メテオリウム─翠晶眼の傭兵─   作:影迷彩

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 まず、今回書いた内容ですが、私の人生で初めて題材にしたテーマです。
 故に、いつも以上に展開を飛ばし気味です。あと、今回書いた曲のイメージはデンジャーゾーン、というよりそのままな歌詞です。

 ちなみに、作者は最近広島へ行きました。とても海の広く、広大な山に囲まれた自然の綺麗な、港町の活気がいい場所でした。こんな場所で、あんな惨劇があったなんて信じられない程に。
 
 あと、タランティーノ作の『ジャンゴ』を見ました。軽快なテンポと骨太アクション、人種差別を扱ったヘビーな物語が男前でした。

 あと最近ヘキサギアにハマりました。Twitterに上げているので是非閲覧を→影迷彩 (@kagenin0658).

 そんなこんなの近況報告を終えて最新話です。


──異種の定義──

 「お、さっきサインを貰ったガール!」

 

 滑走路近くの広場にて、カヨウ達がピザで昼食を済ましているところ、一台のバイクが駐輪した。

 

 「あ、えと、リプルさん!」

 

 バイクからリプルが降りる。サングラスが雲から射し込む昼の日光に反射して煌めく。

 

 「飛行船だってのに、最高速度で駆けた俺のバイクよりも速いじゃねか!」

 

 離れた所に停めてあるアームドレイヴンを羨望してリプルは褒め称える。

 

 「まぁ、俺のアームドレイヴンは他と違い特殊機構を積んでるからな、自慢だが速いし快適だぜ!!」

 

 「揺れ、激しい」

 

 「慣れりゃ揺れってのは気分いいだろ! え、そうじゃねぇか?」

 

 サバイバとローがいつものやり取りを繰り広げるなか、リプルはローに親近感を抱いた。

 

 「ん、さっきのスナイプガール……眼に何もかけねぇのか」

 

 リプルはサングラスを外し、ローの無色の瞳と自分の眼を合わせる。

 

 「人前出不、故、かけない」

 

 「スナイパーだからねぇ。そっか」

 

 「……翠晶眼(エメリスタリー)、人前、珍しい」

 

 「だよなぁ!! 俺もセイレンがいなけりゃ弾かれてただろうよ(・・・・・・・・・)!!」

 

 リプルは大きく笑いながらサングラスをかけなおし、三人の女性を見渡した。

 

 「ってなわけで、皆さん方は待合かい?」

 

 「宿泊許可は貰ってる。今はウチの責任者が何か色々話し込んでるところだから、それが終われば買い物ぐらいはしようかな」

 

 「皆さんの方、そうですのね!」

 

 バイクに待機しているセイレンが聞き耳を立て、紙とペンを取り出す。

 

 「何だ、ここで招待するのか」

 

 「招待、だと!?」

 

 「招待っ?」

 

 サバイバは輝かした目をセイレンに向ける。ローは目は向けないが耳を立てる。

 

 「あぁ普通はその町で販売のディスク購入で招待なんだがなー」

 

 リプルは頭をかき、セイレンを咎めるか考えた。

 

 「……ま、アンタ達には今朝助けてもらった。まだお礼は払ってねぇが、これは安くなっちゃわないかい?」

 

 リプルは口元をニヤつかせた。相手のどう返答するか予想出来ているのだが、それでも質問してしまっt故である。 

 

 「いやいや! むしろ高すぎる!」

 

 サバイバは喜んで手拍子を叩く。

 

 「あぁっと、じゃあ決まりだ。セイレン、サイン二枚だ! あと一人分はさっきのサインでよろしくな!」

 

 「は、はい! ありがとうございます!」

 

 先程のサインを抱き抱えてカヨウは顔を輝かせながら礼を言った。

 セイレンはサバイバとローにサインを渡し終え、リプルと共にバイクで走り去る。

 「あの……セイレンさんって、もしかして……目が……見えない……えと」

 

 カヨウはその先をどう言おうか迷い、口がどもってしまった。

 

 「盲目って噂は聞いたが、本当だったとはな……歌詞にも納得だ。目の情報が殆どなかった」

 

 サバイバはサインを見つめる。サインを持つ手が震え、笑みを抑えきれなくなる。

 

 「ラ、ライブ……」

 

 ローはセイレンに手渡されたサインを震えなが掴んで見上げる。

 

 「ライブかぁ。楽しみだな、お前ら!!」

 

 サバイバは浮かれながらカヨウとローに肩を組ませた。

 

 「み、皆様で……!」

 

 カヨウは顔を赤くして緊張した。

 誰かと何か遊びに行く。そんなことはカヨウの人生において一度もなかったからだ。

 

 「ラ、ライブ……楽しみです!!」

 

 

──「サバイバにローちゃん、お前ら入禁なぁ」

 

 待合室にて。カーチスが書類に目を通しながら告げる。

 

 「……な、おい、マジかよ、おい」

 

 「この町が何なのか、サバイバは知ってるだろ? 地表で最も規律が通り、中流以上の市民が平和に暮らす町だと」

 

 カーチスがタブレットに画像を写す。画像はアムドゥスキアス市民が笑顔で、各々の日常を満喫しているものである。

 

 「どうして平和か。前科持ちや翠晶眼の入国を問答無用で禁じているからさ。犯罪を犯す者をなくしてるからこそ、この町は地表で最も治安がいいのさ」

 

 カーチスはいつもの笑顔のまま、淡々と理由を告げた。

 

 「俺はいいさ!! カーチスの言う通り前科持ちだからなぁ!! だがよ、どうしてローまで入れねぇんだ!! まだだろくな戦歴、前科もないだろが!!」

 

 サバイバは激昂して立ち上がった。自分の扱いでなく、ローの扱いに対する怒りからである。

 

 「サ、サバイバ……」

 

 椅子で諦めのついたように座るローはサバイバを見上げた。

 

 「そう怒るなって。そこが危険なんだとよ、翠晶眼なんて、何を起こすか分かったものじゃないってさぁ」

 

 カーチスは笑みを崩さないまま、詰め寄るサバイバに暗い目を合わせた。

 

 「っ……だからって、そりゃあねえだろうが……」

 

 「俺なんて酷いぜぇ。顔だけで入禁されかけたんだ。ついついニヤけちゃうだけなのにさぁ! ハーッハッハ!!」

 

 カーチスは琴線でも触れたかのように高らかに笑い出す。その笑い顔は、暗い目と合わせて感情を覆い隠しており不気味であった。

 

 「許可が取れたのは、まだ新人なアケヨちゃんぐらいだなぁ……他は人種に前科、人相でなぁ」

 

 「ニャアオ?」

 

 カヨウの側で寝ていたWACK・Nが無色の瞳の目を開けた。

 

 「まだ情報は行き渡ってないからねぇ、ソイツは連れていけばぁ?」

 

 ローがWACK・Nを睨みつける。その眼の表情は、WACK・Nがカヨウの護衛につくのを羨ましがるようであった。

 

 「ニャオウ……」

 

 WACK・Nは困り、しかしカヨウの足に寄り添ってニヤニヤした表情へとなった。

 

 「……あの」

 

 納得したような表情の全員の中に、ツキカゲの姿を探してカヨウは周りを見渡す。

 彼は、既に部屋にはいなかった。

 

 

 

──カヨウはメモを手にして辺りを徘徊し、店で食料や衣類を買っている。

 品物は詳細にメモに書かれていた。そして、メモに記載された要求と全て当てはまる程に品物の水準は高かった。 しかし、武装品だけは何処にも売ってなかった。

 

 「これで全部……ふぅ」

 

 カヨウは俯いて溜め息をついた。その溜め息は、疲れたからではなかった。

 

 「ニャオウ!」

 

 隣でゴーグルをかけたWACK・Nが鳴く。

 

 「あうっ!!」 「きゃっ」

 

 WACK・Nの静止空しく、俯いていたカヨウは人と衝突し、お互いに倒れてしまった。

 

 「す、すみません! あ、林檎が!!」

 

 相手の篭から地に落ちて転んだ数個の林檎を、カヨウは慌てながら拾い上げる。

 

 「あ、あの、その……大丈夫よ、転んだだけだわ」

 

 相手の女性は気品に満ちた口調で立ち上がった。薄い羽織に白いセーター、長いスカートの出で立ち。スラリとしていて均整の取れた長身の女性は、上品な態度でカヨウに手を差しのべた。

 

 「林檎もわざわざ拾うなんて。暇なのかしら、貴方は」

 

 カヨウは両手で林檎数個を抱き抱えて立ち上がる。カヨウの腕に沿うように、女性も差しのべてた手を上げてカヨウと向かい合う。

 カヨウは萎縮した。気品に満ち溢れた女性の表情が、今もカヨウを気にかけず職務に没頭しているであろう姉の表情と似ていたからだ。

 

 「い、いえ……ライブまで買い物を終わらすだけで……」

 

 「あら、やっぱり忙しいじゃない。ワタクシに構わなくても良かったのに」

 

 女性は首をかしげ、林檎を拾い上げたカヨウを物珍しげに垂れた目で見つめた。

 

 「え、えと、林檎です! すみません、迷惑をかけました! それでは!」

 

 「ニャオウ!!」

 

 カヨウは頭を下げて林檎を女性に手渡し、WACK・Nと共に去ろうとする。カヨウは女性の前で緊張し、気が落ち着けないからだ。

 

 「あら、待ってくださらない?」

 

 林檎を全て篭に戻した女性は歩き去ろうとするカヨウの手を掴んだ。女性の手からは香水の香りがした。

 

 「貴方、ライブに行くですって? セイレンのライブかしら?」

 

 女性は律した背で、だけど朗らかな表情を振り向いたカヨウの緊張顔と合わせる。

 

 「ちょうどいいわ。貴方、ワタクシとライブを見ましょうか」

 

 「え、どうしてでしょうか……?」

 

 「貴方が一人で、ワタクシも一人だから」

 

 女性は気品のある表情を、子供のように明るい笑顔に変えた。

 

 「ワタクシはエリー。よろしくね、貴方」

 

 

 

──CD売り場にて。

 

 「CD、買ってきたわ。中々のお値段ね」

 

 「二枚買ったのですか」

 

 人混みからエリーと名乗った女性は抜け出す。手にはケースに入れられた白いCDが二枚持っていた。

 

 「そうね、貴方の分もよ」

 

 エリーはCDを一枚、カヨウの手に差し出す。

 

 「あ、ごめんなさい! 私はサインがありますので!」

 

 「あら、そうだったの。いいわ、貰われなさい」

 

 カヨウはそのままCDを受け取った。CDには“地平線を迷う君へ”というタイトルが手書き

で書かれていた。

 

 「いいタイトルね。励ましになる」

 

 「そうですね……元気が出る曲です」

 

 「あら、曲を知っているのね。ワタクシはラジオで音楽を聞く習慣はないから、最近の流りなんて分からないわ……」

 

 カヨウは先ほど、地表を走り抜けた歌姫とギタリストを思い出す。聞こえ、肌で触れるだけの感覚で編まれた歌は、飾り気のない純粋な心を持っていた。

 

 「あの辺りで食事しましょうか」

 

 食卓のある庭つきのレストランにカヨウ達は止まる。空は夕暮れ時であった。

 入店したときに、にWACK・Nへ店員は訝しげな表情を向けた。

 

 「ペットはもう珍しくない。この町でも飼う人は増えてきているわ。それでも、どうしても外からの生物には恐怖があるのよね」

 

 窓際のテーブルにて、エリーはカヨウに話題を出した。窓の近くでは、WACK・Nがちょこんと座ったまま動かない。

 

 「恐怖……ですか」

 

 

(「あの、ロー先輩、サバイバさん。翠晶眼というのは、どういう存在なのでしょうか?」

 

 リプルが去ったあとの広場にて、カヨウの問いにローとサバイバは水筒を飲むのを止めた。

 

 「(先輩と呼ばれた!!)コホッ。翠晶眼(エメリスタリー)、ね……」

 

 内心では先輩と呼ばれたことに心を浮かせ、ローは翠晶眼、つまり自分自身について考える。

 

 「……索敵。眼、よく見える。強い」

 

 「そりゃ、エメリスタリーの中でもローだけだろうが……まぁ、最後の一言が核心だな。翠晶眼は強い」

 

 サバイバは腕を組んでため息をつく。それは、翠晶眼に対する感情からのため息であった。

 

 「強い故に、戦場のド真ん中に立つ者も多い。戦況を変え、ねじ伏せ、恐れられる」

 

 一息、サバイバは水筒を一杯飲む。プハッと飲み干してサバイバはカヨウの問いに対し再び答える。

 

 「結論から言えば、翠晶眼は異常とされて人間(俺ら)からイイ扱いはされねぇ。兵器として扱われ、人間じゃないとされてハジかれて……」

 

 カヨウはローに視線を向けた。ローは何とも感じてないような表情をしており、しかし少しだけ顔を俯かせていた。

 

 「人間、弱い。故、ローガン、恐い」

 

 「ロ、ロー先輩は怖くないですよ!」

 

 「え」 

 

 ローは色のない眼を丸くして、カヨウへ俯いていた顔を上げて向かわせる。

 

 「さ、最初は静かで……何と言いますか、尖っている感じで……近寄れませんでしたが、今はこうして一緒に食事できる。ロー先輩は、話すと全然怖くない、いい人なんです!」

 

 「ア、アケヨ……」

 

 ローは真っ赤に染まった顔を俯かせ、頭を両手で抱えた。

 

 「ブッ、フハハハハハハッ!!」

 

 サバイバは快活に大きく笑った。気持ちのいい笑顔は、ローをポカンと呆けるのに十分であった。

 

 「そうだよなぁ!! 話すとコイツ、短気だしヘタレだしチョロいし!!」

 

 「な!?」

 

 呆けていたローは、サバイバを睨んだ。

 

 「フハハハハハ!! そこまでローを分かってくれるの、俺以外にはアッキーぐらいだぜ……これからもコイツをよろしくな」

 

 「サ、サバイバさん……」

 

 「違う、サバイバ。ローガン、アケヨの世話焼く。焼かせて」

 

 「お、おう……」

 

 サバイバはローの返答に苦笑いした。

 

 「ま、ウチで尖ってるっつたら、ツキカゲなんてローの非じゃねぇしな……」

 

 ローはムスッと気を悪くしたような表情をした。

 

 「ローなんて可愛い方さ、ツキカゲなんて……人間だけじゃなく、エメリスタリーからも恐れられ、嫌われてっしな」)

 

 

 「まぁ、そんな感じで私の付き添いも入禁されてねぇ……ちょっと? 聞いてるかしら?」

 

 カヨウは回想を慌てて終える。

 

 「あ、あ! ご、ごめんなさい!! 翠晶眼について考え事を……」

 

 エリーは皿の上にフォークを置き、口元をハンカチで拭った。彼女が食したのはジャムのアップルパイ。飲み物は紅茶であった。

 カヨウも同じものを頼んでいた。カヨウは慌ててアップルパイを食す。

 

 「……ライブまでそろそろだけど、ゆっくりしなさいな」

 

 「すみません、あまり人と食事を取ったことがなくて、ペースを合わせることに慣れず」

 

 アームドレイヴン内では、各自がマイペースに食事をしており、その中でもカヨウは遅めの食事であった。

 

 「いいのよ、私は貴方のこと見てたいし」

 

 エリーはカヨウをじっと眺めていた。珍しげに、そして愛らしげな目線を送って。

 

 

 

──「いい町だ、規律があり平和だ」

 

 豪華絢爛な応接間にて、軍服の女性は窓からアムドゥスキアスの昼間の町並みを見下ろしていた。

 ストレートに伸ばした金髪、まだ若いながら華美な装飾の軍服に見合う気品を醸し出している。

 

 「何よりも……スカイカントリーのように気品がある、久しぶりに安心できる町だ」

 

 軍服の女性、エイリーン・ソウマは振り返り、長椅子に座る肥満体な男性と対面した。

 

 「スカライズの民より勿体ないお言葉、光栄に存じます」

 

 「謙遜するでない、町長よ。地表には1ヶ月で絶望したが、ここへ来て久しぶりに故郷の空気を思い出せた。この平穏な気持ち、感謝してもしきれないぐらいだ」

 

 エイリーンは食卓の席につき、ティーカップを手に取り中の紅茶を優雅に飲む。

 

 「それはそれは、誠に嬉しいお言葉です。何しろこの町は、"地表のスカイカントリー"を目指して築き上げたのですから」

 

 「ほぉ、地表人の中でも、高みを目指す者たちがいたのは驚きであり、そして尊重するべき心構えだ」

 

 エイリーンは紅茶を飲み干し、受け皿に戻して食卓に置く。

 

 「高貴な味だ。これに見合う都市であることも、この紅茶が美味である理由であろう」

 

 「えぇ。このアムドゥスキアスには選りすぐれた紅茶、選ばれし人種のみで約束された安寧は成り立っているのです」

 

 町長は両手を組み、エイリーンに穏和な表情を作りあげて向けた。

 

 「ところで、スカライズ警察偵察治安維持部隊(SERF)の御一行は、いつ出立なさるおつもりでしょうか」

 

 「ふむ、出立か……我らには指令がある、長居は出来ないな。明日の出立を予定する」

 

 「分かりました、この町で一番の宿に予約を入れましょう。おい!!」

 

 町長は手元のベルを振って鳴らした。

 チリンチリンというベルの音に反応し、肌の黒いメイドが入室した。

 

 「第一ホテルへの団体様最上階予約、それと食器を片づけろ」

 

 穏和な表情を憎々しい表情に一変させて、メイドに食器を片づけさせる。

 メイドは恐る恐る食器を片づける。町長がイライラし食卓を指でトントン叩いた所で食器は片づき終わり、メイドはそさくさと退出した。

 

 「手間がかかり申し訳ございません。ただいまホテルまでご案内いたします」

 

 「感謝する」

 

 「……ところで、ミス・エイリーン」

 

 エイリーンは厳かに席を立った。しかしそこを町長は引き留める。

 

 「何卒、この町並みをスカイカントリーに住む皆様方に御伝えくださいませ」

 

 「む、何故だ?」

 

 「それは……実は私ども、スカライズとの交易を謀っておりまして。この町並みをより高貴な景観にするには、スカライズの皆様方の御支援が必要なのです」

 

 町長は深々と頭を下げた。

 

 その表情が卑しい笑みに変わっていたのを、エイリーンは見逃さなかった。

 

 「……ふむ、考えておこう」

 

 「ハハッ、ありがたき幸せなり」

 

──「どんな話をしてたの、エイリーン?」

 

 受付室のソファーにて待っていたカギホは、戻ってきたエイリーンを確認してソファーから立ち上がった。

 

 「この町の発展に対する意思、そして構成された……我々スカライズにも並ぶ平穏があることが驚きだ」

 

 エイリーンはカギホに笑顔を向けた。普段の彼女が見せない、カギホにのみ見せる安心しきった笑顔だ。

 

 「スカライズに並ぶ……ねぇ」

 

 「カギホ、迎えが来たようだ。久しぶりに良い部屋に泊まれるぞ」

 

 エイリーンは開いたドアの先にある黒塗りの送迎車へと向かう。

 普段の堂々とした態度は抜け、無防備な背にカギホはついていく。

 

 「……地表ごときがスカライズと並ぶなんて、呆れるわ」

 

 カギホの呟きは、久しぶりの休息に臨むエイリーンには気づかれなかった。

 

 

 

──「ふーん……それにしても、この町もこんなに賑わえるのね」

 

 エリーは毒気のない口調で周囲を見渡した。外は既に暗くなっていた。

 場所は滑走路近くの広場、もうすぐライブが始まる。既に多くの市民で広場が埋まっていた。

 

 「賑わい、ですか」

 

 「えぇ賑わえている。この町でこういった集まりが許されるようになったのは、ごく最近の話よ」

 

 エリーは体をくつろぎかしてシートに座っている。リラックスしている間でも、彼女の凛とした上品らしさは失われなかった。

 

 「それまでは治安の悪化なんて言われて禁止されていたの。」

 

 背伸びをして、エリーは町を見渡す。

 

 「平和で綺麗な町だわ。だけど、活気がないわ。ただ平和の中に暮らし、日々を過ごすだけ。治安なんてがんじがらめに縛られて、和気藹々とした満喫なんて出来ないわ。そんな事したら、治安妨害で追放されるかもだからね」

 

 エリーはつまらないと言っているような表情になる。

 

 「ホント、この町は息苦しいわ」

 

 カヨウはスカライズでの暮らしを思い出した。ただ一人で屋敷で過ごし、勉学も一人でしていた時のことを。白く、清潔で、全てが管理されたあの都市を。

 

 「はい……ここも、とても息苦しかったです」

 

 カヨウは大きく息を吐き、そしてスッキリした表情でエリーと顔を合わせた。

 

 「今はそうではありません、ライブという集まりに、心が何と言いますか……浮きだっていて、気恥ずかしいです」

 

 カヨウは顔を赤らめた。心臓も高鳴っている。その高鳴りは回りの市民も同じであった。そろそろセイレンが入場するらしく、期待と物珍しさで最高潮に賑わっていた。

 

 「貴方って、面白いのについていくわね。見ず知らずらしいワタクシと一緒に見るなんて」

 

 足に腕を組ませ、エリーはカヨウに顔を向けた。

 

 「面白いといいますか……私、誰かとこういった祭に行くのは生まれて初めてなんです」

 

 「あら、そうだったのね。そっか、ワタクシと共に初めてなんだ……」

 

 カヨウは初めて、エリーが心からはにかんだ笑顔を見た。

 

 「うふっ、実は私、先ほどより緊張していたの、初めてのナンパでしたし」

 

 「ナ、ンパ……?」

 

 カヨウは言葉の意味を考え、言葉の雰囲気からある程度の意味を推測する。カヨウの顔は徐々に赤くなっていた。

 

 「シャァァァァッ」

 

 傍らにいるWACK・Nがエリーに威嚇する。

 

 「あら、ごめんなさいいね、子猫ちゃん。ところで、貴方みたいな初々しい少女、付き添いはいないのかしら?」

 

 「付き添いは……皆この町に入るのを許されませんでした……私、実は傭兵なんです、それで皆様も……前科があったり……翠色の眼というだけで入れない人もいました」

 

 「アケヨさん、翠晶眼は人間じゃないわ」

 

 エリーの目が細まった。怪訝な、もしくは遠くを見つめているような感情によって。

 

 「化け物よ」

 

 カヨウは思わず反論しようと乗りだし、その寸前で言い返す言葉が出なかったため乗りだすのを止めた。

 

 「……あら?」

 

 エリーは微笑んでライブステージを眺める。観客の歓声と共に、セイレンがリプルに手を引かれて現れる。

 

 「あの子がセイレンか!」「麗しい容姿だ」「それに比べ、相方の激しいこと……」

 

 初めて見る人種に、市民は様々な感想を口にした。

 褒めからも奇異からくる感情も全て受け止め受け流し、セイレンとリプルは皆の前に立った。

 

 「皆さん、こんにちは!」

 

 セイレンは心から楽しい声で挨拶した。

 

 「歌を聴きたい皆さん、全員来ているかしら?」

 

 歓声を受けながら、セイレンは綺麗な声を広場に行き渡らす。

 

 「それじゃ、最初の曲から行くわ! レディー!」

 

 そして、曲が始まった。

 

 私たちは走り去抜ける

 枷から外れ、危険な領域に突入する

 恐い、震える

 だけれど、私たちは感じたいの

 アナタとなら、私は檻を抜けられる

 愛するから、私はアナタと走り抜けられる

 

 私たちは走り去る。

 押し込められ、視界を奪われる檻から

 苦しい、痛い

 だから、私はアナタと走り抜ける。

 危険な領域でも、アナタがいるから恐れない

 アナタを愛する限り、私はアナタと走り抜ける。

 

 沸き上がる観客。 

 歓声に呑まれ、熱狂に呑まれ、カヨウの心臓はバクバクと揺れた。

 

 「……空っぽね」

 

 エリーはボソリと呟く。

 

 「こんな空っぽの市民には、綺麗な歌声とだけしか言えない。空回りね」

 

 エリーは、ギターをかき鳴らすリプルに注目した。

 

 「こんな偶像を支えるのは、あのギターの音楽ね……“財団”のCM曲を頼みたいわ」

 

 エリーは隣のカヨウに目を向けた。

 カヨウは目を輝かせ、歌に聞き惚れている。

 

 (いい笑顔……しかも感銘を受けてるだろうね……いい娘だわ)

 

 先ほどの食事をエリーは思い出す。カヨウの急いだ、だがマナーの取れた均整あるフォークでの食事を。

 

 「アナタ、富裕層でしょ、私と同じ」

 

 エリーの呟きじみた問いは、ライブの歌にかき消された。

 

 

 

──飛行場にて、外の様子はクランチェインの面々にも伝わった。

 

 「お、ここからでもよく聞こえんじゃね?」

 

 サバイバはアームドレイヴンの側でシートを敷き、その上に胡座をかいて座った。

 

 「バッチリ」

 

 ローは耳を立て、親指を上に指す。グッジョブである。

 

 

──「始まったじゃねぇか、ライブがよぉ」

 

 いつもの不敵な笑みで、しかしカーチスは不機嫌そうにグレイの膝枕に寝ていた。

 

 「カーチスはライブが嫌い?」

 

 「好きだぜ、多数が騒ぐ舞台ってのはよぉ」

 

 カーチスはグレイの傷痕がある頬を撫でる。

 

 「グレイちゃんはどうだい? この歌はよぉ」

 

 「う~ん」

 

 グレイは左手で手でカーチスの手を下に置かせ、右手の人差し指を自分の口元に当てる。

 

 「……やっぱり偶像は好きになれないかな、吐き気がするもの」

 

 

──「拍手ありがとう皆さん!!」

 

 拍手に包まれながら、セイレンはマイクを片手に市民に手を振った。

 

 「では、本日はあと」

 

 「待てぇぇぇい!!」

 

 突然、広場に警備兵が突入し、セイレンのいる舞台へ市民を下がらせて向かう。

 

 「警備兵、なんだい突然」

 

 「ギタリスト、貴様に話がある……エメリスタリーであろう、貴様は!」

 

 広場がどよめき、その中でカヨウは苦しむ。初めての人混みに、初めて感じる不の集合体に。

 

 「エメリスタリー……? リプルさん?」

 

 「セイレン、お前は下がってろ」

 

 「エメリスタリーはこの町に居てはいけない!! 我々の隣に、貴様のような化け物は有ってはならないのだ!!」

 

 警備兵の一人が拳を振り上げてリプルを殴った。リプルは声を上げなかったが、サングラスは彼方へ吹き飛んでしまった。静寂なる暴力の空気を肌で感じ、セイレンは恐怖からその場で座り込んでしまう。

 

 

──今までの息苦しさの奥にある感情、異端を排斥せんとする民衆に恐怖し、カヨウは泣き崩れそうになる。

 

 「セイレンさん!」

 

 思わずカヨウは立ち上がった。

 

 「エリーさん、お食事ありがとうございました!」

 

 カヨウは飛び出してWACK・Nと共に人だかりへと消えていった。

 

 「ツキカゲ……ふーん、なるほどね」

 

 エリーは外の人だかりをただ眺める。彼女の目には、あたふたした様子のカヨウしか写るものがなかった。

 

 

 

 「あ、あ、あ……」

 

 「アケヨです! エニマリーです、そこを通してください!!」

 

 カヨウはいつのまにか、セイレンの目の前に出ていた。場所は滑走路近くの広場である。四方八方を、騒ぎに乗った市民で囲まれていた。

 セイレンは目が見えずとも、カヨウの存在を、カヨウの声をしっかりと感じた。

 

 「ア、ア、アケヨ……」

 

 「あのときの女! ちょうど良かった!!」

 

 リプルはセイレンの横で、セイレンに詰め寄ろうとする民衆を睨んで引き下がらせていた。サングラスを外し、翠色の眼を見せつけて。

 

 「結晶の眼!!」

 

 「悪魔、化け物が!!」

 

 「お前達化け物のせいで、地表は戦争が絶えないんだ!!」

 

 「その女と一緒に、町から出ていけ!!」

 

 嫌悪感と恐怖から顔を歪ませて暴徒と化する市民、遠巻きにその様子を恐ろしげに傍観する市民、この争乱を止めようとする市民はいなかった。

 

 「皆さま……皆さま、リプルを虐めるのは!!」

 

 セイレンの顔に、市民の投げた石が当たった。セイレンはよろめいて倒れ、ゴーグルをおとしてしまった。

 

 「セイレンさん!?……セイレンさん?」

 

 集まった市民全員がセイレンの額を見た。目を抑えて呻く彼女の額には、バーコードが刻まれていた。

 

 「……ど、奴隷か!!」

 

 市民の怒号と共に争乱の矛先がセイレンへと変わり再開される。

 

 「アケヨさん!! セイレンを!! 滑走路まで運んでくれ!!」

 

 リプルは気絶したセイレンを背後のカヨウに託し、押し寄せる市民の前に立ちはだかりギターをかき鳴らした。

 DOUUUUUUUN!! 

 鳴り響くドの音。周囲がシャウトが走った。

 カヨウはセイレンを担ぎ、出るべき退路を探した。目の前に、市民が突然倒れ始めたことによる退路が出来ていた。

 アケヨは急いで退路を通った。倒れた市民が白目を向き息をしていないことに気づき、カヨウはワケも分からず恐れながら走る。

 

 「待て!! その女と化け物は尋問を」

 

 「シャァァァァッ!!」

 

 行く手に立ちはだかる屈強な警官に、WACK・Nが突進をかけた。

 倒れた警備弊を押しのけ、カヨウはセイレンと共に広場を逃走する。

 DOUUUUUUUN!! 

 「ま、待ててててててててて」

 

 鳴り響くエレキギター。起き上がろうとする警備兵は、しかし突如全身を痙攣させて再び倒れた。

 

 「ああ``あ``あ``あ``あ``あ``あ``」

 

 「行ったな、よし」

 

 警備兵の元へ、リプルが倒れている市民を踏んで歩み寄る。

 

 「ライブの始まりだ、邪魔もねぇ、俺だけのライブだ」

 

 朦朧とする意識の中で警備兵は目にしたものに驚いた。リプルの懐から取り出された拳銃である。

 

──「ツ、ツキカゲさん!?」

 

 カヨウはツキカゲに追いついた。おそらくカーチスに無理やり着せられたのだろうか、ツキカゲの衣装はスーツであるのだが、品を装うとはせずいつもの鋭い威圧感を放っていた。

 

 「アンタか、何でわざわざ追ってきた」

 

 「そ、それは……」

 

 カヨウはツキカゲを追った理由を探し、目が忙しなく泳ぐ。

 

 「ツ、ツキカゲさんは、どうしてここに……?」

 

 ツキカゲに対し、カヨウは恐れはするも悪い印象を持たない。しかし、ツキカゲがこの町に入れない類いの者であることは薄々分かっていた。

 

 「任務だ」

 

 「任務、ですか!? 一体なんの」

 

 「リプルの舞台を中止させ、この町から退去させる」

 

 「い……一体、どうして!?」

 

 ツキカゲはカヨウの蒼白した表情を見て、一瞬眼を伏せた。そして鋭い眼線で、カヨウの否定的な態度を突っぱねる。

 

 「アイツ曰く、『上からの命令だぁ』と。それが今回の俺の任務だ」

 

 「ツ、ツ……ツキカゲさん!!」

 

 カヨウは何と言えばいいか分からず、それでもツキカゲとの対話を望もうとした。しかしツキカゲは、カヨウの対話を待たず、踵を返して人混みへ入った。一般人の中では目立つツキカゲの容姿は、人混みの中で霧のように立ち消えて行った。

 

 「……ツキカゲさん!!」

 

 

 

──「おいおい……何か騒がしいぞ」

 

 「外、闇夜……アケヨ、心配……」

 

 窓から滑走路のバリケードの先を覗くサバイバとロー。

 

 「気にすることないんじゃねぇか。見慣れたものだからさぁ。むしろこの町にとっては、久しぶりの鬱憤ばらしじゃねぇの?」

 

 カーチスは外の騒ぎに構わず、椅子に寝転がって書類を見通している。

 

 「この町は結晶戦争で成り上がった人種の集まりだ、それ以外の人間には警戒し、蹴落とした人種は侮蔑する。そうやって閉ざされたコミュニティの集まりだぜ、ここはよぉ。翠晶眼なんて者がいりゃあ、問答無用で追放するさ」

 

 「おいカーチス……何の話だ、いきなりよ……ん、アケヨ!?」

 

 アームドレイヴンに駆け寄るカヨウを目視し、サバイバはアームドレイヴンのハッチを開けた。

 

 「アッキー、セイレン!?」

 

 カヨウはセイレンを降ろした。

 

 「セイレンさんの手当てを、お願いします!」

 

 クランチェインの看護担当であるグレイがセイレンに駆け寄った。セイレンを抱き起こしたとき、彼女の額のコードを見た。

 

 「……ふーん」

 

 カヨウは泣きながらサバイバに撫でられている。恐怖と閉塞感に詰まった涙を流しながら、グレイの冷めた表情を目にした。 

 

 

 

──リプルはギターを鳴らし終え、拳銃を懐に入れる。翠色だった眼から色彩が失われる。

 

 「さて、皆さん、アンコールはっ……黄泉にまで持っていくかい?」

 

 辺りは死屍累々として静まり返っていた。息をしているものはリプル以外にいない。

 遠巻きに見ていた市民も倒れている。息はしているかしていないか、時折ピクリと痙攣している。リプルの足元には、頭を撃ち抜かれた警備兵がある。

 

 「予想外だ……こんなところでライブするハメになるなんてなぁ……標的もいねぇし」

 

 リプルの周囲には翠の粒子が漂っている。夜の月明かりにて照らされていたそれら雲散霧消した。

 

 「標的はいないか……たくっ、早速疲れたぜ」

 

 「サイレント・[スラッシュ]・リプル」

 

 リプルは振り返る。倒れ伏した市民を踏んで歩み寄るスーツ姿の青年がいた。

 

 「市民の保護と俺の逮捕……じゃねぇよな」

 

 リプルの顔から陽気な表情が消え、冷たい目線でMt・TB“ヤギュウ”を構える青年を睨む。

 

 「そのフルネーム、もう使っていねぇのによぉ……どうして知ってやがる」

 

 「アンタの情報は全て掴んでる、テロリストが」

 

 ツキカゲは刀のように鋭い翠の瞳でリプルを睨む。

 

 「翠晶眼至上主義解放団の先鋒、“バンド・サイレント”の一人……そうらしいな、手前は」

 

 「……この情報漏れも、お前の仕業か」

 

 両者、片や大太刀、片やギターを構えて合間見える。

 

 「サイレント・[スラッシュ]・リプル。アンコールだぜ、喜びな、BOY」

 

 「ツキカゲ、任務開始」




 いかがだったでしょうか?

 文章についてはまだまだ不慣れな所が多く、またも己の未熟さを痛感しました。

 ストーリーもまた悩みに悩み、何度もシーンを切り貼りして組み立てあげました。
 プラモでは楽しい作業のスクラップ&ビルド、それが何故か小説になると苦しい。

 それでも書き上げた最新話、批評も不評もバチコイ、それを乗り越えて最新話にて、この争乱を終劇させてみせます。

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