イグドラシル・コアがクロノモンの姿へ変化した瞬間、この一帯のフィールドも変化した。
まるで水面の様な床、天井はなくなり夜空のようなものへと変貌を遂げる。果ての見えぬ広大な空間。その中で動く者は自分たちのみ。
「これは一体――」
「空間を改変した? 自分の戦いやすいように作り替えたのか!」
すぐにカノンが起こった事象を分析するが、これは口に出したほど簡単な話ではない。一瞬のうちに、自らの望む形へと世界を書き換える。それがいかに強大な力か。
アポカリモンでさえ自在に書き換えられるわけではない。ダークマスターズも入念な準備が必要だった。
「ホメオスタシスと同レベルの権限かと思っていたけどとんでもない、コイツ……デジタルワールドならほとんど何でもできるのか」
「デジモンたちからは神様みたいに扱われているからな……どうする? 対策はあるのか?」
「幸い、イグドラシルも全力を出すことはできない。これもあいたリソースと自分のデータを利用して書き換えただけだ」
今までの戦闘の中でも、イグドラシルが自分自身を増築することはなかった。おそらく、管理者の移行が不完全ながら行われていたのだろう。増築に関しての権限は失っているのではないだろうか。カノンはそうあたりをつける。
増築できたのなら、それこそ自分に手を出させないような何かを作ったりすればいいのだ。でも、それをしなかったということは……
「どれだけの力の差があるかはわからない、それでもやるしかないんだ!」
「聖剣グレイダルファー!」
アルファモンの持つ剣の輝きが増していき、巨大な奇跡となって放たれる。クロノモンは腕を交差させてそれを防ぐが、すぐにラストティラノモンが追撃を行う。
背中のキャノンにエネルギーがチャージされて、解き放たれた。
「ぶっ飛びなッ」
『――損傷率、1パーセント』
「なっ――1パーセントしか削れていないのか!?」
「それでも、ダメージは通っている」
問題は自己修復がどこまで通用しているか。クロノモンの体の表面にはノイズが走っているように見えるが、すぐにそれも消える。
おそらく自己修復能力は健在。
「こっちは消耗しても回復しないってのに、アイツは平気なのかよ!」
「いや……無限じゃない」
「そうは見えないが」
アルファモンとラストティラノモンが連携を行いクロノモンを攻撃する中、彼らの攻撃を上回る速度で回復している。
二体の究極体の力を合わせても麓に届いている気配もない。
「そんな状況で、無限じゃないってか?」
「確かに再生能力は圧倒的だし、力の差もあり過ぎる」
クロノモンが腕を一振りしただけで、二体は吹き飛ばされてしまう。それでもなおたち上がり、攻撃を仕掛けていくが……ジリ貧どころではない。詰みにも近い状況だ。
マサキは何か突破口は無いかと殴りつけようと動くが――炎の塊が降り注いできた。
「うおお!?」
「ッ――」
すかさずカノンが防御壁を貼り、攻撃を防ぐ。しかし、一撃ですべての力を持っていかれそうになるほどの威力。手が震え、視界がかすむ。
「おい、大丈夫か!?」
「なんとか……質量が段違いだ」
直後に奴の両腕に力が集まっていく。炎のような形をしたエネルギーの塊が、今にも爆発しそうな勢いで膨張している。
一撃一撃が必殺と言っていいほどの力を持っているのだ。大質量なんてもんじゃない。一つのドットに無理やり大容量のデータを押し込んでいるようなものだ。通常の法則では考えられないことをやっておきながら、それをただ破壊のためだけに放出するつもりである。
あれが解き放たれれば、アウトだ。
「アルファモン!」
「このッ――」
すぐにアルファモンが組み付いて、その腕を止めようとするが……近づくことさえできていない。高密度のエネルギーがまるで壁のようになっているのだ。
無理やりにでも押し通ろうとしても一歩も先へは進めない。それどころか、壁に押されて距離を離されてしまう。
「コイツッ――」
「なら、これならどうだ!!」
ラストティラノモンの体が放電をはじめ、体中がショートしていく。それでも動きを止めず、背中の大砲へとエネルギーを集めていった。
現状ではどうすることもできない。その前提を崩す。そのためにはどうするか。
「俺の全部、持っていきやがれぇえええええ!!」
オーバーチャージ・テラーズクラスター。名付けるとしたらそんなところだろうか。限界を超えて、自らのデータも力に変換して放った文字通り捨て身の一撃。
体からは黒い煙を放出して倒れ伏すが、より高密度のエネルギーを解き放つことで壁に穴をあけたのだ。
「こっちも、全力で行くぞアルファモン!」
「ああ――わかった。うおおお!!」
アルファモンがわずかな穴へと突入し、剣を突き刺す。わずかに届かない、それでも諦めない。
両手で剣を握り、前へと突き進む。カノンの胸に紋章の輝きが現れ、光を増していく。
「――――ッ、まだだ……まだ終わりじゃない!」
「そうだ、諦めなければ道はできる。どんな絶望的な状況だろうと、活路を見いだせ。前に向かって突っ走れ!!」
アルファモンの背後を駆け抜け、マサキが飛び上がる。人のサイズだからこそ通れたわずかな隙間。それを突き進んでいき、クロノモンの顔面を殴り飛ばした。
まるで効いた様子もなく、歯牙にもかけぬ様子であるが――それでも、マサキは前に進むことをやめない。
「あんたが何を考えてこんなことをしたのか知らねぇし、事情があるのかも知れねぇが――それでも、世界を滅ぼそうとしてんじゃねぇよ! もっと、気張りやがれ!!」
徐々に、その拳がクロノモンを押し始める。
ありえない。ただの人間がここまでの力を発揮することなどありえない。イグドラシルの予測演算能力に初めて自らが認めるエラーが発生する。これまでのエラーは外的要因によるものだった。
合理的、機械的な思考で動くイグドラシルにとっては自らの演算が狂う事こそ深刻なエラーとして処理される。外部からのウィルスということが分かっている以上、今までのエラーはイグドラシルの思考を止めるバグとはならなかった。だが、今度は違う。
「うおおおおお!!」
『理解不能。理解不能』
正常な状態であっても処理をすることが出来ない事象。故に、イグドラシルの動きが止まった。クロノモンとしての力の発揮にノイズが走り、一瞬の隙が発生する。
その隙を利用し、アルファモンが前へと更に進む。だが、それでも剣先は届いていない。
「だったら、こいつでどうだ!!」
カノンが地面に手をつき、プログラムを書き換えていく。頭の中に激痛が走るが、それでも演算をやめない。
無理のある改変を行えば自らが危険になるだろう。だが、それでも彼は止まらなかった。
「この空間の支配権を奪うことはできなくても、お前のリソースを減らすことはできる!」
紋章の輝きが増していき――再び、無限のマークを示した。
叫び声をあげ、彼を中心に世界が反転する。空は青空に、水面は草原へと。
クロノモンにすら何らかの影響を与えたのか、体の一部が白く染まる。
「いっけえええええ!!」
「うおおおおお!!」
更に前へと踏み込み、剣を振り下ろす。しかし、その一撃を後ろに跳ぶことでクロノモンはかわした。
地面に剣がぶつかり、砂ぼこりが上がる。
『――――』
理解ができなかった。人の心が見せるポテンシャルと、デジモンの新たな可能性を。
人とデジモンの心が一つとなった時に、自らの演算能力をはるかに超え、これほどの力を示すなどと。
アルファモンの放った斬撃は確かにかわされた。だが、その剣の軌跡から炎のような斬撃が放たれたのだ。それは、ガイオウモンの燐火斬。
アルファモンに進化しても、今までのデータは残っている。バステモンがウィッチモンだった時のデータから魔法を使えたように、アルファモンもガイオウモンのデータからその技を使用したのだ。
「これで、終わりだ」
クロノモンの体が真っ二つになり、中からコアが飛び出す。すぐにそのコアを破壊しようと、アルファモンが手を伸ばすが――時間切れだ。ドルモンへと退化していき、体が落ちてしまう。
「こんなときに――!?」
「上出来、だよ!!」
まだだ。カノンが走っている。いや、プロットモンがカノンの足代わりをしていたのだ。彼の体もまだ回復していないが、適当にプレートの様なものを作り出し、プロットモンがジェット噴射のように口からエネルギーを放出することで加速していた。
「――ゲホッ、あと……おねがい、です」
「ありがとうよ! これで、終わりだアアアアアア!!」
カノンが飛び上がり、コアまで一直線に突き進む。最後の抵抗とばかりに黒い霧が触手のようになり、カノンへ向かうが――カノンの姿が変化する。マフラーの形状が変化し、翼のようになった。触手を避け、コアの目前へ迫る。
『理解不能、解析不能、照合――――』
カノンの拳がイグドラシルに届き、甲高い音が響く。
一瞬の静寂ののち、コアが粉々に砕け散った。その中から何かの機械が出現する。おそらくこれが――
「ウィルスデータの塊、でも――――」
カノンの体も動かない。何とか破壊しようと魔法剣を出現させて、斬ろうとするが……カノンの腹部に、何かのカプセルがぶつかってしまう。
そして次々に色々なパーツが噴き出して彼の体を拭き飛ばしてしまった。せめてデジタマだけは守ろうと鞄を抱きかかえ身を丸める。
「――ッ!?」
地面に激突し、荷物がばらまかれる。
ウィルスデータの塊は、周囲のデータを利用して再生を図ろうとしていた――このままでは、元の木阿弥。
「くそっ――せめて、あと一撃」
だが、体が動かない。
黒い触手を動かし、ウィルスデータが再起動を行おうとしたときだった。光弾が命中し、消滅してしまった。
「――――え」
「えへへ、やった……です」
プロットモンが、残った力を振り絞って止めを刺したのだ。まさかの展開だな、と思いつつも気が緩みカノンはどさりと腰を落とした。
ドルモンも体を引きずってきており、もう動く体力もほとんど残っていないらしい。
「……終わった?」
「ああ、完全消滅。時間はかかるかもしれないけど、デジタルワールドの管理者の移行もちゃんと行われる……それに、イグドラシルのリソースをあれだけ削ったんだ…………これで、パンクすることはないだろうな」
体を大の字にして、倒れる。これで、ようやくやるべきことも終わったか――疲れたとこぼすがどうにも様子がおかしい。
マサキたちは無事だろうかと顔を上げたが、空間に亀裂が走った。
「な、なんだ!?」
「これって――」
マサキたちも驚いており、こちらへ向かって来ようとしていたところ――この空間が崩れていった。0と1のデータに分解され、お互いのいる床の間が文字化けしたように奇妙な状態へと変化する。
「なんだ、これ」
「マサキさん、こっちに来ちゃいけない!」
「でも、そのままじゃ……」
「大丈夫。僕たちは何とかするから、二人は早く地上を目指してくれ!」
みれば彼らはまだ出口と床がつながっているらしい。ラストティラノモンが動けるかが心配だったが、彼の体が光と共に小さくなっていき、黒色のアグモンへと変化した。
どうやら、力を使いすぎて退化してしまったらしい。でも、まだ動けるようだ。
「はやく、手遅れにならないうちに!」
「でも――」
「僕たちはそっちとは違うところから来ました、だから……未来で会いましょう。いつかまた」
「――――約束だぞ」
「はい」
マサキたちは先へと進む。彼らと一緒に行っても自分たちが帰れるわけではない。それに、不思議と嫌な予感はしていなかった。その様子を見たからこそ、マサキも先へと進めたのだろう。
この場で真に危険だったのは彼らだ。
「カノン、どうするの?」
「なるようになれってところで」
「でも、色々と落ちて行っているよ!」
「フロッピーディスクとかも落ちちゃってます!」
「しまった! さっき落して――――いや、あれでいいんだ」
X抗体のサンプルが入ったフロッピーディスク。それが崩れた空間に落ちていく。時空が歪んでいる。この時空の歪に落ちればどうなるかはわからないが、おそらく別の時空へ飛ばされてしまうのだろう。
「なにをのんきなことを言っているです!?」
「そうだよ! おれたちどうなるかもわからないんだよ!?」
「いや、あのフロッピーはたぶん未来にいったんじゃないかな……それで、回り巡ってソウルモンが使ったあのデータになった」
「え……まって、それって」
何故X抗体を彼がもっていたのか疑問だったのだ。どこかで手に入れたにしろ、現代のデジタルワールドに残されているのかも定かではない。残っていたとしても、ヴァンデモンですら手出しできなかった場所にあるはずだ。
だったら、何らかの偶然で回り巡って彼の元までたどり着いたのだろう……そして、今それはここにある。
「でもそれってどこが始点かわからない問題に――」
「そうだ……でもそのために僕たちは過去に来たんだ。だから、他の始点を作るためにまだやることがあるんだな」
時空の歪に落ちていき、彼らは落ちていく。先に落ちたフロッピーディスクを道しるべに進んでいく――小さな物体故にすぐに見えなくなったが、もう大丈夫。方向はあっている。時間軸も問題は無い。
カノンには自分たちがどこへ向かうのかがわかっていた。
そして、全てが始まったあの日へと向かう。
1995年、光が丘へと。
そろそろカノンたちが過去へ戻った本当の理由がわかってきた頃でしょうか。
水着、ガチャ……うっ、頭が。