少し落ち着いてきて、太一さんはどうするかまだ決めかねているようだった。
「ねえ、お兄ちゃん……また、どこかいっちゃうの」
「ヒカリ……」
ヒカリちゃんが太一さんを引き留めようとするのは、風邪をひいて心細いからだけではないだろう。他人に心配をかけまいと無理をする子だが、太一さん相手にだけはどこか危ういほどに甘えるのだ。いや、依存しているともいえるかもしれない。
だからこそ、一歩を踏み出そうとしている太一さんを止めようとしている。
そんな中、テレビでは世界各地の異常気象を再び映し出していた。以前は見ることができなかったが、太一さんにもデジモンの姿を確認できるようになっている。
「…………俺、俺は」
デジタルワールドに戻るべきか。それとも、このままこの世界にとどまるべきか。
正直なところ、この場にいていいのか悩むのだが……
「お兄ちゃん」
「……」
「ねえ、コロモン。このままここで――」
ヒカリちゃんが何かを言いかけたその時だった。バチンという音と共にこの部屋にあったパソコンが作動する。ノイズが激しくて分かり難いがあの姿は……
『太一さん……そこに……いるんですか?』
「こ、光子郎!?」
「光子郎さん……なんで」
『た……いち……さん』
「光子朗! オレだ、太一だ!!」
『太一……さん……いま、どこに』
「人間界だ。あのあと、こっちに飛ばされたんだ!!」
『……では……もど……ブツッ』
音と画面が消えた。でも確かに光子郎さんだった……なんか元気がないというか、どこか様子がおかしいようにも見えたが……
「やっぱり、夢なんかじゃない――どっちも現実なんだ。この世界も、デジタルワールドでのことも……それに、光子郎がこうして連絡をとってきたってことは、まさかみんなはまだ向こうに――」
太一さんは何かを逡巡したあと、電話にとびかかるようにして番号をプッシュしていく。見覚えのある番号だなと思っていると、光子郎さんの家の電話にかけたようだ。
半ば予想していたことではあるが、光子郎さんは家には戻っていない。続いて、空さん。そのほかにも何人か。だけどその全てで帰ってきていないと返される。
「……やっぱり、まだ帰ってきていないのか」
「太一さん……」
「悪い、一人にさせてくれ」
そう言うと、太一さんは自分の部屋に戻っていった。
横を見るとコロモンがスイカを食べている。その様子をヒカリちゃんはじっと眺めていた。
「ねえ、おいしい? コロモン」
「うん!」
「そう。よかった」
そう言って、にっこりと笑う。邪魔するのもなんだし、そのままにしておいた方が良いかな。
とりあえず太一さんに見せてもらった紋章や、他の子供たちについても気になる。
7人……いや僕を含めれば8人の子供たちとそのパートナーのデジモンがいる。太一さん以外はまだ成熟期までにしか進化できないこと。太一さんも体感時間ではつい先ほど完全体に進化できるようになったばかり。
「僕の予感がデジタルワールドで起きている脅威を指しているのはまず間違いないわけだけど……なんか引っかかるんだよなぁ…………」
「どうかしたの、カノン」
「いや。なんで僕はデジタルワールドに呼ばれなかったのかなって」
「そういえば……なんでだろうね」
なにか理由があるのか――そう思った、その時だった。
部屋の中が揺れ出す。同時に、外から大きな音が鳴り響いてきたのだ。
「な、なんだ!?」
「とにかく行ってみましょう! ドルモン!」
「うん――わかった」
「退化した!?」
「説明はあと! とりあえず外に出ます!」
窓の外を見ると、赤色の恐竜型のデジモンの姿が見えていた。しかし、ノイズだらけで情報がわからない。
「あれは――ティラノモン!?」
「とにかくエレベーター……は動いているか怪しいんだよなぁ」
電子機器に作用しているとすると、バグっている可能性もあるし……階段を走るか。
◇◇◇◇◇
外に出ると、ティラノモンの姿は霞のように消えていった。そこには何もいなかったのように。ただ、何かが爆発したような痕が残っているのが、ここに奴がいたことを裏付けている。
出ては被害を残して消えるって質悪すぎ。
「……さぁて、これで終わりならいいけど――肌がびりびりする。あたりの空間が歪んでいる?」
「お前、そんなことわかるのか?」
「そりゃぁ4年もデジモンに関わっていれば慣れもします――――来ます!」
ズドンと更に大きな音が聞こえる。近くのコンビニの向こう。ドリルが付いたモグラのようなデジモンの姿が見える。やはりこちらもノイズだらけで名前がわからない。
「今度はドリモゲモン!?」
まるで地震が起きたかのような衝撃。周囲の人たちは何事かとあたりを見回しているが、ただの地震だと判断して各々が普段通りの日常へと戻っていく。
すぐそばで起きている非日常にはまるで気が付かず、僕たちだけがデジモンの姿を認識していた。
ドリモゲモンと呼ばれていた影もすぐに消え、崩れた地面だけが見える。
「他の人には見えていないのか――普通の人間にはデジモンは見えないのか?」
「太一さん、コロモンは見えていたんでしょう……だったらこの場合、異常なのはデジモンの影の方だと思いますけど……電気屋のテレビの速報曰く、地震としか思われていませんね」
「爆発しておいて地震ってオイオイ……」
ほら、向こうの信号のさきのテレビのニュースでも……あれ、砂嵐…………
「お兄ちゃん!」
「ヒカリ!? なんで出てきたんだ!」
「だ、だって……」
「ここは危ないから、早く戻って――」
「そんな暇はなさそうですよ」
砂嵐の起こっているテレビの前。横断歩道の信号が赤になっているため人が集まっている。その中に、緑色の鬼のような姿のデジモンが経っていたのだ。
その眼には意思はなく、ただ佇んでいるだけだが……
「オーガモンだ!」
「ど、どうすれば……こんな街中じゃみんなを巻き込んで…………」
不思議と、奴に動きはない。すぐに動けばいいだろうになぜかその場から動かなくて――信号が青なった瞬間、こちらへと飛び出してきた。
「――ものすごく単純なデジタル処理なわけね!」
とっさに防御の式を組み立てて二人の前に出る。その瞬間、ドリモンとコロモンが飛び出しており、オーガモンをひきつけるように建物を飛び上がっていた。
「お前、それ――」
「説明している時間はなさそうです。早く追わないと――」
上空では、二匹の幼年期がオーガモンと戦っていた。幻影とは言っても強さはそのままである可能性が高い。となると、オーガモンは……
「成熟期に見えるよな――」
「みんなここから離れて!」
「コロモン……何言っているんだよ! いままで一緒に戦ってきただろ、これまでそうして二人で一緒にやってきたじゃないか!」
「太一……」
太一さんのデジヴァイスを握る力が強まっていく。それに呼応するかのように、デジヴァイスから光があふれていく。もう何度も見た。その光が引き起こすものを。
「こっちも行くぞ! 流石に被害がでかくなるからサポートで頼む!」
「了解ッ!」
二匹のデジモンが光を纏い、体の形が変化していく。それと同時に、上空に光の穴が開いた。体にビリビリと電流が走るように痛みが駆け巡った。
あの先にあるものがわかる。だが、この方法ではダメだ。僕が通るにはこれではダメだというのが理解できた。
「デジタル、ゲート……」
二体の成長期のデジモンがオーガモンとぶつかる。コロモンが進化したデジモン――小さな黄色い恐竜のようなデジモン、アグモンは見たところドルモンと似たような体躯のデジモンらしい。口から炎を噴き出しており、オーガモンへと命中する。
ドルモンの場合、鉄球を吐き出すためぶつかってもあらぬ方向へ飛ぶ可能性がある。そのため、ドルモンは飛び上がってオーガモンの棍棒をはたき落としていた。
「ベビーフレイム!」
最後に、アグモンの火球が命中してオーガモンは上空へと飛ばされていった。そして、アグモンの体も透けていく。ふわりと体が浮き上がりゲートへ吸い込まれようとしているのだ。
「太一、先に行っているね……」
ゲートはいまだ閉じていない。そう、次は……
「ヒカリ……俺、行くよ」
「待って――お兄ちゃん、このまま……」
「大丈夫。必ず帰るから…………だからさ、留守番よろしくな」
「……うん」
「カノン、お前は……」
「このゲートじゃ向こうに行けないみたいです。だから、一旦お別れです」
「わかった――ヒカリのこと、よろしくな」
「ええ――それに、すぐに会えますよ」
僕の側はもちろん、太一さんの方も長くて1カ月というところだろう。なんとなく、すぐにこちらに来ることになるのではないかと思うのだ。
「僕の予感って結構当たりますよ」
「そっか――じゃあ、またな」
太一さんのデジヴァイスを握る手が上がっていく。デジヴァイスの力でゲートが開いたのだ。しかし、ここで戻れるのは一人だけ。
やがて、太一さんの体も透けていき――この世界から消えた。
「……お兄ちゃん」
「すぐに会えるよ……とりあえず」
ガシッとヒカリちゃんの体を背負う。ぴょんと頭の上に重さが加わり、ドリモンが乗ったことを確認する。すぐに退化してくれて助かった。さて、この後僕たちがしなければならないことは何でしょうか。
「えっと、カノン君?」
「周りを見るんだ――アスファルトが壊れたり、マンションの壁が崩れたり…………さあ、目撃者がいないうちに逃げよう。幸い、ゲートが開いていたことで、僕たちの姿もデジモンの影のように認識されなかったっぽい」
「まって、悪いことしているみたいな感じが……」
「器物破損。普通にアウトなんだよなぁ……」
というわけで、やっぱり僕らはしまらない終わり方をするのであった。
「いつものことだね、カノン」
「こうなりたくないからフォロー頼んだんだけど、最初の時点でアウトだったか」
◇◇◇◇◇
「ねえ、太一。これからどうする?」
「まずは、みんなのところへ行こう。カノンがデジヴァイスを持っていて、まだ人間界にいることも言わなくちゃいけない」
デジタルワールドに帰還した太一とアグモン。
戻ってきたのは彼らがエテモンと戦った地。あたりは砂漠で、地平線が見えている。
「こっちと向こうの時間の流れが違うのなら……こっちじゃ結構時間がったのかな」
「かもねぇ……とにかく、どっちにいく?」
「そうだな…………とりあえず向こうの方に、うん?」
太一が歩き出したその時だった。デジヴァイスから電子音が鳴り響いていた。何度か聞き覚えのある音だが……いったいなぜ反応しているのだろうかと、画面をみると地図のようなものが表示されていて、二つの光点が表示されていた。
中央のものと、上の方に一つ。
「これ……もしかして他のデジヴァイスってことか?」
「きっとそうだよ! 向こうにみんながいるんだよ!」
「ま、あてもないし行ってみるか!」
デジヴァイスの反応を頼りに二人は進む。少しばかり長い道のりだが、目的地がわかっているだけで気の持ちようが違う。
数時間もすれば反応のあった場所にたどり着けた。湖が広がっており、砂漠とは違って涼しい気候だ。
「ついたー!」
「でも誰も見当たらないね」
「そんなはずは……アグモン、あれ!」
太一が湖のそばを指さす。アグモンもその方向を見てみると、白い何かが倒れているのが見えた。いや、アレが何かを彼らは知っている。
「「トコモン!?」」
これは幕開けに過ぎない。完全体への真価が可能となったことによりデジヴァイスの機能は拡張され、彼らは散った仲間たちを集めることとなる。
しかしそれは彼らの物語。今一度、地球の光景へと戻ろう。
「ふぅ……無事に終わったな。ヒカリちゃん、お昼のあとの薬飲んでないんだから早く飲むんだぞー」
「うん」
「まったく、体調崩しているのに無理をして」
「……カノン君にだけは言われたくない」
カノンは「まあ、それもそうだけど」とつぶやいて水と薬を準備する。自分がいかに無茶なことをしているかは熟知していた。
椅子に座ったヒカリの前に薬と水を渡したその時であった。奇妙な電子音が聞こえてきたのは。
「あれ? デジヴァイスが反応して――――え」
「どうかしたの?」
「……太一さんってこれと同じの持っていたよな。持ったままデジタルワールドに行ったよな?」
「う、うん……えっと、デジヴァイス? だっけ」
「そう……なんだけど、なんでデジヴァイスがここにもう一個あるんだよ」
「ホントだ……」
カノンの目の前には、誰のものかもわからぬデジヴァイスが鎮座していた。カノンもまた、完全体に進化させたことで機能が拡張されていた。
二人が出会ったときは歪みの影響だったのか、反応を見せなかったが、あるべき場所に戻ったことにより正常に作動を開始させている。
片方はデジタルワールドで。もう片方は人間界で。二つのデジヴァイスは、それぞれ新たな道を指示していた。
何かのネタになるかなと脳内メーカーでカノンの頭の中を調べる。
橘カノン 橘火音
両方の表記共に、休一色。思わず笑ってしまいました。