メテオリウム─翠晶眼の傭兵─   作:影迷彩

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 初めての二万文字……2週間かけて、少しずつ書き上げた結果が、とんでもない文章量に……
 書くのも疲れましたが、読むのも疲れそうです。そういった感想があれば是非とも感想欄にてお書きくださいませ。

 それでは最新話、私なりのアイドル回、終幕です。


──偶像の本心──

 (俺らのライブ、ここいらでお開きだ

 

 シンと静まり返った会場。数百人の観客がいながら、立ち上がって目を開く者はステージにいる俺ら三人以外に誰一人としていなかった。

 

──スラッシュの兄貴、今日も盛況だなぁ──

 

──あぁ、観客全員の心臓に届いたぜ──

 

 俺は観客席をステージから見渡した。吐血する者、臓器が吹き飛んだもの、全身が切り刻まれた者、生きている者は誰一人としていなかった。

 いや、

 

──スラッシュの兄貴、標的の近くに動きが──

 

──おいスラッシュ、今回のセンターはテメェだろうが、テメェ行ってこい──

 

 あいあい、たくっ 

 

 その時動いていたのがアイツだった。気絶していたところを起きて俺を見上げた目には、光が届いていなかった。額のコードでアイツが奴隷だと分かった。

 奴隷は歌っていた。血を吐きながらも、虚空の目を見上げて歌っていた。

 

 気まぐれだった。俺は仕事道具として使おうと思い、後の歌姫を拾った)

 

 

──ツキカゲは一歩、地を蹴った。“ヤギュウ”を振り上げ、リプルの胴体を狙う。

 リプルはギターを構え、弦にかけた指を小刻みに弾く。

 ツキカゲはリプルの眼の前に一瞬で立ち、大太刀を力込めて降り下ろした。

 リプルは寸前のところで横に回避、片手でギターの弦を弾きながら後方へ逃げる。

 

 (ワオ、片手が焼けるようだぜ……っ!!)

 

 実際、ツキカゲの放つ粒子に触れ、リプルの弦を弾く指は炎症を起こしていた。

 ツキカゲは片手を床につき、再度“ヤギュウ”を振り上げてリプルに突撃する。ツキカゲの眼は翠色に灯り、彼と“ヤギュウ”からは微量な粒子が流れていた。

 ツキカゲの鋭い視線はリプルの眼と合った。リプルの眼も、ツキカゲと同様に翠色に灯っていた。

 リプルを見定めながらツキカゲは周囲を警戒する。既にリプルの変異能は活性化したのだろうか。

 ツキカゲには鋭敏な警戒心には、リプルのかき鳴らすギター音のみが感じられる。非常に速く弾かされる弦からは、勢いだけでなく整ったメロディも込められており、高い音程がリズミカルに確実にツキカゲの耳に届く。

 エレクトロニクスな音調の中、ツキカゲの二撃目がリプルを襲う。

 リプルはギターを上に投げ、“ヤギュウ”の斬撃を受け止めた。

 激しく迸る翠色の血飛沫。ツキカゲは続いて三撃目で止めを差そうとした。

 

 「グッッッ!! 今からアンコール、俺のライブだ!!」

 

 突如、ツキカゲは翠色の血を吐き倒れた。

 全身の内側から切り刻まれたかのような激痛が襲いかかり、“ヤギュウ”で支えるツキカゲの筋肉は痙攣を引き起こしている。

 

 「ヒューッ、どうだい俺のギターテクニックはよ!!」

 

 リプルはキャッチしたギターを再度鳴らし続けながら、動けなくなったツキカゲに近寄る。

 ギター音が近づくにつれ、ツキカゲの全身も切り刻まれる激痛の感覚が増大する。

 

 「ぐほっ!?」

 

 「感じるか~い? 感じるよな~、あんだけ俺の出す変異能に感覚ビンビン立ててよぉ」

 

 リプルはギターを弾き続けながらツキカゲを見下ろす。陽気な言動は変わらず、しかし表情は淡白で冷めていた。

 

 「それが敗因だったな~、俺の変異能をテメェの変異能で打ち消そうって思ったか? 遅いな、テメェが斬りかかる時点で、既に粒子はテメェ周りに散布してある」

 

 リプルはギターの側面を開け、中から拳銃を取り出した。

 

 「だが、これだけ奏でて俺のギターが心臓に届かねぇとは……鉄みてーに固いんか、テメェの感情ってよ」

 

 拳銃の引き金にリプルは指をかけた。

 

 「感じねぇ観客はライブにはいねぇ決まりなんだ、じゃあな」

 

 

──ツキカゲさんっ!!──

 

 遠くから己を呼んだような声を、ツキカゲは感じた

 それと共に高速で銃声がツキカゲの真上を横切り、リプルの持つ拳銃を弾き呼ばした。

 

 「チッ……スナイプ・ガールか!!」

 

 続いてリプルの頬を銃弾が霞んで放たれた。リプルの頬が真一文字に切れ、翠の血が流れる。

 リプルは即座にギター前面を後ろ側に構え、ギターの裏面を盾にして逃走しようとする。

 

 「シャァァァァッ!!」

 

 WACK・Nが横から飛び出し、リプルがギターを構える腕に噛みついた。

 

 「っアイツらの猟獣か!!」

 

 リプルはギターをすかさず鳴らし、WACK・Nを悶絶させる。

 

 「シャァァァァッ!!」

 

 「グッ……!!」

 

 防御を解いた瞬間を突かれ、リプルの右肩が被弾する。

 

 「っ……あばよツキカゲ、対結晶型翠晶眼……俺らの憎悪対象よ」

 

 リプルはツキカゲを見下ろして悪態をつき、撤退に集中した。

 

 

──滑走路にて、アームドレイヴンのドアから飛び出したローは“Coil up snake”を展開、銃身の前面にフレキシブルシールドを構えて地面に突き刺し固定している。

 銃身に備えつけられた第三の眼(センサー)が逃走するリプルを捉えていた。

 

 「逃がすかっ!」

 

 ローは発砲を繰り返す。薬莢が次々と廃莢される。

 傍らにはカヨウが待機し、不測の事態に備えていた。

 

 「どうして……リプルさん」

 

 銃弾はギターに守られてリプルに届かず、足を撃ち抜くも路地裏に逃げ込まれ追跡困難となる。

 発砲を繰り返しながら、ローは獣のように野性的な眼の表情に曇りを差していた。

 

 「……アケヨ、GO!!」

 

 「っ……サー!!」

 

 アケヨが唇を噛みながらも、コルトガバメントを右手に構えてリプルを追った。

 

 

──「どういうことだよカーチス、テメェ!!」

 

サバイバは怒りの形相でカーチスの胸ぐらを掴んだ。

 

 「テメェか!! テメェが仕組んだのか!! いつから狙ってたオイ!!」

 

 「数日前からさぁ」

 

 カーチスは胸ぐらを掴まれても尚、平然と笑っている。

 

 「じゃあ……じゃあテメェは! 最初っからライブ中止の目的でセイレン達に近づいたのか!!」

 

 「ちょっと違うねぇ。セイレン達じゃねぇ、リプル一人だ」

 

 カーチスはサバイバの手を払いのけ、テーブルの卓上にホログラムを写す。

 

「サイレント・[スラッシュ]・リプル。それがアイツの本名」

 

 ホログラムに写ったのは、坊主頭で冷酷そうな出で立ちの兵士が撮られた写真であった。

 兵士は一見、顔の輪郭など違う雰囲気であったが、雰囲気や体格、そして翠色の眼でホログラムの兵士がリプルと同一であることが分かった。

 

 「翠晶眼至上主義解放団って知ってるよな、リプルはそこの要人暗殺部隊出身だ」

 

 リプルの様々な情報がテーブルの卓上にホログラムで写し続けられる。サバイバは真実だと認めるしかなかった。

 

 「翠晶眼至上主義解放団の活動が全盛期の頃、コイツは軍の上層部や上流階級、町一帯を仕留めてきた。“血の握手”事件にも関係しているらしい。翠晶眼至上主義解放団の中じゃかなり大物だぜ」

 

 「だからって!! アレは既に壊滅したも同然な組織じゃねぇか!! 本当だとして、今さら」

 

 サバイバはテーブルに平手を叩きつけた。ホログラムにノイズが走り、リプルのデータを点滅させた。

 

 「先日、とある軍が残党のアジトを抑えてよ、そしたらコイツの名前と次の作戦の伝達データが見つかった」

 

 サバイバは絶句し、口をつぐんだ。

 

 「翠晶眼至上主義解放団は復活を目論んでいる。リプルは明らかに参加している……リプルは傭兵じゃねぇ、ただのテロリストだと分かった今、俺ら傭兵がやるべきは、任務の遂行だぜぇ。私情は一切捨てな」

 

 ホログラムのノイズが治まり、リプルの情報が写し続けられる。

 サバイバはその情報を、ただ読むしかなかった。

 

 

 (初めて聴いた音楽は何だったか。

 初めて感動した曲は何だったか。

 いつから俺達の公演は暗殺用となったか。

 

 俺達の持つ変異能は、奏でる音に粒子を乗せ、音を聴いた対象に特定のリズムを鳴らすことで変化を及ぼすものだった。

 俺の場合は“スラッシュ”、俺の奏でるギターを聴いたものは“斬撃”の効果が及ばされ、体内から切り刻まれる。

 

──何か倒れちまったじぇねか、あの人間!!──

 

 バンドの一員である“ドーン”が、俺の拾った奴隷をドヤす。

 

──食べ物が足りねぇじゃねぇか、何か食わせたら?──

 

 もう一人の一員“シェイプ”が奴隷を見下ろした。

 

──スラッシュの兄貴、何でコイツ拾ったんですかい?──

 

 偽造だ。この奴隷を注目させて、人間として潜入する。

 

──そういうことですかい兄貴、じゃあこの人間に何をさせます? 目が見えねぇんで、用途は限られますぜ──

 

 見えねぇなら都合がいい、俺達の姿が分からず、口を割られても俺らが特定されることはねぇ

 

 俺はこの女を歌手として出す。幸い歌えるらしい。コイツを前に出して俺らは目だたず後ろで演奏すればいい。

 

──なるほど、いいアイデアじゃねぇかスラッシュ。だが、そうなると使い捨てかぁ……上玉なのに、勿体ねぇな──

 

 どうでもいいだろ、俺らの目的は、俺らを否定する人間の殲滅だ。俺らが生きる為に、連中を排除して俺らの世界を作るんだよ)

 

 

 

 「同じ翠晶眼に狙われるとは、悲しいなぁ……」

 

 暗い路地裏を、リプルは胸の傷を押さえながら呻き歩く。

 

 「なぁおい……コチラはリプル。“サイレント”だ」

 

 リプルは小型の通信機を出し、連絡を取った。

 

 [リプルか……久方ぶりだな、貴様から連絡を取るとは]

 

 通信機から、若いながらも冷徹な響きを含んだ声が流れる。

 

 「いやぁねぇ、俺もテメェらと連絡を取るのは身バレするしゴメンでさぁ……バレちまったけどなぁ、テヘッ」

 

 リプルは陽気な口調で笑ったが、その表情を一瞬で冷ました。

 

 「そういうことだ。救援でも何でも頼みたい。コッチはアンタらの指す標的を仕留めるんだ、そのあと逃走のだって必要だ。だから寄越しやがれ、テメェら潜んでる軍団をよぉ」

 

 通信機の向こうの人物は押し黙った。

 

 「仕留めたら復帰なり何なりしてやるよ、だから頼む。急いでくれ。俺はこの命令を終わらせなきゃならねぇんだよ……っ!!」

 

 [その命令だが、貴様が終われてしまったのは、我ら残党の1グループが襲撃され、命令伝達のデータが流れてしまったからだ]

 

 「だろうと思ったよ、たくっ……顔でもまた変えなきゃならねぇのかよ。テメェらには後で文句を言うから」

 

 [そういうことだ、我らの拠点が判明しないよう、迂闊な救援は出せない]

 

 「……おい、待てよ、おい」

 

 リプルは渇いた声をあげる。

 

 [健闘を祈る。我ら翠晶眼があまねく世界へ]

 

 通話はそこへ途切れ、通信機はノイズのみしか流さなくなった。

 

 「……クソッッッタレが!!」

 

 リプルは通信機を投げ飛ばした。通信機は道路にぶつかり、画面がパキリと割れた。

 リプルは大きく息を吐き、ギターの弦を調節する。胸の痛みは潤滑剤で抑えている。

 

 「……あぁ、この公演に失敗は許されねぇ。成功すれば俺は……アイツの生活は」

 

 

 

──「何事か!!」

 

 夜の町に、エイリーンはホテルから飛び出して騒ぎを聞きつける。

 どうやら広場で争乱が起きたらしい。更に、それを引き起こしたのは翠晶眼だとも。

 

 「エイリーン! 貴方まで出なくても! 私たちだけでも先に」

 

 「何を言うか! 罪なき民が危険に晒されているのだぞ! それを見捨てるのは、我が正義に反する!!」

 

 エイリーンはトランクからMt・TB“オサムネ”を取り出した。SERF所属ということで、特例により持ち込みを許可されていたのだ。

 

 「これより警備隊と合流及び支援を担当せよ! 我らスカライズ警察三番隊、推して参る!!」

 

 地表人に構うな。

 そう言おうとするカギホであったが、エイリーンの曇りなき正義感のある構えに、何も言えなくなった。

 

 

──あ、あ、

 

 ツキカゲは全身の内側から切り刻まれる痛みに耐えながら、“ヤギュウ”を杖にして身を上げた。

 痛みと共に、ツキカゲの脳内であらゆる痛みが無理矢理のように思い出された。

 

 あ、あ、あ、

 

 いつかの戦場。いつかの拷問。いつかの致命傷。かつての敗因。

 痛みに関するあらゆるモノが、ツキカゲの脳内で起き上がる。

 リプルの変異能による回想だと分かりながらも、ツキカゲは頭を抱えて呻き込む。

 

 あ、あ、あ、

 

 戦場での痛みは絶えなかった。戦場は止まず、ツキカゲに次の闘争を与えていた。

 かつての敗因、かつての犠牲、かつての別れ、死別。

 ツキカゲは痛みの記憶に苛まれながら、携帯通信機の通話に気づく。ツキカゲは携帯通信機の画面を開けた。

 

 [ツキカゲェ! まぁたぶっ倒れてんなぁ、ウンウン唸ってんの見てて笑えるぜ!]

 

 「カーチスっ……に……がした。逃がした……」

 

 [知ってるぜぇ、今アケヨちゃんが向かっているところだ]

 

 「!? 何で追わせた!!」

 

 [ローは機動力ねぇだろ、今サバイバを向かわせてる。それまでアイツにサイレントを追わせる。猫野郎は回収した]

 

 携帯通信機の向こう側で、カーチスが邪心溢れる笑みを浮かべた。

 

 [テメェは大人しく倒れてなぁ。アケヨちゃんがどうにか行動するさ]

 

 ツキカゲの眼が見開き、微かに翠色に灯る。

 ツキカゲは懐から多量の潤滑剤を取りだし、迷いなく己の首筋に勢いよく打った。

「あ、ああ、ハァ……AAAAAAAAAAHAHAHAHAAHA!!」

 

 ツキカゲは吠えた。咆哮が辺りの死屍累々とした広場に響き、ツキカゲから痛みも記憶も吹き飛ばした。

 

 

──「えぇ、ですから、私は町を去ります」

 

 ホテル至近のコンサートホール、その通話局にて、エリーはトランクを担いで連絡を取っていた。エリー以外にも、多くの旅行者が町から避難する連絡を取っていた。

 

 [お待ちくださいエリザベド様!! 明日の会談はどうするおつもりで]

 

 「中止よ中止。突然(いくさ)まただもの、こんな所に長居は無用なの、町長さん」

 

 [グッ!!]

 

 電話の向こうの人物は、エリーが聞いても明らかに悪態をついた。

 

 [で、では商談は!? 我が町の宣伝と貴社の商品との繋がりを設けるというのは]

 

 「うーん、ナシになるかな。もう去るし」

 

 エリーは町長の狼狽を気にも留めない。

 

 [何をおっしゃりますか!! 我が町ほど規律と平和を尊ぶ町は他に有らず]

 

 「うん、まぁそこは良かったです。尊び過ぎてつまらなかったのですけれど」

 

 町長は絶句し、荒息だけを通話に流した。

 

 「規律と平和を尊ぶ。で、それが地表にとってどういいのかしら? 平和を優先し、規律を固めて、異常を排除したこの町なんて、その辺の村の飯より上手いぐらいだわ」

 

 [ですから! 貴女はその何処が気に入らないと]

 

 「排除、という時点でよ。“財団(うち)”は流通が主な企業。少しでも多くの人間に商品を行き渡らせたいの。たかが上流階級だけに流されるルートなんて、収入にも満足にも足らないわ」

 

 エリーは言葉の調子を変えず、しかし確実に毒を含めて、町長と反対に冷静さを保っている。

 

 「まぁ規律だけは褒めてあげるわ。私から”大事な付添人”を引き離したのですもの、その事は一切忘れない」

 

 最後の一言だけ、エリーは怒気を含んで言った。

 通話は向こうから切れた。

 

 「ま、この町も所詮お飾り達の寄せ合だし、さぁて」

 

 エリーが電話から振り返ったとき、建物内で悲鳴があがった。

 エリーの目の前には、翠色の血を至るところから流しているリプルがいた。

 

 「あら、さっきのライブの……」

 

 リプルは周囲を押して逃げる住民達に目もくれず、そんな中で驚きも恐怖もしないエリーに眼をつけた。

 

 「おい、嬢ちゃん」

 

 「あら、ナンパかしら」

 

 「俺の人質になれ、乱暴はしねぇよ」

 

 リプルは陽気な口調のまま、冷めた表情でエリーを睨んだ。

 エリーは、ただ疲れたようにため息をつくだけだった。

 

 

──(ドーン、テメェの散り様、ロックだったぜ

 

 俺たちはドーンの使っていたドラムを砂漠に埋めた。

 すぐ近くでは、ドーンを探して奴隷がキョロキョロしていた。

 

──ドーン……?──

 

──セイレンちゃん! ドーンは自分だけで曲作りたいって言って出ていきやがったんだ! だから心配するなって、今もドラムを叩いてるだろうぜ!!──

 

 シェイプが泣きそうな表情で奴隷の頭を撫でて安心させた。

 バンドの中でも一際身内に優しく接するシェイプは、人間の奴隷を道具として大事に扱い、どこか甘えさせていた。

 ちなみにセイレンという名前はサイレントをアナグラムしたものらしい。

 

 ──そうですか……ではドーンさんに負けないよう、いい歌を歌いましょう!!──

 

 セイレンはよく笑い、そして口笛を吹いた。まだ幼い彼女は自分の虐げられた記憶に蓋をし、日々の気持ちよさのみを抜き出して歌詞を作っていた。そんな感情で吹かれる歌は、俺らにも快い気分にさせるものであった。

 

 ……行くぞ、シェイプ。あと……セイレン

 

──あぁ兄貴……次のライブはいつなんだ? 早くドーンの分も、アイツらの心臓を裂きてぇ!──

 

 身内に優しいシェイプは、しかし標的に対しては容赦がない。

 まぁそりゃ当たり前だ、俺達は人間嫌いなのだからバンドを組んだ。

 俺達を恐れて排除し蔑み道具として扱うアイツらの心臓にビートを届けるのが、俺たちの行うライブだ。

 

 セイレン、歌うのを止めろ

 

 だから俺は、セイレンの歌が嫌いだ。誰かと一緒に歌える。そんな幻想に浸っている姿を見ると、虫酸が走った)

 

 

──「何を行うつもりかしら?」

 

 「ライブだ」

 

 エリーは人質として部屋の真ん中に立たされていた。

 ここはコンサートホール会場、町一帯の通信網を繋ぎ、アナウンスも行えるステージだ。これから何らかの予定があったからか天井は開いており、雲から漏れる月光が会場を照らしていた。

 

 「この町では、定期的に町長直々の演説がアナウンスするんだろ?」

 

 「そうね、町の政策がどうこうと……なに、私が人質というアナウンスでも送る気?」

 

 エリーはリプルに対し蔑むような口調を投げた。

 

 「いや、そんなことより手っ取り早いものがある……」

 

 リプルは潤滑剤を首に打ち、胸の傷の痛みを和らげ再生も促す。

 

 「音楽だ。俺の音楽を町一帯の心臓に届ける」

 

 エリーは初めて感情を顔に表す。危険を感じ、目の前のリプルを殺人兵器という驚異と見る目であった。

 

 「直に鳴らさなくていい、俺の粒子に共鳴するのはメロディだ。特定のメロディを一部のミスもなく鳴らせば、町中に事前にばら蒔いた俺の粒子は変異する」

 

 リプルはギターを構える。痛みは消え、エリーのみを観客としたライブを開こうとする。

 

 「今までそうして標的と、ついでに邪魔な人間も排除した……それが俺らの奏でる音楽だ」

 

 リプルはギターの弦に指をかけた。これから、冷酷無惨な曲で観客を切り裂くべく、ギターに取り付けたハッキング装置を作動する。

 

 「さぁ、ライブの開幕だ」

 

 

 

──カヨウは回転ドアを抜けて走る。

 

 「ハッ、ハッ」 

 

 ツキカゲが倒された。そのことに戸惑いながら、カヨウは標的のいるコンサートホールへと向かう。

 ツキカゲを倒した相手なんて、自分がどうにかできるわけじゃない。

 今まで翠晶眼の戦いを目の当たりにしたが、どれも苛烈で破壊に満ちていた。

 自分は、これからそんな者と相対するのだ。恐怖で唇が震える。

 カヨウはその唇を噛む。今真っ先に動けるのは自分だけなのだと、恐怖を圧し殺す。

 

 「ハッ、ハッ……リプルさん!!」

 

 

 

 

──エイリーンはコンサートホールへと向かう。

 咄嗟に出撃した為部下達は置いていってしまったが、ここで動かずば、スカイカントリーと如く素晴らしいこの町に危機が及んでしまう。

 

 「ここで止まれば、エイリーンの名が廃る!」

 

 遂に通信塔へと辿り着いたエイリーン。

 しかし同時に、己の背後からプレッシャーが迫ってきた。

 

 「き、貴様、何奴!?」

 

 エイリーンが振り返った瞬間、翠色の刀身がエイリーンを襲う。

 エイリーンは咄嗟に抜刀した。一撃、二撃、三撃。エイリーンはツキカゲと三手切り合った。

 

 「フッ、これほどの技前、私と同等の剣術だと……!!」

 

 ツキカゲは、己の行く手を阻むエイリーンを見定める。

 

 「フッ、貴様、我が名を覚えいけい!! 我はスカライホアウッ!?」

 

 “オサムネ”の刀身を地に差し、エイリーンは堂々と名乗る。

 しかしツキカゲはそんなことに構いなく、鞘から太刀を射出した。エイリーンは太刀の柄を額にモロに食らい、そのまま意識を失い倒れてしまった。

 ツキカゲは気絶したエイリーンを無視し、通信塔へと向かう。

 その表情、獲物の居場所を捕らえた獣のようであった──

 

 

 

──「待、待ちなさい!」

 

 扉を勢いよく開け、カヨウはコルトガバメントの銃口を前に向けた。

 会場のステージにはリプルが、観客席にはエリーがいた。

 

 「エ、エリーさん!?」

 

 「あら、アケヨさん」

 

 エリーはカヨウに、焦ったような冷や汗を流す顔を向けた。

 

 「嬢ちゃんじゃねぇか、セイレンはどうした?」

 

 リプルもカヨウに顔を向けた。少し驚いた表情であり、ギターの弦から指を離していた。

 

 「セイレンさんは回収しました!」

 

 「あぁ……ありがとう、サンキューな。それを言いに来ただけかい?」

 

 リプルは一息つき、カヨウを睨んだ。

 

 「で、ですのでリプルさんも……降参してください!!」

 

 カヨウは恐怖に呑み込まれながら銃口を震わすも、リプルの翠色の眼と合いながらコルトガバメントを下げない。

 

 「リプルさん! もう止めてください! セイレンさんの大事な人が、こんなことをするなんて耐えられません!!」

 

 カヨウは必死になってリプルと対峙する。会場が静寂に包まれた。 

 

 「大事な人ねぇ……人ねぇ……大事にしてんのは俺だってのによぉ……ハハハハハ!!!」

 

 リプルが俯いたかと思いきや、高らかな笑い声と共に宙を見上げた。

 

 「なぁおい、アイツは俺の道具だ!! 隠れ蓑なんだよ!! しかも資金を生んでくれるんだ!! たかが人間の奴隷の癖に!!」

 

 ハハハハハ!!とリプルは笑い続ける。

 

 「なぁ嬢ちゃん、俺が今までアイツに対し思っていてのはそういうことだ、俺はアンタが思うほどセイレンと一緒じゃねぇのさ」

 

 リプルの嘲笑は、カヨウを動揺させた。

 

 「アイツが俺の何を知っている!? 翠晶眼だと言ってねぇ!! アイツは俺を理解しないまま一緒にいるだなんて歌って、俺はアイツに共感しないまま今も奏で続ける」

 

 「そんな……そんな!!」

 

 「嬢ちゃん、結局俺なんてそんなものさ。アイツを道具としてしか扱ってなかった」

 

 リプルは笑うのを止め、再びカヨウを睨みつけた。

 

 「だからね、アイツを人質にしても無駄だ。俺はその時点でアイツを捨てる。」

 

 ギターの弦に指をかけ、リプルは演奏を開始した。

 

 「リプルさん!!」

 

 「裂かれな、俺のライブに!」

 

 リプルはギターの弦を勢いよく弾き、演奏を開始した。

 カヨウとエリー、そして中継が伝わった町全体に、リプルの演奏が響き、粒子が共鳴した。

 

 

──リプルは本気の演奏中、常に孤独を感じていた。

 このメロディを聞いたものは死ぬ。耐え難い痛みと共に、音楽によって切り刻まれる。

 粒子は止まらない。常に人間相手に使用してきた俺の変異能は、意識せずとも人間の前で展開してしまうようになっていた。

 

 俺は音楽が好きだ。自分の気持ちを皆に伝えられる。俺が思ったことを、周りに波紋させられるんだ。

 じゃあ俺が伝えたいことって何だ? 昔っから人間は悪だという演説しか教わっていなかった俺には、それしか奏でる歌がなかった。

 

 一緒になんてなれねぇんだよ、俺は心の奥から人間を嫌っている。人間どもをこうして簡単に殺せる俺に

 

──私たちは“とも”

 感じとれるのは共通なの

 

 私たちは平穏を思う

 私たちは喜びを思う

 私たちは一緒になろうと思う

 

 表のライブは盛況であった。

 奴隷という身分を隠し、失った目にゴーグルをかけて隠し、そしてたぐいまれなる歌声で、セイレンは皆に愛されるアイドルとなった。

 予想外の事に俺らは戸惑いながら、徐々にその人気なって、そして甘受していった。

 

──兄貴、俺……今回の任務が終わったら、この稼業を止めせさせていただきます。

 

 標的のいるアジトへの潜入直前、シェイプはそんな言葉を吐いた。

 

──今まで俺、ただ人間を殺すことしか考えなかったっす。それが翠晶眼の生きる道だと……だけど、最近のライブでも生きれそうだと感じてるっす。

 

 シェイプはたじたじとしながら、呆然としていた俺に赤い頬の笑顔を向けた。

 

──それに俺、セイレンの歌う曲が好きっす。彼女の感じたことままの歌詞、聞いてると何かこう……一緒に平和に暮らす道もあるのかなーって

 

 シェイプ……何を言ってやがる……例えそうだとして、俺らの手はもう

 

──俺、セイレンをサポートしたいっす。そしてこの曲を、もっと人間にも死なない範囲で聞いて欲しいっす!──

 

 

 

──ふんふんふふーん♪ あ、スラッシュさん? シェイプさんは?──

 

 ……アイツはバンドを抜けた。

 

 俺はシェイプの得物だったキーボードを担いで言った。

 キーボードにこびりついていた翠色の血液は、既に消滅していた。

 

──そ、そうなんですか……──

 

 お前に礼を言いたかったってさ。「セイレンのおかげで、幸福に去れる」ってな

 

 そう言って俺は唇を噛みしめた。唇が切れ、血が口ににじんだ。

 

──う、うう……スラッシュさん──

 

 ……アレだ、俺はお前を見捨てねぇ

 

 俺はセイレンの目のない顔を撫でた。髪はストレートで綺麗に流れていて、心が荒みきった俺にも安心感を与えた。

 

 だから、俺と共に色んな町を回ろうぜ。そしてお前の歌を、皆に届けようぜ

 

 

 (俺らがセイレンと歌う資格なんて、昔からねぇんだな)──

 

 

 

 あなたと共に有りたい

 砂と閃光とノイズをかき越えて

 

──「……っ何だ!?」

 

リプルの演奏する音楽と共に、透き通った美しい歌声が中継で流れる。

 リプルはギターを弾きながらも動揺し、辺りを見渡した。

 

 「どこからだ!! どこから流れている!! セイレン!!」

 

 カヨウは呆然とし床に座り込んだ。

 リプルのギターとセイレンの歌声、どちらも非常に秀逸なメロディであり、幻想へと飛ばされるような音楽であった。

 

 

 

──数分前、アームドレイヴンにて。

 

 「ツキカゲの戦闘から考えると、今回の相手は【陣地形成(フィールド)】と【精神感応(アクセス)】タイプだねぇ」

 

 カーチスはタバコを吸いながら、ツキカゲの戦闘データを読み取る。

 

 「音楽に乗せて発動し、相手に作用するか……コイツは難しいねぇ。音である以上回避も困難だ」

 

 「どうすりゃいいんだよ、そんな変異能相手に!?」

 

 サバイバはテーブルを叩き、カーチスに迫る。

 

 「どうすりゃいいって? 簡単じゃねぇか、音を消せばいい」

 

 「はっ?」

 

 「音を消すんだぜ。やり方なんてある」

 

 カーチスはタバコの煙に、自分の指を震わせながら重ねる。

 

 「音っていうのは空気の振動だ。だから例えば、別の音をぶつける。それは全く反対の音でだ。そうなると音という振動は、反対の振動と合わさり音は相殺される」

 

 カーチスの指が、タバコの煙と合わさり見えなくなった。

 

 「サイレントは恐らく周りを纏めて“ライブ”で始末するつもりだ。その時に、アイツの演奏と真逆な音楽を歌えばいい」

 

 「なっ、おい!! 簡単そうに言ってるが、じゃあ誰がその音楽を奏でるんだ!? ウチにはそんな音楽に達者なヤツはいねぇぞ!!」

 

 「いやいや、いるじゃねぇか今なら」

 

 カーチスは笑うことを止めず、タバコを灰皿に押しつけて席を立ち上がる。

 

 「歌姫がいるじゃねぇか、サイレントの偶像(アイドル)がよ」

 

 

 

 アナタは深い心の奥に溺れていて

 私が光でアナタを引き上げる

 

──「クソッ、ハッキングか!!」

 

 カヨウはリプルのギターとセイレンの歌声にあてられる。

 心の奥が引き裂かれるような痛み、だがその痛みはセイレンの歌声に救い上げられる。

 

 

──(セイレンさん、アナタの歌声が必要だ)

 

 風音も立たない滑走路で、セイレンはマイクを握りしめながら歌う。

カーチスという男に、リプルが今セイレンから離れようとしていると聞いた。

 聞こえる音楽は、セイレンとの決別の証だと言う。

 (そんなのは嫌です!! 私はもう、離れたくない!?)

 

 マイクはサバイバの持つタブレットに繋がり、ローがサブアームをタブレットに繋げてハッキングを行っている。

 

 (ハッキングは順調のようだ。ロー、アッキー、セイレン……頑張ってくれ!!)

 

 

 私は暗いを照らしたい 

 光となってアナタと歩きたい

 

──「止めろ!! 邪魔だ!! セイレン!!」

 

 リプルのギターを弾く手は止まらない。音楽はメロディを保ったまま激しさを増す。

 カヨウは音楽の持つ痛みに倒れそうになるも、セイレンの歌声がその痛みを和らげてくれる。

 

 

 私はあなたと歩きたいの

 暗く染まったアナタでも、私は手を繋いで歩きたい!!

 

──(いつからリプルさん達といたかなんて、もう覚えていない。顔も分からない……)

 (だけど、歌が私とアナタを繋いでくれた。私達は歌が好きだと繋がってくれた!!)

 

 「うるせぇぇぇ!! 俺はお前を守りてぇのに、そんな歌を流すんじゃねぇよ!!!」

 

 中継は既に遮断されていた。二人の演奏中に、ハッキングが切れたのだろう。ギターに備え付けられたハッキング装置も作動しない。居場所を特定されたのだろう。

 ステージで弾かれるギターは、セイレンの歌声を無くしてカヨウとエリーを襲おうとした。

 そのとき、パリィィィンと壁が崩れた。

 壁を斬り破り、ツキカゲがリプルへと真っ直ぐに向かう。

 リプルはギターを鳴らし続けようとした。だがツキカゲの様子が先程と全く違うことに気づいた。

 ツキカゲの翠色の眼が真っ直ぐにリプルを見据えていた。それ以外は見ず、それ以外は感じない。目の前の獲物(リプル)にのみ感じる五感全てを捨てて集中していた。

 

 俺は久しぶりに恐怖を、敗北を感じたよ。

 

 (コイツ、俺の音楽を感じてねぇ!!)

 

 どうしてなのか、どうして感じていないか。

 

 (五感を捨て、本能だけで動いてやがる!!)

 

 本能のみで動いてることを、ツキカゲの表情が証明した。

 

 (そして……笑ってやがる!!)

 

 リプルを斬る範囲に飛び込んだ、それは正に獲物を捕らえた肉食獣がごとし。

 その顔は、冷酷無慈悲な、鋭く口角をあげている笑顔であった。

 

 (こんな奴に、俺の音楽が通用するわけねぇな……化け物がよ!!)

 

 リプルが演奏を止めた瞬間、弦を引いていた右手が、腕がツキカゲの振るった“ヤギュウ”によって切断された。

 

 「っっっっっっっっぐぅおおおおおお!!!」

 

 ツキカゲは後ろに飛び、すかさず二撃目を構えた。

 その隙にギターから拳銃が展開され、リプルは左手で拳銃を構えた。

 

 「止め!! でなければ女を」

 

 リプルの構える拳銃の銃口がカヨウを、続いてエリーに向けられた。

 

 

──ツキカゲは停止した。それはリプルの忠告を聞いたからか、あるいはリプルが突然吹き飛ばされたかは、彼自身にも分からなかった。

 

 

──グシャァァァァァァンと激しい空音と衝撃が鳴り、リプルは上空より放たれた物体に半身を貫かれ倒れた。

 

 「ぐはっ…ぐるあああああああああああ!!」

 

 リプルは咄嗟に左肩を見た。左肩には大型の杭が突き刺さっており、左腕は皮一枚でやっと繋がっている状態であった。

 

 

──滑走路にて。

 警備兵の一団が出撃し、騒動の共犯者を捕らえるべくアームドレイヴンという名称の輸送機へ向かっていた。

 

 「貴様、何者だ!?」

 

 隊長が目の前の者に銃口を向け、他の警備兵もそれに続いてライフルを構えた。

 ロングコートを羽織った目の前の者の風貌は異様であった。身長は3mはあるだろう。大柄ではなく、しかし細いように見える引き締まったスタイルは見るものに隙を見せず、そして右肩には何らかの武装が煙を立ち上らせて構えられていた。

 

 「ひ、ひぃっ!?」

 

 隊長は長身の者と目が合い恐怖した。

 その者の髪は長い白髪であり、風に吹かれて表情を隠されている。

 だが、髪からは突き出た口元と牙が見え、月光に頭の角が照らされていた。

 明らかに人間の顔でないその者は眼帯をしており、見える片眼は翠色である。

 その容姿、まるで悪魔のごときロングコートの化け物は、隊長を一瞥した後、武装を構えたまま歩き去った。

 

 「ま、待てい!!」

 

 叫んだ隊長であるが、手に構えたままライフルは戦意を喪失して手から落ちていた。 

 

 

 

──「一時間」

 

 エリーは観客席を離れ、リプルの眼の前に出た。

 

 「貴方の余命よ、あと一時間で死に至るわ」

 

 「っど、毒か……!!」

 

 杭がステージの床に落ち、リプルも杭と共に倒れ落ちた。

 エリーはその様子を見届け、スカートを持って観客席から走り去る。

 カヨウの横を、エリーは通過する。

 

 「助かったわ、クランチェイン」

 

 エリーはカヨウに一言添え、会場から出ていった。

 唖然としていたカヨウはエリーを目で追い、そしてツキカゲの様子を目にした。

 

 「ツ、ツキカゲさん!!」

 

 カヨウはツキカゲに近づこうとし、彼の様子に足を止めた。

 

 「ツキカゲさん……?」

 

 ツキカゲは呆然としており、そして怒りを顔に滲ませていた──

 

 

 

──「リプル……さん?」

 

 リプルは驚いて声のあがった方を向いた。

 そこにはセイレンが、壊れた壁に手をかけて立っていた。

 

 「セイレン!?」

 

 『アッキー、セイレンがそっちに行った!』

 

 カヨウの持っていた携帯通信機に着信が入り、カヨウは通信に出た。

 

 『どうにかしてリプルを降参させろ! っ……待て、コンサート内に警備兵が!!』

 

 

──「どうしたのリプル、さっきから騒がしすぎるよ?」

 

 足を震わせ、周囲の観客席にぶつからぬよう気をつけながらセイレンはリプルの気配へと近づく。

 

 「今日のリプル、いつも以上に痛々しいよ。私のことで何かあったの?」

 

 「気にするな、別に何ともねぇぜ……ゲボッ!」

 

 リプルは翠色の血を吐いた。痛みでも傷でもなく、全身が壊れていくような感覚であった。

 

 「リプル!?」

 

 「気にするんじゃねぇ! 俺はお前に気にされる程の者じゃねぇからよ」

 

 「気にするよ! だって離れないか心配だもの!!」

 

 ゴーグルを外し、セイレンはリプルと顔を合わせた。

 見えない目、額に刻まれたコード。その顔は涙で濡れていた。

 

 「えぐっ……こんな私を拾ってくれて……いつも側で助けてもらって……ライブが終わったら泣いて笑ってくれて……私の歌はね、リプルさん達が作ってくれたんだよ!」

 

 泣きじゃくりながら、セイレンはリプルのいるステージへと辿り着いた。

 

 「私はね、たくさん歌いたいよ……皆一緒にいれば幸せな気持ちになれるんだって歌いたいよ……だからね、まだリプルとライブしてたいよ」

 

 「セイレン……俺は」

 

 「リプルがいれば私は幸せなんだよ、リプル達がいたから歌ってこれたの。もし周りがリプルを嫌いでも、私はずっと側にいたいんだよ」

 

 風前の灯火にあるリプルに、セイレンは両手を広げて差しのべた。

 月光に照らされ、優しき偶像である彼女は美しい姿をリプルに見せた。

 

 「セイレン……お前は」

 

 リプルはセイレンを見上げ、立ち上がった──

 

 

──「いたぞ! テロリストだ! 撃てい!!」

 

 会場内に武装した警備兵が突撃した。

 奥にいる町長が、怒りと共に警備兵に命令した。

 

 「止めて!!」 

 

 カヨウの制止も届かず、ステージに向けて一斉射撃がなされた。

 ズドドドドドドドドッという銃撃音が、曲にように会場に響き渡った。

 

 カヨウはただ見過ごすしかなかった。

 ステージで、セイレンの前にリプルが自らを盾にし、銃撃を全て受け止めた姿を、見過ごして何も出来なかった。

 

 

──「ぐっ仕留め損なったか」

 

 町長は舌打ちし、仁王立ちするリプルを睨んだ。

 そして横で俯き立ち尽くすツキカゲに気づく。

 

 「傭兵か、フフっ、テロリストはワシらが討った。貴様らは町から消え去れ」

 

 ツキカゲは俯いたままだ。

 町長は苛立たしげに地団駄を踏んだ。

 

 「アレはワシが仕留めた化け物だ!! 聞こえんのか!?」

 

 「何だとオイ?」

 

 ツキカゲは顔を上げた。

 町長は激昂しており、ツキカゲの表情を見ていなかった。

 

 「残ったテロリストの仲間も捕らえる!! 地表で最もな平穏を崩しおった罰は、奴隷が一生奉仕しても足りぬぞ!! ありとあらゆる責め苦を与えてやる!!」

 

 「クランチェイン!!」

 

 リプルは殆ど残っていない気力をふりしぼり、力の限り叫んだ。

 

 「セイレンを守ってくれ! 俺のものを全て報酬にする!!」

 

 「テロリスト、何を!?」

 

 「任務了解」

 

 その言葉を合図に、ツキカゲは町長に一瞬で近づき、太った腹を思いきり蹴り飛ばした。

 

 「あっだばぁぁぁぁぁ!!?」

 

 「貴様!! 裏切るというのか!?」

 

 警備兵が一斉に銃口を向けた。

 ツキカゲは警備兵を見渡した。その表情は怒りに染まっており、標的をリプルから警備兵に移していた。

 

 「俺の獲物だ……横取りするんじゃねぇよテメェらぁ!!」

 

 獲物を獲られた怒り、溢れ出る闘志は放つものを失い、ツキカゲの内に暴れて彼を咆哮させた。

 ツキカゲは砕け散った“ヤギュウ”を捨て、警備兵に突撃する。

 殴り蹴り突き武器を奪って斬る。いつもの戦法を、いつも以上に怒りを持って警備兵を蹂躙した──

 

 

──「リプル……さん?」

 

 「なぁに、心配するな。たまにやってるショータイムじゃねぇか」

 

 リプルは全身から翠色の血を流しながら、倒れたセイレンへと振り向く。

 

 「そ、そうだよね! 心配することなんてないよね!?」

 

 「あぁ、心配なしに去れる」

 

 「……嘘よね」

 

 セイレンは呆然とし、そしてポトポトと再び涙を流す。

 

 「ごめんな、だって俺はもうギターを弾けないんだ」

 

 リプルは手をあげてお手上げした。

 右肘から先はなく、左肩も抉れており上がらなかった。

 

 「だからお前の横にいても何も出来ない、何もしてあげられないだろ?」

 

 「ただ、私といて!!」

 

 セイレンは泣きじゃくりながら、顔に手を当て俯いた。

 

 「貴方達がいたから私は歌えた、貴方達が私に一緒にいる幸福を、平穏を教えてくれた!!」

 

セイレンは顔を上げた。目に見えずとも、リプルが苦しそうに別れを告げたのは分かっていた。

 

 「まだ共にいましょう!! 私にとって、隣にいる貴方は愛を教えてくれたアイドル(憧れ)だから!!」

 

 涙は止まず、セイレンは必死に笑顔を作った。

 リプルは胸が突かれたように痛くなり、しかし苦しそうな表情は笑顔へと変わっていた。

 

 「お前も、俺にとってアイドル(偶像)だ……」

 

 リプルはセイレンに倒れ、彼女を安心させようと抱こうとする。

 

 「お前と一緒で、幸せな気持ちになれた……今までお前を守れて良かった……お前を愛せて、俺達は救われた……」

 

 翠色の血は流れが止まっていた。

 全身から、全てが喪うのをリプルは朦朧となる意識の中で感じた。

 

 「リプル……っ!」

 

 セイレンはリプルの首筋に手を伸ばそうとする。

 リプルは泣きながら、満足気な笑みを浮かべていた。言いたいことを全て言い終えて、やり残しも後悔もないといった表情であった。

 翠色の眼が、光を失い閉じていく。

 

 「歌い続けてくれ、俺達が想い続けた、お前の歌を歌い続けてくれ──

 

 

 さようなら、愛しき俺達の歌姫

 

 

 リプルの身体が翠色の粒子となって散り、消滅した。

 粒子は倒れたセイレンを通過し、夜の空へと消えていった。

 

 

 「リプル……えぐっ、わああああああああ!!」

 

 セイレンは泣いた。リプルには二度と会えないと感じ、泣く度に心に穴が空く気がした──

 

 

──「ふえぐっ……!!」

 

 カヨウは口元を手で塞ぎ、嗚咽を押し殺して泣いた。また何も出来なかった無力さからの悔しさ、そして初めて見た別れに悲しくなり、涙が止まらずに泣いた。

 

 (何も出来なかった……リプルさんを止めていれば……私があのとき歌に止まらず、動けていれば……!!)

 

 「カヨウさん?」

 

 セイレンは泣きながら、カヨウの声を耳に拾った。

 

 「セイレンさん……ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい……!!」

 

 「カヨウさん」

 

 セイレンは涙を抑えきれず、それでも笑顔を作った。

 

 「リプルを、ここに止めてくれて……ありがとうね」

 

 「う……うわあああああああああ!!」

 

 感謝と悔しさ。双方が入り交じり、カヨウは堪えきれず大声で泣くしか出来なかった。

 

ツキカゲは空へと消えた翠色の粒子を、同じ翠の瞳で見届けた。

 足元には無力化した警備兵や町長が、意識を失い重症で倒れていた。

 

 「……何だよ、チクショウが」

 

 ツキカゲはリプルから生き甲斐を奪い取った。奪い取るだけだった。倒せば終わりであった。

 ツキカゲの戦いを邪魔した要因、そして先に去られた苛立ちと悲しさが、ツキカゲの闘争本能を抑えるように埋められていく。

 

 (獲物が先に逝くんじゃねぇよ……翠晶眼は、何も残らねぇじゃねぇか)

 

 

 「任務……逃避」

 

 

 

──激動のテロリスト討伐から一夜が明けた。

 

 「平和を乱す悪党は何処だ!!」

 

 気絶していたエイリーンは、担架の上で起き上がった。

 

 「エイリーン!」

 

 調査をしていたカギホがエイリーンの目覚めに気がつき駆け寄った。

 

 「何やってるのエイリーン! 貴方が無茶してはダメなのよ! 私がいなければ」

 

 「すまなかった……しかし、この町が襲われるとなれば、私は止まることなんて出来ない」

 

 エイリーンは凛々しく、自分の正義感に真っ直ぐであった。

 

 「確かに、この町はスカライズに近いかもねぇ」

 

 カギホは顔をくもらせた。曇り空よりも暗く、食い縛った口元から苛立ちも読み取れる表情であった。

 

 「どうせこの町も汚職が山ほどあって出来た町よ、富と栄えることしか考えていない、貴方の嫌いな人種だらけよ」

 

 「な!? まさか、そんなことが」

 

 エイリーンは担架から降りた。額には包帯が巻かれており、頭痛もしたのでエイリーンは頭を押さえた。

 そしてエイリーンは、担架で運ばれる町長に気づき顔を向けた。町長も気づき、看護員の制止を振り切ってエイリーンに駆け寄った。

 

 「スカライズ殿!! 貴殿方もこの町を去るのですか!?」

 

 「近々去ろう。だが安心してくれ、この町を脅かした悪党は必ず私らが」

 

 「テロリストは殺した!! だがクランチェインとかいう者共、奴らは許せん!!」

 

 「クランチェインだと!?」

 

 エイリーンはそのワードに驚き、眉をしかめた。

 

 「ワシを蹴り飛ばしバカにしおって……ワシがこの町を繁栄させたんだ! 富と栄光の為に!! ここには金も名声も平穏もある!! 邪魔な下等民族もいない!! それを邪魔し、踏みにじりおって!!」

 

 「……今なんと?」

 

 クランチェインに憤ったエイリーンは、その矛先を変えた。

 

 「町長殿、貴方はこの町に何を目指すつもりか?」

 

 「そんなの、富と繁栄に決まっておろう」

 

 「その結果は、どこに向かうというのだ?」

 

 エイリーンは町長に厳格な態度を見せる。

 

 「まさか、この町のみに留めるというのか」

 

 「当たり前であろ! このアムドゥスキアスのみが地表にある平穏、我々上流階級のみに与えられる特権なのだから!! 生まれながらにして得た特権を、あの奴隷と化け物は踏みにじりおったのだ!!」

 

 「……そう考えているのか」

 

 エイリーンは踵を返し、町長から歩き去る。

 

 「待、お待ちくだされ、我々とスカライズの共存の話は」

 

 エイリーンは立ち止まり、目のみを町長に向けた。

 その目は、町長を避難していた。

 

 「町長殿、栄華は誰もが努力すれば得られるもの。生まれながらにしてあるものではない」

 

 エイリーンは早々にアムドゥスキアスを去ろうと決めた。この町に、己が求める真の規律はなかった。

 カギホはそんなエイリーンを見て、憧れるように微笑んだ。

 

 「ん、何だ、あの軍隊は?」

 

 エイリーンは、コンサートホールに入る部隊を目にした。

 

 「あれは本部らしいよ」

 

 「本部だと?」

 

 「えぇ、“エニマリー本部直轄部隊”、その一番隊らしいよ」 ──

 

 

──「状況はどうだ?」

 

 破壊された形跡が多く残ったコンサートホール。

 その中では、数名の傭兵が現場を捜査していた。

 

 「まぁた派手に壊しやがって……事後処理が大変だっつーの」

 

 スーツを着た傭兵が呆れ果てて愚痴を言った。風貌は傭兵というより不良(ヤンキー)、マフィアの幹部である。

 

 「たくっ……司令、この件はどう報告しましょう?」

 

 スーツの傭兵は司令という役職にある壮年の女性に尋ねた。

 女性は長身であり、女性ながら傭兵達の中で最も屈強な威圧感を放っている。

 シワのある顔は冷静であり厳格、周りの傭兵全員を従えているのが一目で分かる容姿でであった。

 その肌色は、褐色である。

 

 「死傷者は何人だ?」

 

 「死亡が35名、意識不明が20名、負傷者が25名」

 

 「大惨事だな……首謀者、サイレントはどうなっている、コード?」

 

 「うーうー、これはねぇクラッカー司令」

 

 ステージの上には、コードという名の少女が突っ立っていた。

 その全身は拘束衣とベルトで縛られており、唯一空いていた背中も老兵によってベルトで閉じられた。

 

 「消滅してるねぇ。粒子残留がそう告げてるよぉ」

 

 コードは頭までもが拘束衣で覆われている為に顔が最小限にしか動かせず、眼だけをクラッカー司令に向けた。

 その眼は、翠色に染まっていたが一瞬で色彩は消えた。

 

 「そうか……死亡者数はボカせ、痕跡は隠滅しろ。町の外部に知られては、我々や翠晶眼にとって面倒なことになる」

 

 「隠滅、ねぇ」

 

 コードを担いだ、最も巨駆な容姿の老兵がため息をついた。

 

 「司令よ、コイツは面倒になるで。いくら翠晶眼への風評を抑えるっつったって、このアムドゥスキアスで起きたんや。ニュースにはなってしまうで」

 

 「それには問題ない、ここの政策が情報発信も何もしないだろう」

 

 「そうなんか?」

 

 「これから、より鎖国状態を強めるだろう。外部を遮断し、上流階級のみが生きれる鳥籠へとなってな」

 

 「……成る程ね、ほんま残念な町やな」

 

 老兵は呆れながら頭をかいた。

 彼に担がれたコードは、一つ思い出し「あっ」と声をあげた。

 

 「どうしたコードちゃん、何か読み取り残しか? 武装跡から、財団の“メリープ”が関係しとるのは分かっとるで」

 

 「ううーん、あのねぇ、スッゴい痛い粒子が混じってたぁ」

 

 コードは顔をしかめて答えた。

 

 「痛い粒子……あの“戦闘鬼”の坊主か」

 

 「うんーたぶんそれぇ。あのスッゴく嫌な粒子はソイツだねぇ」

 

 「……クランチェイン、またあのパーティーか……となると、負傷者20名は奴の仕業やな」

 

 クラッカー司令も顔をしかめ、開いた天井から曇り空を見上げた。

 

 「あのバカも……いつまでこんなパーティーにいるつもりだ、たくっ……」

 

 そしてクラッカー司令は一同を見渡し、命令を送る。

 

 「傭兵達!! これより、クランチェインを発見するなり捕らえよ!! 奴らの破壊行為は、最早看過出来ぬ!! 我々傭兵の矜持は破壊ではなく、地表の調停なのだから!!!」

 

 

 

 

──上空、アームドレイヴンにて。

 

 「……さて」

 

 「アケヨ、大丈夫?」

 

 「ニャア?」

 

 食卓ではサバイバとロー、WACK・Nが座っており、カヨウを心配していた。

 事の顛末は後から聞いており、その場にいたカヨウの気持ちを二人と一匹は考えていた。

 

 「アッキーは頑張ったさ、翠晶眼と対峙して何もなかったんだ、生きることが傭兵にとっての第一だぜ」

 

 「何もなく、故に無事だった、OK」

 

 「ダメだ! フォローになっていねぇ!!」

 

 そろそろカヨウが起床してくる頃。

 昨夜は泣き腫らした顔のカヨウをロッカールームに行かせることしか出来ず、何も出来なかった。

 

 「よし、こうなったら何杯でも奢ったる! いい店連れてって腹一杯食わしてやる!!」

 

 「秘蔵武器、全部贈る!」

 

 「ニャアア(足)!!」

 

 皆が各自でカヨウを労う方法を考えていたときである。

 

 「おはようございます!!」

 

 扉を開け、カヨウが腹から声を出して挨拶をした。

 

 「アッキー!? お、おはようだぜ」

 

 「おはよう……?」

 

 「ニャアオ?」

 

 カヨウの元気な挨拶に、一同は驚いて目を丸くした。

 

 「今日も1日頑張ります! よろしくお願いいたします!!」

 

 「お、おう、よろしくだぜ……」

 

 色々と考えた予定が覆されいく気持ちになり、サバイバ達は混乱した。

 

 「な、なぁアッキー……あとで一緒に飯食おうぜ」

 

 「ハイ!」

 

 カヨウは敬礼で返事をした。

 

 「……無理しなくていいぜ、辛かったらよ」

 

 「ありがとうございます、ですが大丈夫です」

 

 アケヨは皆に笑顔を向けた。泣き腫らした顔が、元気を取り戻したように明るかった。

 

 「今朝、セイレンさんに言われました……」

 

 

──アムドゥスキアス周辺、そこはアムドゥスキアスに入れず、あぶれた者達が集う町であった。 

 

 「事情は分かった、ウチが引き取ろう」

 

 滑走路にいる警備兵が名乗りをあげた。

 

 「あの町で働いたことがあるが……息苦しいったらありゃしねぇ。あんな所に連れてこられて、嬢ちゃんも辛かったろう」

 

  そういう理由により、セイレンはこの無名の町に保護されることとなった。

 

 「アケヨさん、ですよね? 今私を見送ってくれているのは」

 

 警備兵に連れられながら、セイレンは顔を向けずにカヨウに気づいた。

 

 「ハイ……」

 

 「今回、貴方にはたくさん助けられたわ、私を助けたこと、リプルを引き留めてくれたこと……貴方は誇っていいわ、誇りなさい、この結果を」

 

 口を噛み締め、カヨウは再び泣くのを堪えた。

 

 「私はこれからも歌うわ、あの“人”達の想いを、皆にも届けたい」

 

 そしてセイレンは初めてカヨウに振り返った。

 泣き腫らした顔を、満面の笑みに染めて。

 

 「好きな人の隣にいる幸せを、その人達の前で幸せに笑える歌を」──

 

 

──「だからです、私は笑顔でいます」

 

 カヨウは満面の笑みを必死に作る。

 

 「皆が好きで幸せだから……私と一緒にいる皆に、幸せな気持ちでいさせたいから」

 

 カヨウの肩は、小刻みに震えていた。

 

 「だから泣いていられないです、少しでも多く笑って、あの人の分も、皆さんと一緒にいたいです」

 

 「アッキーぃぃぃぃぃ!!」

 

 サバイバはカヨウを力強く抱き締めた。

 

 「うっ苦しいです……っ」

 

 サバイバの豊満なバストに顔を埋められ、カヨウはあたふたと慌てた。

 

 「頑張った! お前は頑張った! 俺達が認める、お前はホントに立派に任務を遂行した!!」

 

 サバイバは男泣きしながら、なおもカヨウを強く抱き締める。

 ローもWACK・Nも、眼元に涙を浮かべながらカヨウに体を沿わせ頭や足を撫でる。

 

 「皆さん……苦しいですって……くすぐったいですって……また、また泣きたく」

 

 サバイバの抱擁の中に、カヨウは嗚咽を漏らし始めた。

 

 

 

 「お疲れさんだぁツキカゲ。久しぶりの暴走はどうだい?」

 

 「っ!」

 

 ツキカゲに強い怒気で睨まれ、カーチスはお茶ら気ながら両手をあげた。

 

 「いやいやぁ、暴走を引き起こすコントロールが出来たってのも、中々成長してると思うぜぇ」

 

 「っち……」

 

 「ただねぇ、翠晶眼を殺すのは勘弁してくれなぁ。お前らは消滅しちまうから、倒したっていう証拠が出しにくい。ま、音声データはあるしいいけどねぇ!」

 

 「俺は殺してない!!」

 

 カーチスに踵を返し、ツキカゲは叫んだ。

 

 「分かってるぜ、お前は殺せないもんなぁ」

 

 カーチスは笑い声のような口調で、立ち去っていくツキカゲに言葉を投げかける。

 

 「お前は壊すだけだもんなぁ、壊すだけで満足だ、町も、戦場も、生き様ってヤツも」

 

 ツキカゲは振り向かず、カーチスから去っていった。

 

 「死ぬまでそんな戦闘を続けるかい……化け物どころじゃねぇ、バカ者がよ」

 

 「ふふふ~誰に似たんでしょう?」

 

 カーチスの側に寄り添いながら、グレイはいつもの優しく甘い声をカーチスに囁いた。

 

 「おいおい、俺はバカじゃないですようだ!」

 

 「じゃあ化け物だ~性格クズの化け物~」

 

 グレイはふんわりと笑い、そして急に暗い表情となった。

 

 「……化け物でもいいから、カーチスは離れないよね?」

 

 そんなグレイを、カーチスは抱き寄せてキスをした。

 

 「お前の方がバカじゃねぇか。お前は俺の所有物だ、手も口も離すかよ」

 

 グレイは顔を赤くし、目を伏せた。

 

 「そんなことより、ツキカゲこそ離れんじゃねぇぞ……そろそろ首輪をつけなきゃな」──

 

 

──サバイバ達と泣き合ったあと、カヨウはロッカールームにてぼんやりと天井を眺めた。

 電灯に埃が照らされている。煌めく翠色の粒子のように。

 

 「……ずっと、一緒にいたいよ」

 

 カヨウはローから譲り受けたレコードディスクから、耳にかけたヘッドホンを通してセイレンとバックバンドの奏でる曲を聞いていた。

 

 あなたという光が射しこむ

 砂と閃光とノイズをかき越えて

 私は深い心の奥に溺れていて

 あなたという光が私を引き上げる

 

 近くにはハンモックにツキカゲがふて寝していた。

 カヨウに不機嫌さを見せず、ハンモックに身を委ねて眠るツキカゲに、カヨウは今まで接してきた交流を思い出した。

 

 (私も、ツキカゲさんに守られている身……ツキカゲさんに拾われ助けられた身……)

 

 まばゆいあなたは暗い私を照らし 

 光となって私に道を指した

 私はあなたと歩く

 暗く染まった私をあなたは手を繋ぐ

 

 (私は、ツキカゲさんをどう思っているのだろう?)

 

 私たちは、いつまでも手を繋いで歩んでいく




 ……いかがとも言いません。文章の作り方や展開、キャラの顛末などに苦しかったところが多いのを私自身が一番分かっているからです。

 それは、私が今持っている想いを全てぶつけたからかもしれません。実際作詞をしてみたら、私の感性や感情がそのまま表されていて、この作品に書きたい思いが何なのか分かってきましたから。

 そんな作品を読んでいただいたことに、私は読者にとても感謝しています。
 こんなノリですが、今後ともツキカゲとカヨウわクランチェイン、そしてメテオリウムという作品をよろしくお願いいたします。

 そして相談ですが、“日常”に掲載した話数を、本編にも加えようかなと考えています。
 “日常”には感想などもある為、そのまま残そうと思いますが……アドバイス、お待ちしています。

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