シャウジンモンとストライクドラモンの戦闘は激化していた。サポートのためライラモンも近くにいたのだが、周辺のムシャモンたちを相手にするだけで精一杯である。
いや、正しくは二体の戦いに割って入るのが危険なのだ。そのため、ストライクドラモンにシャウジンモンを任せて自分は他の雑魚を相手にするしかない。
「てめぇ、俺達が雑魚とはなんだ!」
「実際に雑魚でしょうが!」
毒の鱗粉を撒き散らし、ムシャモンたちを片付ける。戦闘に秀でているわけではないが、完全体のライラモン相手ではムシャモンたちも分が悪い。この差を覆すには、圧倒的な物量か特殊な能力がなければ不可能だろう。
カノンやマキナといった特殊な存在、ストライクドラモンのように特出した才能など世代を上回る力を持ったデジモンというのは稀ではあるがいないわけではない。かの魔王ルーチェモンもその類の存在だ。
「ただの成熟期が思い上がらないでよ――鍛えなおして出直してきなさい!」
彼女に近づいたデジモンたちは次々に倒れていく。あまり倒すことまではしたくないため、毒の鱗粉で倒していっているが……ムシャモンたちからすればいっその事トドメを刺してほしいほどだ。
むしろ苦しいだけで生き地獄である。
「この、悪魔め……」
「ちょっと! それはひどいんじゃないの!?」
それを天然でやるのが、このライラモンなのであるが。
しかし彼女自身は無自覚であるがゆえに直しようもない。ムシャモンたちもすべて気絶してしまっている。
「あら、いつの間に……でも、これであいつの援護に――え」
ムシャモンたちがいなければ二体の戦いに集中できると思った。
だからこそシャウジンモンへと狙いを定めようと後ろを振り向いたのだが……その戦闘は、自分の割って入れるようなものではなかったのだ。甘く見ていた。彼の潜在能力の高さに。
ライラモンは彼が本当に生まれたばかりの頃から見てきた――それこそ、彼が進化する前のブイモンだった時はよく一緒に遊んでいたぐらいだ。
「それが、あんなに……」
赤かった髪は青い炎に変わり、完全体のデジモンを圧倒している。
体中のメタルプレートから噴き出す炎を利用して、空中でも方向転換をしながらシャウジンモンの死角を狙うように攻撃を仕掛けていた。
ストライクドラモンの爪がシャウジンモンを捉えようとするたびに、シャウジンモンは武器で攻撃を防ぐため何度も金属音があたりに響いている。
「この、なんという能力……ここで倒さねばいずれ我々の障害になる。ならば、我が身に変えても貴様をここで殺す!」
「――――ストライクファング」
シャウジンモンが決死の覚悟で力を放出する。無理矢理にデジコアを稼働させて自分も限界能力を発揮しようとしたのだ。体から放出される力が増大し――その首にかかった封印が解除される。
自らを凶悪な怪物へと変貌させ、自分の命と引き換えにストライクドラモンを殺すためにその力を解放したのだ。これもまたバーストモードに近いが、その性質は暴走状態というべきだろう。ルインモードに近いその姿は、たとえ相打ちにならずとも自爆する姿だ。
それに対してストライクドラモンも一言だけ発し――シャウジンモンを蹴り上げた。
「――ッ!?」
「ガアアアアアア!!」
炎を吹き出し、ストライクドラモンの体がブレる。姿を捉えようにもシャウジンモンの近くを上回る圧倒的なスピードで体中を殴られ続け、身動きが取れない。
なんとか反撃しようとするも怒涛の攻撃により体から力が流れ出ていくのだ。
(これは――浄化されているとでもいうのか!? 馬鹿な! ストライクドラモンというデジモンにここまでの力はないはず――特異個体にしてもここまでの力を持つとは一体――ッ)
せめて報告をしなくてはいけない。最後の力を使いなんとか友軍に情報を転送する。
すでに自分の死期は悟った。いや、それだけではない。ザンバモンもこの戦いまでとなる。彼と戦っている神人型のデジモン……自分の見立てが間違っていなければ、覚醒こそしていないがルーチェモンに近しい存在だ。
(メタリフェクワガーモンよ、気をつけたまえ。我らに対抗しうる存在が次々に目覚めている。各地の友軍にも伝えるのだ! 十闘士の神殿を攻めるだけではダメだ! 迎撃の準備と各地の協力者たちに――)
「ぶっ飛べぇええええ!!」
巨大な竜の姿を模した炎へと変化し、ストライクドラモンはシャウジンモンを消し飛ばした。
限界能力を解放したのは失策だったのだ。それにより、ストライクドラモンの本能が直に刺激されてしまい、彼の内なる力を解放してしまう結果となった。言葉が最後まで続かず、力の残滓もなくなる。
そして、力の解放によりガス欠となったストライクドラモンの体もぐらりと傾き――彼をライラモンが受け止めた。
「まったく、無茶するんだから。でも、なんとかなったんだね」
他のみんなは大丈夫だろうかと、心配になったが――その答えはすぐにわかることとなる。
決着は、間もなくつく。
◇◇◇◇◇
ザンバモンとカノンたちの戦闘、互いにぶつかり合い、その中でも次の手を読み合いながらのものとなっていた。
カノンの強みはその手数の多さによる奇策。自分の手の内を読ませずに強力な一手で一気に崩すというものだ。自力の強さもありながら正面突破の奇襲という奇妙な戦闘スタイル故に読まれにくいのだが――ザンバモンは戦士の勘と呼ぶべき直感で彼の攻撃を見切っている。
それ故に、グレイドモンが基本となって立ち回りカノンは援護へと回っていた。それは、彼ら本来の戦闘スタイル。今までが異例であったのだ。
「ッ――なるほど、後ろの少年ではなく貴様が歴戦の戦士か!」
「戦士って柄でもないけどなッ!」
それに双剣グレイダルファーにはデメリットもある。カノンのサポートにより暴走を抑えられてはいるのだが、それも長続きしない。
高い戦闘能力を持つとはいえグレイドモンは完全体のデジモンだ。口では戦士など柄ではないと言っているが、戦士系のデジモンであり同種の究極体であるザンバモンを相手にするにはいささか分が悪い。かといってドルグレモンでは決め手に欠ける。
それ故にグレイドモンによる短期決戦を狙うしかないのだ。
「うおおおお!」
剣技においてはグレイドモンのほうが上に見えるが――ザンバモンはそれをパワーを持ってねじ伏せる。
「ッ――!?」
「甘い! その程度では我が体に傷などつけられぬわ!」
「なら、これならどうだ!」
そこにグレイドモンの背を駆け上がってカノンが飛び上がってくる。
体に雷を纏い、巨大な雷球を手に作り出してザンバモンへと叩きつけたのだ。
「今度は良いぞ! だがそれで終わると思うな!」
「やっぱ硬いなコンチクショウ!」
両手の拳を撃ち合わせ、両腕にエネルギーをチャージする。
チャンスを一つでも逃せばアウトだ。それはわかっているのだが、どうにも一手足りない。
グレイドモンの進化持続時間もある。バーストモードが使えればいいのだが、アレは極端にエネルギーを消耗するため使えばすぐにガス欠を起こす。
(クソッ、ブラスト進化が使えればベストだけどアレはそう簡単に使える代物じゃない……そもそも意図的に使ったときだっていろいろな条件が重なったからできたことだ。今この状況で使うことはできないぞ)
エイリアスも使えて一回。今準備してあるものだけだ。しかし一度使っているため本当にここぞというタイミングじゃないと見切られてしまうだろう。
今までの戦闘経験からこの場に必要な答えを導き出そうとするが――ザンバモンはある意味最もやり難い相手なのだ。敵ではあるし、倒さねばいけない。
「でも、真正面から来るようなタイプってなかなか戦わないからこっちとしてはほんとやり難い」
「お主たちが今まで戦ったのは無粋な者たちばかりか? まあ、是非もないことだ。だが、だからといってこのザンバモン、手を抜かぬぞ」
「当たり前だ――僕らも真正面から、乗り越えてみせる」
グレイドモンとカノンの視線が交差し――覚悟を決める。
この戦い、下手な作戦は使うべきではない。今までの定石は通用しない。ならば、こちらも全力を出すしかない。出し惜しみはなしだ。
「――コード・エイリアス!」
「タクティモンの見よう見まねだが――我流、六道輪廻!」
カノンの姿が3つに増え、ザンバモンへと突撃していく。
グレイドモンもかつてタクティモンとの修行で身につけた技を放つ。
その姿にザンバモンはにやりと笑い、彼も迎え撃った。2つの刀がカノンたちを狙う。衝撃波を切り刻み、前へと突き進んでくるのだ。
いざ敵として戦うと真正面から向かってくる究極体のいかに厄介なことか。
(今までは究極体といえども絡めてや特殊能力による戦いが多かった。だけど、こいつは違う。純粋にパワーを高めた究極体なんだ。だけど、だからこそ――)
グレイドモンが押され、それでも前へと進む。体にはヒビが入り、力の余波だけで消し飛んでしまいそうな錯覚さえあったが――体をひねり、渾身の一撃をザンバモンへと叩き込む。
それを巨大な太刀で迎え撃つが――ザンバモンの懸念は、分身したカノンたちに向けられた。
この少年は戦いの中でどんどん成長している。成熟期でありながら、デジモンとしての能力には未だ目覚めていなかった印象さえある。いや、それは事実なのだ。カノンはまだアイギオモンの力を完全には使いこなせていない。
本来ならばデジモンが生まれながらに知っている知識を、カノンは知らない。だからこそこれまでの戦いで次々に吸収している。
(わかる。体の使い方が。力の動かし方が。体の中を流れるこの熱いエネルギーが!)
分身体が雷撃の塊へと変化し、ザンバモンへと突撃していった。
短い方の刀を使い、切り払う。風が巻き起こり、雷撃の塊が再び分身体へと戻ったが――本体の姿が見えない。
「何?」
「後ろだよ!」
ザンバモンの下を駆け抜け、背後に飛び出して巨大な剣を召喚していた。
とっさに攻撃を防ぐが、雷撃の塊へと変化した剣が体を駆け巡り、ザンバモンの体を拘束する。
体のデータを分断されるような痛み。ザンバモンには初めての感覚であるが、データで構成されたデジモンにバグデータを意図的に流せばどうなるか。しかし、カノンも究極体のデータに干渉するのは非常に困難なことであるために、脂汗が出ている。
「きついッ、でも――ケイオスフィールド!」
「この技は!?」
分身体がそれぞれ光と闇の属性の塊となり、ザンバモンへ激突する。
状態異常の上に更に拘束魔法。
「この前よりも、格段に強くなるか――だが、効かぬッ!!」
体を回転させて拘束を解く。カノンも弾き飛ばされてしまい地面を転がり落ちていった。
危険な少年だ。究極体相手に真正面から戦える成熟期のデジモンがどれほどいるだろうか。それこそ、ルーチェモンのような規格外がまだいたのかと驚愕するほどだ。
「だが、それも――――ッ!?」
そこで、ザンバモンは直感に従い攻撃を防ぐ。
先程よりも思い一撃――赤い粒子を放出させながら、グレイドモンが再び迫ってきたのだ。
連続の攻撃。右の剣で切りつけ、体を回転させて左の斬撃を放つ。
「ここにきて貴様も力を増すというのか!?」
「呑まれて、たまるかぁあああ!!」
もはや彼の目にはザンバモンは映っていない。そこにあるのは自分自身の姿。
カノンの補助も切れ、グレイダルファーの影響により理性が飛びつつあった。それでも、強靭な精神力で自分の意識をつなぎとどめ続けているのだ。
今まで、彼の胸の中には後悔が残り続けていた。カノンを一度死なせた事実はどうあっても消えない。その過去を乗り越えるため、今再び向き合わなければならない。
「うおおおおおお!!」
叫び、グレイドモンの動きが加速してく。ザンバモンも彼の攻撃を防ぐが――防戦どころか押されている。
この赤い粒子の正体を彼は知らない。X抗体という、デジモンの潜在能力を引き出すものは知られていないのだ。いや、未来においてもその存在はごく一部だけにしか伝わっていなかった。それが、はるか太古に存在していたものだとしても伝わっていないのでは意味がない。
「――――ッ!?」
「ぜ、はぁああ!!」
息を一気に吐いて残った力を最後の一太刀に込める。グレイドモンの斬撃が終わり、ザンバモンの体がよろめいた。そして、光と共にグレイドモンの姿が小さくなっていく。
ぽとりと音を立てながら地面に落ちたその姿は、スライム型のもの――幼年期Ⅰ、ドドモンのものだった。
「ここまで、追い詰められるとは…………だが、幼年期になってしまったというのなら……」
「残念だけど……ここで終わりだよ。僕が、トドメをさすまでもない」
カノンがゆっくりと歩いてきて、ドドモンを拾う。そのまま、町の方へと向かっていく。
ザンバモンは戦いの最中に背を向けるとは何事だと、怒鳴りつけようとするが――声が出ない。いや、体も動かない。全身の力が抜けるようにバタリと、倒れてしまう。
「――――カカカ、まさか真正面から倒されるとはな――世界は、広い」
空気の溶けるように、ザンバモンの姿が消えていく。
戦いは終わった。将を失った軍はもはや烏合の衆ですらない。戦いもすぐに終息する。
結局、もしもの時のために用意した手は使わなかったなぁとぼやきながらカノンはゆっくりと戻っていくのだった。
ザンバモン戦、これにて終了。
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