Fate/Zero Gravity   作:色慾

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Prologue
第1話


オリオン座近くの、何処かの量子ネットワーク世界。黄金の海に揺蕩う身体は、最早分解され切ろうとしていた。重力が限りなくゼロへと近づき、視界が霞んでいく。誰かが泣いている。

 

「何故だ、何故(おれ)を置いていく!目を開けろ、白野!貴様の旅はまだ始まったばかりだろう!!」

 

「楽し…った。ありが、とう……■■■■■■■」

 

私のような生命体ですらない、ある種の電子のバグのような存在。そんなちっぽけな存在が、月の裏側で、彼と出会い、共闘し、ここまで勝ち抜いてきた。そして、分解される運命をここまで免れて、生きることの歓びすら教えてもらったのは僥倖だった。幸せ過ぎるほどに幸せだった。だが、物事には全て終わりがある。私の体を構成するネットワークが起こした些細な不具合。私は、これ以上私として存在できない。

 

「謝るな!諦めるか!?岸波白野!貴様が許しても我は許さんぞ!疾く目を開けよ!目を開けよと言っている!!」

 

無言で、辛うじて動く指先で、頬に触れる。濡れている。こんなに泣くなんて、らしくもない。拭って気づいてしまった。きっとこの人の心に穴を開けてしまったのだろう。自惚れ抜きに、そう思った。だったらせめて。

 

「泣かな…いで、■■■■■■■…わ…たしを見つけ…っと、またぁ…ぇ……」

 

「ああ、探すとも。幾星霜の果てまでも、我のマスターは貴様以外にあり得ぬ!」

 

保障はなかった。こんな嘘をついたのは、この人を悲しませたくない、ただの気休めだ。それでも私は願わずには、いられないーー。

 

 

 

 

 

 

 

小さい頃から繰り返し見ているこの夢。いつもいつも、肝心要の彼の姿が、名前が思い出せない。あんなに素敵な王様、きっと天下に1人しかいないはずなのに、どうしてもそこだけは靄がかかって分からないのだ。

 

「白野ちゃん、ご本は後にして、ご飯食べましょう」

 

先生の優しい声がして、書棚に伸びかけた手が空く垂れ下がった。岸波白野には親がいない。この教会が運営する孤児院で、シスター服の先生に世話になっている。少し精神が大人びているとはいえ、まだ5つ。小さな身体はあえなく捕獲されてしまった。

 

「本当に王様のお話が好きなのね。たまには別のご本も読むのが大事よ」

 

「うん、でも、はくのね、王様にいつか会いに行くの!約束したの!」

 

「そう。じゃあその約束を果たすためにも、しっかりご飯を食べて、大きくなりましょうね」

 

 

 

悠久の眠りから叩き起こされ、かの王は途轍もなく不機嫌だった。幾度となく繰り返される聖杯戦争などという血迷いごと、そのような些事のために王たる自分が呼び出されるなどと。

 

「王よ、どうか私に…」

 

臣下の礼を尽くそうとする魔術師の言葉などとうに聞いていなかった。震えるような歓びが胸を衝く。この時代には、あれがいる。まだ微弱だが、気配を感じるのだ。思わず笑みが零れる。この栄光にすがろうとする愚物どもはひれ伏したままだ。たった三画の契約の証。そんなもので誰を縛ろうとでも言うのか。

 

「貴様が我のマスターを自称する不届き者か?笑わせる。天上天下我のマスターたりうる人間は一人しかいまい。せいぜい他を当たれ、下郎」

 

いとも容易く契約を破棄し、打ちひしがれる男どもをよそに飛行船(ヴィマーナ)を取り出す。向かうはたった一人の、主人と認めた人間の元だ。


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