Fate/Zero Gravity   作:色慾

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第9話

月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)を身にまとったまま、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは単身聖堂協会地下へと足を運んでいた。机を囲む男たちの前に、今朝がた受け取った封書を投げ出す。

 

「このような場所に呼び出してどう言うつもりかね?悪いが御三家とは言え、呼び出したサーヴァントに早々に見切りをつけられた脱落者になど、構っている暇などないのだよ」

 

己への絶対的な自信から来る挑発に、遠坂時臣はしかしながら乗ることはなかった。此度の聖杯戦争の目的は、根源への到達。家名のために、あるいは自らの欲望のために戦う者に比べ、彼は抜きんでて魔術師らしく、そして合理的だった。

 

「ロード・エルメロイ。そうは言っても、呼び出しに応じたからには、君だって興味はあるはずだ。違うかい?」

 

「フンッ、聖杯戦争の参加者以前に、私も学者の端くれだからな。しかし、お前たちがあの場に立ち会ったという証拠がどこにある?」

 

「やれやれ、疑り深いものだ。綺礼」

 

「はい、我が師よ」

 

時臣の弟子、言峰綺礼はフラスコを差し出した。月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)でそれを受け取り、害のないものであることを慎重に確かめる。内容物に水銀を介して接続すると、彼らがギルガメッシュのマスターと接触したと主張した記憶が、直接脳裏に流れ込んだ。

 

「あの場に出していた使い魔と、アサシンが持ち帰った記憶だ。あの娘だけであればいくらでも捏造できようが、この「生きた王鍵」には見覚えがあるだろう?」

 

「なるほどこれは確かに誤魔化しの効かないものだ。だが、この情報を晒して貴様に何の得がある?すでに敗退しているのであれば、大人しくここで保護されて居れば良い」

 

「確かに私は戦いを降りた。だが、君が想定した通り、あの男は原初の王ギルガメッシュだ。神霊にも匹敵する英霊があそこまで執着する子供に、正直興味がある。それと、ここでまだ生きていることが露見すれば、早晩あれに殺されるだろう。自分たちの命のためにも、不安要因(イレギュラー)は早々に取り去りたいものでね」

 

「フッ、大方あわよくば聖杯戦争に復帰したい気だろう」

 

「残念ながら令呪もない今ではそれも難しい。君も学者なら私の気持ちがよく分かるだろう?これは単純な好奇心だ。何より、君は何一つ損せずにあの娘の情報と、アサシンの偵察能力を手に入れることができる。率直に言って、7人のマスターのうち、僕が最も警戒するのは天才である君のことだ。同盟を組んではくれないか?」

 

「断る。その程度の情報、ランサーであっても調べ上げることができることだ。態々貴様に手を貸すまでもない」

 

意を決したように、時臣は目をつぶった。そして手ずから一枚の羊皮紙を差し出す。

 

自己強制証明(セルフ・ギアス・スクロール)だと!?」

 

「ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ。君の婚約者らしいな。確かに天才たる君をここで殺すのも、君の魔術工房を突破するのも、容易ではない。何よりそうしてしまっては惜しい。だが、暗殺に特化したアサシンに女一人殺させるのは大したことではない」

 

「……それは、脅しかね?」

 

「いいや。泣き所を突かれるリスクを一つ低減させたまでだ。同意すれば、私も、私の弟子も君の婚約者を害せない。その上、この先の聖杯戦争を有利に進める手助けまでするんだ。悪い条件ではないだろう?」

 

「よろしい。その契約、しかと受け止めた」

 

 

 

 

抜け目のない男だ。だがここで断る理由もない。ケイネスはそう判断し、薄汚い暗殺者どもの手を取ることとした。所詮は三騎士すら呼び出せなかった小物。役に立たなければ切り捨てればよい。

 

「主よ。宜しかったのですか?あれはいずれ裏切る者です」

 

「構わん。我が工房は完璧だ。ソラウに関しては、別途礼装でも持たせばよかろう。アサシンの諜報能力を使えるのは大きい。「鍵」さえ複製できれば、あの娘どもなど恐るるに足らない。ランサー、引き続き岸波白野に張り付き、アサシンの動向も合わせて監視しろ。鍵の強奪は第二次だ。あれだけの映像があれば、現段階でも複製と解析は可能からな」

 

 

 

 

 

 

「ご無体な!この顔をお忘れになったのですか!?」

 

 

アイリスフィールを背後に庇い、訳のわからないことを喚き散らす奇面の大男を睨み据える。アイリスフィールが知り合いかと問うてくるが、冗談ではない。あんな奇怪な顔をした狂人は一人たりとも思いつかない。気配からしてサーヴァント、消去法で考えればキャスターに違いないが、左手が使えない今、魔力に対する抵抗のある相手を万全に屠れるとは言えなかった。

 

「我ら英霊すべての祈りをそれ以上愚弄するというのなら、次は手加減抜きで斬る!さあ、立て!!」

 

だが、蒙昧にも自らが聖杯に選ばれたと称する姿は我慢ならなかった。武装をし、見えざる聖剣の一撃をすれすれのところへ叩き込む。この道に刻まれた深い亀裂を見て、意味の分からない阿呆は居ないだろう。だが、その脅しも、目の前の狂人には無意味だったらしい。

 

「そこまで心を閉ざしておいでか、ジャンヌ。それなりの荒療治が必要とあれば、次は相応の準備を整えてまいりましょう」

 

「避けて、セイバー!」

 

突如、子供の声が響き、黄金の王が顕現する。とっさにアイリスフィールを横抱きにして飛び退くと、先ほどキャスターが立っていた場所の後方に何か抉れた跡ができ、金色の矢が刺さっていた。

 

「……チッ、逃がしたか」

 

「仕方ないよ。着いた頃には、多分もう消えていたもん」

 

「何事か、アーチャーのマスター?」

 

「ええっとね、話すと長いんだけど…」

 

白野がこれまでのいきさつを伝えようと口を開いたのと、聖堂教会がマスター招集の告知を出したのは、奇しくもほぼ同刻であった。


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