暗い夜道、一人の女性が歩いていた。会社から家に帰る途中と思われるが、なにか奇妙な音があたりに響いてどこか現実味がなくなっている。
女性はふと何かが近づいてくる気がして後ろを振り向いた――現代には似つかわしくない、洋風の豪奢な馬車が走ってくるではないか。だが、それだけならまだ奇妙な人がいたものだと言えるだろう。何よりもおかしいのは、その馬車を引く馬がいないことだ。
「――――」
お化けか何かか。そう思い、叫びそうになった女性だが、まるで何かに憑りつかれるように体が固まってしまう。やがて馬車が自分の目の前にとまり、自分より頭数個分大きい影が馬車から降りてきた。
顔は青白く、大きな体をした男。赤い仮面をつけ、黒いマントを羽織ったその姿はまるで――
「吸、血鬼」
そこから先の記憶は女性にもない。ただ、首元に噛まれたような痕が残った状態で目が覚めたのだ。道の真ん中に倒れていたので、病院に搬送されたらしいが何が起きたのか自分もよくわからない。
そんな事件が、その夜だけでも何件も起きた。
◇◇◇◇◇
河川敷。そこに、女性たちを襲っていたものの正体――ヴァンデモンが馬車を船へ載せてアジトへ帰還するところだった。彼は吸血鬼のデータを持っているため、その伝承の通りに血を吸うことで力の回復や増強が行えるのだ。
「ヴァンデモン様、夜が明けてしまいます……ここまでいたしますと、えらばれし子供たちにも気がつかれてしまいますよ」
「かまわん。奴らもこちらへ来た以上、私自身力を蓄えなくてはいけないのだ。それに、ピコデビモン……貴様が戦った0人目のこともある」
「あのー、それなんですが……なぜ0人目は殺さずに捕らえるように命令をお出しになられたのですか?」
ピコデビモンも主の命令には従う。しかし、なぜ厄介な存在に対して抹殺ではなく捕獲を命令したのかがわからない。あれほどの手練れとなると、捕獲の方が難しいというのに。
「……奴に関しては元来イグドラシルに連なるものだからだ。私も詳しくは知らないが、かのホストコンピューターにとって0人目は一種の保険のような存在らしい」
「でもイグドラシルはもう稼働していないのでは?」
「たしかにそうだが……件の事件にも0人目は関わっているらしい」
それに、私の推察が正しければ……ピコデビモンにも聞こえない声で、何かを呟くヴァンデモン。彼自身の考えがどこまで及んでいるのかはピコデビモンにはあずかり知れぬことであるが、考えがあるというだけでピコデビモンにとっては全幅の信頼を寄せる理由になる。
「とにかく、奴と奴のデジモンは下手に殺すなよ。殺した段階で我々にとっても都合の悪い事態になりかねない」
「かしこまりました」
会話はそこで終わり、ピコデビモンは再び8人目の捜索へ乗り出す。
ヴァンデモンも根城へ戻ろうとするが……
「しかし、打てる手は打っておくに限るか。ソウルモン」
「――ここにおります」
暗闇の中から、白色のお化けのようなデジモン、バケモンの亜種であるソウルモンが現れた。見た目の違いは魔女の帽子をかぶっているかいないかしかないのだが、これでも違うデジモンである。
「貴様にこのディスクを託す」
「それは、先日の協力者から頂いたものでは?」
「一応解析は済んでいる――イグドラシルの遺産の一つだったが、貴様なら使いこなせるだろう」
「御意に」
それだけ言うと、ソウルモンは再び暗闇の中へ溶け込んでいった。すでに、自分の持ち場へと戻っていったのであろう。
もうすぐ夜が明ける。ヴァンデモンはしばし眠りにはいるため暗闇の底へと向かっていく。
◇◇◇◇◇
再び、目覚めは最悪であった。なんか炎の巨人が東京タワーに現れる夢をみていたのだが……暑苦しいデジモンもいたものだ。
レアモンも撃破し、その翌日のことだ。えらばれし子供たち全員を集めて作戦会議を行うということで、全員が僕の家に集まっている。ちなみに、ヒカリちゃんも来ているが一緒に連れてきたミーコと戯れていた。一応、君も関係あるんだけどね?
ふとテレビを見ると……昨日のレアモンとの戦いも撮られていたらしい。というか日本のマスコミヤバいな。行動が速すぎる。しかし幸いなことに時間をかけなかったから、遠目に大きな何かが戦っていることぐらいしかわからない程度だ。
すでに全員集まっているが、昨日の夜についてはまだ説明してなかったからかちょっと驚いている。光子郎さんがすかさず説明してくれているけど。それと、太一さんはこの映像で気になることがあるようで……
「俺が前に戻ってきたときは他の人たちにはデジモンの姿は認識されていなかったのにな」
「アレは本物とはまた違う感じですからね。情報もノイズだらけでしたし」
「そういえば、昨日もレアモンについてすぐに理解していたというか……カノン君はどうやってデジモンの情報を調べているんですか?」
光子郎さんがそう聞いてくるが……まあ、例のごとく魔法で。
「デジモンは本質的には0と1で構成されているデータの塊ですからね。まずはそのコードを読み取って、一部分だけでも自分の理解できる形にして表示する魔法を、瞳にコンタクトレンズみたいな感じで付与しているんですよ」
「……リアルタイムで情報の閲覧が可能――いえ、デジモン自身に刻まれているデータを可視化していると言ったところでしょうか」
「似たようなものです」
光子郎さんはどうにかして自分たちも使えるようにしたいみたいだけど……色々と研究した結果、無理だと言うのが分かった。
「どうしてですか?」
「簡単な話ですよ。頭の中でプログラムを組み立てて演算処理を行ってって具合にやっていくので、僕も基本的には良く使うのを暗記しているだけですから」
「では、演算を肩代わりする機械があればどうでしょうか」
「それなら行けるでしょうけど……現在のスペックでは厳しいですね。携帯できるレベルとなると、あと何年かかることやら」
「なるほど、習得できるかどうかは関係なく、時間が足りないわけか」
どうやらゲンナイさんとやらにみんなは習得できないと言われたらしい。才能の問題よりも時間が足りないと。
「まあ、太一なんかはそもそも計算できないだろうけどな」
「なんだと!?」
「一応言っておきますけど、小学生のやっている勉強の範囲じゃどうあがいても無理ですよ」
僕が使えているのだって、デジモンについて調べる傍ら色々と知識が溜まっていたからでもあるし。その後もコツコツとやっているのである。
「……マジか」
「だから使えるとしたら光子郎さんぐらいじゃないですかねー……そういえば皆さんはデジモンの情報ってどうやって調べていたんですか?」
「基本的にデジモンたちに教えてもらっていたな」
「先にわかっていればなぁってこともあったよな。コロモンの村の時とか」
「――コロモンの、村」
ヒカリちゃんがなぜか目を輝かせているんだけど……え、見たいの?
そこで空さんとミミさんがヒカリちゃんに可愛かったわよーと言い出し、女子トークが始まる。いや、会議は?
「……まあ気が済むまで放っておこう。幸い、ヒカリが8人目みたいだし探す手間は省けたんだから」
「太一、やけに冷静だな」
「まあヒカリが楽しそうにしているのを見たら、な」
たしかに楽しそうにはしている。デジモン、というより生き物が好きなのだろう。デジモンたちも初めて会うのにすっかり懐いているし……一種の才能だな。
「そういえばカノン君の出会ったデジモンの情報も貰いたかったんでした」
「いくつか話しましたけど……貰う?」
光子郎さんはパソコンを取り出して、起動させる。何かのソフトを立ち上げるけど……図鑑のような?
「ええ、ゲンナイさんに取り付けてもらったこのアダプタにデジヴァイスをはめ込めばカノン君が出会ったデジモンの情報を見ることができるんです」
「へぇ……それじゃあさっそく」
光子郎さんが指さしたアダプタにデジヴァイスを挿しこみ、僕が今まで出会ったデジモンの情報が入っていく。えっと、通算何体ぐらい見たんだっけ?
「ドドモン、ドリモン、ドルモン……カノン君のパートナーの進化系ですね」
「ドルガモンにドルグレモン。本当に完全体まで進化できるんだな」
え、信じていなかったのか太一さん。いや、確かにドルグレモンにはしてなかったけど。
その次に出てくる情報は、アーマー体のデジモン。そういえば、詳細なデータと技も閲覧できるんだねアナライザー……便利だなぁ。僕の方は名前と世代以上の情報を解読するのに時間がかかるし。
「このサンダーバーモンってのは見たな。あとはサラマンダモンにケンキモン……ケンキモン」
「なぜ二回言うんですか」
「だってなぁ……ヤマト、どう思うよ」
「完全にメカなデジモンはあまり見なかったからな。見たとしても兵器が元だったから重機型ってのはこう、意外だった」
「けっこう強いんですよこれでも」
意外と気にいっているんだけどなぁ……ドルモンも微妙だと思っているみたいだし。
で、次に表示したのは戦ったデジモンか。ノイズのはやはり情報として引き出せないらしく、出てこなかったけど……結構数が出たな。
「バステモン、完全体……マーメイモン、完全体。ネオデビモン…………やはり完全体」
「お前、完全体三体と戦っているのか!?」
「いえ、バステモンは味方ですよ……でもこっちで数年も前にデジタルワールドに帰っちゃったんですよね…………」
「あーそういえばそんな話を聞いたような……」
「太一、君ねぇ……」
「いやいや。あの時はこっちに飛ばされて驚きっぱなしで記憶があやふやなんだって、丈先輩」
たしかに慌ただしかったし、太一さんも結構悩んでいたしね。
「ですが、完全体二体と戦っているんですね」
「マーメイモンはバステモンとの協力でしたし、事情が違いましたけどね」
なぜデジタマになったのか今でもよくわかんないし。
ただネオデビモンはガチでやりあいました。
「あのデビモンの進化した姿か……」
「見るからに強そう!」
「あの時の第六台場は雨が降っていてなぁ……ドルモンも疲れて泳いで帰るしかなかったんだ……」
「それでお前風邪ひいて入院したのか」
太一さんがあきれ顔だけど、来ると分かっているんだから周囲に被害が来ない場所に行くしかないでしょうが。ここらへんで人がこない所なんてあそこぐらいしかありませんよ。
「えっと、他には……成熟期のヨウコモンと……世代が表示されませんが、このモニモンというのは?」
「バステモンが通信機の代わりに使っていたデジモンですね。世代が表示されない理由は知りません」
特殊なデジモンなのかもしれない。世代にしたら幼年期か成長期ぐらいだとは思うが。
「ダークリザモン……これは戦った相手ですか? 成熟期のデジモンみたいですが」
「そうですね。たしか、こいつと戦ったときにドルガモンに進化したんだったかな……あの日も、第六台場での戦いでした」
「お前何回第六台場使っているんだよ」
「都合3回です」
本当にお世話になっております。太一さんたちはあきれ顔だけど……周囲に被害を出さないように戦うのって結構大変なんですよ。今はそうも言っていられない状況になりつつあるけど。
「成長期もいますね。クダモン……このデジモンは?」
「……ちょっと、ありましてね」
「なんだよ歯切れ悪いな」
「太一。人には誰しも言いたくないとこがある。見たところ、戦ったわけでもなさそうだし追及はしない方がいいんじゃないのか?」
「……カノン、教えては…………」
「すいません。言いたくないわけじゃないんですけど、その時のことは色々とありまして――気恥ずかしいやら長くなるやらで、ちょっと」
「わかった。ならいいや。で、光子郎……他には?」
「妙なデジモンもいますね……初期型ゴーレモンって何ですかこれ。ワイヤーフレームだけですよ」
「デジモンモドキだと思っていたら……一応デジモンなのかそいつ」
説明を見ると、単なるセキュリティソフトみたいな存在っぽいけど。でも、僕が見たのはこれで全部だったかなぁ……一応レアモンとゲソモンも出てきてはいるが――――あれ?
「なあ、カノン。このアイギオモンってなんだ?」
「――――知らない。こんなの見たことない……はずなんだけど」
どこか既視感を覚える。それに、なぜか懐かしいような気もする。
太一さんがさらなる追求をしようとした時だった。更にデジモンの情報が出てきて、それを見た太一さんは口をあんぐりさせた。
「バグラモン、ブラックセラフィモン…………僕の目がおかしいのでしょうか? 究極体って書いてあるように見えるのですが」
「こっちも見たことあるような、ないような……いや、そういえば夢の中で見たんだっけ?」
あー、何か思い出してきた。でっかい樹の前に立っていてそこで見たんだ。でもはっきりとは思い出せない……何か大事なことがあったような気もするのだが……
「っていうか究極体ってなんだよ!?」
「あれ? 知らなかったんですか――完全体の上に究極体ってのもあるんですけど…………」
女性陣やデジモンたちも含めて空気が凍りついていくのを感じた。そうか、完全体が一番上だと思っていたのか……そうかそうか。
「あー、うん。ほら目標は高い方がいいと思いますし」
「不安になっただけだわッ!」
太一さんのツッコミに、皆が頷いていた。なんか、すいません。
会議とは、往々にして進まないものである。
原作より早い段階で究極体の存在が判明しました。だからといって特に何かあるわけでもないですが。