現れた青い騎士、ミラージュガオガモンはただ僕らを静かに見下ろしているだけだった。だが、一歩でも動けばマズイ。そう思わせるほどに、奴の放つ力が僕たちをとらえて離さない。
冷汗がポトリと流れ落ちて――それが、開戦の合図となった。
「――逃げるぞドルモン!」
「逃げるって――うわあ!?」
衝撃波が僕たちのいた場所へ巻き起こる。奴の放った斬撃が衝撃波となって降り注いでいるようだが……一度でも食らえばひとたまりもないんじゃないのか!?
いくらなんでもこんな奴相手に持ちこたえるなんて――
「カノン、来るよ!」
「分かってる!」
――四の五の言っている暇は無い。奴の攻撃を何とか避けて策を考えるがどうにも上手くまとまらない。
実力の差があり過ぎる上に、こちらの手札はほとんどないのだ。
「たのむ、デジヴァイス……応えてくれよ!」
デジヴァイスに光を灯すが、すぐに霧散して消えてしまう。
何かが足りない。まだ、何かが足りないのだ。
「くそっ、なんで……」
思考の海へダイブしようとするが、奴はそれを待つことはない。眼前に迫る刃。一瞬、ダメかとも思ったがドルモンがマフラーを噛んで引き寄せてくれた。
「絞まるッ」
「贅沢言わない! それに、動き回るだけで精いっぱいだっての!」
「こりゃ作戦会議できそうにないよな」
ミラージュガオガモンが再び高速で移動を開始し、こちらの様子をうかがっている。奴がいまだ本気で殺しに来ていないのが幸いだが……それもいつまで続くことやら。
ダメもとでも魔法をぶつけるしかないか? だけど、魔力弾を作ろうとしてもすぐに霧散してしまう。
どうすればいいのか。何かを考えつかないといけない。
「フルムーンブラスター」
ミラージュガオガモンの声が聞こえた――いや、電子音に近いかもしれない。無機質な声で技の名前を呼び、胸部が口のように開く。
全身のエネルギーが集束していき、発射された。
「――ッ」
とっさに身体強化をおこなったが、いつも通りのやり方ではすぐに霧散するだけだった。だからこそ、普段ならありえないことではあるが、体への負荷を無視した超強化を行う。
体へ流せる魔力の限界を超え、肉体が悲鳴を上げようとも魔力を流し続ける。
それでも奴の攻撃をかわしきることはできない。直撃は免れたが、爆風で体中に痛みが走る。
「がああああ!?」
「くそっ……コイツ、強すぎる」
地面に叩きつけられ、何度もバウンドする。
ドルモンも避けることは出来ていたが、体中傷だらけだ。
僕の方も汗とは違う熱いものが体を伝っているのを感じていた……バステモン、恨むぞ流石に。
「ははは、笑えねぇよ」
◇◇◇◇◇
場所は変わり、遺跡内部のバステモン達。
「モーン……」
「ごめんね、必要なこととはいえ荒療治過ぎたかなー……無事に戻ってくるといいんだけど」
「バステモン様。自分も蹴り落しておいてあれなのですが、なぜハザードの一体であるミラージュガオガモンの元へカノン殿たちを? 下手をすれば……」
「うん。たしかに下手をすれば死んじゃうかもしれないね」
あっけからんと言い放つバステモン。流石にモニタモンも驚きを通りこして怒りを感じてしまう。
「あなた様とはいえ、いささか無責任なのでは?」
「それでも、ダークマスターズとの戦いでは二人はたどり着くことはできない。暗黒のDNAを持っていないデジモンかつ、本気で殺しに来る相手と戦わないといけないんだよ」
「それはいったい、どういう理由で……」
「そもそも根本的に間違っているからね。他のえらばれし子供のデジモンは調整されているから定められた進化を行うようになっている。でも、ドルモンにはそれはないんだよ。あくまで、デジヴァイスで制御しているだけなのであって、本来は取得したDNAの進化を行うんだ」
「……ならば、今の二人の状態は?」
「今のドルモンは今までの進化を行うことが出来ない。それは間違いないんだけど、二人は暗黒の力を無意識のうちに切り捨てようとしているんだ」
おそらくは呑みこまれることを恐れている。カノン、あるいはドルモン……いや、両者の内にある力と暗黒の力が結びついたときに起こることを恐れているのだろう。二人とも自分の中に眠っている力を知らないが、本能的に危険なラインを察知している。
「でも、それじゃぁダメなんだ。暗黒をも超えて行かないと、二人はいつかつぶれてしまう」
暗黒を切り捨ててしまえば残るのは強すぎる光だけ。あまりにも強すぎる光は周囲のものを燃やし尽くす太陽のようなものだ。
カノンはその危険性を察知し始めていたからこそ、ピエモンから受けた攻撃の際に体内に入り込んだ暗黒の力を残している。
であるのならば、根本的な問題は……
「ドルモンの方なのよねぇ……究極体に進化したことで、自分の到達点はそこにあると思いこんでいるのよ」
「難儀なことですな。ですが竜因子を取り込んだのであれば以前の進化が使えるハズでは?」
「バステモンも最初はそう思っていたんだけど……トラウマって奴なのかもしれないわね」
一度進化できなくなったことで、進化できないと思い込んでいるのか。
いかなる理由があるにせよ、カノン以上にドルモンの成長進化を促さないことには先へ進めない。
「でもまぁ、あの子たちならなんとかなるかな」
今まで彼らも多くの戦いを繰り広げてきた。
それでもこれから先、より辛い戦いが彼らを待ち受けているだろう。
「だからこそ、モニタモン――二人を守るよ」
「御意に」
トコモンを下ろし、二人は外へ出る。トコモンは首をかしげるが、穴のそばでカノンたちを待つようだ。流石に、彼も中へ入ろうとは思わないのだろう。
「……大丈夫よトコモン、二人は絶対に戻ってくる。バステモンたちも信じているから」
「うむ――それでは、邪魔者を退治するとしましょうか」
バステモン達が外へ出ると、空から悪魔の大群が舞い降りてくるところだった。イビルモンにデビドラモン、それにネオデビモンの軍団が攻めてきたのだ。
「にゃははは……カノンの予想も外れるんだね。いや、自分の評価が案外低いのか」
「おそらくは、ピエモンもカノン殿の正体を知っているのでしょう。本人が直接こない上に、彼の軍の中では雑兵でしょうが」
「まったく、舐めてくれるわね――それで、カノンの正体がアレだってのは本当なの?」
「正確には、因子の一部を受け継いでいるそうです。いったい何があってそうなったのかは不明ですが」
「そう……イリアスの御子。デジタルハザードなんて生易しいほどの試練がこの先に待ち構えているんでしょうね……あの基盤、もしかしてアイツが関わるのかしらね」
「アイツ、と申しますと?」
「確証はないんだけど……中立も動くかもしれない」
「そこまでの事態が起こっていると申されるのですか?」
「そう考えると、色々説明がつくんだけど……詳しく解説している暇はなさそうね」
もう大群はすぐそこまで迫っていた。遺跡に侵入されてはいけない。そうなっては、元も子もないのだ。
「助けてもらったこの命、せめて二人のためにつかわせてもらうわ!」
直後に、戦闘が始まる。
二体だけで勝てる見込みはない。それでも、戦うしかない。未来への希望をつなぐために。
◇◇◇◇◇
一方その頃、太一たちはムゲンドラモンのエリアを突き進んでいた。
街のエリアというだけあって、道路が続いているためそこを進んでいたのだが、どうにも熱いため体力を持っていかれていたのだ。
「あちぃ……なんでこんなに暑いんだよ」
「地面がアスファルトだからじゃないですか? そういった部分まで再現しているんですよ」
「そういうところぐらいは変えてもいいだろうに。変なところで忠実になるなよなぁ」
文句を言っても仕方がないのは分かるのだが、口に出さないとやっていられない。と、そんな時だった。
「――――」
どさりと、声もなくヒカリが倒れてしまう。その音で振り返ったときには太一の顔に暑さとは違った汗がどっと流れ出た。
「ヒカリッ!?」
慌てて駆け寄るが、ヒカリは顔を赤くして息も荒い。
意識もはっきりしていないようで、太一の呼びかけにも反応せず、うなされている。
「どこかに休める場所は――太一、単眼鏡かして!」
「あ、ああ……」
空が太一から半ばひったくるように単眼鏡を借り受けると、周囲を見渡す。すると、何かの影がみえた。あまり見たことない形ではあるがおそらくは――
「バス停! 向こうにバス停があるわ!」
「だったらすぐにいきましょう。太一さん、大丈夫ですか?」
「――わかってる。すまん、急ぐぞ!」
暑さで像が歪んでいたからか、思ったよりも近くにバス停はあった。しかし、この世界でバスが通っているわけもなく、ただ形として存在しているらしい。
しかし子供たちにとって幸いなのは屋根があったことだろう。空がヒカリの様子をみて、おそらくと前置きしてから彼女の容態を告げる。
「夏風邪がぶり返したのね。しつこいっていうし」
「太一さん、カノン君から風邪薬を預かっていましたよね?」
「ああ――たしかここに……あった」
風邪薬を取り出し、ヒカリに飲ませる。水や食料は余裕をもっていたため何とかなったが……
「ヒカリ、また無茶をして……」
「また?」
「…………いや、何でもない」
首を横に振り、光子郎の追及をかわす。光子郎も触れてほしくない話題なのだろうとそれ以上は聞かなかった。
であるからこそ、この後どうするかになるのだが。
「向こうの街なら休めそうな場所もありますし、ヒカリさんの様子が落ち着いたら行きましょう」
「ああ、そうだな」
「……太一さん、気持ちはわからないわけじゃないですが、あまり気にし過ぎても」
「わかってる……でも、そう簡単には整理はつかない」
唇をかみしめ、祈るようにヒカリのそばに座る太一。空も光子郎もいつもの様子の違う太一に困った顔を向けるばかりだ。タケルは周囲にデジモンがいないか単眼鏡を受け取ってあたりを見回している。
ぐるぐると周囲を一周するが、何も見えない。
「他のデジモンもあまりみないなぁ……あれ?」
何かが光った気がする。もう一度単眼鏡で見てみると、それは以前に見たことのあるデジモンであった。しかし、どこか遠くへ飛び去っていくようでもある。すぐに見えなくなった上にこちらへは来なかったことから気にしなくてもいいかとタケルは自己完結をした。
「あれって、メカノリモンだっけか? でもなんであんなところを飛んでいたのかな?」
ダークマスターズの手下にしては様子がおかしいとも思ったが、確かめるすべもないし仮に手下でも自分たちが見つかったわけではなさそうなので結局みんなには言わないことに。
その後も特にデジモンが現れることもなく、静かに時間が過ぎていくばかりであった。
ヒカリの容体も良くなってきており、呼吸も安定しだした。この様子なら大丈夫だろうと、空がヒカリをおぶさる。
「それじゃあ行きましょうか」
「ヒカリは大丈夫なのか?」
「安心して。薬も効いているし、そのうち目を覚ますと思うわ」
テイルモンにそう言い、一行は再び歩いていく。
それなりに距離はあったものの、無事に街へとたどり着く。
その街はビルが多く、ゆっくり休めそうな場所が無いかと見て回るとよさそうな場所がすぐに見つかった。
「あの家なんてどうでしょうか?」
「たしかに、あそこならゆっくり休めそうだな」
大きな家が一軒。中に入ると、当然のごとく誰もいない。デジモンの気配もしないらしく、とりあえずベッドにヒカリを寝かせることに。
空がヒカリの様子を見ることになり、他のみんなで家の中を探索して回っているが……どうやら人間界の家と大差はないらしい。
「デジタルワールドに流れ着いたデータはどこか破損していたり、おかしな形になっていたりするのですが……完全な形で再現されることもあるみたいですね」
「たしかに、向こうでみた家ににておりますけど……大きさが違うでんがな」
「東京はマンションが多いですから。日本の一軒家もここまで大きいものは少ないですが、アメリカなどではよく見かけるタイプの家ですよ」
「それにしたって大きいと思うけど……」
タケルの指摘通り、家と言うよりはお屋敷だろう。しかし、お屋敷という言葉だとこの家よりも大きいものを想像してしまうため、適切な言葉が見当たらないが。
「豪邸って言うほど豪奢でもありませんしね」
「そういえば太一さんは?」
「少し、一人になりたいそうです」
おそらくは何かトラウマがあるのだろうが、無理に聞くことはできない。
幸いにして、休む時間が出来た。デジモンたちも体力を回復させなければ進化ができない。子供たちもその日は休むこととなる。
その地に潜む悪意に気が付かぬまま。
しばらくムゲンドラモン戦になると思います。カノンが風邪薬を渡していた時点で原作通りに行くはずもなく……
なお、諸事情で書き溜めが尽きました&忙しいので明日は次話を用意できるか未定。
そろそろ名前だけ出ていたキャラをだせるかも?