Fate/Zero Gravity   作:色慾

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第4話

あの後、ギルガメッシュが聖杯戦争の話を教えてくれた。私がなぜ追われて、何に巻き込まれているか、そして、なぜみんなが殺されなくてはならなかったのか。そして、私を殺そうとした大人たちも、私も、魔術師であるということを。聖杯、すべてを叶える願望器。答えは幼心ながら分かりきっていたが、それでも私はギルガメッシュに訊かずにはいられなかった。

 

「聖杯を手に入れたら、みんな、戻ってくるかな?」

 

「戯けたことを。答えが分かっていながら、なぜ問う?」

 

琥珀の瞳が伏せられ、豊かな栗毛がはらりと頬にかかる。ギルガメッシュの言う通りだ。人は死んだら戻ってこない。今更後悔しても、過去を変えられやしない。伏せたままの顔に、ギルガメッシュの指が触れる。

 

「ほう。分かっていようとも、我の口から裁定を下されたかったとみる。つくづく()いものよな。だが忘れるな。人は滅びればただの腐った血と肉の塊になり果てるだけだ。仮にお前の願いを叶えるものがあったとすれば、それは摂理に逆らった、外道の極みであろうよ」

 

ギルガメッシュの言葉は時々私には難しい。けれど、ギルガメッシュがそう言うなら、きっとそう言うことなのだろう。

 

「ギルガメッシュは?聖杯への願いはないの?」

 

「ないな。聖杯の一つや二つ、とうに倉に納めてあるゆえ、今更欲しくもない。だが、まがい物とはいえ至宝の端くれ。人に遣るには勿体ないものよ」

 

「なんだか、ギルガメッシュらしいね」

 

「そうであろう?」

 

ギルガメッシュは何だかご機嫌だ。ご機嫌なときはいつも優しく頭を撫でてくれる。戦いの最中とは言え、二人で放浪するわけにも行かないので、ギルガメッシュはこのスイートルームを拠点にすることとしたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

同時刻。御三家の一つである、アインツベルンの姫君もまた、彼女を護る騎士とともに、日本の地に降り立った。絶世の美女と男装の麗人という組み合わせは、目立ちすぎるほど目立っていたが、当の本人たちは無自覚である。

 

「アイリスフィール、私から離れないように」

 

「分かってるわ、セイバー。でもいいじゃない。だって、聖杯戦争は夜でしょう?時間はたっぷりあるわ」

 

「それはそうですが……」

 

先ほどから冬木の一等地にあるブティックで、はしゃぎながらショッピングをするアイリスフィールを、セイバーがやんわりと窘める。困ったように笑って、アイリスフィールが少し寂し気な視線をセイバーに向ける。

 

「少しはしゃぎ過ぎたかしら?今まで城の中にいたから、何もかも新鮮で」

 

「いいえ。アイリスフィール、貴女の言うとおりだ。少しは楽しむ余裕も必要だろう」

 

「ありがとう、セイバー」

 

談笑していると、小さな影がセイバーにぶつかった。5歳くらいの子供だろうか、聡明そうな琥珀の瞳をしており、顔立ちも整っている。子供は、ぶつかった勢いで尻餅をついたようだ。手を貸して立ち上がらせる。

 

「すまない。迷子か?」

 

「はい。ぎる……お兄ちゃんとはぐれちゃって」

 

高価そうなワンピースの裾をポンポンとはたいてから、岸波白野は少し緊張しながら答えた。何しろ凛々しい金髪碧眼の美少女と、天使のような風貌をしたアルビノの美人に囲まれたのだ。思わずモジモジしてスカートの裾をきゅっと握りしめる。

 

「一人で頑張ったのね。貴女のお名前は?」

 

「岸波白野。お兄ちゃんは、えっと…背が高くて、金色の髪をしていて、赤い目をした、王様みたいな人です!」

 

勢いよく言ってみたものの、あまりよく伝わっていないようで、目の前の二人は「王様……」と呟いて顔を見合わせた。

 

「とにかく、相手も探しているだろうし、動き回るのは得策ではないわ。ここで待つべきかしら?」

 

「アイリスフィール。この国のデパートには迷子センターなるものがあると聞きます。そこに連れて行くのが得策かと……」

 

「あっ」

 

何やら大事になりそうだったので、止めようとした途端、ふわりと体が宙に浮いた。

 

「それには及ばん、雑種共。我が財に礼を尽くした事、感謝しよう」

 

相変わらず尊大な口調で、ギルガメッシュが2人に謝意を伝えた。岸波白野の服を買うため、今は品の良いオーダースーツに身を包んだ彼は、今度こそ離さまいと、岸波白野を抱え直した。

 

「ぎ…お兄ちゃん、自分で歩けるよ」

 

「フッ、手を離して迷子になったのは誰だ?」

 

「うぅ……」

 

そんなやり取りをしている間も、アイリスフィールは破顔していたが、金髪の女性は彼女を庇うように半歩前に進み、あの男は危険だと念話で伝えていた。この王気、間違いなく人のものではない。

 

「ほう。ホムンクルスと騎士のサーヴァントとな。魔術師のおもちゃがここで何をしている?」

 

「まじゅつし…お姉さんたち、魔術師なの?」

 

そんな考えを見透かしたかのように、赤い蛇のような目を細め、金色の男が皮肉げに嗤う。岸波白野は驚きながらも、ギルガメッシュにキュッとしがみついた。

 

「クッ、貴様サーヴァントか?アイリスフィール、私から離れるな」

 

「やめておけ。流石の我もここで構えるつもりはない。まあ、どうしてもというのであれば、ここで串刺しにするのも、(やぶさ)かではないがな」

 

ギルガメッシュの挑発に、セイバーが見えざる剣を構えようと魔力を練り上げる。しかし、両者の睨み合いは、幼い声によって、あっさりと止められた。

 

「ダメだよ、ぎる。ここでしたら、関係ない人に迷惑だよ」

 

「その通りですね。セイバー、剣を納めて」

 

「アイリスフィール!?…分かりました」

 

「今日はありがとう。またね、お姉さん」

 

そう言って手を振る栗毛の少女を抱えたまま、金髪の男は去って行った。


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