雷撃と剣閃がぶつかり合う。カノンとザンバモンの攻防は続き、互いの攻撃の余波で地形が壊れてゆくほどだった。成熟期でありながら、そのレベルを逸脱した力を見せるカノンに対して笑い、ザンバモンも更に力を高める。
「これは真愉快なりッ、世界は広い! 身に余る力を使いながらも飲まれずになお向かってくるかッ」
「こっちはギリギリだってのに、究極体がここまで厄介だなんて」
攻撃の反動を利用して飛びのき、ザンバモンの攻撃を躱す。バーストモードには持続時間がある。故にカノンがすべきことは短期決着のみ。
背中から十本の魔法剣を召喚し、一気に射出する。それぞれが異なる属性を帯びた全属性の魔法剣。
「オールエレメント、開放!」
「ふん!!」
そのすべてを一気に起爆させ、強大な爆発を起こそうとするが――ザンバモンは太刀の一振りでそれを吹き飛ばす。流石にそのパワーは予想外だったのか、カノンも一瞬の思考の空白ができるが、すぐに次の攻撃に入る。
「スタンビートブロウ!」
「今度は拳か? よいよい。来るがいい!」
剣の腹で受け止められ、弾き飛ばされそうになるが拳を起点に体を回転させ、更に上へと飛び上がる。
右足にエネルギーを集め、振り下ろした。
「――ッ!」
「ぐぬ、」
再び防がれるが、徐々に押し始める。声を荒げ、更に攻撃を仕掛けていく。再び魔法剣を振るい斬りかかり、剣が砕け散れば次は魔力砲を打ち込む。
次々に攻撃を仕掛け、怒涛のラッシュで攻めていく。
ザンバモンも同様に攻撃のスピードが上がっていき、二人の攻撃の軌跡は視認することさえも困難な程となっていき、音だけがあたりに響いていた。
その様子をザンバモンの部下たちが呆然と見ている。あのデジモンは一体何なんだ、自分たちの理解を超えた何者かが現れたのだ。
「貴様、やはりただのデジモンではないな? 普通のデジモンがではそこまでのパワーは出せはしない! 何らかのデータと混ざっていると見た」
「正解だよ! だからって、攻略法が見つかるわけじゃねぇぞ!」
「クカカ! その姿には制限時間があろうことはわかっておるわ!」
まずいとカノンも思うが、ザンバモンの言葉でこれほどまでに力が拮抗できている理由も悟る。
デジモンと人間のデータが混ざった存在だからこそ、通常のデジモン以上のパワーを発揮出ているのだと。
(人とデジモンのデータが融合するとパワーアップするってことか――こっちには好都合だけど、そろそろバーストモードも維持できなくなってきた……これは、あれを使うしかないッ)
ザンバモンの剣が眼前に迫り、体をひねり躱す。次の太刀も迫っている。四の五の言っている場合でもない。用意していた魔法を起動し――カノンの姿が3つにぶれた。
「何ッ!?」
「コード・エイリアス!」
かつて、ディアボロモンと戦った時に解析したデータ。その時のデータを元にカノンが開発していた特殊コード。自身のコピー体を一時的にだが出現させる魔法である。
消費するエネルギー量と持続時間の短さゆえに本当に危機的な状況などでしか使わないと決めていた、正真正銘の秘策だ。プログラムのコード量の多さもあり準備に時間がかかるため今の今まで使用していなかった技。
「それに、現状じゃコピーは実戦じゃ二体までしかコントロールできない。それでも、手数が増えればッ!!」
ドルモンにすらまだ秘密にしていた技を使い、更に怒涛の攻撃が始まる。
これにはさすがのザンバモンも押され始め、余裕がなくなっていく。
「小癪なッ! だが私は負けんぞ!」
「こっちだってまだ行ける! チャージ……」
本体のカノンが火と風のエネルギーをチャージしていく。そのエネルギー量に嫌な予感を感じ、ザンバモンは彼を切り裂こうとするが――そこにコピー体の二体がそれぞれ光と闇のエネルギーをまとって突撃した。
ザンバモンを中心にぶつかり合い、2つの相反するエネルギーが混ざり合って彼を拘束する。
「ケイオスフィールド!」
「これは――光と闇の力を融合させるだと!? ルーチェモン様と同じ力を使うというのか!?」
そして、竜巻がザンバモンまでへの道を作り出す。チャージした風のエネルギーを放出し、続いてその身に炎をまとってカノンがザンバモンへと突撃していった。
「喰らえ、クロスファイアー!!」
風の道を通ることでエネルギーが増幅されていき、その強烈な一撃を叩き込む大技。
予備動作の多さや隙の大きさから使用が難しい技だったが、こうして動けなくすれば確実に当たる。
「うおおおおおお――――ッ!?」
「お、お前たち!?」
だが、それも一対一だったならばの話だ。ザンバモンが動けなくなり、カノンが大技のためにチャージを開始したことで周囲への被害が一時的に止んだ。
その隙にザンバモンの部下たちが間に入ったのだ――カノンの拳に一体、また一体と壁となりザンバモンを守る。それでも炎の弾丸は止まらない。ザンバモンへと激突し、爆発があたりを包み込む。
「ッ、ぶっ飛べええええ!!」
轟音とともにザンバモンを殴り飛ばし、カノンのバーストモードが解除されてしまう。
そのまま地面へと転がるが、すぐに立ち上がる。カノンの眼前にはまだザンバモンが健在だったからだ。
荒い息を上げてカノンを睨んでいるが、互いにボロボロの状態。
「――――いや、今宵は撤退するとしよう」
「なに?」
「このままやりあってもこちらに勝機はない。ならば一度立て直すしかあるまい」
「このまま逃すとでも?」
「ああ逃がすさ――なにせ、町のデジモンたちを見逃すと言っているのだからな」
「……」
カノンがこのまま戦い続ければ、おそらくはザンバモンの部下たちが更に暴れることだろう。おそらくは待機させている戦力が未だいるのだ。それを使い、町だけは確実に破壊する。
今はなんとか拮抗状態に持ち込んだが、このままでは泥沼化する。
「物分りが良くて助かるよ――3日後、再びやってくる。その時を楽しみにしていることだな!!」
ザンバモンはそう言うと、ほら貝のようなものを取り出してあたりに鳴り響かせた。
その合図により、残った彼の部下たちは去っていく。その様子をみて、なんとか撤退に持ち込めたかとカノンは腰を下ろす。やがて、町の住人の声らしき歓声が上がり始めた。カノンは笑いも出てこないが。
「3日後、か……嫌な予告をしていきやがって」
だけど究極体相手になんとかここまで戦えた。彼の部下が盾にならなければ倒せたかもしれないほどだ。
それでも次はこうはいかないだろうという予測も立ってしまったのだが。
バーストモードは強制的に潜在能力を開放する。それも、まだデジモンとしての力に慣れていない状態で使えばどうなるか。カノンの体中には今も激痛が走り続けている。幸い、意識を失うほどではないのだがそれでも不快感に顔を歪ませていた。
「それに、しばらくはバーストモードは使えそうにないな」
デジコアにかかる負荷が大きすぎたのだ。短くても一週間は使えないと見たほうがいい。これは次の戦いには別の策を練る必要がある。
そう思っていた矢先の事、聞き慣れた声が悲鳴としてカノンの耳に入った。
「この声は――マキナ!?」
何が起きたのだろうか。慌てて立ち上がり、声が聞こえたところまで駆け出す。
◇◇◇◇◇
マキナが敵陣の中で攻撃を仕掛けていた時だった。突如、チィリンモンの体が光り輝き元のクダモンへと戻ってしまったのだ。
「クダモン!?」
「すまない、時間切れのようだ……」
「プロちゃんももう限界……です」
「ううん。ありがとうふたりとも。ここからはウチだけでも――ってあら?」
突如として大きな音が響いてきたと思ったら、残った敵達が信じられないことが起きたかのように慌てて駆け出していく。撤退命令が出たなどという言葉が聞こえてきたあたり、どうやらひとまず戦いが終わったらしい。
となればおそらくは……
「カノンくんがやったんだね」
「だろうな。敵の大将を討ち取ったか、撤退させたか。様子からするに後者であろうが、それでも大したものだ」
「うん……それじゃあ迎えに行かないとね」
「です!」
ドルモンも拾わないといけない。クダモンと同じように退化している可能性もあるなと、あたりを見回しながら先へ進んでいくと開けた場所で一体のデジモンが佇んでいるのが見えた。
シルエットは人型に見るが、大きな尻尾と巨大な爪から少し凶暴な印象を受ける。
「あのデジモンは……」
「ストライクドラモンだな。おそらくは町の住人――――ッ!? まずい、逃げろマキナ!」
「え? でも町の住人なら別に危なくは……」
「ストライクドラモンはウィルス種に対して強い攻撃性を示すデジモンなんだ! 落ち着いている時ならともかく戦いのあとの興奮した状態でウィルス種のお前を見つけてしまえば――」
だが、それも遅かった。マキナもカノンと同じくデジモンと人のデータが融合した存在。故に、彼女の持っているデータも通常のデジモンよりも強くなっている。それが、ストライクドラモンの知覚に反応した。
「――グルアアアアアアアアア!!」
「キャアアア!?」
全身から炎を吹き出し、マキナへと襲いかかる。
銃撃で応戦するも、ストラクドラモンは攻撃をかわしていき、迫ってくる。とっさに防御魔法を展開するもあえなく砕けてしまう。
「うそ、こんなにあっさりと!?」
「通常のストライクドラモンよりも青みが強い――特異な個体かッ」
「危ないです!!」
プロットモンが残った力でシールドを展開するも、それを意にも介さずに彼は突き破ってくる。衝撃でプロットモンが弾き飛ばされ、暴走したストライクドラモンはマキナへと襲いかかった。
「――町の住人なら、倒すこともできないし、どうすればッ」
そして、その攻撃がマキナへと届く――その瞬間であった。
体に雷を纏い、カノンがストライクドラモンの腕をつかむ。
「か、カノンくん!」
「悪い。待たせたな――さて、どこのどいつかは知らないけど、少しは頭冷やしやがれ!!」
そのままストライクドラモンを投げ飛ばし、地面へと叩きつける。だが、彼も受け身をとって再び立ち上がってきた。未だ暴走は続いており、咆哮を上げるだけだ。
「カノンくん、そのデジモン町の住人みたいなの!」
「おそらくはザンバモンの軍団のウィルスデータに過剰反応して暴走しているのだろう。ストライクドラモンとはそういうデジモンなのだ」
「なんて面倒な……倒すこともできないし、なんとか気絶させられないかやってみる」
すでに力を使いすぎて厳しい状況だが、やるしかない。
魔力も残っておらず何なる殴り合いのみになるが、それでも両者の力は拮抗していた。
カノンもであるが、ストライクドラモンも敵陣のまっただ中で暴れまわっていたデジモンだ。カノンたちよりも長い時間戦っていた彼もまた満身創痍である。その状態だったからこそ、暴走を止めることができずにいるのだろう。
「でも厄介なことに変わりないし、こいつ強いッ」
「ガアア!!」
「ああもううるさい! 叫ぶなっての!」
泥臭い肉弾戦になっているが、カノンの動きが変化してく。足の動き、手の動きの一つ一つにキレが生まれていっているのだ。
いや、より正確に言うなら体の使い方を理解し始めたというべきだろう。マキナとは異なりカノンが変化したのは人間とは若干異なる骨格を持ったアイギオモン。特に下半身の動きには違和感があった。
「――うおおおお!!」
それが今までの戦いの中で蓄積された経験により、より効率的な体の動かし方を身につけさせた。
限界も近い戦いの中、カノンの体から光の粒子があふれだす。
大きな変化として現れるわけではない。それでも、この現象はカノンの力を増加させていった。
「この光は……」
「――進化の光、いやまだそこまで及ぶものではない。それでも兆しは見えた」
そして、カノンの拳がストライクドラモンへ迫ろうとした瞬間――彼らを中心に小さな爆発が起きた。
「うお!?」
「ガアア!?」
地面を転がっていき、疲れもあって受け身が取れない。マキナはすかさずカノンを受け止めるが、彼女も疲れが溜まっているがゆえに二人して地面に倒れてしまう。
「痛い……」
「ごめん、大丈夫か?」
「一応ね。それでストライクドラモンは?」
「えっと……」
よろけながらも立ち上がり、ストライクドラモンの様子を見ると――花の妖精のようなデジモン、ライラモンが彼のしっぽを掴んでジャイアントスイングをし、更に地面へと叩きつけた。頭から地面に刺さるように。
「ええぇ」
「ふぅ、全く頭に血が上るといつもこうなんだから。止めるこっちの身にもなってほしいわ」
「……あのー」
「あら、ごめんなさいね。この子が迷惑かけたみたいで。それと、話は聞いているわ。この町を助けてくれてありがとう」
そう言うと、彼女はニッコリと笑った。
なんとなくやるせない気持ちになりながらも、ひとまずの小休止かとカノンは地面に腰を下ろす。
前途多難ではあるものの一応の勝利であった。