目3代目が、部屋を訪れた。
4代目が振り返った。
「!!!」
2人はその目を見て、驚いた。
「4代目、目に隈(くま)できてるぞっ!大丈夫かっ!?」
「……」
4代目は振り返ったまま、動かなくなった。
「4代目?」
「…何でもない。」
4代目はそう言うと、再び、パソコンに向いた。
「ちょっと休んだらどうだ?」
2代目が恐る恐る、4代目の背に言った。
4代目はしばらく黙っていたが、やがて「そうだな」と呟き、終了ボタンをクリックした。
……
その翌日から、4代目は出陣や遠征に自ら志願して行くようになった。
1代目との手合いも、打たれては立ち上がりを繰り返し、簡単に音を上げなくなった。
「何かすごい気迫なんだけど…」
2代目が、目の前で1代目と4代目と打ち合っているのを見ながら、隣にいる3代目に言った。3代目が目を見張ったまま、うなずいている。
「1代目がこんなに打ち返されてる姿…俺、初めて見た。」
3代目の呟きに、2代目が黙ったまま、うなずいた。
……
「え?同時に斬りかかる?」
4代目に、手合いを頼まれた2代目と3代目は、突然の4代目の言葉に聞き返した。
「ああ。頼む。1人の時に敵に囲まれた場合、どう戦えばいいかやってみたいんだ。」
「わかった。」
2人は、前後ろに4代目を挟み「行くぞ!」と声を上げた。
……時間の経過
「まだ、やるのかー?4代目!」
2代目3代目が、芝生にへたり込んでいる。4代目も息を切らしながら座り込んでいるが、目は疲れを見せていない。じっと1点を見つめて、考え込んでいる。
「4代目?」
3代目が、4代目に話しかけようとしたが、2代目が自分の唇に人差し指を当てて、目で「何も言うな」と訴えた。3代目は口をつぐみ、ふてくされたように仰向けに寝っころがった。
「これじゃ、たどり着く前にやられちまう…」
そう4代目が呟いた。
(たどり着く前?)
2代目は、それを聞き漏らさなかった。
(どこに行くつもりなんだ?出陣にせよ、必ず2人以上1組で行動することが決められてる。仲間とはぐれた時の想定としても…)
2代目は、じっと4代目の横顔を見つめながら眉をしかめた。
(「たどり着く」の意味がわからない。仲間と合流するまでという意味か?)
4代目が、すっくと立ち上がった。
「2代目、3代目、もう1度頼む。」
2代目が「ああ」と言って立ち上がり、不満気に上半身を起こした3代目に「やるぞ」と促した。
……
3代目は、ふと物音に目を覚ました。背中越しに4代目が寝ている方を見ると、4代目の姿はなく、開いていた障子がぱたりと閉められた。
3代目は、歩き去っていく4代目の静かな足音が消えてから、すっくと立ち上がった。
……
4代目は庭中まで歩き、月が翳った空を見上げた。
(…最近、晴れた日がない…。俺が思っているより、やばいのかもしれない。)
4代目は、手に持った木刀を片手で構えた。
(恐らく、今よりも暗闇で戦うことになるだろうな。今の俺にはまだ…)
その時、背中に殺気を感じ、振り返りざま木刀を振り上げた。
カン!という手ごたえを感じた。
相手の顔が見えない。
刀が振り下ろされたのを感じ、身をかわした。4代目は木刀を捨て、刀身を出現させた。
「おいおい本体はタブーだぞ!」
その慌てたような声に、4代目は目を見開いた。
……
3代目、4代目は、芝生に膝を立てて肩を並べ座っていた。お互い口を開かず、ただ座っている。
「最近さ。」
とうとう、3代目が口を開いた。4代目は黙っている。
「4代目が殺気立ってるって、2代目が心配しててさ。」
「!」
4代目は目を見開いた。
「鍛錬をするのは大事だけど、このところ度を過ぎてないか?」
3代目は、暗がりで黙ったままの4代目の横顔を見た。
「1代目も「4代目は何かあったのか?」って、俺達に聞いてきてさ。何か、出陣で失敗したのかとか思ってるみたいだけど…そんな話も聞かないし。」
4代目は黙ったままだ。3代目は、間をおいてから続けた。
「ただの鍛錬じゃないよな。」
4代目が、黙ったまま目を見開いた。
「命がけで、何か独りでしようとしてるよな。」
4代目が、やっと口を開いた。
「…3代目の思い過ごしだ。」
「声震えてるよ?」
「!…」
4代目は、暗がりの3代目に向いた。
「こんな周りが良く見えない時ってさ、目に頼れないから神経が研ぎ澄まされて、逆に相手の本性が見えたりするんだ。」
4代目は、ただ黙って3代目の暗い顔を見ている。3代目が続けた。
「光忠って、片目眼帯してるじゃない。片目って、歩くだけでも遠近感が狂って怖いんだ。…俺2代目と、片目を塞いで戦う訓練をしてみたことがあるんだけど、目が塞がっている方から襲われたら、ほんと見えないんだ。」
「……」
「それでも光忠が強いのは、片目が見えない分、俺達より神経が鋭いって事。ただ、強いだけじゃないんだ。」
4代目は、目を見開いたままうつむいた。
「話、それたけどさ。」
3代目の声が少し柔らかくなった。4代目はうつむいたまま、次の言葉を待った。
「同じ「大倶利伽羅」として言うよ。独りで戦って、独りで死のうだなんて、やめてくれ。」
4代目が、3代目に向かって何かを言おうとした。
「レプリカとか、そんなこと関係ない。」
先に言われて、4代目は目を見開いた。3代目が続けた。
「独りで死のうとしてるお前は、どっちにしたって俺達と同じ「大倶利伽羅」なんだよ。」
4代目の見張った目から、光るものが零れた。
……
翌日 第2宿舎-
4代目は、2代目を前にしばらく黙り込んでいた。
3代目が隣に座り、心配気な表情で4代目を見ている。
4代目がやっと口を開いた。
「今から話すことは、1代目達には知られないようにして欲しいんだ。」
2代目と3代目はうなずいた。
「本丸が消えるかもしれないってことなんだけど…」
「ん。」
「…もう、猶予はないかもしれない。」
4代目がそう言って、顔を上げた。
2人は、目を見張った。