――始まりはそう、ヒカリちゃんが倒れて病院に運ばれたときのことだ。
僕たちは現場に居合わせなかったのだが、風邪を引いたヒカリちゃんが無理をし過ぎて風邪をこじらせたらしい。太一さんも何か関わっていたのか、酷くショックを受けた様子で茫然自失していたのを覚えている。
生憎、僕たちは何があったのか知らないので後日お見舞いに行ったぐらいで詳しいことは知らないのだが――きっと、この時の出来事がきっかけだったのだろう。
◇◇◇◇◇
「ヒカリちゃんは大丈夫ですか?」
「カノン君……お見舞いありがとうね。でも、まだヒカリは寝てるわ」
「まあ、見ればわかります」
少し容体が落ち着いたのか、八神さん――太一さんたちの母親は普通にお見舞いに持ってきたフルーツを受け取ってくれた。この人も慣れたもので、僕が一人でこんなところにいてもあまり驚いた様子はない。
ちなみに、ドリモンが病院内の電子機器に悪影響を与えないとも限らないので、庭の方に隠れてもらっている。
「太一もカノン君ぐらいよく考えてくれる子だったら良かったのに……」
「僕ぐらいって大分普通じゃないですよ……むしろ他の家なら何考えているかわからないって言われそう」
ちなみに、僕はもう一人普通じゃない人を知っている。言わずと知れた光子郎さんである。この前ハッキングスキルについて勉強していたのを見たときは正直ひいた。
「ふふ、そうね……ちょっと太一に言い過ぎたかしら」
「…………」
正直なところ、僕にはどうすることもできないし首を突っ込むわけにはいかない。
なんとなく居心地が悪くなってどうするか悩んでいると――一瞬、電気が消えた。
「あら? ……気のせいかしら」
「蛍光灯が切れかかっているのかもしれませんね」
誰か職員を呼ぼうかとも思ったが、何かすこし騒がしい声が聞こえてきた。ノイズがーとか、停電みたいな感じで。どうやら病院内の電子機器が一瞬消えたらしい。データが飛んだりとか壊れたとかではないようですぐに静寂が戻ってきたが……なんとなく、嫌な予感がした。
八神さんはどうしたのかしらと、廊下の様子を見に行ったまさにその瞬間だった。
「――ッ」
時間にして一秒あるかないか。ヒカリちゃんから光の粒子が噴き出たのだ。同時に、胸に付けたペンダントとデジヴァイスが反応するように光り出す。
慌ててデジヴァイスを見てみると、エラー表記が一瞬出てすぐに元に戻るところだった。
「なんだ、今の――――まさか」
僕の頭の中に、かつて襲ってきたワイヤーフレームのデジモンらしき存在がよぎる。あの時は気のせいだと思っていた。だが、どこか疑い続けていた事をここで見せつけられる。
あいつが狙っていたものが何なのか。もし、今この場で浮かんだことならば――――
「急いで合流しないと!」
「カノン君!?」
「ごめんなさい! お見舞いはまた今度きます!」
なるべく迷惑にならないようになんて考えがすっぽり抜け落ちていた。看護師さんに怒られそうになるが、その時の僕は自分でも信じられない速度で走っており、すぐにドリモンを待たせていた庭に入る。
木が隠してくれそうと、人目につかない場所にしておいて良かった。すぐにドリモンを掴んで病院の敷地内から出る。
「ちょ、カノンどうしたの!?」
「ドリモン、デジモンのにおいがわかるか?」
「そりゃわかるけど、こんな場所にデジモンが――――近づいて来てる。この前のヤバいやつほどじゃないけど、嫌な感じだ」
「それだけわかりゃ十分。においの方に近づいてひきつけるぞ」
「!? 大丈夫なの!?」
「わかんないけど、そのまま放っておいたら病院が危ない」
かつて、デジモンは電子機器に悪影響を与えていた。ドリモンは別段そんなことはないが、あの時の二体が例外なのかドリモンが例外なのかはわからない以上、ここは人気のない場所に誘導するしかない。
「でもどこに誘導するの?」
「ここらへんで暴れても大丈夫な場所っていうと――第六台場ぐらいしか思いつかないんだよなぁ」
◇◇◇◇◇
ドリモンの嗅覚と、僕が感じる嫌な感覚をたよりにデジモンの気配をひきつける。あの時、デジヴァイスやペンダントにヒカリちゃんから出た粒子が入っているのなら、デジモンがこちらにひきつけられる可能性に賭けてみたんだけど……どうやらビンゴだったらしい。なんかビンビンに嫌な予感がする。
スケボーを使って移動するが、問題はこの先の海をどうやってわたるかだ。いや、方法はひとつだけど。
「泳ぐしか、ないよな」
「結構距離あるけど……」
「四の五の言ってられないだろ。ドルモンに進化して何とか運べないか?」
「やってみる――進化!」
エネルギーは十分。すぐにドルモンに進化して、海を渡る。海と言っても、広い川を渡るぐらいの距離だ。流れもあまりないし、予想外の冷たささえ我慢すればいけそうである。
「ドルモン――なんか変な雲みたいな靄が近づいてきている。スピードあげてくれ!」
「わかってる。しっかりつかまっててよ!」
一気にスピードが上がり、海上を進んでいく。後ろの何かも追ってくるが、それよりも早く陸地が目の前に来た。ずぶ濡れになっているせいで動きにくいが、なんとか陸地に這い上がり先に進む。
たしかこの島は立ち入り禁止だったはずだから誰もいない。木々がデジモンを隠してくれるだろうし、現状ココ以上に迎え撃つのにふさわしい場所を思いつけなかった。
「――――くるぞ!」
奴が追い付いてきたのか、目の前に黒い靄が現れた。すぐにドルモンと共に奴にたいしてすぐに行動できるように身構え、ドルモンの額に手をあてた次の瞬間だった。
電気がスパークする音と共に0と1のデータの羅列のようなものが黒い靄の隙間に見え始めた。靄の中から大きな爪が伸びた。ゾクリと、濡れた体に嫌な汗が噴き出てさらに不快感を増していく。
次いで現れたのは顔。上半分を隠すようにつけられた金属製のマスクだ。そして靄の形が変わり、炎のように揺らめきだす。
形はまるで、人型の竜のように――
「グァアアアアアアアア!! ヨコセ、ヨコセッ!!」
――成熟期、邪竜型。ダークリザモン。
すぐに奴の情報を得ようとドルモンの額に触れていてよかった。必要最低限の情報だけだったが、わけもわからないままよりはましだ。
「ドルモン、距離をとるぞ!」
「うん。落ちないでよ!!」
ドルモンの背に乗り、ダークリザモンから距離をとる。奴は体に炎を纏っている。更に、攻撃に使用する炎を喰らうと肉体のダメージだけでなく精神や魂といった部分にまでダメージを与えてくるらしい。
見誤っていた。デジモンの戦闘能力はとてつもなく強力だった。
「とりあえずは距離を取って撃ちまくれ! 現状はそれしかできない!」
「わかった――メタルシュート!」
まずは牽制。放出された鉄球が奴にヒットする。奴もその巨大な爪を揮ってくるが、ドルモンがあたりを駆けまわることで何とか躱していく。
そこを僕が方向と距離を伝え、次の攻撃に繋ぐ。
「ダッシュしながら! 右!」
「ダッシュメタル! メタルシュート!!」
ステップを踏みながらダークリザモンの関節部を狙うように指で目標を指す。少しでも動きを鈍らせていかないと、奴には勝てない。
そして、十分に距離をとりつつ奴の動きが止まった最大のチャンスが来た。
「いまだ!」
「すーッ、メタルキャノン!」
チャージされ、ドルモンの口から吐き出された強力な一撃が、奴の体に迫るが――炎が、噴き出た。
まるで爆風。思わず顔を覆うほどに、体を焼け焦がすかと思うほどの熱があたりを支配する。一気に服が乾いていくのを感じ、そしてその事実が体中から嫌な汗を放出させ、再び濡れていく。
「グルルルル……」
「おいおい……うそだろ」
「成熟期ってここまで強いの?」
みると、鼻から息を噴射したようで――ドルモンの最大の一撃がそれで消されていた。
そう……今のは、ただの鼻息なのだ。今度は、口から放出されるブレスが迫ってくるだろう。
だから、ここで終わり。僕らの冒険は幕を閉じてしまう。
なにもなせずに。無駄に命をかけるだけ。そして、こいつが本来狙っているであろう人物の下へ行く。
ただ漠然と、今も病院で眠っている彼女のことが頭に浮かんだ。こいつが彼女の下へ向かったらどうなるだろうか。きっと、二度と家族と会えないのだろう。兄が妹に謝ることはできずに終わる。温かい家庭が一つ失われる。
いや、二つか。僕も二度と帰れないのだから――――そう、諦めかけたとき腰につけていた笛に手が当たった。父さんに貰った、パンフルート。
ふと、どこか遠いところで似たような思いをしたことを思い出した。
「こんなところで、諦められないよなぁあああ!!」
「うおおおおおおおおおおおおおお!!」
眼前には炎が迫っていたが、その一瞬だけは不思議と恐怖を感じなかった。
ただ、黄金の鎧をした誰かの姿が見えて――――
◇◇◇◇◇
その一瞬を感知できた人はどれだけいただろうか。強い風が吹いたと思ったら、急に土砂降りになってその日のお台場周辺は視界がとても悪かった。
多くの人はそれだけ。使っている電子機器の調子が悪くなり、悪態をつく程度。
しかし、その一瞬にとてつもない何かが潜んでいると思った人はどれだけいたのか。感知で来た多くは子供だろう。彼らは大人では感じれない何かを感じ取れる。しかし、大人であってもその何かを感じ取れるものもいるのだ。
「――――今のは……まさかな」
「及川、濡れたくなかったら急げ!」
「わかりました」
「まったく、急に機械の調子も悪くなるしどうなってんだよ」
今はまだ交差しない。彼らの物語はまだ始まったばかり。いや、スタートしてすらいないのだ。
この一瞬をよりはっきりと感じった者たちもいる。だが、その全てがカノンとドルモンが出会うには速すぎる。彼らが出会うのはもっと先だろう。
しかし、この時が真の意味での始まり。今、冒険のゲートが開く。
◇◇◇◇◇
初めに感じ取ったのは大粒の雨粒だった。体中に打ち付けてきて痛いとも感じたが――それが、奴の炎を喰らわなかった証でもある。
次の感じ取ったのは体が上下する感覚。まるで飛んでいる何かに乗っているような……違うな。
「実際に、飛んでいるんだよな!」
「ドルモン進化――――
――――ドルガモン!!」
体はより大きく、ドラゴンに近づいた風貌。鬣のような毛、大きな翼。強靭になった肉体。
ドルモンが進化し、成熟期のデジモンへと変貌を遂げた。
「スゲェ……ドルモン――――いや、ドルガモン。いけるか?」
「――――もちろんだ!!」
ドルガモンはそう言うと、雄たけびを上げてダークリザモンに迫る。雨で視界が悪くなっているが、こちらには関係が無い。
ダークリザモンは暗い色をしていても、体からは炎が噴き出ている。つまり、視界が悪かろうが光っていて位置がわかる。というより、目立つ。
「隙だらけなんだよッ!! キャノンボール!」
突進しながらの、鉄球攻撃。より強くなったそれはダークリザモンの腹部にあたり、くぐもった声を上げさせる。そのままドルガモンが体を回転させ、尻尾でやつを薙ぎ払う。
それでも倒れないあたり、タフであるが――
「デカいの!」
「パワーメタル!」
さらに巨大な鉄球が吐き出される。しかし、距離が離れていたからがダークリザモンも巨大な爪を使って鉄球を切り裂こうとする。火花が散り、バチバチと嫌な音とともに鉄球が細かい粒子に変貌していった――だが、それも織り込み済みだ。
全てを諦めかけた一瞬。僕たちは過信し過ぎていたことに気が付かされた。今度は油断しない。鉄球に隠れるように、ドルガモンと共に奴の懐に入り込んだのだ。
「――ッ!?」
「止めだ!」
「ああ。キャノンボール!」
0距離攻撃。今度こそ、鉄球は奴の体を貫通し戦いに終止符を打った。
ズシンと奴の体が崩れる音が聞こえ、そのまま奴は消滅して細かい粒子になって消えていった。
◇◇◇◇◇
気が付くと、ドルモンと二人して空を見上げていた。戦いが終わったらすぐにドルモンは退化してしまい、こうやって動けなくなってしまったのである。
まあ僕も色々と緊張の糸が切れたりで動けないけど。
「……勝ったな」
「だねー。でも、疲れたよ」
「僕もだ…………またこんなことが起こるのかな」
「かもね……僕がいない方が、良かったのか…………カノンを危ない目に合わせたし」
「バカいうなよ。お前ひとりで勝てんのかよ」
「むー……ガブリ」
「イタッ!? いきなり噛むな!!」
その後、不毛ながらもお互いに今回の反省点を罵倒しあい、日常の些細な不満に至るまでをぶつけ合った。
なぜそんなことになったのかわからなくなったが、色々言い合ってスッキリし、気が付くころには空には月が登っていて――――
「「お、怒られる……」」
――結局、デジモン以上に母さんの方が怖いという結論に至ったのである。
第六台場は漫画版クロスウォーズで使われているのをみて、出てきました。
現実世界が戦いの場になると、周辺の被害がヤバい。