時間はヒカリがテイルモンと出会う少し前へと戻る。太一がカノンを呼び止め、渡しそびれていたアグモンのカードを彼へと渡したのだ。
「えっと、このカードは?」
「俺たちがこっちに帰ってくるときにゲートを開くのに使ったカードのあまりだ。使い道もないし、お前なら何かわかるんじゃないかと思ってな」
「……すごい。プログラムそのものなのに物質化している」
カノンも目を丸くするほどに、とてつもない代物ではあるようだが、太一には彼が何に驚いているのかわからない。
光子郎も気になって話を聞きに近づくが……カノンは無言でずっとカードを握りながら何かブツブツとつぶやいている。
「えっと、カノン君?」
「――――あ、すいません。このカードの解析に集中していて」
「何かわかったのか?」
「他のカードもあれば色々わかるんでしょうけど……これだけでも随分と凄いですね。これ一枚にとんでもない量の情報が入っているんです」
「いったい、どれほどの情報が入っているんですか?」
「うーん……座標情報とかですね。他のカードが無いと起動させられませんけど、この中にはデジタルワールドの座標が入っています。まあ、他にも入っている情報からするにカードの組み合わせを変えることで、他の世界への扉も開けますけど……」
「ゲンナイさんもそのようなことを言っていましたね。しかしアグモンのカードにデジタルワールドへ行くための座標が入っているということは……こちらではゴマモンではなくアグモンのカードを使うことで向こうへのゲートを開くことができると言う事でしょうか?」
「まあ、石板も他のカードもないし意味ないけどな」
太一の言う通り、他のカードが無ければ無用の長物。カノンもこれ一枚でゲートを開けるはずもなく、結局のところ現状では意味がない代物である。
もっとも、これ単体ではであるが。
「でもおかげで課題はクリアできました」
「課題?」
「僕の魔法も一つクリアできていなかった課題がありまして……それがデータの物質化なんです」
以前作った
「まあ、今のところ使い道はなさそうですけど」
作りたいものを忠実に再現するために、かなり面倒な計算が必要になる上に、効率も悪い。防御ならバリアーを張った方がいい。実際に物質を構築するより、エネルギー体のまま利用する方が便利なのだ。
「このごたごたが全部片付いたら趣味でやるぐらいですかねー」
「そうですか……ヴァンデモンに対抗する武器には…………」
「なりませんね。作る物質一つ一つを構造から理解したうえで作らないといけないので、正直なところ面倒くさいんですよマジで。チョベリバ」
「……なんだか微妙に古いですねソレ」
「だなぁ」
「そうですかね……使われだしたの数年前なんだけどなぁ」
まあ、20世紀も終わるころには死語だよなと思う三人であった。
と、無体な話をはさみながら各々の準備が終わり、東京タワーへと向かいだす。
◇◇◇◇◇
そんなこんなで、空さんとミミさんと共に東京タワーを目指しているのだが――ちなみに、女性陣二人と一緒と言うことで最短距離を歩くルートとなっている。他のメンバーは怪しそうなところを見ながら向かうそうだ――、日差しがきつくて水分補給と休憩を結構な頻度で挟んでいた。
「苦しぃ……ピヨモン、あんた飛びなさいよ」
「パルモンが太ったんでしょ」
「まあ失礼ね!」
「二人とも、喧嘩しないの」
ピヨモンとパルモンはどうしても目立ってしまうため、赤ちゃんのフリをしたパルモンがぬいぐるみに扮するパルモンをだっこしてベビーカーに入り、それをミミさんが押すという形に落ち着いた。落ち着いたのか?
事由に退化できるドリモンはいつも通り僕の頭の上に。空さんは地図を見ながら進んでいる。
「まったく、レディーがはしたないわよ」
「……レディー」
「カノン、何か言ったかしら?」
「あまり不穏当なことを考えない方が良いわよ」
「いえ、なんでもないっす」
だからその毒々しい触手を引っ込めてくださいパルモンさん。
しかし、今日は陽射しが強いなぁ……
そのまま歩き続けることになるわけだけど、異常気象を吹き飛ばすくらいの猛暑だ。いや、普通ならこの猛暑の方が異常気象扱いされると思うんだけど……まあ、真夏に雪が降るレベルだから比較のしようがない。
「あーつーいー。ねえ、空さん、カノン君……ちょっと休みましょうよ」
「もう少しなんだから頑張りましょうよ」
「えー、そこのベンチで休憩させて……」
そう言うと、ミミさんはベンチへといってしまう。空さんの言う通り、そんなに遠くないんだけど……なんだか暑さで距離感がわからない。
「ねえ、カノン。ゆっくりで大丈夫?」
「予感って言っても微妙なラインだからなぁ……なんだか黒い靄がかかっているようにも思えてきたし」
なんというか、確定した情報と齟齬が出始めているというか、予測がたたなくなってきているというか……いわゆる一つの嫌な予感というものだ。
未来予知みたいなものだと思っている、この光景だが……ネオデビモンの時も些細ではあるがいくつものパターンがあったのを思い出した。
「……未来は確定しているわけじゃない、か」
そもそも未来が確定していたのなら、僕たちは死んでいるんだし……いったいどういう理屈で未来を見ているのだろうか?
「でもカノン君も結構体力あるわよね」
「部活で体力の付いている空さんほどじゃないですよ。僕のはズルしているようなものですし」
身体強化は継続中である。というか、数か月もデジタルワールドを旅していたからか、ミミさんも口では疲れたって言っているけどかなり長い距離歩けているんだよね。むしろ大げさなリアクションをとれるぐらいにしか疲れていない。
普通ならとっくにばてているだろう距離なのに……
「疲れなくなるなら、アタシたちも覚えたいー」
「高校生までの勉強を一か月ほどみっちり詰め込むことになってもいいのなら教えますよ」
「……やっぱり、子供は子供らしくが一番よね!」
「ミミちゃん……でもカノン君もどうしてそこまで勉強ばかりしているの?」
「別にそういうわけじゃないですよ。ドリモンと一緒にテレビだって見ているし、漫画も読みますよ。ゲームも好きですしね……ただ単にうちの親が特殊だっただけだと思うんですけど……」
絵本の代わりに父さんの本を読んでいた、というか寝物語に読まれていたらしいし。僕も相当変わっている自覚はあるのだが。
「でも、普通の小学生にそこまでそこまでできるかしら?」
「海外だと飛び級とかもありますし、意外といると思いますが……まあ日本だと横並びに勉強するから仕方がないのか。なんていうか、ハンドメイドじゃなくて工場で作られる大量生産品みたいな感じだなぁ」
「しゃ、斜に構えているわね……」
空さん、あまり引かないでほしいんですが。というか光子郎さんも似たようなものじゃないですか。この年でパソコンをパーツから組めるような人がそうそういてたまりますか。いえ、あの人は斜に構えてはいませんが――どこか悟っている空気はあるかと。
「まあそれもそうだけど……でもそうね、なんだか一歩引いているっていうか…………」
「うーん、あまり触れてあげない方が良いんじゃないですか?」
「ミミちゃんがそう言うの珍しいわね」
「まあ、なんとなくですけど」
しかし、ミミさんのようなタイプがそんな発言をするってのは驚きがある。
さて、そろそろ先に進もう。日差しもきつくてあまり上を向けていなかったが――どうやらすぐそばまで来ていたようだし。
「もうこんなに近くまで来ていたのね」
「本当……目の前だったか」
日本一高い電波塔、東京タワー。中には色々とテナントもあり、観光客でにぎわっている。被害を出さないようにしたいけど……予知が外れてほしいなぁ……
うぅ、近くにいくとなおさら
◇◇◇◇◇
中に入り、展望台まで向かう。やはり眺めがいいなぁ……晴れている時はかなり遠くまで見えるし、案外ヴァンデモンの潜伏先も見えるかもしれない。
「中は涼しいわねー」
「生き返りますねぇ」
「カノン、顔緩んでいるよ」
「本当に二人とも緩み過ぎじゃないの?」
「昨日は二連戦だったし、疲れも残っていたのかなぁ……」
それにしてはドリモンはあまり疲れた様子はないのだが――僕の方がデジメンタルのエネルギー使いすぎたのかもしれない。あまり使いすぎないようにしておくべきだろうか。
「本当にデジモンが現れるのかしら?」
「できれば外れてほしいところですが……」
「今のところ手掛かりは何もないのよね――なんだか暑くない?」
「エアコンは……動いていますね」
風もでているし、ひんやりとしたいい温度である。扉があいたりとかして、暑い空気でも入ったのだろうか――と思っていたら、突然エアコンが止まってしまった。
「やだ故障!?」
「みたいですねぇ……でも故障にしては異音もなかったし、なんだか強制的に止められたような?」
「暑くなってきたわね」
空さんの言う通り、急速に熱くなってきた……言っていて思ったが、なんだか自分でもニュアンスがおかしい――そんな時だった。ミミさんが唖然とした表情で誰かを見ている。
「なによあれ! 真夏に暑っ苦しいコートなんて着て!」
「ちょっとミミちゃん! いきなり指なんて挿しちゃダメ!」
「文句言ってやろうかしら……」
本当に暑苦しいコートをきた大男。というか身長デカいな。2メートルは越しているんじゃないか? なんだか顔も金属製の仮面で――――ちょっと待て。あの顔、どこかで見たことなかったか?
なんだか足音も金属音でガシャンガシャンいっているし……
「二人とも、急いでこの場から――――」
「よし、無理やりにでも引っぺがしてッ」
「ミミちゃん!!」
「――二人ともアレ、デジモンだから!!」
止める
デスメラモン、完全体。
「とにかく中じゃマズイ――みんな、外に!」
ドリモンが一気に進化していき、ドルグレモンになった。これなら、全員を乗せることができる。空さんとミミさん、パルモンを乗せて外へと飛び出す。
ピヨモンは進化して、炎の鳥となり共に外へ飛び出していた。
「待てぇ!」
「待てと言われて待つかよッ!」
「でも下に降りたらたくさんの人たちが!」
「ならこの上!」
仕方がなしに、展望台の上に降りる。できればこんなところで戦いたくはないが、背に腹は代えられない。東京タワーがアイツの熱で曲がっているし……そりゃ熱いなんて思うわけだよ。炎の熱さだもの。
パルモンもサボテン型のデジモン、トゲモンへ進化した。なんだろう、このどっかで見たことのある見た目は。
「なんでトゲモンをみてやるせない顔をしているのよ」
「いえ、別に」
しかしこちらはすでに完全体に進化しているし、羽音が聞こえてきたのでそちらを見ると――カブテリモンに乗った光子郎さんに、太一さんたちがいた。機動力では劣るのかヤマトさんたちはやってこないが……
「いくら完全体でも、この数なら押しきれそう――――ッ」
ふと、悪寒が体中を駆け巡った。上空から飛来する影、ドルグレモンも何かを感じ取ったのかすぐにこちらを見てくる――僕は空さんとミミさんの手を掴み、ドルグレモンから飛び降りた。
「ちょ、カノン君!?」
「いきなりどうしたのよ!」
二人の声も無視していそいでドルグレモンから離れる。幸い、デスメラモン相手なら他のデジモンだけで大丈夫だ。グレイモンもとびかかっているが……炎系の攻撃はアイツ相手に相性が悪そうだけど、光子郎さんならすぐに対策を思いついてくれるだろう。
問題は、新手がやってきたことだ。
「ガァアアア!」
「な、なにあのデジモン!?」
「戦闘機――いえ、プテラノドン?」
鋼の体に、翼竜のような姿。瞳は血走っていて、およそ正気とは思えない。
再び僕の瞳に情報が表示されていくが、これは……
「プテラノモン、アーマー体!?」
なぜアーマー体がいるのかはわからないが――ドルグレモンならば勝てる。そう思っていた。
ドルグレモンの翼や尻尾が赤く輝き、プテラノモンを貫こうとする。一気に加速して、距離を詰めていくが――プテラノモンはその全てをことごとく躱していった。
「なにッ!?」
スピードだけなら、ドルグレモンを圧倒しているのだ。横目で見ると、デスメラモンの猛攻も続いており、太一さんたちはこちらの援護ができそうになかった。
だったら、ドルグレモンが何とかするしかない――しかし、奴はさらに最悪の手を打ってきた。その翼についている爆弾が投げられ、あたりに無差別に飛び立っていって……
「こなくそぉ!!」
「――カノン君!?」
電撃を放出させ、被害が出ないように爆破していく。ドルグレモンも僕の意図に気が付いて爆弾に対処してくれた――まさにその時だった。
奴が、ニタリと笑った気がした。急加速し、ドルグレモンへと肉薄してそして――
「あっ――ガァ」
「――――ドルモン!?」
――奴の攻撃を喰らい、ドルモンへと退化してしまったのだ。そして、飛べないドルモンはそのまま下へと……ああ、僕も何をやっているのだか。
プールに飛び込む様に、下へとジャンプしていた。空さんたちの驚いた声が聞こえたが……もう動き出したものはしょうがない。
「うぉおおおお!」
手が伸びる。瞬間、今までの記憶がよみがえっていった。走馬灯かとも思ったが――ジグソーパズルが完成するように、いくつものピースがつながっていく。
DNAのこと。今まで進化した姿や、倒したデジモンの情報。目指すべき進化の形――そうだ。奴の方が速いのなら、奴よりも速く進化すればいいんだ。
僕の中にあるデジメンタルのエネルギーをありったけ振り絞るように、ドルモンへと渡す。再び進化させるため、新たな姿を構築するために。
そして、長い長い一秒が過ぎ――閃光が弾けた。
「ドルモン進化――――ラプタードラモン!」
チョベリバって、当時は普通に聞く言葉だったよなぁ……そんなことを思いつつ、挟んでみたネタ。いや、当時も古くなりつつある感じだったかな。