――唐突に暗黒の空間から弾き飛ばされ、再びデジタルワールドへと舞い戻ってしまった僕たちであるが……かなりの高所から落ちているため、なんかゆっくりと降下している。
いや、実際には違うのだろうがそんな感覚になっているのだ。
「落ち着いていないで魔法で何とかしてよ!」
「そうしたいのは山々なんだけど……デジタルワールドのデータが不安定になり過ぎていて術式が砕けていってるんだよ。アポカリモンが出現した影響だろうけど」
「そんなー!?」
「それこそ専門的に何年も修行した人じゃないとこの不安定な世界で魔法なんてつかえな――ぐほ!?」
「カノンー!? なんでくの字に折れ曲がってるの!?」
いや、なんか腹に強い衝撃が……光の矢みたいなのがいきなりぶつかって来て…………なんだろう、小さな光の球みたいだが――僕がそれに触れると、光の球は形を変えて四角い板のようなものになる。手のひらより少し大きい程度だが……
「――封筒、みたいだな。手紙を入れておく感じの……メールアイコンがこんな形か」
いやむしろまんまメールアイコンだ。ということは、誰かが送ってきた手紙?
「こんな時に手紙とか誰だよ一体……」
「ねえ、カノンもうあきらめてない?」
「全力で魔力放出して激突だけは避けようって方針だ。今んとこそれしか思いつかない」
「そんなー!?」
今更しょうがないんだよ。とにかく、地面に激突するまで時間があるしメールを開くことに――差出人の名前を見た瞬間、言葉を失う。
まさかとは思った。だけど、そこに書かれている名前は間違いない……
「嘘だろ……これ、マキナからの手紙だ」
「――――え」
ドルモンも言葉を失い、すぐに手紙を覗き込む。そして差出人には間違いなく久末蒔苗の名前が書かれていた。
そうか……生きていたのか。すぐに手紙を読み進める。
『カノン君へ。お元気でしょうか? ウチは元気です。
今、ウチはウィッチェルニーという世界で魔法の勉強をしています。今日は、その成果の披露とか色々と……言いたいことはいっぱいあるし、何から言っていいのかわかりませんが、今まで連絡を入れられなくてすいません。
いざこうやって連絡をとろうとするとどうしても会いたくなってしまって、色々と手が付けられなくなって師匠に怒られたり、クダモンに怒られたり……話が脱線してすいません。
なんか謝ってばっかりだね。でも、こうして言葉にするといい感じのが思いつかなくて……
こちらには魔法使いのデジモンたちがたくさんいて、彼らと一緒に魔法を学んでいます。世界を越える魔法は大変で、ようやく手紙を送れるようになりました。師匠たちは厳しいけど、とても面白い人たちです。
最近、時空の歪みが観測されるようになってそちらでは大変なことが起きているんじゃないかと心配です。こっちからだと何が起きているかはわかりませんし、カノン君が今どうしているのかなとか色々と気になることはありますけど、言いたいことは言っておきますね。
あの時助けてくれてありがとう。今ウチがいるのはカノン君のおかげです。だから、いつかまた会いましょう。ウチの最初の友達。
それに、ドルモンにも会いたいです。あの時はあまり話せなかったから、今度は色々話してみたいな。
毎日が大変なことばかりで、諦めそうになることもありますが……絶対に、そっちに遊びに行って見せます。だから、楽しみにしていてください』
言いたいことを詰め込んだ手紙だな……それに、腹パンするとか良い度胸じゃないか。今度会ったら文句言わないと。
だから、この程度のことで負けていられないよな。
「なあ、ドルモン!」
「うん!」
マキナの手紙の中の言葉と、ゲンナイさんの言葉が結びつく。デジメンタルをとりだしてみると、青色に輝いていた。そうだ、これは友情の力だ。恐れを抱いても前へと進もうとする力は? 今度はオレンジに輝き、勇気を示す。
「いや、それだけじゃない――えらばれし子供たちの紋章は、どれも人が当たり前のように持っていながら純粋に持ち続けるのが難しいものだ。でも、誰もが持ち得る力なんだ」
「おれにもわかったよ。これは心の力なんだ……どんな時も、前に進もうとする心の強さがおれたちの進化の力なんだ」
「ああ――どんな困難な運命にだって、立ち向かっていく。そこに明日があるのなら、突き抜けて行こう」
ホメオスタシスが言っていた、進化にデジヴァイスや紋章が必要ではない理由。これらはただの道しるべだ。首からぶら下げた紋章を握り、思い出す。
未来へと進むことを決意し、一歩を踏み出す。それが僕たちの力となった。
だとしたらアポカリモンは失敗したかもしれないな。みんなの紋章を破壊してしまったことで、みんなは応えにたどり着いたかもしれない。いや、たどり着いただろう。だって、あたたかな光がよみがえったのを感じるのだから。
と、そこで何か違和感を感じた。いや、悪寒とかそう言うのではなく……
「――――なあドルモン。僕の紋章ってここにあるよな?」
「うん……あれ?」
「そうなんだよ、アポカリモンは僕の紋章だけは壊さなかったんだよ」
壊せなかった? 僕が抵抗すると思ったから? いや、それにしては最初から狙っていなかったような気も…………もしかしてわざと壊さなかったのか?
そこで少しだけ聞いた、僕からあふれた光がゴマモンやオーガモンたちを謎の姿に進化させたときのことを思い出す。あの時は紋章が力を吸っているみたいになったって……そういえば、僕の紋章はみんなと少し違うらしいが――まさか。
「基本的な機能はみんなと同じでも、これってリミッターだったのか!?」
「どういうこと?」
「一定数値まではみんなの紋章と同じように機能するけど、限界以上になると止めてくるんじゃないかってこと。ならつまり――」
僕は紋章を引きちぎり、ポケットに入れる。これだけで機能しなくなるとは言えないかもしれないが、そうするのが正解のような気がしたんだ。
「カノン!?」
「ドルモンとのリンクのために、デジヴァイスは使うが――紋章はもう必要ないかもしれないな。いや、感覚としてはデジメンタルを使う時と同じだ。でも、それよりももっと強く……」
胸に手を当てて、思う。
皆との思い出がそれぞれの紋章の意味と共に反芻される。どれもが当たり前のようにあるもので、僕一人じゃ理解することは難しかったかもしれない。
でも、短い間でもこの旅でそれぞれの紋章に相応しき者たちとの思い出がある。
「カノンの胸に紋章が――でも、他の子供の紋章も次々に」
「――べつに僕のものじゃない。でも、その性質は誰もが持っている。いこう、
そして再び、運命の紋章が胸に輝きだし――虹色に変化した。
いや、変化したのは色だけではない。力を振るうにふさわしい形へと変化する。今、ここにある力は心の特性だけではない。心の意味を示す紋章ではなく、僕の放つ力を表したものへと変化したのだ。
「∞……なんだ? 力があふれて」
「さあ、号令を上げよう! 進化できなかった? 淘汰された? 滅びた? ふざけたことを言っちゃいけない。ここはデジタルワールド。今までの進化は全て記録された世界だ! だったら引き出せ! その全てを。過去も未来も明日も今も、全部全部巻き込んでブッ飛ばせ!!」
直後に、僕を中心に突風が吹き荒れた。
同時に世界中へと号令が響き渡る。大気が震え、声がこだまする。呼びかけに応えデジモンたちが立ち上がっていく。1人、また1人と次々に。
そのほとんどは僕が見たことないデジモンたちだろう。それでも、自分たちの世界を取り戻すと立ち上がった。ダークマスターズやこの闇におびえ、隠れていた彼らも勇気を胸に立ちあがった。
仲間のため、友情を胸に飛び上る。大切なもののため、愛情をもって戦う。
間違ったことを伝えるため、純真なものが立ち向かう。誠実なものが奮い立つ。
この世界は多くの情報から成り立つ。知識の塊と言ってもいい世界だ。この世界を守りたいと静観を見めていたものですら集う。
明日への希望を胸に、光を携えてデジモンたちが集結した。
「――――スゴイ、デジモンたちがこんなにいっぱい」
「バステモンたちも来たな……さぁ、行こうぜドルモン。みんなで起こそう、未来を変える大旋風を」
体から力があふれてくる。1人だけではここまでの力は使えない。それに、行き場やレールが無いと暴走するだけかもしれない。でも、利用できるものは利用させてもらおう。
スパイラルマウンテンの残ったデータを使い、道を作る。
「行くぞ、みんなまとめて――」
◇◇◇◇◇
アポカリモンの空間、えらばれし子供たちは帰還していた。それぞれの紋章の意味を知り、その心の力で再びデジモンたちを進化させていた。
自らの力だけではない。みんなの心が1人に集まり、より大きな力を産む。
「さあ、お前の思い通りにはならないぞ!」
『――だが、0人目ももういない。今頃はデジタルワールドに叩きつけられてしまっているだろうがな』
「いいや、アイツがそんなタマかよ。絶対に戻ってくるさ!」
『小賢しい――アルティメットストリーム!』
アポカリモンがメタルシードラモンの技を叫び、触手の一つを変化させようとして――――何も起きなかった。子供たちも、アポカリモンも何が起きたのか理解することはできない。
少しの沈黙ののち、暗黒の世界にまばゆい光が灯る。
『――なんだ!? この光は』
「これは……カノン?」
「なに、これ」
「なんだろうこの光……暖かい、でもどこか懐かしい」
「まるで、神様みたいな大きな……」
光の中から誰かが歩いてくる。黄金の鎧をまとったデジモンのようだが……実体のない幻影のようで、すぐに消えてしまった。そして、彼がいた場所を中心に空間が割れていく。
『――まさか、だがありえない。それはあってはならない。世界の法則そのものを書き換えるつもりか? 人のみでありながらその力を使うというのか? 何故だ! 何故貴様はそんな進化を遂げることが出来たというのだ!』
「それは、僕たちが未来を信じているからだ。どんな過酷な道であろうと前へ進むからこそ進化するんだ。結局、お前は諦めた者たちの嫉妬や無念の塊でしかない。だから前に進む僕たちと違ってお前には未来がない。常にその姿で完結している以上、滅びたデジモンの能力を持つ世界を歪める存在、その前提が変わることが無い!」
空間のほころびが大きくなっていく。中から巨大なクジラのようなものに乗って、一人の少年と多数のデジモンたちが現れる。
クジラ――いや、ホエーモンと言うべきだろう。しかし、えらばれし子供たちが知っているデジモンのはずなのに見た目が異なる。大部分は同じだが、まるで飛行船のような姿なのだ。
他にも、空を飛ぶデジモンたちに乗って様々なデジモンたちが現れたのだ。何よりも驚くべきことは、敵であるはずのメタルシードラモンがいることだろう。しかも複数いるのだ。
さらに、ムゲンドラモンや今まで戦ったデジモンの姿も見える。同一個体ではないだろうが、一体なぜ究極体も多数いるのか。見たこともないデジモンたちもいるが、放っている力が究極体のそれだ。
「デジモンの情報ってのはデジタルワールドそのものに記録されている。だからこそ、そこから情報を引き出して進化できるんだ。滅びた種? 何を言っているんだ――こうやって願えば進化できる。心の底から自分を信じて、前に突き進んだ者にこそ進化の力は与えられる! こうして、みんなが進化すれば滅びた種も少なくなってお前も力も削がれる!」
『忌々しい、やはり貴様はここで消さなくてはならない!』
ならば直接消すまでだと触手が伸びていくが、ウォーグレイモンとメタルガルルモンがその全てを弾き飛ばす。アトラーカブテリモンとリリモンが砲撃し、ズドモンとガルダモンが仲間を守る。
ホーリーエンジェモンとエンジェウーモンが闇の力を削いでいっている。
「俺たちを忘れんなよ!」
「そうだぜ、ここまできてカノンにばかりいいカッコさせられるかよ!」
「まったくいつもいつも無茶をして」
「ここでそれ言いますか……無茶をしたのはみんなも同じだろうに」
そこで、ドルモンが飛び出し――咆哮を上げる。
「決めるときは、みんなで決めましょう。見せてやるよアポカリモン。未来を信じる力を、進化の力って奴を」
カノンから光があふれ、子供たちへと注がれる。
それぞれの紋章がより強く輝きだし――デジモンたちの姿がさらに変化していった。
それは通常ならばありえない進化だ。本来ならばたどり着かない姿だ。それでも、みんなの想いが一つとなったこの時においてはどんなありえないことも実現する。みんなの力が集まり、奇跡を起こす。
「究極を越えろ――ブラスト進化!」
カノンの叫びに合わせ、進化が完了する。
「ウォーグレイモン進化――ビクトリーグレイモン!」
「メタルガルルモン進化――ズィードガルルモン!」
「アトラーカブテリモン進化――タイラントカブテリモン!」
「ガルダモン進化――ヴァロドゥルモン!」
「ズドモン進化――イージスドラモン!」
「リリモン進化――ロトスモン!」
「ホーリーエンジェモン進化――ドミニモン!」
「エンジェウーモン進化――マスティモン!」
「ドルモン進化――アルファモン!」
その全てが究極体でありながら、本来であれば到達することのない姿。
それに合わせてデジモンたちの大群までもが進化をしていく。みんなの光を浴びたことで、彼らもより強く、さらなる進化を遂げていったのだ。
『新たな進化だと? おのれ忌々しい! 死ねぇ!!』
「太一やみんなの勇気が流れてきた――力があふれてくる!」
「ああ……この世界を守りたい、みんなやデジモンたちのそんな思いが集まってこの力を与えてくれたんだ!」
ビクトリーグレイモンとズィードガルルモンがアポカリモンの触手を破壊していく。
他のデジモンたちが一斉に攻撃していき、アポカリモンの力を削っていっている。反撃も行っているが、その全てをイージスドラモンが相殺する。
「おおっと! 皆は撃たせないぜ!」
「そうよ、私たちがみんなを守る!」
「絶対にこの世界は終わらせへん!」
タイラントカブテリモンとヴァロドゥルモンが子供たちや後方のデジモンたちの守りにつく。子供たちを空母ホエーモンにおろし、その時十の光がアポカリモンへと突撃した。
『十闘士だと!? 伝説の究極体までも呼び覚ましたのか!?』
「それがたとえ一時的なものだとしても、可能性は0ではない。いや、デジモンに決まった進化はない。だったら、自由に願った姿になればいい。僕もどんなデジモンか知らないのも数多いけど、みんながそれぞれ願ったんだ。未来のため、仲間のため、過去に打ち勝つため!」
ドミニモンとマスティモンが巨大な光の球を作り出し、アポカリモンへぶつける。必死に抵抗するが、彼の力はどんどん浄化されていってしまっている。
『我々は――私は負けるわけにはいかないのだ! 何故、何故そんな可能性を見せつけるのだ!』
もはやそこに残ったのはただ一つの人格。光を呪う暗黒だけが残る。滅びた無念はこうしてデジモンたちに自らが残っていたという可能性を見せられて浄化された。
嫉妬の心は道を示されて旅だった。
アポカリモンは悪ではない。負の感情の塊ではあるが、悪ではないのだ。そこに囚われたものも理由があり、こりかたまってしまった何かなのだ。だったら解きほぐせばいい。一つ、また一つとデジモンたちの思いが彼にぶつけられることで解放されていっている。
『まだだ、まだ終わらない――この呪いだけは、終わらせてならぬ!』
「ホントしつこいな……ヤマト、カノン! 決めるぞ!」
「分かってる!」
「あれだけは、ブッ飛ばさないといけませんからね! 行ってくれアルファモン!」
黒い騎士、アルファモンがコクリと頷く。そしてビクトリーグレイモンとズィードガルルモンと共にアポカリモンへと突撃していった。
「トライデントガイア!」
「フルメタルブレイズ!」
「デジタライズ・オブ・ソウル!」
ビクトリーグレイモンの放つ強力なエネルギー、ズィードガルルモンの放つ武器の一斉掃射。そして、アルファモンが展開した魔法陣より放たれる、光の奔流。
その全てがアポカリモンへと降り注ぎ、彼の力のほとんどを吹き飛ばしてしまった。
『ガアアアア!?』
煙が立ち込め、アポカリモンは最初の正十二面体になる。いや、最初よりも小さな塊になってしまったのだ。
「やったぞ!」
「これで終わりだ!」
『――――それで、勝ったつもりか……確かにこれで滅びる。だが、ただでは滅びん。貴様らだけではない。この忌々しい世界、全てを道ずれに! グランデスビッグバン!』
アポカリモンの体が更に収束していく。
自らを犠牲にして発動する最期の大技。いや、世界を巻き込んだ自爆。
「そんな、これで終わりなの!?」
「いいえ終わりじゃない」
「ああ、終わらせない――」
「だって俺たちには」
明日があるから。みんなの声が一つとなり、デジヴァイスから光が飛び出していく。カノンのデジヴァイスを除いた8つの光がアポカリモンの力を閉じ込め、封ずる。
更に、カノンのデジヴァイスからは光のシャボン玉が噴き出して――暗黒の世界そのものを包み込んでいった。デジモンたちと子供たちを包み込み、アポカリモンの放つ暗黒の気の欠片から守っているのだ。
『――許さぬぞ、0人目』
「…………それがどうした……いつだって相手してやるよ。嫌なもん溜まったら、吐き出させてやる」
『…………』
ただ一人、カノンだけは包まれておらず彼にだけ言葉が届けられた。
それでもここにアポカリモンは滅びたのだ。最後の一かけらも、言葉だけを残して消えていく。
こうして、9人の子供の戦いは一つの幕を閉じることとなった。
ついに決着です。
次回、アドベンチャー編のエピローグと次章について少し触れるかな?