Fate/Zero Gravity   作:色慾

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遅くなりました。


Bloom
第16話


翌日、あれだけ叩かれた尻も、子供特有の回復力の高さからか、すっかり治っていた。何となくまだ少しヒリヒリする気がするが、大事はない。いつも通りギルガメッシュに朝刊を朗読してもらい、キャスターの動向を示す事件はないか確認する。

 

「動かないね」

 

「深手を負わせたのだ。潜伏されても、不自然ではあるまい?」

 

てっきり手取り早く人を捕食して不足分の魔力を取り込むかと思ったのに、そうではないらしい。椅子の上で膝立ちになり、ギルガメッシュが展開してくれた「盤面」を、覗き込む。

 

「うーん。それは考えづらいな。色々な人に狙われていても、餌を食べなきゃジリ貧だよ。それに、キャスターは指揮はうまいけど、自分1人で器用なことはできないよ」

 

「フッ、あの気狂いに手を貸す白痴などいまい」

 

「手を貸したんじゃない、利用したんだよ。キャスターは確かに頭はおかしいけど、セイバーには強いでしょ?」

 

目を閉じて、昨日の出来事を回想する。白野の考えを辿り、盤面の駒は自ずと昨夜の位置につく。アインツベルンの森に現れたキャスター、対峙するセイバー。その後方に白野、城壁の上にギルガメッシュ。そして、城内にいたアイリスフィール。

 

「キャスターを残せば、少しはセイバーが苦労する。でも、あんまり良い手ではない気がする」

 

「ハッ、大方我が財に目が眩んだまでよ。王律鍵(バヴ=イル)を奪ったところで、我以外に行使できる筈もないというのに、全く無駄なことよ」

 

「だとしたら、ランサーのマスターがどうしてアサシンに手を貸したかが分からないよ」

 

小さくため息をついて、アサシンの駒をランサーに寄せる。ランサーは振る舞いからしてすごく正々堂々としていた。そんな人が子供でも容赦なく皆殺しにする陣営と手を組んでいるとは、思いたくもない。ギルガメッシュの赤い瞳が言葉の続きを促している。

 

「どうもちぐはぐなんだ。ランサーが来たタイミング、あれは明らかにセイバーに追い打ちをかけるためだ。仮にギルガメッシュの狙撃があっても、私を捕まえることもできた。けど、ランサーはそうしなかった。じゃあ本当にキャスターを殺すため?だったら私を放っといてトドメを刺せば良かった。態々様子を見に来ておいて、2回しか会ったことのない子供にそんな親切するかな?」

 

「随分と子供らしからぬ疑念だ。前にも教えたであろう?盤上において未来は読むものではない。俯瞰して観るものだ。正着は常に見えている。なれば、魔術師どもの算段も火を見るよりも明らかだ」

 

俯瞰。大局を常に見よ、とギルガメッシュは言った。もしも、もしも上手いことアサシンが自分を襲ったのをランサーたちが手助けしていたら?つう、と、背中を冷たいものがた伝った。

 

「引っ越ししなきゃ。ここはランサーのマスターに張り付かれている。セイバーの動きを見ながら、アサシンと私たち、あとセイバーとキャスターを相討ちさせる気だ」

 

「フッ、それでこそ我がマスターと言うもの。斯様な事にも気づけないようなら、手打ちにするところだったぞ。して、行く宛ては有るのか?」

 

「分からない。けど、高いところはやめた方が良い。撃ち落とされたくはない」

 

「王たる我に地上に立たせるなど万死千万だが、まあ、一理はある。偶には穴倉にこもってハサンの真似事をするのも一興だ。今すぐここを出る。疾く仕度せよ」

 

「うん」

 

余裕たっぷりなギルガメッシュの表情に、少しホッとする。この頼もしい王様は、きっともう新しい拠点の算段が付いているのだろう。

 

 

 

「こんにちは」

 

その子に出会ったのは、ほんの偶然だった。

 

悩んだ挙句、町外れの廃校で、アサシンの拠点である教会のをギリギリ監視できる場所が、白野とギルガメッシュの新しい居所となった。正直こんな廃墟にあの王様が素直に腰を下ろしてくれるとは思わなかったが、存外に二階突き当たりの教室が気に入ったようで、魔改造して使用している。余談だが、ギルガメッシュが最初に提案してきた豪邸は、立地は悪くないものの、相変わらず目立ちすぎるので白野が却下した。

 

「……こんにちは。私には、あんまり関わらない方がいいよ」

 

キャスターやアサシンの動きもなく、各陣営の動向を気にして潜伏するという退屈な日々の中、気晴らしに住宅街近くの公園に来て遊ぶのが、白野にとってのささやかな楽しみになっていた。勿論、他の魔術師に見つかるリスクはあるのだが、そこはギルガメッシュがうまく取り計らってくれた。そして、いつものように散歩がてらに立ち寄ってみれば、彼女がいたのである。

 

「何か、辛いことでもあったの?」

 

そう、声をかけずにはいられなかった。紫がかった紺色の神秘的な色素を持った女の子だ。背格好からして、自分と同い年に見える。赤いリボンで髪を留め、膝を抱えてベンチで座るその姿は、まるで全てを拒絶して殻に閉じこもっているように見えて、なんとなく放っておけなかったのだった。

 

「……」

 

彼女は答えない。ちらりとこちらへ寄越された視線は、直ぐに逸らされてしまった。

 

「私は白野。明日また来るからね」

 

返事は、やはりない。結局お互い一言も発さず、並んで座っているうちに、夕暮れ時になっていた。彼女に手を振って、白野は公園を後にした。


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