Fate/Zero Gravity   作:色慾

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第20話

時を同じくして、王律剣(バヴ=イル)を研究していた在りし日の神童にして、天才学者ケイネス・アーチボルトに激震が走った。急ごしらえの工房で、月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)に囲ませた黄金の生きる鍵にあらゆる測定、対攻性物質の実験を行ってきたが、悉く無反応だったこの鍵が、いまこの瞬間、唐突に光の粒となって掻き消えたのであった。手元に中継された、ランサーが()()()()()()光景と繋ぎ合わせ、非凡なる頭脳が一つの恐ろしい結果を叩き出す。

 

「いや、まさか…それでは、あの娘はもう……しかし、そうすれば全ての辻褄は合う…あの契約もまた意味を……」

 

神経質そうな細眉を顰め、こめかみに青筋が浮く。恐怖と共に、激しい怒りが胸中を渦巻く。謀られた。残念ながら己が陣営は現時点で限りなく「詰み」に近い。神代の宝具に対する興味など、己れを釣り上げる餌にすぎん。狙いは恐らく……

 

「遠坂、時臣ぃ……」

 

ギリギリと、噛みしめる様にその名が絞り出された。初手で脱落した平凡極まりない役立たずが、この様な策略家だったとは。何より視られてしまった。あの娘の勘の良さには驚くばかりだ。無詠唱で展開された翼の正体は大凡検討がつく。依り代がなければ、アーチャーが間髪入れず打ち込んだ光の矢はこの身を木っ端微塵にしていただろう。生まれて初めて経験した大きな挫折と、薄汚いネズミの様に追い詰められる無様さに、当第一の才子は思わずヒステリックな声を上げた。

 

「ランサー!ランサーはいるか!」

 

「ここに」

 

音も無く顕現した英霊に、八つ当たりをしたくなるのを、辛うじて堪え、ケイネス・アーチボルトは椅子に沈み込んだ。頭脳労働は己れ一人で十分と高を括るべきではなかった。従順さが取り柄の脳筋サーヴァントと、そのサーヴァントにうつつを抜かす婚約者がいては、直ぐにも腹背から刺される。加えてかの王の秘密を垣間見てしまっては…

 

「…ソラウを、ソラウを英国へ戻せ」

 

「はっ…?」

 

「聞こえなかったか、魔力回路は我々の間につなぎ直す。貴様の存在意義を賭けてでも、ソラウだけは無事に本国に帰す。彼女の記憶は私が全て消す。明後日にはには聖杯のことも私のことも忘れて自宅で寛いでいるだろう。飛行機の手配は直ぐできる。貴様は単独行動ができるであろう?運が良ければ再び会う確率もゼロではない。みすみす若い命を散らすよりは……」

 

「主、主殿っ…一体何が……」

 

回転の速すぎる頭脳を有するため、ケイネスの話はしばしば飛躍しがちだ。焦りからまくし立ててしまったが、吐き出したから少し冷静になったケイネスは、徐に口を開いた。

 

「紅茶を淹れる。貴様が手ずからそれをソラウに飲ませて来い。業腹だが、わたしよりも貴様の方の言うことをアレは聞く。丸2日は決して目が覚めない薬だ。その上、物理的・神秘的な攻撃をレジストし、対魔力が相当高い時計塔の精鋭にすら、外観をただの荷物と勘違いさせる代物だ。念には念を入れて、脱出不能時の備えとして持ってきた奥の手であったが、この際出し惜しみはできん。詳細は貴様がその任を完遂した際に説明しよう」

 

「はっ!」

 

忠僕は躊躇いつつも、主人の求めに応じた。

 

 

 

「やあ、久し振りだね」

 

栗毛の男が親しげな口調で葡萄酒を口に運ぶ。向かいに腰を下ろした紳士の表情は、教会地下の暗がりに紛れ、伺うことができない。だが普段の優雅な所作とは似つかわしくない、大きな笑い声が、その男が頗る上機嫌であることを物語っていた。

 

「何もかも君のお陰だよ、フラウロス。これで、結果は確定した」

 

「何も分かりきったことを調べさせることは無かっただろう。君も人が悪い」

 

「重要なのはそうであろう蓋然性では無く、そうであることを確実に立証することだよ。英雄王の敵意はアーチボルトに向けられた。これで私もようやく一つ駒を進められそうだ」

 

「やれやれ。お役に立てるのならば何よりだが、紙一重でもあったね。あと一歩で滅せられるかと思ったよ。しかし君の()まで使ってよかったのかな?流石に非人道的過ぎるきらいもあるが…」

 

糸目を弓なりに曲げて、栗毛の男は緑のコートを合わせた。果たして今話している相手はどの「彼」だろうと思案しながら、赤服の紳士は愛弟子に報酬を用意させる。

 

「魔術師として合理的な判断をしたまでだ、あの子を預けたその時から、私のスタンスは何一つ変わらない。そら、報酬を渡そう。学友とは言え、ここまでこき使っておいて何もないのは、遠坂の名折れだからね」

 

「ほう…これはこれは」

 

渡された書類と、クリスタルのケースに入ったそれを見つめて、男は初めて目を見開いた。

 

「素晴らしい!これは素晴らしい!」

 

「回収できたのはほんの一部だけどね、アーチボルトが完璧なレプリカを仕上げてくれた。どうするかは君に任せるよ。これで貸し借りは無しだ」

 

「いやぁ、本当に想定外の贈り物だよ。感謝する。では、また何れかの機会に」

 

「ああ、また。綺礼、送って行きなさい」

 

「はい」

 

教会の外では既に空が白み始めていた。扉の前で緑の男は神父服の青年に振り向く。

 

「そろそろ認めてしまってはどうだい?君の猿芝居は正直見ていてもどかしいよ」

 

「はて、何の事か」

 

「まあ良い、もう二度と会うことはないし、忠告だ。拒んでも仕方のないものは受け入れるべきだろう。君はそう言う人間で、ヒトとは少し変わった見方をしているだけだ」

 

僅かにも表情崩す事のない青年に、男は可愛げのないと一人呟き、懐から先ほどのクリスタルケースを取り出した。

 

「自分で使うつもりだったが、君に差し上げよう。僕なんかよりよっぽど有効活用してくれそうだしね。では」

 

黒鍵を密かに構えた綺礼に無警戒に背を向けたまま、男はのそりと去って行く。渡されたケースに浮かぶ神秘の残滓を眺め、青年は眩しそうに目を細めた。

 

「問わねばなるまい。この、答えを」


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