あの後、ギルガメッシュが聖杯戦争の話を教えてくれた。私がなぜ追われて、何に巻き込まれているか、そして、なぜみんなが殺されなくてはならなかったのか。そして、私を殺そうとした大人たちも、私も、魔術師であるということを。聖杯、すべてを叶える願望器。答えは幼心ながら分かりきっていたが、それでも私はギルガメッシュに訊かずにはいられなかった。
「聖杯を手に入れたら、みんな、戻ってくるかな?」
「戯けたことを。答えが分かっていながら、なぜ問う?」
琥珀の瞳が伏せられ、豊かな栗毛がはらりと頬にかかる。ギルガメッシュの言う通りだ。人は死んだら戻ってこない。今更後悔しても、過去を変えられやしない。伏せたままの顔に、ギルガメッシュの指が触れる。
「ほう。分かっていようとも、我の口から裁定を下されたかったとみる。つくづく
ギルガメッシュの言葉は時々私には難しい。けれど、ギルガメッシュがそう言うなら、きっとそう言うことなのだろう。
「ギルガメッシュは?聖杯への願いはないの?」
「ないな。聖杯の一つや二つ、とうに倉に納めてあるゆえ、今更欲しくもない。だが、まがい物とはいえ至宝の端くれ。人に遣るには勿体ないものよ」
「なんだか、ギルガメッシュらしいね」
「そうであろう?」
ギルガメッシュは何だかご機嫌だ。ご機嫌なときはいつも優しく頭を撫でてくれる。戦いの最中とは言え、二人で放浪するわけにも行かないので、ギルガメッシュはこのスイートルームを拠点にすることとしたようだ。
同時刻。御三家の一つである、アインツベルンの姫君もまた、彼女を護る騎士とともに、日本の地に降り立った。絶世の美女と男装の麗人という組み合わせは、目立ちすぎるほど目立っていたが、当の本人たちは無自覚である。
「アイリスフィール、私から離れないように」
「分かってるわ、セイバー。でもいいじゃない。だって、聖杯戦争は夜でしょう?時間はたっぷりあるわ」
「それはそうですが……」
先ほどから冬木の一等地にあるブティックで、はしゃぎながらショッピングをするアイリスフィールを、セイバーがやんわりと窘める。困ったように笑って、アイリスフィールが少し寂し気な視線をセイバーに向ける。
「少しはしゃぎ過ぎたかしら?今まで城の中にいたから、何もかも新鮮で」
「いいえ。アイリスフィール、貴女の言うとおりだ。少しは楽しむ余裕も必要だろう」
「ありがとう、セイバー」
談笑していると、小さな影がセイバーにぶつかった。5歳くらいの子供だろうか、聡明そうな琥珀の瞳をしており、顔立ちも整っている。子供は、ぶつかった勢いで尻餅をついたようだ。手を貸して立ち上がらせる。
「すまない。迷子か?」
「はい。ぎる……お兄ちゃんとはぐれちゃって」
高価そうなワンピースの裾をポンポンとはたいてから、岸波白野は少し緊張しながら答えた。何しろ凛々しい金髪碧眼の美少女と、天使のような風貌をしたアルビノの美人に囲まれたのだ。思わずモジモジしてスカートの裾をきゅっと握りしめる。
「一人で頑張ったのね。貴女のお名前は?」
「岸波白野。お兄ちゃんは、えっと…背が高くて、金色の髪をしていて、赤い目をした、王様みたいな人です!」
勢いよく言ってみたものの、あまりよく伝わっていないようで、目の前の二人は「王様……」と呟いて顔を見合わせた。
「とにかく、相手も探しているだろうし、動き回るのは得策ではないわ。ここで待つべきかしら?」
「アイリスフィール。この国のデパートには迷子センターなるものがあると聞きます。そこに連れて行くのが得策かと……」
「あっ」
何やら大事になりそうだったので、止めようとした途端、ふわりと体が宙に浮いた。
「それには及ばん、雑種共。我が財に礼を尽くした事、感謝しよう」
相変わらず尊大な口調で、ギルガメッシュが2人に謝意を伝えた。岸波白野の服を買うため、今は品の良いオーダースーツに身を包んだ彼は、今度こそ離さまいと、岸波白野を抱え直した。
「ぎ…お兄ちゃん、自分で歩けるよ」
「フッ、手を離して迷子になったのは誰だ?」
「うぅ……」
そんなやり取りをしている間も、アイリスフィールは破顔していたが、金髪の女性は彼女を庇うように半歩前に進み、あの男は危険だと念話で伝えていた。この王気、間違いなく人のものではない。
「ほう。ホムンクルスと騎士のサーヴァントとな。魔術師のおもちゃがここで何をしている?」
「まじゅつし…お姉さんたち、魔術師なの?」
そんな考えを見透かしたかのように、赤い蛇のような目を細め、金色の男が皮肉げに嗤う。岸波白野は驚きながらも、ギルガメッシュにキュッとしがみついた。
「クッ、貴様サーヴァントか?アイリスフィール、私から離れるな」
「やめておけ。流石の我もここで構えるつもりはない。まあ、どうしてもというのであれば、ここで串刺しにするのも、
ギルガメッシュの挑発に、セイバーが見えざる剣を構えようと魔力を練り上げる。しかし、両者の睨み合いは、幼い声によって、あっさりと止められた。
「ダメだよ、ぎる。ここでしたら、関係ない人に迷惑だよ」
「その通りですね。セイバー、剣を納めて」
「アイリスフィール!?…分かりました」
「今日はありがとう。またね、お姉さん」
そう言って手を振る栗毛の少女を抱えたまま、金髪の男は去って行った。