デジモンアドベンチャー BLAST   作:アドゥラ

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というわけで3章後半戦開始です。
改定前とはだいぶ変わったかな。


78.異常

 様々な計器が動く音がする。クライアントに言われて奴を見に行ったが、なるほど予想以上の収穫だった。

 男――ジャック・コバルトにとってかつての上司は憧れと同時に失意の象徴であった。しかし、その息子は異常な精神性を持つ彼からしても異常な存在に映っている。

 

「どうすればあんな人間が生まれるんだろうな。アレはそもそも本当に人間なのかも怪しいが……そこのところどうなんだ、博士?」

「そうですねぇ……橘カノンは一種の抗体なんでしょう。次元という意味での世界は意外と脆いものでしてねぇ、彼はそれを修復するために存在しているんだと思います。しかし、いまだ未完成なんでしょう。観測している範囲では究極体のデジモンに匹敵する力を持つんですが……自分の力を使いこなせていませんねぇ。おかげで、研究を邪魔されずに済んでいますが」

「……だが、そのうち気が付かれるんじゃないか? この間の事件、お前も一枚かんでいたんだろうに」

「不慮の事故ですよ。いやはや、暗黒の権化があそこまでの力を持つとは思いませんでした。千年魔獣のデータを回収したのは失敗でしたね。アレは私としても廃棄すべきものだと思いますよ。世界にとって害悪でしかない。単なる滅びは私としても望むところではありませんからねぇ」

「まったく、お前も大概いかれているな」

 

 ジャックは博士と呼ぶ彼に雇われ、ボディーガードのまねごとをしている。実際には利害が一致し、彼の研究に協力しているのだが。時間はかかるだろうが、ジャックの望むものを彼が提供すると確信しているからこそ、協力の手は惜しまない。

 その中で研究資料を見ることもあったが……

 

「日本じゃ今はゴールデンウィークとかいうんだろう? 気の緩んだ隙にえらばれし子供とやらを調べたらどうなんだ?」

「いえ、彼らは今デジタルワールドへ行っているようでしてねぇ。むしろこういう時期の方が狙いにくいんですよ。それに、今は動く時ではありません。研究を重ね、このデバイスを完成させることが第一の目標ですから」

 

 ニタリと笑い、板の様な機械を調整し始める。

 小さな画面がついており、左側には端子のようなものと銃の引き金の様な部品がついていた。

 

「デジコアに干渉する人造デジヴァイス、DNAアクセルか……まったく、ロクな代物じゃないな。それに、同胞を利用されているというのに顔色一つ変えない、そこのドラゴンも」

「……」

 

 そこで、ジャックの目線の先にいたのは赤色の小さな竜だった。

 その腹にはデジタルハザードの刻印が刻まれている。

 ただ静かに、彼らの様子を見ていたが――奥に行き、体を横にして眠ってしまった。

 

「オイオイ、反応なしかよ」

「彼は少々気難しい性格ですからねぇ。それに、滅びを呼ぶ存在ですから、デジモンたちのことは気にも留めていませんよ。ただ、寝ているのを起こすのはやめてくださいねぇ。彼、凶暴ですから」

「了解しましたよ。それで、例の事件の顛末ってどうなんですか?」

「橘カノンが解決したアレですか……試作品とはいえ、DNAアクセルを見られてしまいましたからねぇ…………私としてはこれで長いこと表に出られませんし、少々苛立っていますね。千年魔獣に関しては関わらない方がよさそうですし、いやはや……私としたことが失敗でした」

 

 もっとも、色々と興味深いデータも集まりましたがと続けて、彼は作業の手を進める。

 白衣を纏い、ニタリと笑った男は何を考えるのか。

 

「…………いずれ、彼と戦わねばならない日が来るでしょうが………………何らかの対策は練っておいた方がよさそうですねぇ」

 

 4月の半ばに起きたあの事件、以前に観測した暗黒の世界に似た力が充満した中、彼らは勝ち目などなかったハズなのだ。それでも、死闘の末に勝利し、未来を守った。

 彼らはどんな絶望的な状況でもわずかな勝機を見出し、そこから突破してしまう力を持つ。

 

「いや、どれほどの準備を重ねれば彼らに勝てるのか。私の挑戦はまだ始まったばかりということですか」

 

 

 

 

 

 彼らにとっても、断片的にしか観測できなかった事件。

 これから語られるのは、世界の時間が静止した日の出来事だ。

 橘カノンが、死を迎えた日の物語――

 

 ◇◇◇◇◇

 

 新学期が始まり、去年とあまり変わり映えのしない日常が過ぎていた。

 まあ光子郎さんとパソコン部を立ち上げたりとか色々とやることはあったんだけどね。

 デジタルワールドへはディアボロモンの事件後に一度だけ行った。ちょっとした封印を解除するために向かったのだが、少々力技になったのを反省している。まあ、封印自体は解除出来たからあとは経過観察かな。

 他にも封印された存在を解放する予定だとゲンナイさんから聞いているが、そちらは僕ではなく他のみんなの力が必要らしい。詳しくは聞いていないが、僕は僕で忙しくなってしまったからちょうどいいか。いや、その忙しくなった原因というか頼みごとをしてきたのもゲンナイさんだけど。

 

「カノン、何をやっているの?」

「ゲンナイさんに頼まれたんだけど、また変な力の波動が出ているらしいんでその調査。お台場周辺から暗黒の力のようなものを検知したらしい」

「それってまた厄介ごとです?」

「だろうねぇ」

 

 微弱というか、奇妙な反応が続いているからどうにもよくわからない。

 ドルモンたちと街へ散歩がてら調べているが……反応が出たり消えたりしている。

 ちなみに、ドルモンはついにドドモンまでワープ退化可能になった。いつの間に練習してたんだお前……

 

「まあそんなことよりもこの調査だな。気になるからさっさと何とかしたいんだけどなぁ……」

「光子郎たちに手伝ってもらえば?」

「危険かもしれないから、デジモンがいない状態のみんなを連れまわすわけにはいかないよ。それに新学期で色々とあるだろうし」

 

 特に丈さんを巻き込むのは遠慮したい。中学に進学したばかりで呼び出すのは忍びないのだ。

 太一さんたちも忙しいし、年下二人を呼ぶのもなぁ……

 一番暇そうなのは……ミミさんだが、彼女だけを呼ぶと事態がひどい方向へ行くから無しの方向で。

 

「結局僕が動くしかないんだよね」

「カノン、目が死んでるよ」

「ちょっと疲れがたまったかな……しばらく休憩するよ――」

 

 なんか飲み物でも飲もうかと部屋を出た瞬間、強烈な暗黒の力が噴き出したのを感じた。

 とっさに魔力を放出し、胸の紋章が強く輝きだしたが――とてつもない息苦しさを感じる。ドルモンたちも息苦しいのか不快な顔をしており、体からは赤い電流みたいなのが飛び散っていた。

 

「ドルモン、プロットモン!?」

「だ、大丈夫……X抗体が過剰に反応しているみたい」

「気持ち悪いです……これ、なんです?」

「この感じ……近いぞ」

 

 外からか? そう思って部屋を飛び出すと――母さんがキッチンで微動だにしていなかった。料理中のようだが……なんだ、これは。

 

「ねえ、なんでママさんの動きが止まっているの?」

「分からない……でもおかしいのはそこだけじゃないだろう。卵をフライパンに落としているみたいだけど……空中で止まっている」

「――――!?」

 

 外を見ると、空を飛んでいる鳥も、走っている車も、ありとあらゆるものが動きを止めていた。

 まるで、世界の時間が止まってしまったみたいだ。

 

「むしろ、この場合は僕らが時間の流れの外に出たと表現するべきかもしれないけど……」

「何が起こっているんです……?」

「分からない。でも、この強い暗黒の力――あそこだ!」

 

 何度も戦った場所。僕らと縁深い第六台場、そこから黒い瘴気が噴き出している。

 そういえばあそこはまだ調べていなかったな……これは、真っ先に調べておくべきだったか。

 

「とにかく、行くぞ――!」

「うん。ドルモン進化…………あれ?」

「どうしたんだドルモン」

「進化できないよ!?」

「――――え」

 

 どういうことだ。ドルモンが進化できない? デジヴァイスを取り出して、起動させようとするが……ダメだ。確かに進化することが出来ない。

 パニックに陥るドルモンだが、原因は何だ? 時間の流れから外れているから? いや、そうじゃない。

 

「この濃密な暗黒の力か」

「進化できないって戦えないじゃん!」

「……いや、一つ方法がある」

 

 デジメンタルをとりだすと……問題なく起動した。どうやら、この濃密な暗黒の力の中でもデジメンタルは使えるらしい。それならば、アーマー進化はいけるはずだ。

 

「とにかく第六台場へ行くぞ――デジメンタルアップ!」

「アーマー進化! ラプタードラモン!」

 

 ベランダから外へ飛び出し、ラプタードラモンの背に乗る。

 プロットモンを抱え、第六台場へと向かった。彼女を置いてくるべきだとも思ったが、静止した時間の中に置き続けるのも危険だと判断したのだ。

 

「――ッ!」

 

 その時、プロットモンのホーリーリングが強い輝きを放ち始めた。

 そして僕らの周囲に光のバリアが貼られていく。

 

「これって……」

「プロちゃんも色々がんばったです!」

「なるほど、ブラストモンとの特訓の成果か」

 

 これなら濃密な瘴気の中でも活動が出来る。進化はいまだできないが、行動不能になることは無いはずだ。

 そして、そのまま僕たちは瘴気の中心へと突入し――

 

 ◇◇◇◇◇

 

 ――そこは、廃墟の様な世界だった。

 崩れ落ちた建物が並ぶ、小さな町。そこだけを切り取ったかのような小さな世界だ。

 イメージで言うなれば、バチカンが近いだろうか。

 

「ここは……一体どこだ?」

「たぶん位相のずれた世界だ。どこかにこの世界を作った存在がいるんだと思う」

 

 入ってみてなおのことこの世界が異常な場所であることがわかる。

 息をするだけでも苦しい世界だ。プロットモンも防御に専念しているため、動くことが出来そうにない……とりあえず、カバンの中に入ってもらうしかないか。

 

「……なあカノン、この感じ前にも」

「ああ。なんだか懐かしい気もするけど、まだ一年経ってないんだよな。この暗黒の力……アポカリモンのものだ」

 

 あの暗黒の世界で感じた気配と同じ、だが奴は消滅したはずだ。

 それでもどこか確信にも似た感覚で僕たちはこれがアポカリモンの力だと思っている。

 先へ進むと、黒い球体の様なものがあった。卵の殻のように崩れ落ちていき、中から山羊のような姿の悪魔が現れる。

 

「――――」

「なんだ、このデジモン……」

 

 完全体。メフィスモン……名前は分かったが、それ以上のことは分からない。

 今は目を閉じているが、じろじろと見られているような感覚さえする。

 

「……待っていたぞ、0番目のえらばれし子供よ」

「その声……やっぱりアポカリモンなのか」

「ああ。もっとも今ここにいる私は断片だがな」

 

 たしかにあの時感じた気配に近いが、こいつは総体としての人格ではない。最後まで僕を睨み続けた、恨みそのものだ。

 どこで欠片だけでもデータが流れ出たのかは知らないが、もう一度戦うことになるなんて……

 

「アポカリモンであることは終わり、今ここにいる私はメフィスモン。すべてを無に帰そう――さあ、ゲームを始めよう。貴様と私で、世界をかけたゲームを」

「……本当、粘着質な奴だな」

 

 魔法剣を出し、奴を睨む。同時に、奴の背後にも魔法陣がいくつも展開されていった。

 

「ルールはシンプルだ。相手のデジヴァイスを破壊した方が勝者だ」

「何――?」

 

 奴がその手握っているのは一つの機械。デジヴァイス、だって? だけどその形は見たことのないものだった。

 それにネジや外装の感じからするに、デジタルワールドで作られたものに見えない。

 

「お前、それをいったいどこで!?」

「――それを知りたくば、勝ってみせることだ!」

 

 直後に、奴の魔法が襲い掛かる。

 ラプタードラモンが急加速し、攻撃を避けていくが……

 

「マズイな、完全体相手だとアーマー体のままじゃ不利だ」

「そんなこと言っても、どうすることもできないぞ!」

「進化できないってのもまずいし……とにかく、作戦を考えるから飛び続けてくれ!」

 

 ゴーグルをつけ、思考をつづける。

 奴の能力がいまだはっきりしない以上、真正面から突撃はできない。

 プロットモンの体力もある。そう長いこと時間は無いだろう。それこそ、制限時間があるようなものだ。

 

「――まったく、なんでこう苦労することになるかね!!」

 

 それでもやるしかない。

 作戦もしっかりと練ることはできないが、わずかな勝機で活路を見出すしかないのだ。

 




というわけで復活のアポカリモンさん改めメフィスモンです。
冒頭も合わせて色々とネタバレというか、アレなことになっていますね。

不穏なセリフがちらほらとありましたが、バッドエンドにはならないので。

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