Fate/Zero Gravity   作:色慾

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Sphere
第2話


その日の月は、とてもとても明るかった。淡い金色の光を見ると、どうしても繰り返し見る夢を思い出す。少し悲しい気分になって、こっそりと教会の屋根に登る。本当はやっちゃいけないことだけど、こうやって月を眺めていると、心が落ち着くのだ。でも、なんだが今日は、そわそわして仕方がない。

 

首にかけていた鍵をそっと取り出す。5歳児の、掌に収まる程度の小さな金色の鍵、とは言えその機構は非常に精密で、常に幾何学模様の各パーツが予測不能な動きで分解される、遊動し、再組成されるため、一定の形を取ることがない。教会の前に捨てられたその日から、握りしめていたらしい。どこに使うものかは、全く見当が付かない。それでも、とてもとても大事なものだとは分かった。

 

目を閉じて、夢の世界を回想する。名前も顔も分からないけど、きっと迎えに来てくれると、そう信じていた。

 

 

 

 

 

 

 

「どうだ?綺礼」

 

「申し訳ございません、我が師。未だ令呪が顕現した新たなマスターは現れておりません」

 

「そうか」

 

思わず、嘆息する。臣下の礼を尽くしたというのに、ギルガメッシュは此方をあっさりと切り捨てた。予め此方の意図など見え透いていたのか?史料をかき集め、調べ尽くした太古の王の事だ。女神イシュタールとの因縁はあるものの、妻を娶ったという話は聞かない。だがマスターと呼んだその瞬間、かの王は愛情と我欲に塗れた男の顔をしていた。故に、ギルガメッシュがマスターと呼称する相手は、寧ろ彼にとって伴侶のような人物に違いないと推測した。ギルガメッシュがいかに単独行動に優れていようと、持ってせいぜい後三日。その間に、是が非でもそれを得ようとする別のマスターを潰す必要があった。

 

「ただーー」

 

弟子である言峰綺礼の声が思考を現実に引き戻す。どうやらずいぶん深く考え込んでしまっていたようだ。アサシンを召喚させ、諜報に徹してもらっている優秀な弟子が、珍しくいいよどんでいる。

 

「孤児院を経営する教会の外れで、王律鍵バヴ=イルのようなものを持った女児を、鍵屋が見ていたようです」

 

「本当なのか?」

 

「暗示をかけて鍵屋に描かせた鍵の形がこれです。見事な魔術機構となっており、常に不定形ながら、鍵の役割を果たし続けます。また、アサシンによると、魔術回路こそ少ないものの、魔力量は尋常ではなく、彼女が本当にマスターだった場合、優秀な動力源としても抑えられるかと」

 

綺礼が搔き集めた資料に目を通す。鍵屋の記憶を半ば無理やり抽出して再現したその鍵は、確かに複雑な魔術機構のように思える。まさに神代の神秘そのものだ。

 

「出るぞ、綺礼。確証がないとは言え、この娘を生かしてはおけん」

 

「はっ、我が師」

 

 

 

 

 

 

 

どうしてこうなっちゃったんだろう。先生、みんな、ごめんなさい。

 

大きな瞳にいっぱい涙を溜めながら、岸波白野は小さな身体で精一杯走り続けた。今では我が家となった孤児院が燃えている。先生達も、子供達も、皆不気味な髑髏の仮面を被った異形に殺されてしまった。血溜まりに足を取られながらも、ここまで生き延びられたのは理由があった。殺戮者達が白野に斬りかかる度、黄金の6枚の翼が自動展開され、白野を守ってくれるのだ。あの赤服の人は、アイギスだとか、イージスだとか言ってた。白野はそれがなんだか知らない。ただ、怖くて鍵を無意識に握りしめると、必ずそれが攻撃を防いでくれていた。

 

外に逃げなきゃ!

 

しかし、自在に展開できる盾が万能ではないことは、白野も子供心ながらにわかってた。自分を殺そうとやってきた赤い服の大人は宝石のついた杖で、炎を操っていた。こうして階段の隅で気配を隠していたって、いずれはあの炎の蛇に飲まれるのだろう。それに相手は何人もの大人だ。どうしたって、追いかえせはしない。

 

白野は人気のない小部屋にそっと忍び込み、震える手で服を脱ぎ捨てた。小部屋には偶然にも自分に似た背丈の子供が静かに息を引き取っていた。ごめんなさいと声に出さずに呟いて、白野は自分の服をその子に着せ、ベッドの下へ隠れた。大人達の気配が近づくにつれ、緊張が高まる。うまくいく保証はない。けれど、今はこれより良い手が思い当たらなかった。ベッドの下の隙間から、そっと様子を伺う。

 

「師よ、娘はもう事切れているようです」

 

「しかし妙だな、バヴ=イルが見当たらない」

 

「引き続き調べましょうか?」

 

「ああ。それも連れて行きなさい。検分すれば何かわかるかもしれない」

 

扉が開き、そして再びしまった。男達の姿がすべて消えたのを確認して。白野はベッドの反対側から、そっと窓枠に足をかけた。幸い下は植え込みだ。大丈夫、きっと、アイギスが私をーー

 

「お見事だ、お嬢さん。子どもらしい浅知恵だが、君のように賢い子は嫌いではない。我が元に下っていたら、さぞかし優秀な魔術師になれただろう」

 

乾いた拍手が響き、やっと芽生えた希望の種さえ、無情に摘み取られる。意を決して飛び込んだ植え込みを取り囲むようにして、赤服と黒服の男達は待っていた。赤服の男が鷹揚に手を挙げ、いやに品の良い声で言い放つ。

 

「始末しなさい」

 

濁った暗い瞳の男は、こくりと頷き、片手に持った刃をこちらに向ける。いやだ、死にたくない。お願い。誰か。だれかーー。


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