ムシャムシャゴックン。とてつもない咀嚼の音が聞こえる。
「お久しぶりの食事だよぉ……手が、手が止まらない」
「落ち着かないと喉詰まらせるぞ」
「大丈夫大丈夫。バステモンがそんなミスをするなんて――んぐッ!?」
「言わんこっちゃないな!」
すぐに目が覚めたバステモンであったが、お久しぶりーなどとのんきな挨拶のあと……すぐにおなかを鳴らした。凍結状態だったとはいえ、かなりの長い間何も食べていないわけだから当然と言えば当然だが。
「しかししばらく見ないうちに大きくなったねー」
「そっちはお変わりないようでなによりだよ」
「あははー、可愛げないー。モニタモンもおひさだね」
「バステモン様もお元気そうでなによりです」
「あははー。お堅いなぁもう」
「君は真面目な時は真面目にできるのに……ったく、時間もあまりないし単刀直入に聞くよ。これ、直せると思うか?」
僕はそう言って、デジヴァイスを彼女に見せる。一瞬、バステモンの顔が驚愕に染まるが注意深くデジヴァイスを見てふぅと一息ついた。
「見た目よりは壊れていないよ。症状からするに、デジヴァイスとリンクしているドルモン側の影響だね。オーバーロードしちゃっているみたい」
「やっぱりか……特殊な素材で出来てるから直せるかわからなかったんだけど、バステモンを閉じ込めていた水晶を使えば直せると思うか?」
「うん。でも、それだけじゃ足りないと思う……他のデジヴァイスのデータって持ってる?」
「それならこの前僕が受け取っているよ」
狂ったバランスを治す際にデジヴァイスの光を受けておいたのが幸いした。体の中にその時のデータが残っているから、それを流用できるはずだ。
「じゃあとりあえずバラそう」
「……いきなりすごいこと言い出すね」
「ちゃっちゃっとやらないとねぇ」
ということでデジヴァイスの外装をはがしていくことに。
中の基盤は初めて見たが、案外普通なんだな。
「…………」
「どうかしたのか?」
「なんか、カノンが作った解凍装置の基盤と似ているなぁってバステモンは思うのです」
「そうか? 別に基盤なんてどれも似たようなものだと思うけど」
基本は同じなんだし。
とにかく作業を急がないと……えっと、水晶をデジヴァイスのデータで加工していって…………中身が壊れていなかったのは幸いだった。大事な部分は無事だし。
「――――あぁあああああ!?」
「ど、どうかしたのかバステモン!?」
「こここここ、このデジヴァイス!」
「だから、どうかしたのか?」
「これ、イグドラシルの破片が組み込まれている!」
イグドラシルってデジタルワールドの管理者だよな?
名前は何度も聞いているし、僕も接続されているけど……って、何でバステモンはデジヴァイスを見ただけでそんなことがわかるんだ?
「……ちょっと事情があって、廃棄されたイグドラシルを見に行ったことがあるのよ。裏道とか裏技を利用しまくった荒業だけどね。でも、基盤のプレートが情報樹から削り出されているなんて……」
「イグドラシルの破片が組み込まれているから、僕はイグドラシルと接続されることがあったのかな?」
「――カノン、ちょっとおでこかして」
「おでこって……」
バステモンが僕のでこに自分のでこを当ててきた。見た目は女の人だし、ちょっと気恥ずかしいんだけど……
「――――そっか、そういうことだったんだね」
「バステモン?」
「……ごめん、バステモンの口からは何も言えない。君は自分で知らなくちゃいけない…………一つ言えるのは、君がイグドラシルと接続されるのは別の理由だよ。つながりやすくはなっても、根本的な理由は違う」
バステモンはそれだけ言うと、トコモンの触角をいじりながら食事を続けだした。
……いったい何なんだろうか? 聞いても答えてくれなさそうだし。
とりあえず水晶体を変換していって外装を作っていく。完全に元通りとはいかないが、とりあえず使用できるようにはなるだろう。
「――――色が変わっちゃったけど大丈夫かな」
薄緑色のクリアな外装になってしまった。中の基盤が丸見えやで。
とりあえず起動してみると、以前と同じように普通に動いてくれた。
「ふぅ……とりあえずデジヴァイスは大丈夫か」
「これでおれも進化できる?」
「あー、そっちはドルモンの内部データのバランスが狂っているせいだからなぁ……竜のDNAの回復をしないとマズいかも」
「竜データに関連するものは持っていないの? デジモンのデータが記録されたものとか」
「そんな都合のいいもの持って……たな、そういえば」
「本当に!?」
荷物の中に確かあったハズ……どこにしまったかなと探してみると、かばんの奥の方に入っていた。使わないなと思っていたからなぁ……
「それってゲートを開くのに使うカードよね。どこで手に入れたの?」
「太一さん――他のえらばれし子供に貰ったんだよ」
アグモンのカード。このカードにはデジタルワールドの位置情報のほかに、アグモンのデータも入っているのだ。ゲートを開く際に石板に配置して使っていたが、鍵の役割をするためデジモンのデータ自体がその鍵となっているのだ。
そう、竜のDNAを持つアグモンのデータが。
「なるほど、それをドルモンにインストールすれば問題は解決すると思うよ」
「よし。ドルモン……やってみるか?」
「今のところ手はないんだし、それしかないんならやるしかないでしょ!」
ドルモンのインターフェースに触れてカードのデータをドルモンが取り込めるような形にしたうえでインストールしていく。
データ量はそれほど大きくないからすぐにインストールが完了したが……
「どうだ、ドルモン?」
「――自分じゃよくわからない。進化できないか試してみて」
「わかった――!」
デジヴァイスに力を送り込む様な感覚が起こる。すぐにデジヴァイスが光り輝き、ドルモンへ力が流れ込んでいくが……
「――――ダメだ、進化できない」
「失敗なのか?」
ドルモンの額に触れてみたが、DNAの狂いは治っている。獣のDNAも増加しているのが気になるが……いや、ドルモンは元々獣型だったか。
だとすると、なぜ進化できないんだ?
「……あなたたちは暗黒に触れている」
「バステモン?」
「光も闇も受け入れて進んできた。だけど、まだ足りないの。だから、足りないものを見つけに行きましょう」
バステモンが立ち上がり、外へ行く。慌てて僕たちもついていくけど……いったいどうしたのだろうか?
すっかり変わったデジタルワールドに少しの戸惑いを見せたが、バステモンはなぜか行くべき場所が分かっているようでまっすぐに歩いている。
いったいどこへ向かおうというのか? そう思ってしばらくのあいだついていったが……どうにも目的地が見えない。
「バステモン、どこへ向かっているんだ?」
「……デジタルハザードの力を持ったデジモンは邪竜以外にもいるの。モニタモンから邪竜メギドラモンの墓所にはデジタマがなくなっていたことを聞いたけど、もう一か所のハザードの眠る地へ行くわ」
「ハザードの眠る地って……」
デジタルハザードシンボルが付けられたデジモンって他にもいるのか?
「ハザードシンボルをつけられたデジモンの有名どころね……メギドラモンの他には、ルーチェモンがいるわ。七大魔王の一体だけど、随分と昔に倒されたデジモンよ」
「へぇ……」
七大魔王ってまた不穏な響きの単語だな。できれば会いたくないんだけど。
「ルーチェモンは倒されて、デーモンはどこに消えたのか行方知れず。そうそう、リリスモンも倒されたんだっけ……たしか、前にこっちに流れ着いた人間と、彼と一緒に旅をしていたデジモンに」
「え……僕らの他にもデジタルワールドに来た人間がいたのか!?」
「歴史を紐解けば、結構いるものよ。まあ、件の彼は変わり者で、今も旅をしてるんじゃなかったかしら……たしか、名前は…………なんだっけ、モニタモン」
「杉田マサキ、そう申しておりましたな」
……あれ? その名前どっかで聞き覚えがあるような…………
うーん、あったことはないと思うし、名前を聞いたような気はするのだが、どこで聞いたのか思い出せない。
「でも今も旅をしているなら、ダークマスターズと戦ったりはしていないのかな」
「別のデジタルワールドに行ったから……こっちの事情しっているかはわからないのよねー」
「結局、行方知れずなのか」
「そうなるわね。で、他の魔王だけど……ベルゼブモン以外はどこにいるのかも分かんないのよ」
「ベルゼブモン?」
「孤高の魔王とも呼ばれているんだけど、一応は味方かな。七大魔王といっても、一種のセキリュティみたいなところもあるし。まあ、何事もバランスなのよー。彼らは存在することに意味があって、デジタルワールドの闇側のバランスをとるための存在なの。まあ、腹に一物抱えた奴らばかりだから対抗するために色々といるんだけどね」
「戦わなくちゃいけないってわけじゃないよな?」
「それは大丈夫よー。少なくともベルゼブモンはそんな奴じゃないし。ただ、デジタルワールドにいると力のバランスを狂わせる可能性があるって話で、今は人間界にいるって聞いたよ」
「それって……もしかして黒いライダースーツを着ているデジモン?」
「そうだよー」
……あ、アイツかー!?
ヤバいよ……下手したらダークマスターズよりもヤバい相手とエンカウントしていたよ。
っていうか完全に人間に見えなかったんですけどそれは?
「サクヤちゃん……ああ、サクヤモンってデジモンなんだけどね。彼女が手伝ったみたい。一応、バステモンが使っていた認識をごまかすアレをベースに製作したデジモンを人に化けさせる魔法らしいんだけど、詳しいことは聞いてない」
「そんなものもあるのか……いや、出来なくはないのか」
僕もステルスとかやっているし。ただ、非常に高度な魔法だから僕が習得できるまで何年かかることやら。
今の科学技術に魔法を落とし込む方が簡単かもしれない。
◇◇◇◇◇
結局、目的地にたどり着くまで結構時間がかかった。
というより数日が過ぎたような気も……あたりは黒と灰色の世界だし、空も地球が写っているから時間がよくわからない。
それでも目的地にはたどり着けたのだからいいのだが……
「ここがその遺跡?」
「ええ、そうよ」
遺跡というよりは祠だが……むしろ洞窟っぽい。
中に入ると、壁一面にびっしりとデジ文字が書かれている……だが、このデジ文字を解読することが出来ない。いつも見ている物とは形が違うし……なんというか、言語体系が違う?
それよりも異彩を放つのは中央にあいている穴だ。そこが見えないほど暗い穴で、ここから落ちたらどうなることか。
「うわぁ、そこが見えない……」
「ほんとだね」
「もー……ん?」
頭が急に軽くなったと思ったら、トコモンがバステモンの手にあった。どうやら僕からはがしてくれたらしいけど……なぜ、背中に嫌な重みがあるのでしょうか。そして、隣りではなぜモニタモンがドルモンの背中に足をかけているのかな?
そうか、この重みはバステモンが僕に足をかけているからで……
「それじゃ、いってらっしゃいみゃーご」
「ご武運をお祈りしておりますぞ!」
「なんでさぁあああああ!?」
「うわああああ!?」
僕とドルモンは奈落の底へまっさかさま。
どうにか上へと上がろうとするが、魔力を練ることが出来ない。
「なんだこの空間!? 魔法が使えない!」
「それじゃあ着地どうするの!?」
くそッ――アーマー進化も厳しい。デジメンタルを具現化しているのも、魔法によるところがあるし……なるほど、バステモンの奴荒療治に出たのか。
バランスは改善された。しかし、まだ足りないものがある。バステモンはそれを解決するために荒療治を行ったのであろうが……
「だからって落とすことはないだろうか!?」
「落ちる落ちる――ッ」
唐突に、落下のスピードが収まった。いや、収まったというよりは風の膜が何層にも張られており、だんだんと減速していっているのだ。
最後にはゆっくりと底へと降り立つことが出来た。だが……見事に真っ暗だな。不思議なのはドルモンの姿がはっきりと見えていることだが。僕の姿も見えているし……
「光源が無いというよりは、あたりに貼られているテクスチャが黒一色ってところかな。なんというか雑な仕事だな……」
「ここでどうしろっての……風も強いし」
そうなのだ。もう暴風と言っていいレベルの風が吹き荒れており、なんとか飛ばされないようにして入るのだが……
試しに魔法を使えないかいくつか術式を試してみるが、ダメだ。魔力が霧散してしまう。体内だけで留めるのならまだ消耗は抑えられるが……
「身体強化も厳しいぞこれ」
「何か出てきたらヤバいんじゃないの?」
「たしかにそうだけど――なんで言ったし」
「へ?」
ドルモンがそう言った瞬間に、嫌な予感がしたのだ。それも特大の。
風が一瞬止まり、キンッキンッと甲高い音が聞こえてくる。これは、金属音か?
何かが高速で動いているらしく、僕とドルモンはあたりを見回すが……姿が見えない。
「真っ暗で何も見えないんじゃ……」
「違う。真っ暗なわけじゃないんだ。これは――相手のスピードが速すぎる!」
幸い、アナライズ能力はまだ機能していた。データの乱れみたいのが見えていたから、どういった動きをしているのか後で追うことはできる。
そして、ついに動き回っていたものの正体が姿を現す。
「――――」
唐突に現れ、しかし静かに僕らを見下ろすもの。胸にハザードシンボルをつけた青色の鎧を着た騎士にもみえるデジモン。
究極体、ミラージュガオガモン。
今ここに、新たな試練が幕を開けた。
進化できない状態で挑むミラージュガオガモン戦。さて、ムリゲーにもほどがある。
しかし公式はミラージュガオガモンにハザードシンボルがついている理由を公開してくれないのだろうか。
……くれないどころか忘れてそうだわ。