Fate/Zero Gravity   作:色慾

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第13話

1時間後、今度は白野が赤面する番となった。5歳児には早すぎな話だったが、危険な男と2人暮ししている以上はと、アイリスフィールに男女の違いや生殖について懇切丁寧に教えられた。もちろん、かなり嚙み砕き、場合によっては避けた話題もあるが、概ね標準的な保健の授業である。

 

「くだらん。愛でる財に老若男女など関係あるまい。視野が狭いにも程があろう」

 

もっとも、ギルガメッシュには何時もの傲岸不遜さを持って、一蹴されてしまったのだが。思い返してみれば、ギルガメッシュと裸で抱き合ったまま同衾したり、一緒に風呂に入ったりと、その所作も含めて多分に男女の親密さが含まれていた気がする。おかげさまで、後ろから抱きしめられただけで、バクバクと心臓が煩い。

 

 

 

それは唐突に訪れた。ガラスの割れるような不快な音が頭の中に木霊する。黄金と青の王は既に武装しており、片方は主の隣に控え、もう片方は少女を抱き寄せている。アインツベルンの結界を破った正体を見定めようと、アイリスフィールが水晶玉を覗き込む。カエル面のおぞましい長身の殺人鬼は、鬱蒼とした森へ子供達を放つ。血生臭い遊戯の始まりだった。

 

「アイリスフィール!」

 

「うん。キャスターを倒して、セイバー」

 

「ギルガメッシュ、ここに残って」

 

「心得た。その体は我が財ゆえ、傷一つ付けてくれるな。さもなくば、その頭、斬り落としてくれよう」

 

「分かった。行ってくる」

 

会話におどろくアイリスフィールを他所に、白野は暗い森へと駆け出した。キャスター…きっとあの悪魔の所業は許すことができない。けれど、前回の交戦から一筋縄ではいかないのも分かっていた。重要なのは、キャスターの持つ魔導書をどうするかだ。

 

たどり着いた先では、木々は倒れ、周囲に夥しい数の海魔が蠢いていた。逃げ果せた子供が一人セイバーへ抱きつき、キャスターが大仰な動作で何かを言っている。不意に凄まじい悪寒が背中を駆け上り、白野は叫んだ。

 

「セイバー、避けて!」

 

祈りも虚しく、海魔がその子の腹を裂いて這い出た。触腕をセイバーに絡めようとしている。なんとも(おぞ)ましい光景だ。呆然としたままセイバーは動かない。返り血はセイバーだけでなく、白野にまで降りかかった。吐き気を抑え、アイギスをセイバーの前に展開する。

 

「ギルガメッシュ!」

 

金色の光が薄暗い森の靄を切り裂く。セイバーを捉えていた一匹が砕け、ついで周囲の海魔たちも藻屑と化してゆく。打ち合わせ通り見通しの良い城壁から、ギルガメッシュが援護射撃をしてくる。だが、海魔の数は減らず、キャスターが悦に入った笑みを浮かべている。正確には、屠った分の海魔が直ぐに再召喚されただけだが。予想通りとは言え、随分とえげつない敵対者であった。

 

「一旦退いて、セイバー!海魔の相手をしちゃダメだ!」

 

周囲を取り囲む数は百か、二百か。我に返って絶妙な剣技で海魔を屠り続けるセイバーに声をかける。セイバーは剣を振るうごとに魔力を消費するが、それではあの男の思う壺だ。

 

「どういうことです?白野!」

 

そう問いかけようとして、再生した眼前の敵にセイバーが飲まれる。なんとか助勢しようと思うも、白野は自らを守る盾を維持するのが精一杯だった。ギルガメッシュが空から掃射するが、あの位置から魔導書を狙撃させるには、キャスターの周囲の使い魔たちが邪魔だった。一度でもこちらがそれに気づいていると知られれば、あのずる賢い男は直ぐに撤収するだろう。不利な地形に誘い出すやり方といい、セイバーの精神を摩耗させ物量で圧し潰すやり口といい、相手は戦を心得過ぎている。ただの猪武者では歯が立たない。

 

「おや、一人逃げ遅れがありましたかな?君のように聡い子供は嫌いではないですよ?お嬢さん」

 

数体の海魔にセイバーを拘束させたまま、キャスターの注意がこちらへ向く。思わず後ずさるも、左右からの2体に挟み打ちに遭う。身体を這う触腕が気持ち悪い。ベトベトの粘液が絡みつき、服を溶かして行く。

 

「白野!」

 

セイバーの焦った声がする。身体に顔に絡まる触手の肉を掻き分けた隙間から、キャスターが見える。ギルガメッシュの速射が一時的に海魔を屠るも、予想以上に召喚が早い。幾度引き裂かれても、新たな海魔が露わになった身体に纏わりつく。

 

「屈辱的でしょう? 栄えもなければ誉れもない魍魎たちに、押し潰され、窒息して果てるのです!英雄にとってこれほどの恥はありますまい!

 

ああ、ご安心なさい。そちらのお嬢さんも、後ほどたっぷり可愛がって差し上げますからね」

 

「何をやっている、白野!!」

 

珍しく動揺を露わにしたギルガメッシュの怒声が聞こえる。指示を出そうとするのに、口の中に押し込まれた触手のせいでえずき、うまく声が出せない。だがギルガメッシュに今の段階で狙撃させるのは得策ではない。あの本が動力源である以上、盾のようにキャスターを取り囲む海魔を一掃しなければ意味がない。しかも、暫くは再生不能に持ち込まなければ。

 

「情けないぞ、セイバー。この程度の雑兵に手こずるなど、お前らしくもない」

 

不意に、涼やかな声とともに。赤と黄の二本の槍を携えた槍兵が、膠着した戦場に飛び込んできた。黄色の槍に斬り伏せられた海魔は暫く退き、再び襲ってはこない。天啓が降りた瞬間だった。


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