これはストライクドラモンたちと共にパンジャモンの集落を出発する前に行った実験でのことだ。
実験と言っても、簡単なもので意図的に暗黒の力の塊を作り出したらどうなるかということを行った。少々気になっていたのだが、ここまで世界の力のバランスが崩れるのはおかしいのではないかと思っていた。
そこで思い至ったのは、暗黒の力による世界の改変効果である。スパイラルマウンテンの例がわかりやすいだろう。暗黒の力には世界の環境を無理やり変えてしまう効果があるのでは無いかと思い至り、ザンバモンの軍ほどの規模の暗黒の力を持つデジモンが集まるとどうなってしまうのか。
――結果は、黒だった。
寄り集まった暗黒の力は、空間を歪めて環境を改変する作用がある。僕が普段使っているのは、単なる闇属性の魔法だったが……これで迂闊に暗黒の力を使用できなくなった。
闇と言っても色々と種類があり、夜の闇など必要なものもあれば心の闇のような危険すぎる代物まで。まあ、そういった意味では光もある種危険な代物なのだが……その話はいつか機会が有ればにしよう。
とにかく、今は闇の最たる力――暗黒の力にそのような作用があるとだけわかっていればいい。
そんなわけで、ルーチェモンが部下を世界各地に放っているもう一つの目的はおそらく世界の改変を行おうとしているのではないかという仮説を立てたわけだ。
クダモンとも話し合い、おそらく概ねあっているだろうという結論に達した。原因は何にせよ、やることは変わらないのだが。
僕が何を言いたいのか――世界のバランスが崩れているのだ。バランスを崩してしまうデジモンがいたっておかしくはないだろう?
◇◇◇◇◇
とりあえず集落にやってきた僕らだったが、特におかしな様子は見て取れなかった。むしろその逆――神聖系デジモンばかりがいたのだ。色々と物資を運び込んでおり、何やら忙しそうにしている。
ホーリーリングをつけたデジモンが多く存在しており、通常種のプロットモンなども見かける。あちらは、バクモンというデジモン……天使系みたいなのもいるな。
「ねえ、ストライクドラモン……これのどこがどす黒いの? むしろ神聖系ばかりじゃないのよ! ここは天界!?」
「……悪かったな。俺の勘違いだよ」
ライラモンが大声を上げるが、気持ちはわかる。
とりあえずデジモンたちに会釈をするが、向こうも返してくれる。うん、普通に良いデジモンたちみたいだ。そのまま僕らは長あたりにでも食料を少し分けてもらえないか交渉しようと思っていたんだが……どこかマキナが居心地悪そうにしているのが気になった。
「マキナ、どうかしたのか?」
「ほら、ウチはウィルス種だからちょっとね」
「ああ……でも大丈夫だと思うぞ。ウィルス種でも神聖系っているし」
シスタモンも見た目的にそちらに分類されているはずだ。ウィルス種でもそういった存在はわりといるらしい。クダモンの元僚友にもその手合がいたとか。逆にワクチン種で闇とか暗黒に分類されるのもいるし……ガルルモンの近縁のグルルモンとか。
それに最近気がついたのだが、なんというかマキナの体を構成しているデータに見覚えがあるというか……なんと言えば良いのだろうか。デジコアを形成しているデータが神聖系に近いモノな気がする。
「確証はないんじゃないのよ」
「それはそうなんだけどね……とりあえず、誰かに聞いてみるか」
近くにいたデジモンに聞いてみれば、すぐに教えてもらえた。奇妙な一行ではあるが、神聖系とウィルスキラーのストライクドラモンが一緒にいる辺り問題はないと判断されたらしい。まあ、神人型の僕を含めて神聖系プロットモンとクダモンがいるから話もすんなり行くと思っていたけど。
どうやら一番大きな建物がこの集落の長がいる場所だそうだ。ちなみに、神聖系ばかりなのはこの集落に集まったデジモンたちは天界の遠征軍だから。
先行してきた部隊の宿泊地であり、簡易的な拠点なのだと……しかし、そうなると気になることが一つ。みんなもどこか違和感を感じて入るようだが…………これは、ストライクドラモンの懸念が当たっているかもなぁ……
しかし集落のデジモンたちには全くおかしなところがないのが気にかかる。
「ねえ、なんかおかしいよね?」
「ああ。おかしすぎる。ザンバモンの進行が近くであったのに――なんで彼らはそれを知らないんだ?」
隠していても仕方がないのであっさりとそのことを言っておく。まあ、みんなそのあたりで違和感を感じていたんだろうし、誰も驚いていないが。
ドルモンとプロットモンがにおいを嗅いで何か探っているが、首を横にふった。この集落にはおかしなところを感じないのか。
「どういうことなんだろうね、これ」
「これだけの神聖系デジモンがあの事件を見逃すとは思えないし……ザンバモンが妨害していた?」
「にしては妙なんだよな……ザンバモンを倒したし、妨害もその時点で途切れる…………だったらここまで知らないのはおかしい」
それとなく聞いてみようかとも思ったが……先程、パンジャモンの集落から来たと言った時、あああの大きな集落ですかと普通に返された。大きな場所のため迷惑がかからないようにこのような場所を拠点にしているそうだが――それが事件を知らない理由にはならないし…………
「考えていても仕方がない、か。とにかくあの建物で長に会えばわかる」
そんなわけで、建物に入る。
中にいたのは一体の人形のデジモン――エンジェモンかとも思ったが、よく似ている別のデジモンであった。ガルルモンとグルルモンほどではないが、本当にそっくりだ。
データを見ると成熟期…………? 名前が一瞬読み取れなかったが……どうやら、ピッドモンというらしい。
「おや、あなた方は……?」
「はい。私達、パンジャモンの収める町から来ました旅のものです」
僕が考え込んでいたから代わりにライラモンが素性と目的を話す。
といっても、次の集落まで行くために水と食料を少し分けてほしいという話をするだけであるのだが。
「そうでしたか、あのパンジャモンの……わかりました、多くは分けることはできませんが、同じこの世界に生きる仲間。助け合うべきですからね」
「ありがとうございます!」
みんなは話のわかる人で良かった、とりあえず休憩しようよと言っているが……僕とストライクドラモンは少々顔が険しくなっている。しかし、ここで騒ぎを起こすわけにもいかないので頭を下げて建物から出ることに。
宿屋を探すことにしたのだが、その最中僕らはずっと無言。しばらくしたら流石に堪えきれなくなったのか、マキナとライラモンが僕達に向かって怒鳴りだした。
「もう、さっきからどうしたのよ! ピッドモンさんが物資を分けてくれるって言っていたでしょう!」
「そうよ、好意を無下にするつもり?」
「そうは言ってもなぁ……なあ、ストライクドラモン。お前気がついたか?」
「ああ。間違いないな」
となると気のせいではないか……厄介なことになった。とにかく、今後の作戦を――あれ? いつの間にか、マキナたちがいなくなっている。ドルモンだけが、やるせない顔でこちらを見ているが……
「ドルモン、みんなはどこに行った?」
「もう宿屋の方に行っちゃったよ。あんないい人を疑うなんてどうかしているって」
「…………本当にいい人なら甘んじて怒られるけどな」
「カノン?」
「まずいことになった……ガワはピッドモンだが、あれ別のデジモンだ」
◇◇◇◇◇
「まったくもう、カノンくんたら……」
「こっちもごめんね。ストライクドラモンがまたいらないことを言ったせいで」
ウチとライラモンはカノンくんたちが何かを考え込む顔をした途端、すぐに宿屋に向かうことになった。
色々と首を突っ込んで事態を解決しようとする彼のことだ。このようなことにも慣れているんだろうが……
「だからってすぐに疑ってかかるなんてね」
「ううん。それはいいの」
「あれ?」
ライラモンが驚いているが、ウチもあのピッドモンが怪しいのはわかっている。だけど、他のデジモンたちは違うのだ。怪しんでいますという態度を出し過ぎなのである。
早くになんとかしたいのはわかるが、穏便に済ませる気はないのだろうか。
「まあいつものことです。それに、時間があることなんてあまりなかったです」
「そうなの、プロットモン」
「はいです」
彼の今までの戦いがどのようなものだったかは、まだ詳しくは聞いていないが……時間があるようなことなんてほとんどなかったらしい。人造デジヴァイスの製作者探しは時間がかかっていると聞いたが。
「プロちゃんがしっているだけでも、時間があることなんて……戦いのあと、すぐにまた戦うことになって、そんなことを繰り返していましたです」
「そう。もうそういう習慣がついちゃったのね……ウチは今まで、修行ばかりだったけど焦るようなことなんてなかったからなぁ」
いつの間にか、とてつもない差がついてしまったらしい。
プロットモンの頭をなでながら色々と考える。彼に助けてもらって、これまでの数年間……ウチにだってそれなりに色々あったのだ。師匠たちに色々としごかれたり、地獄のような目に合わされたり、メディーバル様が直々に稽古をつけると言って――――
「マキナ!? どうしたの、顔が青くなっているわよ!」
「ひぃいいい!? 色が! 色が青いです!」
「すまない、マキナのトラウマが刺激されたらしい……すぐにもとに戻るから気にしないでくれ」
「だからって、これはおかしいでしょう!?」
――はっ!? ウチは一体何を……
「ほんとに元に戻った……大丈夫?」
「う、うん。ちょっと修行のことを思い出しただけだから」
「どんな修行なのよ」
焦るようなことはなかったが、地獄は見た。
いけない、これ以上は再びトラウマスイッチがはいってしまう。
「と、とにかく……ウチが怒っているのは、ガンガン行き過ぎるってことなの」
「でもそれなら放っておくのはまずくないのかな。余計に勝手に何かしでかすんじゃ……」
「ドルモンがいるから大丈夫だと思うけど……どうなの、プロットモン」
「カノンもあれで考えた上で行動しているです。なので、気にする必要はないのです」
そう言うと、体を伸ばしてプロットモンは丸くなった。
「果報は寝て待てです。今頃は聞き込みと襲撃方法を考えているはずです」
「襲撃方法って……でも、本当にいい人そうに見えたんだけどな」
「プロちゃん、ああいうのわかるんです」
そう言うと、プロットモンは普段のゆるい表情とは違う――どこか憂いを帯びた表情をしていた。
「ほとんど覚えていないですが、プロちゃんがプロちゃんになる前……何か怖いものにとらわれていたです。そして、プロちゃんもそれを良しとして――多くの命を奪ったのです」
それ以上は覚えていませんが、とだけ言って彼女は寝てしまう。
そういえばカノンくんはなぜプロットモンとも一緒にいるのだろうか。別に彼のパートナーというわけではないはずなのだが……
「それも、いずれ知る機会があるだろう。だが、今はその時ではないのさ」
「むぅ、クダモンもしたり顔で……絶対、何か知っているでしょ」
「詳しいことは知らないが、大方の予想はつく。問題がほかにもある上、私にできることは限られているからな。今は必要のないことは言わないでおく」
「はぁ……」
「結局、ストライクドラモンたちが戻ってくるのを待つしかないのね――ねえ、マキナ。カノンとはいつ知り合ったの?」
「いつ、かぁ……ちょっと言い難いというか、色々とややこしいんだよね」
「? よくわかんないけど……結構昔からの知り合いなの?」
「うん。それはそうだけど、最初に会ってからしばらくして……最近、ようやく再会したんだ」
それまではウチの体も不安定だったし。
カノンくんも忙しかった上に、ウィッチェルニーへ来る方法がなかったみたいだから。
「命の恩人、になるんだけどね……一応」
「一応?」
それは、ウチが一度死んでいるから。
別にカノンくんのせいではないし、ウチもそれを受け入れていた――でも、今はまた死ぬなんて嫌だと思う。いつまでも生きていたいなんて思わないが、それでも……
「…………入院する前は、お嫁さんになりたいなんて思っていたなぁ……」
今のウチはお母さんにはなれないけど、お嫁さんになる夢は捨てなくてもいいよね。
「およめ、さん?」
「マキナ。その概念は殆どのデジモンは有していないぞ」
「人間界で暮らしていたプロちゃんたちぐらいしかわからないことです」
「カルチャーショックなんですけど」
苦笑するしかないけど、お嫁さんがどういったものなのかライラモンに説明して――じゃあ、カノンくんのお嫁さんになるのと聞かれたときは不覚にも赤面してしまった。
そういえば、相手が必要なんだよね…………彼以外に考えられないのはそうなのだが、そもそも他に男の子の知り合いなんていない。
…………結局言葉を濁してしまったが、そっか……相手が必要なんだよね。まあ、そう考えると今はやっぱりよくわからないという感じだ。
もうちょっと、大人になってから考えることにします。そのタイミングでカノンくんが部屋に入ってきたから、恥ずかしくなって発砲してしまったのは本当に悪いと思っている。
……ごめんカノンくん。でも、乙女の秘密だから許してほしい。
3章、公開までまもなくっすね。楽しみではあるが……言い知れぬ不安も感じるのもまた事実。
作者も書いていると忘れがちになるが、こいつらまだ小5だった。まあ、マキナは小学校に通っていませんが。一応、ウィッチェルニーでは勉強も見てもらっています。