最初に動き出したのはどちらだったか。ガイオウモンの刀とブラックセラフィモンの拳がぶつかる。手にまとった暗黒のエネルギー。その力と拮抗し、周囲の空間が歪みだす。
「ぶつかり続けるな! そいつ、ただのデジモンじゃないぞ!」
「わかった――切り替えていく!」
距離をとるように動き、燐火斬を使用して遠距離から攻めていく作戦みたいだ。
だがブラックセラフィモンも斬撃を弾き飛ばし、距離を詰めていく。
何かできないか? この状況、僕にもできることを……
「天使なのに悪魔みたいです……」
「プロットモン? それって――――ッ!?」
プロットモンの発現が気になりブラックセラフィモンの情報を引き出そうと、更に見続けたことで眼球に少し痛みが走った。だけど、それもすぐに収まり奴の情報がより多く引き出される。
ブラックセラフィモン、究極体。熾天使型のデジモン。ウィルス種。元来は天使系高位のデジモンであるセラフィモンが変質した姿。完全な堕天ではないため、現在でも熾天使型のままである。
なお、この個体は情報樹イグドラシルのセキリュティとして在中している存在。イグドラシルと接続されていることで、瞬間回復能力をもち、エネルギー値が無制限。
「ってなんだそのチートは!?」
「イグドラシルヘノ不正接続ヲ確認、排除シマス」
「カノン、そっちに行ったぞ!」
って、どうやら情報を引き出そうとするあまりにイグドラシルに接続してしまったらしい。スムーズにいくもんだから……とにかく、防御しないと――
「”ブレイブシールド”!」
「――異常ナ数値ヲ確認。個体名――――モン、エラー。エラー。個体名ノ認識不能」
魔力を放出し、半透明のブレイブシールドを構成していた。咄嗟のことだったのに、成功するなんて……間違いない。この空間では、僕の魔法の性能も底上げされるんだ。情報を多く引き出してしまったのもそれが原因。
だったら、最大限利用してやる。
「プロットモン、危ないから離れてて!」
「わかったです!」
「ガイオウモンはスライド――スピード勝負で行くぞ」
「スライド進化――ディノタイガモン!」
ディノタイガモンの背に乗り、一気に加速していく。奴のエネルギーはほとんど無限。それに、回復力を考えると……一撃でぶっ倒さないとダメだ。
奴が黒い光弾を放ってくるのを避けていき、チャンスをうかがう。
「どうするんだ? 俺がバーストモードでやった方が速いと思うが」
「確かにそれも一つの手だけど、膨大なエネルギーで防御されたらアウトだ。だから、まずはあいつの優位性を崩す」
手に魔法剣をだし、奴とぶつかる。ディノタイガモンがうまく立ち回ってくれる中、奴の右腕に狙いを定めて剣を投げつけた。
「――ッ!」
「野郎、はじき返したぞ!」
「計算の内――背中が、がら空きってな!」
クルクルと回転し、魔法剣がブラックセラフィモンの背中に突き刺さる。麻痺プログラム封入の一品だ。流石にすぐに治癒されるだろうし、そう長いこと足止めはできない。
だから、次の一手を打つ。
ディノタイガモンの背中を蹴り、前へと飛び出す。流石に抗議が来たが今は気にしていられない。奴のマヒが解除される前に、次のプログラムを打ち込まなくてはいけないんだ。
「排、除――」
奴の腕が動き出し、僕を切り裂こうとして――
「生憎だけど、その技は前に見ている!!」
――それは、僕が夢で見た攻撃だ。以前の失敗を二度も繰り返すかよ。
小さなものだが、防御力を上げまくった障壁を展開してそらす。イメージはウロコ。小さな鱗がたくさん集まった盾を纏い、奴の攻撃を受け流したのだ。
さらに右腕に、貫通力のある武器をイメージする――いや、もっと貫く様にえぐるように――――魔法剣を出現させ、更に変質していく。螺旋を描く様にグルグルと回転するそれは、ドリルのようにも見えた。
そして、ブラックセラフィモンの腹部へと突き刺さる。
「ブレイクドラモンのイメージが入ったけど、これならどうだ!」
「――――、エラー。エラー。供給率、ゼロ。エラー。復旧開始――」
ノイズが走るように、ブラックセラフィモンの様子が変わる。これでももって数秒。今もイグドラシルのバックアップは受けている。
ただ、この一瞬でもイグドラシルと僕は更につながった。だからこそ、わかったこともある。今のイグドラシルには意思と呼べるものはほとんどない。ブラックセラフィモンもイグドラシルに指示を扇いでいる形になるが、実質ブラックセラフィモンからのリクエストがそのまま通っている。
セキリュティとして破たんしているし、イグドラシルも物言わぬ機械の様な状態だ。僕たちが過去でコアを破壊したからか? いや、それにしては静かすぎる……
「でも、このタイミングで決めるしかないぞ――スライド、」
「進化ァアアア!!」
ディノタイガモンの姿が変化する。巨大な銀色の体、ドラゴンの姿。僕たちが最初に到達した究極体、ドルゴラモン。そして、さらにその姿が変質する。
紅蓮に染まり、膨大な力を放出する。ドルゴラモンの持つ破壊の力が更に強化された姿。
「バーストモード!!」
「――未知ナル力ヲ検知。対抗策――――無シ。プログラム復旧、ウ……」
機械的に処理し続け、最後はドルゴラモンの一撃で腹部を貫かれていた。奇しくもそれは僕が剣を突き刺した位置と同じだった。彼の拳が、ブラックセラフィモンを貫通している。
泡が膨れるようにブラックセラフィモンの体が崩れる。何とか自らの体を保とうとするが、すぐにそれも終わる。やがて静かに空気に融けるように消えていった。
こうして、過去に決着をつけるための戦いが終わったのである。
◇◇◇◇◇
流石に疲れたため、地面に腰を下ろした。ドルモンも体を伸ばしてほぐしている。
「疲れたぁ……普通に戦っていたら勝てなかったかもね。回復されまくって」
「だな。早々に気が付いたのは良かったよ。しかし結局アレは何だったんだ? っていうか今って時間軸どの辺なんだろう……」
僕が夢で見たときは確かダークリザモンとの戦いの後だっけか。やばい、もう何年も前で記憶があやふやだ。たしか、あの時は巨大な腕を持った誰かが……巨大な、腕?
「まさか、あのセキリュティを突破する者がいるとは……人間、とデジモン? それもX抗体を持った存在のようだが――なんと、別時間の存在がいるとは面白い」
「――あんたは、確か……バグラモン」
そうだ、光子郎さんのアナライザーで見たことがある。どこで会ったのか記憶があやふやで忘れかけていたが……思い出した。僕は彼の力で夢から脱出したんだ。いや、今思えばあれも夢とは思えない……
「私を知っているようだが……生憎、君の認識とは異なり私は初対面だよ」
「魔王型……なるほどホメオスタシスが言っていたのはあんたのことか」
僕がそう言うと、バグラモンは少々苦い顔になった。なんだろう、地雷を踏んだのか?
「……その様子では私とホメオスタシスの関係は知らないようだな。しかし、終わったことだ。気にする必要はない」
「そう言われると余計気になるんだが……」
「……杉田マサキという男を知っているか?」
「一緒に戦ったこともある。それに、今より未来で仲間を助けてもらった」
「そうか……私はホメオスタシスに反旗を翻し、戦ったのだが彼に倒され、この空間に封印されているのだ。もっとも、ホメオスタシスの元に戻るのを断り、ここに隠居していると言った方が正しいがね」
……なんだろう、この感じ…………ちょっとひねくれているおじいちゃん的な空気を感じる。魔王型のはずなんだが、悪っぽくないというか……たぶん元は高位の天使型デジモンだったと思うんだけど、その右手の圧力やら纏っている雰囲気から奇妙な印象を受ける。
絶大な力を持っているのに、それが表に出てきていないというか……って言うか、マサキさんアンタ何をしているんだよ……僕と戦う前なのか後なのか――
「ってその右手、イグドラシルの一部なんじゃ」
「ああ。廃棄されたイグドラシルの一部を使い、欠けた体を補っている。イグドラシルと接続することで色々なことが出来るので、元の体以上に重宝するよ」
「やっぱりかぁ……ってことは僕たちがイグドラシルを破壊した後かよ」
「どうやら君は色々なことを知っているようだ――それに、イグドラシルと接続をしている。私の様な媒介なしで」
「? 媒介ならこのデジヴァイスがあるけど……中にイグドラシルの破片から作った基盤が入っているし」
「――――なるほど」
なんだろう。この人の眼が光った途端じろじろ見られているというか……読まれているって感じたんだが。ドルモンたちも冷汗を流して後ずさっているし。
「なんだか、このデジモンってカノンに似ている」
「ひどくね!?」
「ふはは……確かに、君と私はある意味ではとても近しい存在だ。時間軸上ではこれが最初の出会いとなるだろうが……なるほど、これから先、幾度と出会うことになるだろう」
「っていうかさっきから未来を見ているような感じを……もしかして、その眼」
「ああ。イグドラシルの機能も合わせているが、未来予測を行うことで擬似的に未来を視認できる。君は非常に数奇な運命の元に生まれているようだ……」
バグラモン。賢人とも称されるデジモンで、魔王型でありながら賢者に近い気質の存在。
詳しいデータは不明だが、七大魔王クラスの力を持っている。
「だから私と似ていると言われるのだ。そうやって、イグドラシルの力を使い情報を読み取る」
「――あれ、無意識に……」
「まだ未完成の器とはいえこれほどか……なるほど、ホメオスタシスは私に君を押し付けたようだな――いいだろう。以前騒がせた借りを返そうじゃないか」
バグラモンは何かに納得すると、歩き出した。ついてきたまえと言い、僕たちの先を行く。
まあ彼についていくしかないし……仕方がないか。
「行くぞドルモン、プロットモン」
「結局そうするしかないのかぁ……一体何者なのかな?」
「あんまり怖い感じはしないです」
プロットモンの言う通り、怖い感じはしないのだが……油断ならない感じはするんだよな。
バグラモンの後をついていくこと十数分。そこそこ歩くな……傾斜もきついし、霧も出ていて歩きにくい。
森の様なエリアに近づいていくと……目的地と思しき場所が見えた。霧の中に出てきた影は風景に合っているけどこの場所に存在していていいものなのか迷うところだが……
「なんでロッジ? しかも湖まで……」
「私の家だ。都合四人で暮らしている」
「同居者もいますと!?」
封印されたーとか言っていた割にはのんきな感じである。
いや、自分から隠居しているみたいだし合っているんだろうけども……なんだろう、結構お茶目な方?
と、近づいてようやく気が付いた。四人で暮らしているとは言っていたけど……他の三体も究極体クラスだ。力を大分抑えているのかここまで来ないと察知できないなんて……
「あまり気にすることはない。我々のように長い間研鑽を積むと最終的に力を抑える方法を模索しだしてしまうのだよ。なまじ存在が大きすぎるのも考え物でね」
「力の差があり過ぎる……」
「いや。それはどうかな?」
? それってどういう……尋ねようと思ったが、その前にロッジの中から誰かが出てきた。
バンッ、と大きな音を立てて人影が迫ってくる。和服の様な格好に、黒い髪。女性みたいだが……この人もデジモンだ。やはり、究極体――それも魔王型。
「なんだか騒がしいと思ったら、変わったお客さんねぇ……なかなかの魔力、味見してもいいかしら?」
「な、七大魔王――リリスモン!?」
「ちょ……どういうこと!?
情報が入ってきたが、あまりのビッグネームに驚いてしまう。いや、どこかで聞き覚えもあるような……そうだ思い出した。前にバステモンが言っていたんだ。マサキさんがリリスモンを倒したって……
「倒されたって聞いていたけど……」
「アンタ、あの男の知り合い?」
「共にイグドラシルの破壊を成し遂げた少年たちだ」
「ふーん……ま、いいわ。アタシと他の二体もそうだけど半死半生の状態でここに封印されているの。帰れなくはないんだけど、色々と面倒なのよ。アンタもアタシ達七大魔王並みに相当面倒な存在みたいだけど」
「さっきも気になったけどそれってなんの話なのか……」
さっぱりわからないんだけど、と続けようとしたらリリスモンが僕の頭を掴んだ。いや、貴女に触れられるのはアウトだと思うのだが。しかも右手……
この右手で触られると、腐食するハズだぞ。
「それをどこで知った?」
「――あれ? いま検索かけたっけ?」
「カノン……なんだか、この世界に来てからどこかおかしいような…………」
「ちょっと、別の人みたいです」
「なるほどなるほど、この子借りて行ってもいいかしら?」
「そのつもりで連れてきたのだ。私よりも君の方が専門だろう」
「そうね――それじゃあついていらっしゃい。稽古つけてあげるわ」
「え、ちょ!?」
いきなりリリスモンに連れられて、別の場所に。ドルモンたちが置き去り何ですが!?
っていうか何だか厄介なことになったような……
バグラモンが校長陛下みたいになってるな……
ここでリリスモンとは誰も思っていなかっただろうと(ry
あらかじめ言っておくと、バグラさんちの他二体もいます。そっちもたぶん次回で。