84.デジコアを宿す子供たち
「ふぅ、酷い目に遭ったよ」
「というかなんであんな風に引っかかったんだよ」
「いやぁ、まだまだ未熟なもんで」
照れたように頭を掻くマキナであるが、僕としてはあまり直視できない。
スカートでひっかかっていたものだから、引き抜く時に……これ以上は言うまい。
「ウィッチェルニーって世界で魔法の修行をしながら暮らしていたんだけど、ゲートの固定化と自分の体を保ち続けることが出来るようになったの。それで、修行の成果を確認がてら会いに来たんだ」
「そういえばそんな魔法の世界があるって聞いていたけど……」
「これでも師匠に筋が良いって言われているんだ! 魔法発動に使うのがコレなのがちょっと不満だけど。可愛い杖とかが良かったんだけどなぁ……」
そう言ってマキナが取り出したのは、二丁の拳銃。え、拳銃?
なんでそんな物騒な見た目なのか。
「ウチに一番適合しているのがこれなんだって。デジコアの特性とかから調べたらそうなっちゃって……ミスティモン様も厳しすぎるんだよねぇ」
「そうは言うが、マキナはまだまだ未熟だがな。見たところ、カノンの方が腕は上だぞ」
「そう言われるとショックだけど仕方がないじゃないの」
首からぶら下げた薬莢――クダモンも相変わらず健在なようで。マキナの魔法の腕ってそんなに上達していないのだろうか? 僕も異世界への移動はやっていないのだが。いや、無意識に別の世界に飛んだことあるけど。
「ウチ、これでも存在が安定したのはつい最近なんだよ。今もまだ半電脳体だし、肉体は無かったから」
「人としての姿を保ち続けられると判断されたのもこの間なのだ。だから、今までこちらとのコンタクトは撮らなかったというわけだ」
「へぇ……確かに、妙なコードで形成されているね。遺伝子情報は残っているのが幸いか」
「見ただけでわかるの!?」
「イグドラシルシステムの恩恵だけどね」
「――――そうか、彼の存在に出会ったのか」
「今はもう稼働していないし、僕たちがぶっ壊したんだけどね。というか、クダモンは知っていたよな?」
「ああ。詳細までは知らなかったが、君たちが特異な存在であったことは承知していた。私たちの未来において重要な指針の一つであることも」
やっぱりか。どうもクダモンに前聞いたことと、イグドラシルを破壊した時期のずれなどから違和感があったんだ。僕たちが時間を越えることに関して、色々な思惑を持った連中がいるらしい。
結局はなるようになると言った感じみたいだけど。
「なんかよくわからないけど……」
「マキナが気にする必要のない話だ。それに、この世界の色々あったみたいだな」
「わかるか……あとドルモン、なんでだれているんだよ」
「えー、おなかすいたよー」
「ですー」
「プロットモンまで……仕方がないか、何か作るよ」
「カノン君、ご飯作れるの?」
「なんか微妙な言い方だけど……料理できるよ。冷蔵庫の中身と相談して――マキナも食べるか?」
「うん!」
デジモンたちも電脳体だし、やはりマキナも食事は普通に大丈夫なようだ。少し心配していたんだが、問題なく食べれるのか。
冷蔵庫の中を確認すれば、中にあるのは鶏肉か。後は卵と玉ねぎもあるし……
「親子丼でいいか」
「ご飯は?」
「炊いてある。問題はなさそうだし、大丈夫かな」
というわけで親子丼を作ることに。
マキナが物珍しそうに家の中をみたり、テレビを見ていたが……ウィッチェルニーにはその類のものは無いのだろうか?
「ないねぇ。集落が一つある感じの世界だし。あとは遺跡が多かったり、偏屈な人は辺境に住んでいるけど」
「へぇ……」
「そっちは今までどんなことがあったの?」
「うーん……世界って何回ぐらい崩壊しかけたっけかドルモン」
「おれに聞かないでよ。えっと、アポカリモンが2回で、他には誰がいた?」
「イグドラシルもヤバかったとしても……僕以外が片づけた話もあるみたいだし、5回ぐらいは滅びかけたんじゃないかな」
「まって、受け止めきれないよ!」
「すさまじいな……」
「です」
「そしてこのワンちゃんはデジモン?」
「ワンちゃんじゃないです! プロちゃんはプロットモンというデジモンです!」
なんかマキナ、しばらく見ないうちにアグレッシブな感じになったな。いや、こっちが素なんだろうけど。
しかし改めて口に出すとヤバいな。世界は何度崩壊しかけたんだ。
「それにカノンも一回死んだしね」
「――――え」
「ドルモン、食事時にいう事でもないだろうが。まあ、マキナなら気が付くと思うけど、僕の体の中に何があるかわかるか?」
「…………デジコア? でも、なんで」
「お前と似たような理由だよ。僕の場合は肉体は残っているけど、蘇生のためにデジコアを体内に入れたんだ」
「なるほど……それにそのデジコア、特殊なデジモンから受け取ったな」
「クダモンには分かる?」
「ああ。元ロイヤルナイツだからこそわかるが、とても特異なデジコアだ」
ファンロンモンって今のデジタルワールドの守護者の一角らしいから、それでだろうね。
それと元ロイヤルナイツなのか……たしか、マサキさんが戦っていた相手がそいつだっけ。
「ってことは、クダモンは杉田マサキって人は知っている?」
「ああ。ついていた任が違うから詳しくは知らないが、名前だけなら」
「僕も一度あったぐらいだし詳しくはしらないんだけどなぁ……今はどの世界にいるんだろう」
よく考えたら、単独で異世界に飛んでいるんだからとんでもない人なのは間違いないんだよね。
まあ僕たちも今後会うことがあるかはわからないが。
「というわけで、もしかしたらそっちに行っているかも」
「……ウチ、その人に会ったことがあるかも」
「本当か!?」
「私は知らないが、本当なのか?」
「うん。ウチが修行だって言われて一人で薬草をとりに行っていた時に……なんか機械出来た恐竜みたいなデジモンの背中に乗って、いびき掻きながらデジモンたちとどこかに向かって行ったんだけど……特に何も起きなかったから夢かとおもったんだけど……ウチ以外に人間がいるハズもないし」
「ラストティラノモンだなそれ。間違いない」
「普通の人間があの世界にいて無事とは思えないのだが……」
「あの人規格外だぞ」
端々に聞いただけでも色々とおかしい人であるみたいだし。
しかし本当に何していたんだ? 悪い人ではないんだけど……
「気にしても仕方がないか。はい、親子丼出来たぞ」
「おいしそうだね……料理はいつも自分でしているの?」
「そういうわけじゃないけど、一人の時も結構多いし。ここ数カ月は母さんが妊娠していたから大変だったってのもある」
「へぇ、お兄ちゃんになったの?」
「その言い方むずかゆいんだが……妹が産まれたんだよ。今は検診だけど」
「会ってみたいなぁ……」
マキナの前で家族の話題を出したのは失敗かなと思ったんだが、どうやら気にしている様子はない。
そもそも覚えていないのか? とも思ったが、そんな僕の視線に気が付いたのかマキナは首を横に振った。
「カノン君、心配しなくてもウチは大丈夫だよ。今はみんなもいるし、寂しくないから。それに、あの時のことはもう受け入れているから」
「あの時?」
「ドルモン、あまり不用意に聞くことじゃないよ」
「ううん、大丈夫。簡単に言うと、ウチにはこの世界に帰る家が無いんだ」
マキナの両親は彼女が入院している間に事故死した。その時のショックだったんだろう。マキナは生きる気力をなくしたのか、すぐに衰弱して死んだ。
しかし、そのタイミングでグレイモンとパロットモンの戦いが起きた。その結果魂とデジコアの融合が起きたのだ。いや、マキナのは擬似だったか?
過去に戻った際もその理由はよくわからないままだったが、確認のしようもないからなぁ……
マキナの家族については彼女と別れた後色々と調べていたのだ。まあ、大変ではあったし時間はかかったけど。
「せめて体が残っていればいいんだけど、無理な相談だよねぇ」
「墓の場所は調べてあるけど、どうする?」
「うーん……ちょっと決心がつかないかな。一度死んだからかな。そこに魂が無いってのがわかっちゃうんだ」
「わかるけどね……とりあえず、冷めるといけないから早く親子丼食べろよ」
「うん!」
「あと一つ気になっていたんだけど、前におくってきたメールはその銃で撃っただろ」
「そうだけど……それが?」
「結構痛かったぞ」
「ご、ごめんなさい……」
◇◇◇◇◇
食器を片付けながら、そう言えば今日は外が静かだなと思った。
八神さんちは旅行だったし、他もゴールデンウィークで出かけたのかと思っていたが……なんだか街全体が静かすぎる気もする。
「ふへぇ」
「……だから未熟者と言われるんだ」
「マキナ、緩い顔しているなぁ……クダモンも結構苦労した感じか?」
「君ほどではないさ。相当な数の修羅場があっただろうことはわかる」
「あはは……否定したいけどできないな」
でもクダモンは気が付いているようで助かる。
何らかの異常が発生しているみたいだ。このタイミング、それに記憶の片隅に何かが引っかかる。マキナの姿を見てからずっと、何かが。
「……でも魔力は感じないし、デジモンの気配もない」
「我々以外のデジモンはこの付近にはいないようだが……妙な光の残滓は感じ取れるが」
「たぶんヒカリちゃんだな。特殊な力を持っているみたいなんだけど、デジモンを進化させたり……ってマキナ? どうかしたのか?」
「その子、女の子?」
「うん。一つ下で幼馴染なんだけど……どうかしたか?」
「べつにー、ただなんとなく」
なんでジト目何だろうか。
「仕方がないさ。マキナのデジコアは属性で言うならばウィルス種。心の琴線に触れることがあると、ああなる」
「ちょっとクダモン、酷いこというね」
「ウィルスなんだ……」
ちなみに、僕はワクチンである。
ファンロンモンは例外種みたいだが、僕の中のデータがワクチン種の存在だったんだろう。
結局黄金のデジモンのことはよくわからないが――そうだ、クダモンが何か知らないだろうか? ちょっと聞いてみようか。そう思った時だった。
「――ッ!?」
「なに、この嫌な感じ」
「外に出るぞ!」
全員でベランダに出ると、世界の風景が目まぐるしく変化していっていた。
色彩もおかしくなり、紅蓮の炎に包まれたり氷に覆われたり。廃墟になったり、草原が広がったり砂漠になったり。様々に変化していき、やがて元に戻る。
「なにこれ!?」
「カノン、どうなっているかわかる?」
「――時折デジタルワールドと同じ、データで構成された世界に変化している」
「それってどういうこと!?」
「つまり、世界そのものが書き換わろうとしているんだよ。今はまだふり幅が少ないし、すぐに元に戻るけど……」
デジヴァイスを取り出してみると、時刻データがおかしな表示になっている。ギガシードラモンへ避難した方がいいか? そう思ったが……ダメだ、座標データもバグが起きてしまう。
その間にも、世界が変質していく。とりあえずすぐに部屋に戻り、パソコンを起動して原因をサーチするが……
「デジタルワールド側のログが少し拾えた――やっぱり時間データがおかしいのか」
「私も同意見だ。時間に干渉できるデジモンが暴走を引き起こした際の最終段階の考察を見たことがある。たしか、歴史データが書き換わる過程でこのような事象が起こりうると」
「なるほど。過去に何かがあったのか」
「でもそれって、どうにか出来るものなの?」
「どこかに時空の回廊があれば原因のある時代までさかのぼれるかもしれないけど……見つけられなければ対処のしようがないな。原因そのものはこの時代にないから、対処のしようがない。このままおかしな歴史へ書き換わるのを待つしかなくなる――その先に、今の自分がいるかもわからないけどな」
僕たちがこの現象を認識できているのは、僕のうちにあるものが原因だろう。
もしくは時間移動を経験したことである種の耐性があるのか。
「でもマキナと私が耐えられている理由は?」
「それは…………いや、まてよ」
マキナの格好。そして、時間移動。
「……これから過去へ遡るとして、それが歴史データに刻まれているのならばマキナたちも時間移動の経験者としてみなされないか? 体にログが残るんじゃなくて、この場合は歴史データそのものに刻まれた情報を参照するんだと思う」
「色々と難しい話をしているのは分かったから、とりあえず解決策を簡潔に!」
「ご、ごめん……簡単に言うと、これからマキナ達もこの騒動を解決するために過去に行くことになるんだよ」
「――――へ?」
思い出したのだ。
かつて、時空の回廊を通って現代に帰還した時、未来の自分と一緒にいた少女。アレはマキナだったのだ。
角度の違いでネコミミパーカーだとはわからなかったが、確かに黒いパーカーとスカートだったし。あの時みた自分の背格好は当時の太一さんと同じくらい。今の自分も同じくらいだ。
「…………問題は時空の回廊がどこに出現しているかだけど……時空の歪みが発生しやすいポイント、それも何度もゲートに使われているような場所」
「それなら、あそこしかないです」
プロットモンがそう言い、外を指さす。なるほど、確かにそうだ。
というかむしろ、そこしかないだろう。今まで何度も利用したため歪みが発生しやすいなどと思っていたが、今回はそれに救われた。
「第六台場に行くぞ!」
というわけで、2章で出ていた伏線とようやくつながります。
今までもこの4章のための伏線が多いですので、こことつながるのかーといった部分があるかも。