最後のダークマスターズ、ピエモンを倒した僕たちであったが……特に何事も起こらない。いや、空は青くなっているが…………
「やったな!」
「ああ、俺たち勝ったんだよな」
皆がそれぞれ喜んでいるなか、僕は何かとてつもない悪寒が体中を駆け巡っているのを感じていた。息苦しく、違和感のようなものが続いている。
周囲を見回してみても、何も見えないが……先ほどと同じ、スパイラルマウンテンだ。
「――――え」
「どうしたの、カノン?」
ドルモンが心配して話しかけてくるが、僕にはこの光景がひどくおかしなものに見えたのだ。手を地面に当ててスパイラルマウンテンの状態を調べるが……暗黒のエリアは消えている。しかし、何故この頂上部だけは残っているのだ?
――唐突に、頭の中にピエモンのことが浮かんだ。僕は奴に対してなんて言っていた? 知識を得たわけではないのになぜ僕は奴が道化だと分かったんだ?
「そうだ……ピエモンだけであれだけの暗黒の力を扱う事なんてできるハズないんだ」
これだけのことを起こしておきながら、今までの黒幕がアイツだなんてありえない。
顔が青くなるのを感じる。それと同時に、光子郎さんのパソコンにゲンナイさんからメールが入った。みんなは祝電か? と言っているが……嫌な予感が強まっていく。
「――うそ、ですよね?」
「どうしたんだよ光子郎。そんな青い顔をして……それに、カノンもなんでそんなに怖がって…………」
「太一さん、ゲンナイさんからのメール――本当の敵は、ダークマスターズじゃないそうです」
「……え」
「本当の敵は、存在そのものがとんでもない奴で……ダークマスターズはあくまでもそいつから力を得たに過ぎないって……」
「じゃあ本当の敵ってのは――」
唐突に、世界が揺れた。
皆が状況を飲み込む暇もなく周囲の空間が崩れ始める。さらに、再び暗黒の力が満ちていくのを感じる。いや、それよりももっとどす黒い――怨念がこの世界を包み込もうとしている。
「この感じ……前にも感じたことがある。でも、あの時よりももっと強い――ッ」
昔、ヨウコモンと戦ったときに感じたあの感じ……強い無念。
あの時の
「う、あ――」
どうする。どうすればいい。何が起きるかわからない、速く対策を――でも、すでに時遅し。もうこの悪寒の主のテリトリーに僕たちはいたんだ。
いや、もしかするとデジタルワールドの全てが奴のテリトリーとなっていたのかもしれない。この場が崩れていき、僕たちは闇の底へと落ちていく。
「もーん!?」
「カノン、みんな!」
「――僕たちだけを取り込んでいるのか!?」
バステモンたちの姿が遠くなっていく。空間がねじ曲がっていき、位相のずれた世界へ落される。闇の中を降下していき、やがて動きが止まる。
落とされたのは子供たちだけだったようだが、デジヴァイスのつながりがあるパートナーデジモンはそのまま追いかけてきており、みんなが彼らに受け止められていた。
「うわわわ!?」
「よっと……ドルモン、そういえばまだ進化できなかったな」
「ゴメン。エネルギーが足りなくて」
「そっちは大丈夫か?」
「なんとかー! 魔法は使えないってわけじゃないです!」
しかし、使いにくい感じはする。これ、事前にミラージュガオガモンの時の空間に入っていなければアウトだったかも。
だが、周囲の情報は全く解析できない。ここは本当にデジタルワールドの中なのか?
「あ、またゲンナイさんからのメールです――いえ、直接通信が入りました!」
『うむ。えらばれし子供たちよ……その闇に終わりはないじゃろう』
「おいジジイ! 一体全体どうなっているんだよ!」
「ダークマスターズは全員倒したのに、なんでこうなっているのよ! それに他のデジモンたちは!?」
ミミさんの心配ももっともだろう。オタマモンとゲコモンの大群やら、他にも色々と仲間を集めたみたいだし。詳しくは分からなかったが、オーガモン以外にも結構な数の成熟期がいた。流石に完全体はバステモン達だけみたいだが。
『そちらは心配いらん。バステモンやユニモン、下からホエーモンなどが動いてくれて全員無事じゃ……話を戻すが、まだ背後に控えていた根源のような奴を倒せていないんじゃろう』
「ええ!?」
「まだそんな奴がいるのか!?」
『――火の壁からやってきた、暗黒の元』
「火の壁?」
『古代の碑文の一節でな、こう書いてある。
昔、デジタルワールドには火の壁があって、その向こう側から何かがやってきた。
その生き物は存在するだけで時空を歪める存在であって、世界は崩壊の危機に見舞われた。
デジモンたちだけではそいつを倒すことが出来ず……現実世界から子供たちを招き、そいつを倒したとある』
「ということは……」
「僕たちの前にもえらばれし子供たちがいたのか!?」
「カノン君やマサキさん以外にも、すでにデジモンと出会い、戦っていた人がいたんですね……ということは、マサキさんが言っていたイグドラシルが?」
『彼はまた別件での。むしろこっちに偶然落ちてきたんじゃよ。で、そのまま色々な世界を旅しておる。イグドラシルに関してはたまたま暴走やらの現場に居合わせただけなんじゃ。実際には破壊した人物はもう一人いたが』
なんだかその時のことは色々と込み合っている状況だったのかゲンナイさんの歯切れが悪い。しかし、今の状況と関係ないようだし流した方がいいだろう。それに、子供じゃないだろうその人。
「前任のえらばれし子供たちがいたのは分かりましたけど、この怨念の正体がその火の壁からやってきたものなんですね!」
『――おぬし、わかるのか?』
「なんとなく、悪寒だけ……前に似たようなものをぶつけられたことがありますから」
皆には詳しくは語らなかった事件。アレと同種でありながら桁が違うこの感覚……すでにこの場にいるようにも思えるが……
『碑文には予言が記されていての、やがて大きな闇が火の壁からやってくるとある』
「大きな闇……」
「それじゃあ、この闇がそいつの正体?」
『そうともいえる。じゃが、実体もあるじゃろう』
「なんか他に手掛かりはないのかよ!」
『そうじゃのう、情報は他にはないが、ヒントでも出してやれれば……そうじゃ、橘カノンよ』
「なんですか?」
『おぬしの持つデジメンタルは属性が定まっておらん。そして、それはおぬしたちの紋章と――――』
唐突に、ブツリと通信が途切れた。何らかのヒントを出そうとしたようだが、空間がさらに不安定になってしまったらしい。ノイズが走っていたからなぁ……
「肝心なところで! でも、お前のデジメンタルって……」
「そういえば特に気にもしていなかったけど、進化先決めるときに色が変わっていたような?」
フレイウィザーモンとサラマンダモンは同じ属性で、サンダーバーモンとケンキモンが同じ属性なのはわかるんだ。それぞれ赤……いや、オレンジと青か。
でもこの配色って――何かが掴めそうと思った、その時だった。
空間が悲鳴を上げる。魔法を習得していた影響なのか、僕にしか聞こえなかったようだが、轟音があたりに響いていた。
「――なんだ!?」
「カノン? ――まて、何か聞こえる」
「笑い声?」
「やだ、すごく気味が悪い……」
体がまるできしむ様に痛む。内側の何かがここに現れようとしている物を拒絶しているようだ。いや、内側だけじゃない。僕自身もこの悪寒の主を拒絶している。
『そうだ……我々の無念を』
まるで画面の向こう側の声だ。肉声に感じられない。デジモンの声も似たような性質があるにはあるが、これはそれとも違う。まるで別の世界からここまで響いているような声なのだ。
そして、正十二面体で構成された巨大な黒い物体が出現する。
「無念?」
「これが火の壁から出てきたデジモン……」
本当にデジモンなのだろうか? まるで情報が読み取れない。それに、今まで見てきたデジモンの容量の比ではない。
マイナスそのもの……それに、見ているだけで込み上げてくるこの悲しさはいったい?
黒い塊は変形をし、巨大な触手と上部に人のような影が現れた。触手はまるで遺伝子の螺旋のようになっている。
『私を醜いと思うか? そうだろう。お前たちはそう思うだろう。所詮我々は進化の過程で道を阻まれたもの』
「進化の過程?」
『デジモンたちは長い年月の中で進化を繰り返してきた。その中で、消えていったものがいるのを知っているか? 古くはそこにいるプロトタイプの生き残りの仲間、それに古代種となってしまった者たち、天界のデジモン――さらには闇をつかさどる魔王さえももう二柱も失っている』
「ですが、進化の過程で消えていく種があるのは仕方がないことのはずです。地球の歴史でも、長い時間の中で環境に適応できずに絶滅した生き物は――」
『黙れェ!!』
光子郎さんの反論に、奴は激昂した。邪悪な波動がまき散らされ、吹き飛ばされそうになる……そして、奴の名前が頭に浮かんだ。
力に少しだけ触れたからか、断片的ではあるが知ることが出来たのかもしれない。
アポカリモン、究極体……しかし、それは既存のルールに合わせた場合だ。実質名前以外は何もわからないのだ。
『仕方のないこと――その一言ですべてを済ませるつもりか? お前は、我々が生き残る資格のない種だと決めつけるのか!?』
「いえ、僕は決して……」
そうか……少しだけだが理解できた。アレは怨念そのものだ。あいつ自身に心と呼べるものはない。
ただ、悲しみや無念、進化していった者たちへの羨ましさなどの集合体。この世界はデータで出来ている。光子郎さんの話では感情すらも取り出してデータ化してしまう世界――ならば、元々データ体で構成されているデジモンの感情データ、それも負の部分が集まってしまったら?
『私は、デジモンたちがその進化の過程で消えていった……無念や憎しみ、その集合体だ』
「だからさっき我々って言っていたんだな――お前は一個人の存在じゃない。群体、いや総意か?」
『……えらばれし子供たち、それにそのデジモンたちよ。私はお前たちに出会えるのをずっと楽しみにしていたのだ』
「なに?」
「どういうことだ」
『いいか、我々が暗く冷たい暗黒へ葬り去られる時、その傍らで楽しく笑いながら暮らしているお前たちがいる――なぜだ。なぜ我々が葬り去られるのだ! 我々が一体何をしたというのだ! 我々がなぜ泣かねばならない!』
アポカリモンは自らの体に爪を立てて、体を引き裂いていく。緑色の体液が飛び散り、その体を濡らしていく。
「イヤ……なんで、こんなにも気味が悪いの」
「体の底が冷えるような……すごく冷たい、この感じって」
『我々には涙も、感情もあるというのに! なぜ我々はこの世界から葬り去られなければならないのだ! 生きたかった、生きて友情を語り合いたかった、この身を世界のために使いたかった、我々は世界に必要のない存在だというのか!?』
暗黒そのものと言っていい存在である彼だが、その本質は悪ではない。僕の奥底の何かがそう語り掛けてくる。
アレは闇だ。善や悪といった性質の前に誰もが必ず持っている側面。異常であるのは、あれが闇の側しかないこと。闇の局地。
でも、ここにきてようやくわかった。アレは決定的な部分で間違っている。
「うるさい――だからって他人を巻き込んでいいはずがない。それに、その無念がわかるのならどうして更なる無念を生み出そうとしているんだ! そうしても結局解決はしない! むしろ、より大きな無念の塊になるだけだ!」
「カノン?」
『――私を直視するか、0人目の子供よ』
みんなは目をそらしていた。だが、僕だけは奴を正面から睨む。
理由なら色々あった。以前に味わったことがあるとか、もう逃げないと決めたからとか色々と。でも、一番大きな理由を上げるならば――
「たしかに、その無念は悪ではない……でも、そこに悪意があるとするのならばそれはお前だ。指向性のない念を束ねて使っているお前は一体、誰なんだ!」
『ふふふ、ふはははははははは!』
狂ったように笑う。まあ、結局のところ僕を突き動かしたのは疑問だとか、形の見えない誰かに対する怒りだとかそういうあやふやな感情なのだ。
いや、もしかしたら総意が作り出した端末のようなものかもしれない。主体は総意の方で、僕らに語り掛けているのは端末なのかも。
『――この世界は我々が支配する。我々の居場所を確立するのだ。光あるところに呪いあれ。0人目、その気概に免じてまずは貴様からだ!』
「ドルモン!」
「合点承知! 乗って!」
ドルモンに騎乗し、駆け出す。奴が赤い鞭を振るってくるが――これはヴァンデモンの!? 何とか魔法剣ではじくが、この重さ……今までとはけた違いだぞ!?
まさか無念の集合体ってことは……
「消えていったデジモンたちの技を使えるのかよ!」
「こいつ、ヤバすぎるでしょ!」
『成長期のまま突っ込むか――だが、後ろがおろそかだぞ!』
奴の触手の一つがメタルシードラモンのように変化していく。そして、そこから放たれた光線が後ろへ突き進んでいく。
「――テメェ」
攻撃はヒカリちゃんへと迫り、エンジェウーモンがかばった。
『子供たちよ、今のは私の友情だ。次は愛! ギルティクロウ!』
今度はネオデビモンの技か!? すぐに剣で切り裂いていくが、横が眩しくなって――
『次は正義! ∞キャノン!』
――すぐにバリアを張ったが、吹き飛ばされてしまう。
更に、奴の触手が次々と変化していきみんなを狙っていく。ダークマスターズやその配下たち、さらには見たこともないような技まで使ってくる。
何とか攻撃を回避してみんなのところに戻ってきたが……どうする? 対策が見えない。
「カノン、無茶し過ぎだ!」
「すいません……近づけばデカい触手も意味がないかと思ったんですけど、人型の部分だけでも厄介です」
「もしかして、アイツは今までのデジモンの技をすげて使えるんでしょうか?」
「考えられるとすれば、死ぬ時のデータの破片が集まっているってところですかね……だから死んだデジモンの怨念の塊みたいな感じがするわけですけど――」
ならば、先代のえらばれし子供たちが倒したときは今より弱かった可能性さえある。
「それじゃあ勝ち目がないってこと!?」
「みんな惑わされるな!」
「そうです。アイツの言動からして、今まで倒したデジモンの技を全て使えるとしてもあいつ自身は一体だけです!」
「それに、突っ込んでみた限りでは触手と人型の部分だけでしか攻撃が使えないみたいですし、一つの触手につき一種類だけです」
メタルシードラモンに変化した触手からはメタルシードラモンの攻撃だけ。ムゲンドラモンに変化したら、ムゲンドラモンの攻撃だけしか使えないのだ。それも、一部分だけ変化させている。
しかし戦闘が始まった途端に総意ではなく端末の方が語りだしているが……ああもうわけがわからない!
『いいや、私の恐ろしさはこれだけではない――デスエボリューション!』
奴の触手が伸びていき――ドルモン以外のデジモンを掴んでしまう。あまりのスピードに対応できなかったが、すぐに効果が表れてしまった。
なんと、みんなが退化させられてしまったのだ。
「そんな……」
「みんな、退化しちゃった!?」
「ゴメン……」
「いや、謝ることはない! 退化させられたならまた進化すればいい話だ!」
「ああ。いくぞ――」
だけど、アイツがおとなしくそれを許すはずもなかった。
触手から黒い腕が大量にのびてきて、みんなの首元へ突き進んでくる。嫌な予感がして魔法剣で叩き切ろうとするが、別の触手がそれを阻む。
「――紋章が!?」
「とられて……これじゃあ進化できない!」
『これで進化できない我々の苦しみが少しは理解していただけたかな? さて――仕上げだ』
そうしてアポカリモンは何か呪文のようなものを呟き――マズイ。すぐに何とかしないといけない。しかし、今からアンチコードを組むこともできない。
再変換コードも咄嗟では以前に使ったことがある自分の分と、デジコアの最深部にもぐったことで知っているドルモンの分しか作れない。ならば、再び突撃するしか――
『貴様は別だ。お前も他の子供たちど同じ空間に送ってしまうと危険だからな――さらばだ、0人目の子供よ。そして、憎きXの申し子よ』
突如、強い衝撃があったと思ったらどこかへ弾き飛ばされていた。最後に見えたのは、みんながデジタルデータに変換していくところで――気がついたら、真っ暗な空の元、嫌な浮遊感と共に落下していくところであった。
そう、あの空間から放り出されて再びデジタルワールドに落とされたのだ。しかも、ピエモンの居城があった位地そのままらしく……いきなりパラシュートなしのスカイダイビングとなったのである。
「うわああああ!?」
「そんなのってありかよぉおおおおお!?」
現実逃避気味になるが、スパイラルマウンテンって結局何キロぐらい歩いたんだっけ……
どうにも策を思いつけない状況であるが……まずは無事に着地する方法か何かを考えた方がよさそうだ。
その時、僕たちに向かって一筋の光が突き進んでいたのだが、あまりの出来事に僕はそれに気が付かないでいた。
未来へとつなぐ、希望の光が。
誰も予想していなかったであろう、カノンたちへの仕打ち。
そして最後の光とはいったい? 色々な謎を引っ提げて、次回――決着。