メテオリウム─翠晶眼の傭兵─   作:影迷彩

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 また10000字を越える文章量に……戦闘シーンなんか省いても良かったんじゃないかと最後まで悩んだり(戦闘シーン2000文字)。

 後書きめいた話はさておき、では久し振りのメテオリウムをどうぞ!
 特に"日常"から入る人には、世界観を知る術として是非読んで頂けたいです!
 まだ本編にないネタバレ含むので、本編重視の人にはブラウザバックを推奨です!

 *当話は「傭兵達の日常」に掲載している話です。九話での補完、及びクランチェインの普段に触れられればいいなと思い、統合させました。一部追加の描写もあるので、既読者も是非。


──第八.五話 傭兵達の日常──
──アケミジン・カヨウの憂鬱──


 

 「んっん~……」

 

 輸送船"アームドレイヴン"のロッカールーム内で、アケミジン・カヨウはゆっくり体を伸ばして起床した。  ロッカールーム内は彼女と、そしてもう一人専用の寝室となっている。

 

 「うっう~ん……」

 

 羽織っていた布を畳み、腕を伸ばして体をほぐし終わったカヨウは、手鏡を探すべくロッカールーム内を見わたす。 

 

 (ちゃんとした置場所を求めたいです……あっ)

 

 見つからないと思いきや、手鏡が足元にあるのを気づいたカヨウは、「灯台もと暗し」という古来比喩短句コトワザを頭に思い浮かべながら手鏡を取った。

 

 (こんな髪型ですが、一応手入れを──)

 

 カヨウは己の身嗜みを整える。

 

 「──あら?」

 

 そして髪型に起きた異変に気づく。

 

 

 

 

──「はわわぁぁぁ!!」 

 

 ロッカールームから待機室へ、あわてふためいた声と共に頭を抑えたカヨウが入室した。

 

 「ん、どうしたんだぜ、アッキー?」

 

 待機室にはサバイバ、ロー、グレイの三人が朝食の苦いチョコと固いパン、豆のスープをとっていた。

 

 「アケヨさん、頭を抑えてどうしたんですか?」

 

 グレイはスプーンを皿に置き、半泣きな表情のカヨウに、いつも通りの優しく穏和な表情と口調を向けた。

 

 「か、髪の毛が……」

 

 カヨウは一瞬躊躇うように目を逸らし、しかし決心してグレイ達に恥ずかしがっている目線を戻し、手を頭から離す。

 ぴょんっ

──という音が実際に鳴ったかのように、カヨウの頭頂部に一本に纏まった髪の毛の房が立ち上がった。

 

 「朝起きたら……髪の毛がこうなってしまって……うぅっ」 

 

 顔を真っ赤に染め、恥ずかしさに堪えきれずカヨウは涙をこぼす。

 

 「ん~、どれどれアケヨさん」

 

 グレイはカヨウを落ち着かせるように頭を小さく撫でる。 それと同時に髪の毛の房を抑える。

 

 「ふむふむ……ほいっ」

 

 グレイはカヨウの頭から手を離す。

 ぴょんっ

──というように再度カヨウの頭頂部に、纏まった髪の毛の房が立ち上がった。 

 

 「ふむふむ……ほいっ」

 

 再度グレイはカヨウの頭頂部に手を置き、そして離す。 

 ぴょこんっ

 ──と再三、カヨウの頭頂部に纏まった髪の毛の房が立ち上がった。

 

 「うん、見事なアホ毛」 

 

 「アハハハハ! なんか面白いなソレ!」

 

 「ふうぇぇぇん!」

 

 堪えきれずサバイバが吹き出し、カヨウは恥ずかしさのあまり泣き出してしまった。

 

 「サバイバさ~ん、少し黙っててね」 

 

 優しく穏和な口調のまま、グレイは目を細めてサバイバを睨みつける。

 

 「ご、ごめんよグレっち、アッキー……いでっ!?」

 

 頭を下げたサバイバに、ローが平手でパシンと叩いた。

 

 「痛いな! ロー、お前!」

 

 「アケヨ、笑う、サバイバ、良くない」

 

 いつもの淡々とした無表情、しかしカヨウに抱きつくローの仕草は、サバイバとグレイにとって非常に新鮮な光景であった。

 

 「うーっ、ホントにアレ以来だな、ローがこうなったの……」

 

 サバイバは痛む頭を抑えながら、その光景をグレイと共に苦笑いする。

 

 「アケヨ、頭、辛い?」

 

 ローは目線をカヨウへとあげる。 少し潤いだ無色の眼は、ローが心の底からカヨウを心配しているのが見てとれた。

 

 「す、すみません、取り乱してしまって……もう、大丈夫です」

 

 涙をふき、カヨウはローに対して笑顔を向けた。

 

 「~っ!……アケヨ、安心」

 

 今度はローが顔を赤くした。 眼線が忙せわしなく泳ぐ。

 

 「大丈夫、ローガンも、頭、ぴょこんと、生やす!」

 

 「いや、ローまでそんなピョッコンヘヤーにしなくてもな……」

 

 無理矢理己の髪を引っ張るローを、サバイバは呆れ笑いしながら静止する。 

 

 「だけど、やっぱりこの髪の毛は、どうにかしたいです……」

 

 カヨウは頭頂部の髪の毛の房──アホ毛を指でさする。

 

 「短髪なうえ、こんなおかしいモノまで生えてしまっては……皆様に比べ変ですし」

 

 カヨウは己の髪型と三人の髪型を見比べる。

 

 グレイは長くサラサラとし、やや無造作に分けた灰色の髪型。

 

 サバイバはウェーブがかったロングの髪型。

 

 ローは一見ショートに見えるが、二つに束ねた長髪を肩の前面にかけており、背中のサブアームの邪魔にならないよう配置している。

 

 総じて、カヨウと同じ程の短髪はクランチェインにはいなかった。

 

 「そ、そこまで可笑しくねーと思うぜ……な?」

 

 「サー、アケヨ、髪型、無問題、一番可愛い」

 

 「そ、そうでしょうか……」

 

 「ま~切ってはみるわね」

 

 袖からハサミを取り出し、サバイバはその刃先を開いてカヨウのアホ毛に向ける。

 カヨウはその動作に驚くも、彼女に己の髪を託す。

 

 「お願いします、このような整っていない髪型など、皆さんを不快な気持ちにさせるでしょう……」

 

 「うーん……いや、俺はこのままでもいいと思うぜ、可愛い」

 

 サバイバが惜しむ表情で、グレイの持つハサミを制止する。 

 

 「え、このような髪型が……」

 

 カヨウは涙目を頭頂部に上げる。

 

 「あぁ可愛い可愛い! なんつーかよ、愛らしいぜ」

 

 そう言ってニヤニヤしながらサバイバは、カヨウのアホ毛を引っ張る。

 

 「ふひゃっ!?」

 

 カヨウはサバイバから逃げ、アホ毛を抑えて部屋の隅へうずくまる。

 

 「あぁゴメン! だって普通に可愛くてよ──痛っ痛っ痛っ!」

 

 手を合わせて謝るサバイバの尻を、ローは睨みながら何度も蹴る。

 

 「アケヨさんの意見優先。アケヨさんは切りたいんでしょ?」

 

 グレイは優しく、この場の主導権の在りかを尋ねる。

 

 「は、はぃ……えぇと、こんな髪型って皆さんにとって不快でないんですか? 

 

 カヨウのアホ毛に、三人の女の視線が注目する。

 

 「髪型、如何であろうと、アケヨ、地表一、世界一可愛い」

 

 ローはカヨウに顔を近づけながら肯定する。

 

 「んー、ホントに悪い髪型じゃねーし、このままで暫く過ごしてみな!」

 

 サバイバも尻をさすりながら大きく笑う。

 

 「私はね~……う~ん……ま、私の容姿よりはマシだと思うわ♪」 

 

 グレイは己の傷のある方の頬を撫でて微笑む。

 

 「「………………」」

 

 グレイの一言に、サバイバとローは途端に口をつぐみ苦い顔をした。

 

 「あ、ごめんなさい! 私を話題に出して……」

 

 「グレイさんこそ綺麗です!」

 

 顔を伏せようとするグレイに、カヨウは慌てながら肯定する。

 

 「わ、私が……?」

 

 目を丸くし、グレイは己に憧れのような表情を向けるカヨウと目線を合わせた。 ドンヨリと暗くなりそうであった待機室の空気が和らいだ。

 

 「た、確かに傷だらけですが……優しいところなど、グレイさんは綺麗だと思います!」 

 

 「おいアッキー!」

 

 慌ててサバイバがカヨウの横に行き、彼女の口を手で抑える。

 

 「むぐぐっ!?」

 

 (グレイはよ、自分のことを話題にされるのが嫌なんだよ! この場合、話題を無かったことにするのが得策!)

 

 カヨウの耳に、サバイバは小声で注意した。

 

 「で、でも……」

 

 あたふたする二人は、改めてグレイの顔を見る。

 グレイは呆けた顔で数秒カヨウを見た後、いつも通りの笑顔に戻してカヨウに接近し──

 

 「えいえいえいえいえいえいえいえい♪」

 

 カヨウのアホ毛を何度も引っ張った。

 

 「ふわぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 「アホ毛が戻れなくなっちゃえ、えいえい♪」

 

 「グレっち! やりたい気持ちは分かるが止めろ!」 

 

 「ロ……ローガン、アケヨ、つんつん……グゥッ」

 

 笑顔でカヨウのアホ毛を弄るグレイ、なすすべなくその身のアホ毛を弄ばれるカヨウ、その所業を大慌てで止めようとするサバイバ、その光景を羨ましがりながら理性を何とか抑えるロー。

 

 ロッカールーム内で、四人の女が朝早くから日常通りのドタバタを起こした。

 

 「ふわわ!?……ツ、ツキカゲさんには変等と言われないでしょうか? 

 

 「「それはない」」

 

 グレイとサバイバが同時に答えた。 

 

 「ツッキー、何つーかアイツって人の髪型を気にするタイプじゃねぇからな、多少アホ毛が出来たって目に留めないさ。つーか、そもそも人のことなんて見ねぇしなアイツ‥‥‥」

 

 「そ、そうですか……」

 

 「そうだぜ、アッキーみてぇな可愛い女が隣だってのに」

 

 カヨウの頭から、ツキカゲが己を見る顔が何故か離れない。 そして、それが現実になることが少ないことに、カヨウは何故か残念に思った。

 

 「そういえば、ツキカゲさん達は何処へ……?」

 

 「任務ですよ、昨夜からね」

 

 グレイは窓の外に顔を向けて答える。

 

 「いつものように、荒くね野郎共の殲滅をね」

 

 その目には遠くで任務を遂行してるであろう二人に向け、普段より一層深く情愛の念が込められていた。

 

 

──アームドレイヴンより遠く、かつては小さい村であった廃墟にて、派手な銃撃音がひっきりなしに喚く。

 

 「なんだよテメーっコラーっ!!」

 

 激昂した盗賊一人の左手に装備されたガトリングガンが毎秒99発、目の前にいる大太刀型Mt・Tb"柳生"を構えたツキカゲに放たれる。 真横にいる味方達は、ツキカゲの装備する大太刀型Mt・Tb専用鞘"雷影砲"から放たれた電磁ネットによって、四肢を拘束され電流により痙攣していた。

 

 「分かるだろうがよ。 俺たちはエニマリー」 

 

 ツキカゲの姿が一瞬で消える。 "影道流外戦渡術"一ノ術"影見"の戦法である。

 

 「アンタらを壊滅しに奇襲を仕掛けた」

 

 「何だと──」

 

 狼狽した残りの盗賊を、ツキカゲは瞬時に"柳生"で斬り倒し無力化する。

 

 「一ノ技"影不残"」

 

 「グハッ……エニマリーめ……監理局の犬共め……」

 

 持ち手を失い空中に投げ出されたガトリングガンは、数発銃弾を撃ち続けて止まる。

 

 「ちっ、最後まで責任取りやがれ」

 

 ツキカゲは己に降りかかる銃弾を、またしても"柳生"で全て防ぐ。

 

 「これで全員か? どうなんだ、オイ?」

 

 ツキカゲは"柳生"の切っ先を、地に倒れこんだ盗賊の鼻筋に突きつける。

 

 「答えろよ、オイ、悪態つけるならよ」

 

 そう言ってツキカゲはサングラスを取り外す。 サングラスに隠されていた眼には色彩がない。

 

 「てめ、翠晶眼エメリスタリーか! ハハッ、更に犬ってわけだな、人間様に飼われるしかねぇバケモノが!」

 

 盗賊は精一杯の悪態をつきながら、一瞬だけ廃屋に目を動かす。 

 

 「けっ、アイツ不様に倒されてやがんの! 仕方ねぇから俺が助けてやんよ」

 

 廃屋の陰に隠れ、ツキカゲにMt・SR"ドラグノフ"の銃口を定める伏兵。

 

 「たった一人で何が出来──」

 

 「さぁてっと、邪魔すんじゃねぇよ」

 

 直後、伏兵の肩に小太刀型Mt・Tb"チェーン・シロウ"の刀身が深く突き刺さる。

 

 「グハッぁぁぁ!?」

 

 "チェーン・シロウ"の刀身は変形し、伏兵の肩を貫いて離さない。

 伏兵は"チェーン・シロウ"に備え付けられた鎖によって力強く引き寄せられ、抵抗出来ずに正面の廃屋に勢いよく叩きつけられた。 

 

 「グボハァァァァッ!!」 

 

 「なぁツキカゲ、お前のサングラスにはサーモグラフィー機能あるんだからよぉ、それ使って探す方が一々聞かなくていいじゃねぇかぁ?」

 

 2階建ての廃屋の屋上からカーチスが飛び降りてきた。 着崩したコートの袖口からは鎖が出ている。

 

 「ちったぁ精度悪いがよ、やっこさんの鼻をそぐよりはイイと思うぜ?」

 

 刀身を元の形態に戻した"チェーン・シロウ"が引き寄せられ、カーチスの着崩したコートの袖口の中へと消えた。

 カーチスはいつもの怪しい笑顔を、鋭く睨みつけている表情のツキカゲに向ける。

 

 「まぁ言いたいこったぁ分かるぜ、地べたに這いずるやっこさんを虐めるのは最高だよなぁ!! 

 

 地に倒れこんでいる盗賊は、カーチスの狂人的な笑顔に身震いした。

 

 「それともぉ? 俺に伏兵処理を任せたぜってかぁ? 信用されて嬉しいぜぇ!!」 

 

 「勝手に言ってろ」 

 

 カーチスの間延びした喋りに、ツキカゲは鋭い刃物のような口調を投げつける。 

 

 「ひっ、ひぃぃ!」

 

 伏兵を倒されたことで、盗賊は二人に恐怖し不様に逃げようとする。

 

 「おぉい待てよぉ~、まだ聞きたいことあるんだぜぇ!!」

 

 カーチスは再度"チェーン・シロウ"を投げつけ、ツキカゲは"柳生"の切っ先を下にして勢いよく落とす。

 

 「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 盗賊の片足に鎖で繋がれた"チェーン・シロウ"、もう片足に"柳生"が突き刺さる。

 

 「奪った品の中によぉ、ちょいとヤバいのあるらしくてなぁ~、テメーら盗賊と一緒によぉ、それ消さなきゃいけないんだわ。 盗品の在りかを言ってから逃げろよなぁコラ」 

 

 「「「「「舐めてんじゃんねぇぞオラァァァッ!!」」」」」

 

 カーチスが盗賊の鼻を削ごうとした瞬間、周りに潜んでいた残りの伏兵共が一斉に様々な銃器を、中心にいる二人に向けた。

 

 「「「「「有り金置いてけオラァァァッ!!」」」」」

 

 「やっぱり潜んでたか」 

 

 「何だぁツキカゲ、もしかして誘き寄せたんかぁコイツを使ってよぉ!!」

 

 「ぐわぁぁぁぁっ!!」 

 

 "柳生"を抜かれた盗賊が"チェーン・シロウ"によって投げ飛ばされ、伏兵の後ろの廃屋へと窓を突き破って転がり倒れた。

 

 「……このぐらいの方が──」 

 

 "雷影砲"からレールが展開する。 レールには"柳生"一刀がセットされていた。

 ツキカゲはそれを引き抜き、"柳生"二刀を構えた姿勢で伏兵共を睨み付ける。 

 

 「──少しは戦った気分になれる」

 

 ツキカゲの眼が、炎めいて翠色に染まる。

 ツキカゲの精神は、目の前で行われるであろう一方的な破壊による戦に集中していた。

 ツキカゲの脳裏から、カヨウの存在が一旦消されようとする。 

 

 (……そういやアイツ、頭に何か──)

 

 「ハーハッハッハッハ!! 最近弱いっちょろい敵にしか当たらねぇからなぁヒマだよなぁ戦い足りねぇよなぁぁぁ!!!」 

 

 カーチスも邪悪な笑い声をけたましく響かせながら、もう片腕にも"チェーン・シロウ"を構えて構えをとった。 

 

 「んじゃ、続けますかい戦をよぉ、クランチェイン、任務続行だぁぁぁ!!!」 

 

 「──ツキカゲ、任務続行、Crunch(噛み砕く)」 

 

 

 

 ──「ツキカゲさん……破壊し続け、任務を遂行し続ける……いつも通りですね」

 

 カヨウは外を眺め、もの悲しげな表情を浮かべる。

 

 「あの人達は強いからね、ただ強い、だから敵地の近くで、こうして朝食をとって安心できる」

 

 「え!? ここって敵地なのですか!?」

 

 カヨウは驚いて外に目線を移す。 そのはずみで豆スープが落ちそうになった。

 

 「大丈夫よ、ローちゃんとネコちゃんが外で見回り、それとサバイバがコクピットで待機、この輸送船の緊急離脱システムを作動中ですからね」

 

 気づけばローとサバイバ、WAAC・Nがいない。

 カヨウは窓の下を見た。 そこではWAAC・Nがアームドレイヴンを警護していた。 白い体に灰色の縞模様、背中にはMt・Tb"ムラサメ"を専用アームでマウントし、あくびして大きく開いている口には専用義歯"雷牙"を備えている。

 

 「ニャぁ~」 

 

 その反対ではローが二挺のMt・Hg"ベレッタM92"を構え辺りを警護する。 時折、背中のサブアームに接続された展開式狙撃銃"Coil up snake"が展開、内蔵された高精度センサーを使って広範囲に索敵を行っている。 ついでに朝食の残りもかじって食している。

 

 「半径三キロ、接近存在無し、待機続行」

 

 牙を模したマスクに内蔵された通信機に、ローは手短な報告を伝える。

 身体を深く屈めながら索敵を行う姿勢は、まるで獲物を探索する猟犬のようであった。

 

 「何より、あの二人が一の敵もアームドレイヴンここに通すわけないわ」 

 

 「皆様は……とても強いですね」

 

 「うん強いわ、そんじょそこらの雑魚よりね」 

 

 グレイは微笑んで答える。仲間を信頼し、そして仲間以外を廃退的に見ていることが分かる答えであった。

 

 「……髪型を気にして慌てる私は、皆様と比べて弱いですね」

 

 カヨウは苦笑いでそう呟きアホ毛を弄くる。

 不思議と、数分前までだらしないと思っていたアホ毛に、カヨウは愛着を抱いていた。 

 

 「す、すみません! 弱音を吐いてしまって……」 

 

 「いえ、困ってることあれば、遠慮なく愚痴ってくださいな♪」 

 

 苦笑いするカヨウに、グレイは優しい笑いで対面する。

 

 「そういえばアケヨさん、短髪は初めてですか?」 

 

 「初めて、のハズ──」

 

 

 ドカァァァァァァァァン!!! 

 

 遠くにて大爆発が起き、かつて村であった廃墟が吹き飛んだ。 

 

 「高熱源探知」 

 

 『そいつはまぁ確認しなくていいぜ……よし、離陸準備開始!』

 

 サバイバのアナウンスが船内に響く。

 それと同時に、アームドレイヴンへとエンジン音が近づいてきた。

 

 

 

 

──「お疲れさま、カーチス♪」

 

 「たっだいまぁグレイちゃん♪」

 

 グレイは待機室へ入室したカーチスに駆け寄り、彼へと飛びつくように抱きついてキスをする。

 

 「ーーーーーーっ!」

 

 カヨウは蒸気が吹き出そうな程赤面し、両手で顔を覆った。 何度か見てるのだが、男女の関係に疎いカヨウには、どうしても慣れない光景である。

 

 「さってと、活動報告したいから離してな、グレイちゃん」

 

 グレイの唇の傷を舐めあげ、カーチスはグレイから顔を離す。

 グレイは名残惜しむように、ゆっくりとカーチスから離れる。

 

 「ふぅっ……あら、ツキカゲ君」

 

 カーチスが通信を取るためにコクピットへ移動したと同時に、ロッカールームへ装備品を片付け終えたツキカゲが入室する。

 

 「ツ、ツキカゲさん──」 

 

 カヨウは顔を赤らめ、両手で頭を抑えたり離したりと慌て出す。

 

 「……ハ?」

 

 ピョコピョコと飛びはねるアホ毛を、ツキカゲは虹彩が色付けられていない眼を細めて凝視する。

 

 「……グレイさん、あるいは誰だ? アンタの髪型をこうしたの」

 

 「ひどいね~私たちを疑うなんて!」

 

 グレイは苦笑いしながら、傷の通った唇を撫でる。

 

 「だ、大丈夫ですツキカゲさん! アホ毛なるものは、元からあったのです・・・・・・・・・!」

 

 カヨウはあたふたとアホ毛を振りながら、グレイに詰め寄るツキカゲの前に立つ。

 

 「ア? どういうことだ?」 

 

 ツキカゲは細めた眼線を、カヨウの赤らめた顔とアホ毛へと交互に移す。

 

 「えぇと、それは幼少の──」

 

 「あぁ理由はいい、コイツらに何かされてないっつーなら」

 

 カヨウが思わず喋りそうになることを、ツキカゲは即座に彼女の口を塞いで止める。

 

 「もうツキカゲ君! 私たちはむしろ、アケヨさんのアホ毛を直すよう頑張ったんだよ!」

 

 グレイはカヨウに後ろから抱きつき、彼女のアホ毛を引っ張る。 

 

 「ふわぁぁぁ!?」

 

 「おい、むしろ悪化させてるようじゃねぇか?」

 

 太刀のように鋭いツッコミでツキカゲはグレイを睨む。

 

 「で、アケヨさんはどうするの、このアホ毛を?」

 

 アホ毛を弄くられながらカヨウは問われる。

 カヨウは思わずツキカゲを涙目で見上げる。 

 

 「……なんで俺を見る?」 

 

 まるで眠たげに細めた眼から、太刀の切っ先の如く鋭い視線を覗かせるツキカゲ。

 

 「す、すみません……」 

 

 「あのな、ツキカゲ君に変に見られねーか、アッキーは心配してんだよ」 

 

 「察しろ、バカツキカゲ」 

 

 コクピットからサバイバが顔を出し、ツキカゲに呆れるような口調でカヨウをフォローする。

 側にいたローガンも、いつも以上にツキカゲに対し敵意を込めた眼を向ける。

 

 「……ハ?」

 

 「は、はい……」

 

 赤らめた顔でオドオドするカヨウの頭を、グレイは優しく撫でる。 

 

 「わ、私は、その……」

 

 「ツキカゲ君が、女ひとに興味を持たないのは分かってるよ」

 

 無表情に、しかし一瞬判断を焦ったツキカゲにも、グレイは優しく微笑んで落ち着かせる。 

 

 「けれど、ツキカゲ君を信用し、思ってくれてる人がいることぐらい受け止めたら?」

 

 しどろもどろになるカヨウ、眼を細めたまま表情を微動だにしないツキカゲ、二人を交互に優しくも意地悪にも見える笑顔で見るグレイ。

 

 「あぁ……で、俺にどうしろと?」

 

 「今のカヨウが可愛いかどうか、そう言うだけだよ♪」 

 

 カヨウの顔の赤さが限界を突破し、爆発しそうになる。

 

 「あー……」 

 

 ツキカゲは表情を一才動かさず、己の口元に手をあてカヨウのアホ毛を見る。 

 

 「えと、えぇと」

 

 カヨウのアホ毛は、真っ赤に染まった表情を変える彼女に応してるかのように、跳び跳ねたりピシッと立ったりと忙しなく動く。

 

 「…………」

 

 「はわわわわ!?」

 

 ツキカゲにジッと見つめられ、更に忙しなくピョコピョコとアホ毛を動かすカヨウ。 

 

 「…………フッ」

 

  ツキカゲはアホ毛につられ、小さく鼻を鳴らす。 

 

 「や、やはり可笑しいでしょうか!?」 

 

 「いやアンタの好きにしろ俺を一々気にするな」

 

 ツキカゲは早口に答え、即座に待機室から出た。

 

 「このままでイイのですか……アレ、皆様?」

 

 「……え、ええええええええええええええええええええええええ!?」

 

 サバイバ、そしてローが同時に声をあげる。

 

 「オイオイオイオイオイ!! あんな態度のツッキー、初めて見たぜオイ!?」

 

 「ツキカゲ、思考、解析不能……何、今、アレ!?」

 

 カヨウはアホ毛を撫でながらグレイに顔を向ける。

 グレイも、まるで驚愕しているかのように目を丸くし、両手で口を覆っていた。

 

 「ツキカゲ君が……鼻を鳴らすなんて……」 

 

 微笑みを崩さず、時に冷酷な微笑でカーチスまでも制するグレイ。

 そんな彼女の今まで見せたことのない表情に、カヨウは困惑しアホ毛を揺らす。

 

 「えぇと、えぇと……と、とりあえずこのままで良いです!」

 

 グレイ達に頭を下げ、カヨウは咄嗟にロッカールームへ移動した。 

 

 「ツキカゲ君が、あそこまで他人への意見を……ホントに面白いねアケヨさん。 ね、カーチス♪」

 

 「あぁ、そうだなぁ」 

 

 コクピットから出たカーチスにグレイは近づいた。

 

 「マジで何なのかなぁアケヨちゃんって。 俺のツキカゲに、あぁんな態度取らせるなんてよ……」 

 

 カーチスは笑顔で、だが考えの読み取れない鋭い視線を、カヨウのいるであろう方向に向けた。

 

 

──「ツ、ツキカゲさん、お疲れさまです!」

 

 カヨウはツキカゲに朝食を渡す。

 ロッカーにかけたハンモックに寝そべるツキカゲは、カヨウに片眼だけを見せ無言で受け取る

 

 「さ、先程は、その……」 

 

 「アンタ、どうして髪型を気にするんだ?」 

 

 ツキカゲはハンモックの上で、固いパンにかじりつきながらカヨウに尋ねる。

 

 「……スカライズでは、幼少から髪型を注意されていましたので」 

 

 「……注意?」

 

 「ハイ、私は髪の毛がよく立つ性質らしくて──」

 

 ──わぁぁぁん!! ミナモ姉様、また頭に生えました~!──

 

 ──アケミジン・カヨウ! また髪の毛を整えないで、アケミジン家として凛々しい身なりを維持しなさい!──

 

 「しばしば姉上に怒られながら手入れさせてもらい……髪を伸ばすうちに消えましたので、今日まで忘れていたということです」

 

 カヨウはアホ毛を引っ張りながら回想した。

 

 「……アンタ、結構弄くってるが、普通に気に入ってんじゃねぇか?」

 

 「気、気に入って!?……はい、そうかもです」

 

 確かに、久し振りに生えたアホ毛に、今では懐かしさによる情が湧いていた。

 

 「スカライズでは凛々しく淑やかな長い髪を基本とし、短い髪は好まれませんでした……」

 

 カヨウはうなじに手を移動させる。 かつて長く淑やかな髪があった所を。

 

 「私自身、髪を短く切ったことはなく、そうすることに不安がありました」

 

 カヨウは己の横髪を撫でる。 首元辺りまで切られた髪は程よく丸く、愛らしい小動物のような雰囲気を出していた。

 

 「あの時、髪を切られ、落ち着いた時には皆様と異なった髪型であるのが不安で……」

 

 ツキカゲはふと、己の髪に触れる。確かに今までのクランチェインには、短髪のメンバーはいなかった。

 

 「だけど、皆様は私に対する態度を変えずに、私とこれまで通り接してくれて……」

 

 カヨウは顔をほんのり赤くしながら、ゆっくりと今までの思いを口にする。

 

 「そうしたら、私がこのままでイイのだと肯定されたようで嬉しくて……地表は、何でも許容して下さる世界というのを、改めて実感しました!」

 

 地表にはどんな見た目も、特色も、文化も、思想もある。 

 良くも悪くも、それらが一才統一されていないのは確かだ。 向こう数年は、そんな状態が続くだろう。

 

 「……勘違いするな、許容されてるんじゃない、許容させるように己の存在を投じるだけだ」

 

 ツキカゲはパンを食べ終え、ハンモックの上で仰向けに寝転がる。 そうなればカヨウから見てツキカゲの表情は殆ど見ることは出来ない。

 

 「そうすることでしか、この世界じゃ生きていけねぇ……」

 

 ツキカゲの最後の呟きは、カヨウに向けられていない響きであった。

 どの方向に向けられているのでもない、ふと口に出た一言であった。

 

 「……己が認められる程、それ相応の働きをしろということですね!」

 

 カヨウはツキカゲの呟きを己への指導と解釈し、手を握りアホ毛を立てて奮い立った。

 

 「あ、いや、今のは──」 

 

 「私、頑張ります! ツキカゲさんのように強く気高く──」

 

 ハンモックの上で全貌と表情の見せないツキカゲに、カヨウは憧れを込めて声を上げる。 

 

 「──たとえ如何なる髪型であろうと、格好の良さを引き出せる人になりたいです!」

 

 「……ア?──」

 

 ツキカゲは己の束ねた髪に触れる。

 

 「──それって、俺の髪が可笑しいってことか?」

 

  そう言ったツキカゲの口調は、鋭いというより困惑しているようであった。

 

 「い、いえ! 決して可笑しくは──」 

 

 ツキカゲの髪型は、後ろ側は漆黒の長髪を束ねて流している。 だがそれと反対に、前髪の前面の一部はメテオリウムと同じ翠色であり、大きくカーブがかって顔の前面に垂れかかっている。 前後で違う髪型は、中々特徴的であった。

 

 「──ただスカライズでは一才見ない髪型であって……あ、地表でもツキカゲさん以外で目にしていません」

 

 「…………やっぱ可笑しいのか?」

 

 ツキカゲは無色の眼をハンモックから覗かせた。 全く納得出来ないと言うような、文字通りの疑問視であった。 

 

 「いえ! 私はあまりそう思わないです……むしろ格好いいのだと思います!!」 

 

 顔を赤く染め、蒸気が吹き出てるようにアホ毛を上へ揺らすカヨウ。

 

 「それら含め、ツキカゲさんに憧れているんです!!」

 

 「分かった分かった、いいから落ち着け」

 

 戦いの疲れを癒す暇なく、オーバーヒートしそうなカヨウをツキカゲは何とか静けようとする。

 

 「‥‥‥まぁ、アンタがいいんならそれでいいんだろうさ」

 

 「……エヘヘ」

 

 カヨウは己に自身を持ち、そしてツキカゲにも想いを持ち始めた事に気づくのはずっと後になってからであった──




 如何だったでしょうか?
 文字数が多くなりましたが、読み疲れは出ませんでしたでしょうか?

 何となく、本編で語れなかった髪型の事情をここで書きたくなり、今回の話の中心にしました(結構横道に逸れましたが(笑))。

 カヨウにとって初めての短髪、初めての世界。
 そんなこんなの中、カヨウにはこの世界で頑張って欲しいです。 作者の私も応援しています!

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