Fate/Zero Gravity   作:色慾

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第17話

翌日も、彼女は公園にいた。特別約束をしてくれた訳ではないけど、なんだかとても嬉しい。天まで延びそうな大きな樹。その枝から下げられない2人掛けのブランコの片側に、彼女は揺られていた。そっと腰を下ろして、少し勢いをつける。少しだけ瞠目して、彼女は俯いた。

 

「こんにちは。今日も風が気持ちいいね」

 

「……少し、肌寒い」

 

驚いて、思わず彼女の顔をまじまじと見てしまう。

 

「……ねえどうして、私に構うの?」

 

「気になるから。答えたから、名前、教えてよ」

 

ブランコから飛び降りて、彼女が振り返る。何かを押し殺すかのように、期待するかのように問う彼女に、白野は上ずる声で答えた。自らもブランコから飛び降りて、俯向く彼女の両手を握る。少し無理のある要求だとは思ってた。

 

「………………桜」

 

花びらのような儚げな微笑みが一瞬浮かんで、フッと消えた。白野の手を振りほどいて、桜は公園を離れて行く。もう来ないで。そんな声が、風に吸い込まれて消えて行った。

 

 

 

その日教室に戻ると、ギルガメッシュがいつになく上機嫌な様子で玉座に腰掛けていた。そう、玉座である。殺風景な教室に時代錯誤なそれが鎮座する様子は、どう見てもミスマッチだが、ギルガメッシュが満足しているようなので、そこはよしとする。

 

「ただいま」

 

「遅かったではないか。そら、どこぞの大バカ者が仕掛けた酒宴に出るとしよう」

 

今や見慣れた金色の鎧を身に纏ったまま、ギルガメッシュが指を打ち鳴らすと、優美な飛行船が目の前に現れた。

 

「しゅえん?」

 

「酒を酌み交わし、話に花を咲かせる宴だ。それも主催があの大バカ者と来れば、退屈はせんだろうよ」

 

「宴…パーティーするの??」

 

「うむ、まあ、そんなところだ。我が参加すると言うのに貴様を置いておく訳にも行かぬからな、此度は特に許す。我と共に夜遊びだ」

 

ひょいと子猫のように小脇に抱えられ、飛行船に搭乗する。どうやら、今日も長い夜を迎えるようだ。

 

 

 

ところ変わってアインツベルンの城。すでに到着したライダーは並々と葡萄酒の注がれた樽を中庭のど真ん中に置き、その横にどかっと腰を下ろしている。マスターであるウェイバー・ベルベットというと、その横で目を回して倒れていた。おでこが赤いところを見ると、デコピンでもされたのだろうか。一方セイバーはというと、完全武装でアイリスフィールを背後に庇い、完全に戦闘態勢に入っている。そこへ突然の黄金の船。ひょいと地面に降ろされた岸波白野は、男の裾を引っ張った。長身を屈めたギルガメッシュの耳元でこっそり呟く。

 

「パーティーって雰囲気じゃないよ、ギルガメッシュ」

 

「白野!?なぜ貴女がここに!!」

 

「おう、来たか金ピカ。なぁに、今日街で見かけて勧誘しておいたんだ。分かったら貴様も腰を下ろさんかセイバー。酒は良いものだぞ?」

 

「貴様、一体!?」

 

「見て分からぬか?一献交わしに決まっておろう」

 

腰を下ろしまま、イスカンダルは樽の蓋を腕力で叩き割った。次いで、どこからか取り出した柄杓で掬い、躊躇いなく口元へ運んだ。どうやら本気で酒を飲みに来たようだが、敵陣のど真ん中でそれをやってのけるとは、どこまでも豪胆な男である。

 

「言わば『聖杯戦争』ならぬ聖杯問答。そら、小娘。お前も少し試してみるか?」

 

「それ、美味しいの?」

 

「やめておけ」

 

あろう事か子供に柄杓を差し出す男に、セイバーが青筋を立てる。しかし、彼女が立つよりも前に、ライダーこと征服王イスカンダルを止める腕があった。ギルガメッシュが柄杓を奪い取ったのだ。保護者の自覚はあるものだと見直したセイバーだったが、それも次の一言で崩れた。

 

「あのようなものを口にするなど舌が腐る。見るがいい、そして思い知れ、これが王の酒というものだ」

 

ギルガメッシュが意気揚々と手を振り上げ、背後に波打つ黄金から、金の盃を取り出す。早速歓声を上げて、イスカンダルが堪らないと言った顔で口をつける。一方セイバーは、ギルガメッシュがふざけて岸波白野に飲ませようと与えた盃を横から取り上げ、一気に干した。そして僅かに顔を綻ばせる。なるほど、これは至高の酒に違いない。

 

「存分に味わうが良い。これが格の違いというやつだ。して白野、口を開け」

 

振り返ると、手甲を外した指を酒に浸したギルガメッシュが、人の悪そうな顔で笑っていた。意図を察せないまま口を開くと、酒に浸された二本の指が侵入してきた。芳醇な香りとともに脳の奥からほうと温まる感触がし、加えて口の中で動く指が擽るように動くもので、気づけば舌を絡めて夢中で吸い付いていた。

 

「ぷはぁ」

 

唐突にギルガメッシュが指を引き抜く。なんだか頭がぼうっとする。そして堪らなく良い気分になってきた。これがお酒というものの力か。フラフラしながら立ち上がり、頬を染めた白野は気持ち悪いほどの満面の笑みで、セイバーに近づいた。

 

「せいばぁー、せいばぁーがんばってるねーいいこーいいこー」

 

「あっ、あの、白野!?白野!しっかりしろ」

 

「えへへへへー」

 

固まったままのセイバーにそろりと腕を回し、そのまま頭を撫でながら、白野は頬ずりを繰り返す。困惑してあたふたと引き剥がそうとするセイバーだったが、当の白野は抱きついたままだ。その様子を、イスカンダルとギルガメッシュが腹を抱えて笑いながら見つめていた。


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