Fate/Zero Gravity   作:色慾

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第14話

「このディルムッドを差し置いて、片腕のみのセイバーを討ち果たすことだけは、断じて許さぬ。なおも貴様が引かぬとあらば、これより先は我が槍がセイバーの“左手”に成り代る」

 

「おのれ…おのれ匹夫めがぁ!!」

 

ヒステリックな叫びをあげるキャスターに脇目も振らず、セイバーとランサーの元へと駆け寄る。爽やかに笑うランサーと、未だ険しい表情を崩さないセイバーの服を軽く引く。

 

「魔導書を完全に壊さないと、キャスターは倒せない」

 

「あの無尽蔵の召喚。まさか…!?」

 

「そう。キャスターは大したことない。けど、あの本は生きて魔力を飲み込むもの。セイバーがタコを退かして、ランサーが黄色いので突けば少しは。けどタコを餌に直ぐ回復するから、ギルガメッシュに狙撃でトドメを刺してもらう」

 

頬についた粘液を拭いながら、岸波白野は淡々と述べた。セイバーが半信半疑の顔を向けてくるが、意外にもランサーが作戦を快諾した。

 

「なるほどな、フィンヴェルの知見を持った娘よ。君がそう言うなら、そうに違いない。俺は乗ったぞ、セイバー。この度は主より加勢を仕った。手っ取り早く倒せる手があるなら、利用しない道理はない」

 

「そうか…白野!今ばかりは私もこの剣を貴女に託そう!指示を!!」

 

英霊二騎の期待を背負い、白野は竦む足で大地を踏みしめ。胸元の鍵を握りしめた。

 

「セイバー、先鋒でキャスターへの道を切り拓いて。できるだけ遠くへ吹き飛ばす技で。ランサーはキャスターへ近づいたら赤い方で本を傷つけて、直ぐに黄色で本体を攻撃。できるだけ本を払い落として。魔導書の破壊は、ギルガメッシュに私からお願いする」

 

「良いでしょう。ならば風王鉄槌(ストライク・エア)を使おう。ランサー、風を踏んで走れるか?」

 

「フッ、造作もない。大将首(キャスター)は俺が頂いた」

 

セイバーが風王結界を真名で詠唱する。頭上に振り上げられた不可視の剣は吹き荒ぶ暴風を纏い、その真の威力を惜しむことなく発揮する。真っ直ぐにキャスターへと伸びた風は海魔を退け、濃霧さえ散らして道を作る。荒れ狂う風の後押しを受け、そのままの勢いでキャスターへ肉迫したランサーは、作戦通り赤槍でもって召喚を取り消し、黄槍をもって魔導書を叩き落とし、消えぬ傷をつけて行く。

 

「ギルガメッシュ!今!!」

 

光の矢が間髪入れず飛来し、キャスターの腹と魔道書の核を貫く、その筈だった。

 

「「「白野!」」」

 

予想外に暴走した海魔の1匹が孤立した白野を捉え、黒影の暗殺者が刃を一閃。一瞬の隙にキャスターは再び魔道書を手に霧散し、海魔ごと切り裂かれたチェーンが宙をまった。なんとか掴み取ろうと小さな手が宙を掻くが、掴んだのは光の粒の残像だけだった。背中から落ちる小さな身体を、いつの間にか側に降りた黄金の王が受け止めた。

 

 

 

同刻。冬木市の高級ホテルの向かいの屋上で、衛宮切嗣と助手の久宇舞弥は、その時が来ることを固唾を呑んで待っていた。

 

「首尾はどうだい?舞弥」

 

「計画通り、既に火事による避難誘導が行われております。予測時刻との差異はプラス7分。やや遅れていますが、問題ないと思われます。」

 

「爆薬は?」

 

「あのビル一棟を爆破解体できる量を過不足なく」

 

「上々だ。ケイネス・エルメロイ・アーチボルト、ソラウ・ヌァザリ・ソフィアリの2名は?」

 

「赤外線レンズを通してみる限り、2人がいるフロアのみ人間の体温と思わしき反応があります」

 

「予定時刻をちょうど7分過ぎた。他の階は?」

 

「クリア。およそ生体と思える熱源は見て取れません」

 

「起爆しよう」

 

轟音がとどろき、地響きと共にグランドホテルが倒壊する。かつて高級ホテルとして名を馳せ、名だたる客をもてなした威光は最早なく、すべて瓦礫へと化していた。

 

「切嗣」

 

「流石にトドメは無理だったようだね。撤収しよう」

 

「はい」

 

 

 

辛くもキャスターを退いた面々は、アインツベルンの城の中、一堂に会していた。セイバーはアイリスフィールの手当てを受け、岸波白野はいつの間にかギルガメッシュが用意した布で粘液だらけの身体を包まれ、その膝の上に乗せられている。ランサーは壁に背を凭れさせ、佇んでいた。

 

「感謝します、白野。良い采配でした」

 

「ハッ、これは我が手ずから育てた財ゆえ、この程度、造作もない。だというのにこの体たらく、帰ったら仕置だな」

 

前半はセイバー、後半は白野に向けられた言葉だ。いつになく厳しい紅玉の瞳に、白野は思わず身震いした。加えて大事な鍵まで取られてしまったのだ。あれはギルガメッシュとの繋がりを強く示すものであり、生まれながら持っていた半身のようなもの。胸にぽっかりと大きな穴が空いたようで心許ない。

 

「その言い方は余りにも……それに貴方は何故、あの時白野を助けに来なかった!」

 

「貴様に発言を許した覚えはない。控えよ、雑種。これはあくまで我と我の財の話だ。そら、帰るぞ白野」

 

ギルガメッシュに手を引かれ、床に降りる。失望させたかなと思うと、つい涙がでそうになって、思わず顔を伏せて堪える。そんな滲んだ視界に鮮やかな赤い影が差した。

 

「泣いているお嬢さんを放ってはおけないタチでね。どこぞの王かは知らないが、こんな幼気(いたいけ)な子供を虐めるのは感心できない」

 

「痴れ言を。なれば塵芥の如く散るか?」

 

阻んだのはランサーの破魔の槍だった。即座にギルガメッシュが右腕を掲げ、黄金の波紋を顕現させる。二人が自分のせいで争うは何だか嫌だ。

 

「大丈夫だよ、ランサー。今回はありがとう」

 

「ディルムッドでいい。君の声は何だか心地良い。そこの男に嫌気がさしたら、俺個人としてはいつでも歓迎する。あの采配、見事であった」

 

「貴様にはやらんぞ、ランサー。白野がそこな金ピカロリコンに愛想を尽かしたら、真っ先に我らの門下に下るからな」

 

頬を伝う涙を拭い、精一杯の笑みを見せる。ギルガメッシュを見れば、興醒めとばかりに宝物庫を閉ざした。庭へ停めてあったヴィマーナに向かう道すがら、振り向く。

 

「本当にありがとう。あとね、ランサーは早くお家に帰った方がいいよ。今、がら空きでしょ?」


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