Fate/Zero Gravity   作:色慾

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思わぬところで長くなってしまった


第11話

「なっ……」

 

清廉なる騎士の王は絶句する。よもや自分のためにさらに犠牲者が増えるなどと。

 

「ならば迎え撃つまでだ。あの様な畜生を野放しにはしておけん!」

 

「そこまでだセイバー。たかが令呪一画のために無駄なことをする気はない」

 

「ですがっ」

 

濁った湖底のような瞳をしたまま、衛宮切嗣は気だるげに煙草の煙を(くゆ)らせた。最終的な目的は聖杯だ。打算ではなく、一時の正義感に駆られてキャスターを討伐するより、懐がガラ空きになったマスターを狩った方が効率がいい。

 

「フッ、如何にも矮小な雑種が考えそうなことだ。帰るぞ、白野」

 

「………………そうだね。今日はありがとう」

 

小さく呟いて、椅子から降りる。差し出されたギルガメッシュの手は、とても暖かいものだった。セイバーは悔しそうに俯き、血が滲まんばかりに拳を握り締めている。アイリスフィールも、とても悲しそうにしている。少しでも気を晴らして貰いたくて、思わず扉の前で振り返る。

 

「またね、セイバー、アイリスフィール。また来ても、いい?」

 

「ええ、また」

 

少しだけ驚いた顔をして、セイバーが笑った。

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、ギルガメッシュ。夜更かししてもいい?」

 

飛行船(ヴィマーナ)の上で、膝を抱える。背後のギルガメッシュは、頬杖をついて目を閉じている。冷たい夜風が、この時ばかりは頬を裂くナイフのように感じられた。緩やかに瞼を開け、ギルガメッシュが視線をこちらへ向ける。ギルガメッシュの瞳は宝石のように綺麗で、時々こうして磨かれた剣のように鋭い。

 

「好きにするが良い。だが、我は唯一の王にして、裁定するものだ。我と並び立ち、我の力を欲し、我の(マスター)と称するならば、これから何を見聞きしようとも、忘れることは許さん。お前には、それらすべてを最期まで見届ける義務がある。それでも尚、前に進む覚悟はあるか?」

 

目を閉じ、ギルガメッシュに救われた日を回想する。何度も魘された。けれど、逃げてはいけない。何を背負っても、最後まで進まなくちゃいけない。それがただ一つ、岸波白野にできることなら。深呼吸をついて、真っすぐギルガメッシュに視線を合わせる。

 

「私は引き返さない。力を貸して、ギルガメッシュ」

 

「良い。それでこそ、我はお前の剣となろう」

 

 

 

下水を穴倉にしていることは分かっていた。ダムの周辺を起点として、暗くて湿った地下へと潜り込む。徐々に闇になれても、視界は明晰にならない。この手を引く黄金の王だけが唯一の導きだ。腹を決めたのに、ふとした瞬間に竦みそうになる足を叱咤しながら、何とか先に進む。

 

見えない壁を掻い潜ると、途端にこの地下空間に悪臭と怨嗟が満ちる。ギルガメッシュは終始無言だった。ふと、手が離され、外界から守るように肩を抱かれる。黄金の波紋が揺らぎ、取り出した小さなランタンが掲げられる。足元から照らしだされたのは、やはり地獄だった。嘗て人であった個が、群れを為すのではなく、一つのモノとして千切れ、溶け合う。頭を挿げ替えられ、腸をずるりと引き出され、弦を為し、健を為す。おそらくオルガンを模したものだろうが、死臭漂うそれは醜悪の一言に尽きる。何よりも残酷なことは、それがまだ生きていると言うことだ。喉を枯らし、血を流しながら、無限の苦しみにもがき、唸り呻く。微かに蠢動する手足は、生への執着か

それとも、死への渇望か。

 

「あ…ぁ……」

 

言葉が出なかった。現実はいつだって想像よりはるか残酷なのだ。折角約束したのに、なぜこうも心は容易く折れようとするのか。ギルがメッシュは笑うでもなく、怒るでもなく、変わらぬ眼差しを持って目の前の巨大なオブジェを見据える。頬を濡らす滴に、視界が歪み瓦解する。だが、生と死どちらが幸福かを判じ、裁定するのは白野のすべきことではない。彼女にできることは見据えること、見届けることだけだ。頬を拭う大きな手に擦り寄る。

 

「私は忘れない。ここで生きていた人たち、死んでいく人たちを。ギルガメッシュ」

 

「良いだろう。末期の炎を灯すのは、我々の役目に他ならない」

 

宝物庫から黄金の弓が取り出される。以前目の当たりにしたものよりは一回り小さいが、より眩い光を放っていた。ギルガメッシュが矢をつがえると、弓矢それ自身が炎となって燃え盛り、流星のように宙を裂いた。聞くに堪えない断末魔を発する、人の成れの果てを介して灯された炎の道は、広大な地下空間を、昼のように照らした。

 

「行こう」

 

そう呟いて、ギルガメッシュの手を取った。ランタンの光も頼りにしつつ、一歩踏み出す。きっとこの先ずっとこんな事に慣れることはない。平気になるなんてことはあり得ない。けど、どんなに心が傷ついても、キャスターを見つけ出して、滅ぼさなければならない。

 

 

 

「王に無駄足をさせる雑種など、後にも先にもお前一人だな」

 

「ごめんなさい。キャスター、工房を捨てたのかな?」

 

「心に傷をつけ、足掻いた挙句に骨折り損だった訳だ。よもや、悔いているのではあるまい?」

 

「反省はしているよ。キャスター達が他の人たちのように拠点にいるはずだと決めつけちゃいけなかった」

 

「雑種など所詮はその程度よ。凡俗であるのなら数をこなせ。才能が無いのなら自信をつけよ。お前にくれてやった言葉だ」

 

「うん。私は、諦めないよ」

 

記憶を脳裏に焼き付けるように、岸波白野は目を閉ざした。


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