とにかくルーチェモンの配下よりも先に神殿をめぐり、エレメントを集めなくてはいけない。
準備を整えて僕たちは深緑の森を目指した。ドリモンが再びドルモンに戻るのには半日かかり、この世界では進化自体が用意ではない可能性さえ出てきてしまったのが辛い所ではあるけれど。
クダモンとの情報の共有の中で、おそらく究極体はほとんどいないであろう事。アーマー体も多数いる時代で暴走している個体もいる可能性があるなどと色々とまとめてみたが……
「どこかの集落によって情報を集めないといけないよな」
「私たちはこの世界の地理に疎いからな。マップは入手できたのか?」
「この前リボルモンの集落で一応は。詳細とまではいかなかったけど、この大陸をまわるだけなら何とかね。いや、そもそも他の大陸があるかも怪しい世界だけど」
僕たちの時代のデジタルワールドとは地形が大幅に異なっているらしい。まるで一度再構築されたんじゃないかと疑うレベルで元の面影が無い。いや、この場合は未来の面影?
「食料も探さないといけないよねー」
「その問題もあったか……ドルモン、プロットモン。何かありそうか?」
今僕たちは森の中を進んでいる。目的地の深緑の森では無いし、林といった方がいいぐらいの感じだ。
この森なら食料もそれなりにあるかとも思ったのだが……
「うーん、ちょっとなさそうかな」
「ないです……どうするです?」
「そうだなぁ……作るか」
「作るって、どうやって?」
「それはこの木を斬って」
手ごろな木を一本切り倒し、原材料というかデータのリソースを確保する。
それをまあ適当に組み直して――フルーツのデータに改編した。
「――――え?」
「木もフルーツもデータ的には植物だからな。この程度の改変なら何とかいける」
「いやいやいやいや!? そんなレベルじゃないよね、ってクダモンも何のんきに食べてるの!?」
「なかなかうまいな。ドルモンとプロットモンも食べているではないか。ほら、なくなるぞ」
「納得いかない……ウチ、今まで相当修業したんだけどここまでの魔法は使えないよ」
「僕もこんなにあっさりいくとは思っていなかったよ。でも火を生み出すのと同じで、デジタルデータで出来た物質を生み出しているわけだからね。やっていることはどっちも同じなんだよ。どちらも、世界を改変している」
まあ単純なエネルギー体を生み出す方が簡単ではあるけどね。それでも計算式の量が違うだけで手順は同じなのだ。改変前と改変後の数値を出し、その間を埋める。
あとはプログラム言語の問題やら色々とあるが……
「デジモンの魔法、というよりデジタルワールドの性質だな。形さえ作れれば中身は後から入る」
「そうなの? クダモン」
「ああ。私がデジタルワールドにいた頃だとまだ研究段階といったところだったが……数値さえ用意出来ればこの世界の改変は可能だ」
まあ僕も元はダークマスターズのスパイラルマウンテンから着想を得ているんだけどね。アレに比べればこの程度なんて軽いものだ。
現実世界じゃ流石にここまでのことはできないけど。
「それと土のエレメントを手に入れたからかな」
デジメンタルは引き続き僕の中に入っている。それが僕自身にも影響を与えているようだ。
手に入れたエレメントの魔法は強化され、その属性に対する理解も深まる。
「土と水は生命が息づく場所。だからこそ、命をはぐくむ力を行使しやすくなったんだ……水のエレメントがあればもっと色々できそうなんだけどなぁ」
後は木か。まあエレメントがある間だけのブーストだし、元の時代に帰ったらなくなる力だけど。
とりあえず食料は何とかできる可能性が増えたのは良かったことだ。
「それでも土から食べ物を作るとか無茶なことはできないから注意してくれよ。データの質が違いすぎる。枯れた草とかも無理だしね」
「破格すぎるよ十分……ウチにも使えるのかな?」
「うーん……マキナの適正がわかんないから何とも…………ちなみに僕は気象系と光が一番適性があった」
これも最近分かったことだけど。暇なときに色々と整理したり、空いた時間でバグラモンやリリスモンに色々聞いてみたりなどとやっていたからなぁ……
その中でも雷と光の属性への適性がすさまじいことは前々から知っていたんだけど……一体どういうわけなのか。
で、マキナの適性は聞いていなかったわけだが。
「ウチの適正かぁ……よくわかんないのよね」
「わかんない?」
「うん。師匠たち曰く多面的というか定まっていないというか……ただ、索敵や察知能力は高いって。あとは自分の存在の確立やらに重点を当てたらなぁ…………でも、守護強化は適性があるって」
「守護強化?」
「守りとか、他にも色々。デジモンには無い概念の出産の祝福とかも出来るとか言われたけど、いまいちピンと来ないんだよね、ウチには縁のないことだし」
それはまだ体が出来上がっていないから――いや、違う。
マキナがどことなく寂しそうな顔をしており、過去へ跳ぶ前に見た表情と重なった。
「……」
「ご、ごめんねなんか辛気臭い話聞かせて。大丈夫、それでもこうして生きているんだし!」
マキナには体が無い。現在のマキナは魂が仮装の肉体を得ているに過ぎないんだ。
デジモンと同じデータ体。それが何を意味しているのか……分からないわけではないが、言葉をかけることが出来ない。
結局その話に僕は明確な答えを出すことが出来ずに、この話題は僕らの心の奥底へしまわれることとなる。
◇◇◇◇◇
道中は荒涼とした風景が続くばかりで特に大きなことはなかった。
マキナたちと今までにあったことなどを語り合ったりなど、話題は尽きなかったけど。
朝日が昇り、前へと進んでいき日が沈めば休む。そんな日々の繰り返しだった。時折旅のデジモンたちと出会い集落がどの方向にあるのかなどという話もしたのだが、この一帯は集落なんてほとんどないらしい。それでもルーチェモンの配下と遭遇することも少ないからこういう場所を通っているといっていた。
「でも本当に七大魔王の一体が率いる軍勢がいるのかなぁ」
「たしかに疑いたくなる気持ちもわかるが……カノン、お前の見解は?」
「いなきゃ神殿が破壊されている理由はどうすんだよとだけ。あと、そろそろ教えてもらった集落が近いぞ」
「ほんと!? 久々にふかふかのお布団で眠れるかな」
「プロちゃんもうつかれたです……」
こりゃだめだ。マキナとプロットモンはだいぶお疲れのご様子である。
ドルモンもしばらく口を開いていないし、どうもこの世界の空気が肌に合わないらしい。いや、それもそうか。こいつ人間界での暮らしのほうが長いからこっちにはあまり慣れていないのだ。プロットモンも同じ理由だろう。
「でもダークマスターズの時は案外平気だったよな」
「あの時はいろいろあったからね……気にする余裕もなかったんだよ」
今はただ前に進んでいるだけで平坦というか、戦闘もなく歩くばかりの日々だから精神的にくるものがあるのだろう。僕もこのまま歩き続けるだけというのはキツイものがあるし。
「ほら、もう集落も見えてきたし元気出していくぞ」
「うおー!」
ドルモンも気合を入れて声を出し、走っていく。マキナとプロットモンが続き駆け出していき……って現金な奴らだな。クダモンは薬莢がマキナの首にぶら下がっているから連れていかれたし。
「っておいていくなよ!」
僕も走っていくが――突然、先に走り出していたみんなが立ち止まった。
何事かと僕も足を止めると……集落から、煙が上がっていた。赤い炎が家を燃やしており、悲鳴が聞こえる。
逃げ惑うデジモンたち、その後ろから現れるのは肥大化した右腕を持つ黄色い巨体のデジモン。
「ガアアアアア!!」
「あれはサイクロモンだ! かなり凶暴化しているぞ!」
「わかってる――それに、体から噴き出すレベルの暗黒の力……」
黒い瘴気を纏い奴は集落のデジモンたちを殴り飛ばし、高笑いを上げていた。
デジモンたちは逃げまどい、その中で一体の幼いデジモンが倒れた。彼ををかばって盾になろうとしたデジモンがサイクロモンに貫かれて――頭の中で、何かが切れた。
ここから奴の元まではまだ結構な距離があった。それでも、僕は――僕たちは一瞬で距離を詰める。
「ぶっとべ外道がッ!!」
「!?」
拳に魔力を乗せ、サイクロモンを殴り飛ばす。それでも反撃しようとしてくる奴に対してマキナが銃弾を入れていく。道中僕が教えたデータ構成を崩す特別製の弾丸だ。
「貫かれたデジモンは!?」
「私とプロットモンの力で浄化しつつ治療する。どこまでやれるかわからないが、そちらは任せた」
「久しぶりに本気を出すです!」
ちらりとだけ見たが、まだデータが消滅したわけじゃない。プロットモンとクダモンが何とかしてくれるのを祈ろう。暗黒の力の影響なのかサイクロモンはすぐに動き出そうとしている。
なら、こっちも全力で戦うしかない。
「カノン、どうするの? また浄化……カノン?」
ドルモンがこちらを心配そうに見るが、そのでこを一つピンと飛ばして答える。
「いきなりデコピンしないでよ……でもどうする気?」
「あれはもうどうにもならない。あそこまで融和している以上、消すしかないな」
周りを見渡せば、傷つき倒れたデジモンたち。
誰もかれもが致命傷を受けていない――いや、意図的に致命傷を避けた攻撃を受けているのだ。
それだけならサイクロモンに残った理性がとどまったとも考えられなくはないが……
「こいつ、わざといたぶって最後の最後で皆殺しにするつもりだよ」
僕のその言葉にこのデジモンはニタリと笑い、吠えた。
ドルモンもその様子からこいつの性根を理解したらしく、毛を逆立ててやつをにらむ。
「ファングモンのこともあったし、もしかしたらと思ったけど――どうすることもできないんだね」
「ああ。お前はまだ進化できないだろうし、ここは僕が動く」
「でも相手はデジモンだし、カノンが戦うってことは……」
後ろのほうではマキナたちが息をのむのがわかる。そうだ。僕が戦うということはこのデジモンを殺すということだ。考えている暇も与えないかのように、奴も攻撃を仕掛けてくる。
右腕が僕めがけて迫り、真正面から剣を突き刺す。貫通力の高い鋼属性だから結構なダメージであろうことは間違いない。
「――――ガアアアアア!?」
「いちいちわめくなよド三流。お前もやったことなんだろうが」
「か、カノン?」
飛び上がり、足にためた力で頭部をけり落とす。アイギオモンの技の一つ、アイアントラスト。強力な足技なのだが、基本的に後ろに蹴り上げる技だ。馬やヤギが後ろを蹴る動きを見たことがあるだろうか? あれがベースなのだろうが、使いにくかったので改良してみた。
「かかと落としみたいな感じになったけど、威力のほうは絶大だぞ」
「っ、キサマァアアアア!!」
「なんだ、しゃべれるのか。それで、どんな気分だ?」
「オレサマのアソビのジャマしやがってぇええええ!!」
その一言に、僕だけでなくドルモンも、マキナも切れた。
銃弾が奴の眼球めがけて突き刺さり、腹に鉄球がぶち込まれた。悲鳴を上げて後ずさるサイクロモンめがけて走りこんでいき、雷の魔法剣でやつを切り裂いた。
「――次生まれてくるときはこんなバカなことすんじゃねぇぞ」
データが崩れ、サイクロモンの姿が消えていく。
手にはずっしりとした感覚が残ったが……そうか、これが自分の手で命を絶つ感覚か。
「…………っと、マキナは大丈夫か?」
「あ、あはは……ごめん腰抜けた」
マキナたちのもとへ戻り、いろいろとショックを受けたであろうマキナの手を取り立ち上がらせる。
よくよく考えたら僕のほうは前々から大概なことしていたし、今更なことだったのでそれほど精神に来るものはなかったのだが。
「でも、ウチら……」
「ありがとうな」
「?」
「援護、ありがとう。あと……僕が直接デジモンと戦えたのはマキナのおかげだよ」
「――――うん」
かつて、ヨウコモンを倒したときに思い詰めかけた。だけど、マキナの言葉があったから前を向けたんだ。
その時があるからこそ僕はこうして今も戦える。
「そうだ、プロットモン! そっちはどうだ?」
「何とか繋ぎ止めたです!」
「だがちゃんとした手当てがしたい。カノンはどうにかできないのか?」
「できるだけのことはやってみよう。それに集落のデジモンたちも治療しないと」
これは思わぬ長丁場になったなぁ……でも、やれるだけのことはやらないと。
今までの知識を総動員して、事に当たらなくてはならない。
結局、集落のデジモンたちの治療には明け方までかかることとなった。幸いだったのは、治療できた範囲のデジモンたちを助けることができたことだろう。軽傷だったデジモンたちも手伝ってくれたので、何とかなった面もあるんだが……まあ、さすがに疲れた僕たちはそのまま眠ることとなってしまった。
仕事の疲労とプロットの調整などで少々更新が遅れる日々が続くかもしれませぬ。