17.8月1日
退院まで少し時間がかかってしまったが、ようやく体を動かせるようになった。
ドルモンを再び完全体に進化させるために人目につかないところを探しに行ったのだが……第六台場以外で人目につかない場所ってお台場にあるのだろうか。
あちこち探し回ってみて、運よく廃工場を見つけた。
「というわけで、ここで特訓するか」
「いつもみたいに第六でいいんじゃないの?」
「…………また泳いで帰るオチがつきそうだからヤダ」
コンビニでおにぎりやお菓子も買って来てあるから、エネルギーの補給は大丈夫なんだけど、再三戦った場所で特訓というのもなんだかなと思う。
というわけで、人目につきにくい場所を探していたのだ。それに、昼間から第六台場に行こうとすると目立つし。
「まずは普通に」
「進化――ドルガモン!」
ここまでは普通に進化できるようになった。
最初のうちは自由に進化が行えなかったし、エネルギー消費も激しかったんだよなぁ……
ドルモンがウチに来てから4年。まあ、色々なことがあった。
「で、問題は次なわけだが……」
紋章が光りもしない。予想はできていたが、完全体への進化は容易ではないのだろう。
感覚としては覚えている。なんとなくだがわかっているのだ。デジヴァイスの力でデジモンを進化させるとき、僕の感情に反応していることは。
成熟期までなら任意で発動はするのだけど……完全体になるよより明確に、強い思いが必要なんだろう。
「あの時の感情……なあ、ドルガモン。予感がするって言ったよな。何かが起こるって」
「ああ……でも、それがどうかしたのか?」
「たぶん、もうすぐそこまで迫っている。異常気象もそうだし、嫌な気配が近づいている気がするんだ」
デジヴァイスを握る力が強くなる。頭をガシガシと掻いて、唸りながら次の言葉を探す。手のひらを見ると、母さん譲りの赤毛がちらほらと。
ふぅと息を吐いてドルガモンの顔を見る。
「やっぱりさ、決意表明って言うかなんていうか――”運命ってのは自分で切り開くもの”だよな」
「何をいまさら。俺たちが今までやってきたことだろうが」
「そうだよなぁ……今までそうやってきたんだよな。だから、何も変わらないんだ」
そう。僕たちはいつだって自分たちで切り開いてきた。ピンチの連続だったし、自分たちで選択した。
最初から必要なものはここにあったんだ。
僕がそう思うのと同時に、紋章が輝きだす。デジヴァイスの色も変化していき、ドルガモンの体がスパークし始めた。必要なものはそろっていた。あとは、それを自覚するだけだった。
「ドルガモン 超進化――ドルグレモン!」
再び進化が完了する。
まだまだ慣れていないのか、ドルグレモンは体をひねって自分の体を見ている……しかし、結構でかくなったよなぁ…………
「体の調子はどうだ?」
「まあ、ぼちぼち。なんか重たい……」
「そりゃ体重も増えているだろうし」
「そうじゃなくて、なんていうか……無駄な部分が多いっていうか」
「無駄な部分? 頭下げてくれ。インターフェースに触れば何かわかるかも」
ドルグレモンに頭を下げてもらい、額にふれる。
いつものように情報が頭の中を駆け巡るが――これといった異常は見当たらない。
「うーん……ちょっとまっててくれ。今の構成情報が――――ああ、これのせいか」
「何かわかったの?」
「今まで倒したデジモンは覚えているか?」
「まあ、覚えているけど……暗黒系が多かったね」
「そうだな。そのせいでドルグレモンの取得したDNAのバランスが狂っている」
「それって大丈夫なの!?」
進化の方向性を決めるデータだし、別段悪影響があるわけではないのだが……暗黒だけでなく、他の数値も変動しているし。
「進化先が不安定って感じだな。デジヴァイスがドルグレモンに進化するように促しているからドルグレモンに進化しているだけかもしれない」
「ってことは、適切な進化じゃないから重いってこと?」
「処理に時間がかかっているだけかも……進化と退化を繰り返して最適化していけば大丈夫じゃないかな」
「そんなのんきな……」
しかしながら、何度か繰り返しているうちに本当に最適化されてしまったのでドルモンは閉口してしまうのであった。人間だって慣れる生き物なのだ。ましてやデジタルデータで構成されているデジモンだ。慣れるレベルが段違いであろう。
もっとも、消耗が激しいのは変わらないので幼年期にならないようにするのには数日かかったのだが。結局7月も終わりの31日までかかったからなぁ……
◇◇◇◇◇
特訓もひと段落してゆっくりと眠れる――そう思っていたのだが、その日はまたおかしな夢をみた。
とてもリアルな夢で、真夏だと言うのに雪が降っている。この時点でリアル? と言いたくもなるが、またいつもの異常気象だろう。デジモンの姿が見えないが――視点を自由に動かせない。
オーロラが輝いていて、その奥から光が落ちてきた。太一さん含めて周囲には七人の子供がおり、その足元に同じ数の光――デジヴァイスが落ちる。
デジヴァイスは各々の手の中に入り、そして――――ゲートが開かれた。
「――――ッ」
ビックリしてとび起きたが……時間は4時半。
ただ、あの夢にヒカリちゃんはいなかった。たぶん風邪がひどくなったからいけなくなったのだろう。
前にもあったしわかる。コレは予知夢……確実に起こるであろう未来。
となると問題はこの予知夢に対してどうすればいいのかだが……
「サマーキャンプはいかないことになっているし、ヒカリちゃんも心配だからなぁ」
あの光景がサマーキャンプの時の出来事とは限らないわけだが……いや、それはないか。たしか、丈先輩だったかな。彼が災害救助袋みたいなの持っていたし。
光子郎さんがパソコン持っていたのが気にかかるが――――彼なら持っていくか。
というか今更サマーキャンプに参加できないっての。当たり前だが申し込みはとっくに締め切られている。
「またヒカリちゃん狙いのデジモンが出てこないとも限らないし、このまま家にいるのが無難か」
というわけで数時間後。お母さん達が太一さんたちを見送っていた。夢の映像で見た限りだと、同じサッカー部の仲間で一緒にいたのは……光子郎さんと、太一さんと空さんか。空さん、少し苦手なんだよなぁ……太一さんの幼馴染だから顔を合わせることもあるんだけど、基本家に引きこもりがちな僕を連れ出そうとするのだ。
それ自体が嫌なわけじゃないのだが、こうぐいぐいこられると……ちなみに、太一さんも一緒にいると倍プッシュ。
「じゃあ、行ってきます」
おっと思考が逸れた。せめて、コレだけは言っておくか。
「太一さん」
「ん、どうしたカノン」
「気をつけてくださいね」
「? ああ……(変な奴だなーただのキャンプだぞ)」
表情で変な奴だなって思っているのは分かっている。この人は本当に顔に出やすいな…………本当に、気をつけてくださいね。たぶん大変な目に遭いますから。
いぶかしんだ表情ではあったものの、すぐに気に留めなくなったのか行ってしまった。
「……賽は投げられた、か」
「カノンー、本当にいいの?」
「どうすることもできないよ。まあ、僕は僕でやれることをやるしかないさ」
風邪は治ったし、周囲からは暇を持て余しているとみられている僕は、ヒカリちゃんが無理をしないように見張っているように頼まれているしね。八神さんに。
まあ、僕も無理はしたんだけど……検査のためだったし、入院する必要もなかったわけだが。一応原因は不眠症からの雨に打たれて体調壊したコンボということになっている。あながち間違いじゃないし。
ヒカリちゃんの面倒を見ている理由は、今日は両家共に日中家にいられないから僕にお鉢が回ってきたからである。病み上がりはとっくに過ぎて元気だし。
「というわけで、おかゆ作りに来てやったぞー」
「カノン君……料理できたの?」
失敬な。ヒカリちゃんはなぜ時々毒を吐くのか。
「母さんに一通り叩き込まれたんだよ……おかゆぐらいならそんなに難しくないっての」
「ふーん……ドルモンもおはよう」
「おはよう。体は大丈夫?」
「それなりに」
……相変わらず独特な雰囲気なことで。
しかし、今頃太一さんたちはどうしていることやら……おかゆを作る前に、薬の確認もしておいた方が良いだろうか? しっかりと薬もあるし、問題はなさそうだ。
というわけでおかゆを作ることにする。
居間の方ではヒカリちゃんとドルモンがテレビを見ているけど……ニュース番組か。どうやらまた異常気象についてやっているらしい。
「……なんでみんなにはデジモンがみえないのかな」
「さぁね。理由はよくわからないけど……今は気にしても仕方がないよ」
ほどなくしておかゆも出来上がり、少々遅めの朝食となる。
使ったお米? 自分の家から持ってきたものです。
◇◇◇◇◇
ヒカリちゃんに薬を飲ませて寝かしつけたので……まあ、なんともやることが無い。
携帯ゲーム機を持ってきて遊んでいるが……うーん、これも結構やりこんだからなぁ…………テレビも変わり映えしない内容。少々飽きてきた。
あの子時々とんでもないことをするから下手に外に出れないし……
「もうそろそろ昼っていうか、12時半か……どうしたものか」
「――カノン、デジモンのにおいがする」
「本当か!?」
「うん……でも嫌な感じはしないよ」
それってどういう事だろうか――そう思った時だった。玄関が開く音が聞こえた。とりあえず、ドルモンには下がっていてもらって見に行くと……太一さんが帰ってきていた。腕になんか珍妙な生き物を抱えて。
「た、太一さん? サマーキャンプはどうしたんですか」
「あははは……えっと、ただいま。ヒカリの面倒見てくれてありがとうな」
「いや、それはいいんですけど……それ」
「こ、これはヒカリにお土産で」
いや、でもそれ……
「デジモン、ですよね」
「な――――なんで知っているんだよ!?」
あー、いきなり言うのはまずかったか。
どうしたものかと思っていると、太一さんの声に気が付いたのかヒカリちゃんが奥から出てきてしまう。
「おにい、ちゃん?」
「ひ、ヒカリ!?」
「ねえ、あの子太一の妹?」
「あ、コラ、バカ!」
ヒカリちゃんの前でしゃべらせたくなかったのだろうが――ヒカリちゃんは驚く様子もなく、どこか懐かしむような瞳でそのデジモンを見つめていた。
「コロモンも一緒なの?」
「――――なんで、コロモンのことを……」
アレがコロモンなのか。ということは、あの恐竜のようなデジモンはこのデジモンが進化した先の姿ということか。たぶん、成熟期くらいかな。しかし面影が全然ない。
僕がのんきに考察している間も、二人の会話は続く。
「な、なんでコロモンのことを……」
「コロモンはコロモンでしょ?」
それじゃ伝わらないと思うのですが。しかし、まだ4年前のことを忘れたままなのか……誰かが意図的に忘れさせたのか? いや、それだと僕とヒカリちゃんが覚えていることに説明がつかない。
うーん……どういうことなのだろうか。ただ単に太一さんが忘れているだけ? 一番それっぽいな。
「なんでお前ら、デジモンのことを知っているんだよ」
「うーん……」
「か、カノン?」
「……ああすいません。ちょっと考え事を。まあ、デジモンについてはほれ――いま出てきましたよ」
奥にいたドルモンがお盆に麦茶を入れて持ってきた。数は5つ。しっかり自分の分まで入れているよオイ。というかどこから持ってきた麦茶。
「――――は?」
「で、デジモン!?」
「はじめまして。ドルモンです。麦茶どうぞ」
唖然とする二人をしり目に麦茶を配っていくドルモン。うん、良く冷えている。
「や、八神太一です」
「ぼくはコロモン……」
「って――なんでデジモンがここに!?」
「それはまぁ、こういう事で」
僕がデジヴァイスを見せると、太一さんは驚いた顔をした。そりゃぁ、驚くよなぁ。
しかし話も進まないし、いい時間だからまずはやることを先にやるべきか。
「とりあえず、お昼にしませんか?」
「……それもそうだな。腹減ったし――――よし、俺が作ってやるよ!」
そう言うと太一さんはオムライスを作り始めたわけだが……この前と比べてすごく上達している。こんなに短い間にここまで上達するだろうか?
味もいいし……
とまあ、そういうわけで食べながら今までの経緯を話す。ドルモンとの出会い。戦ったデジモンについてなど。まあ、マキナのことは自分の胸にとどめておきたかったのでそこは省いたが。
「まさか、こっちの世界にもまだ選ばれし子供がいたなんて……しかも、俺達よりも早い段階で。それに、デビモンの進化系のネオデビモン……」
「そっちもなかなか大変だったみたいですけど……数時間しかたっていないハズですよ」
「そうなんだよ――なあカノン、俺は夢でも見ているのか?」
「……生憎と、僕が何を言っても答えは出ないと思います。僕にとっては現実だと思っていても、実際にどう思うかは太一さんだ」
「…………相変わらず、難しい言い回しだなぁ」
太一さんたちに何があったのか。詳しく聞いてみたいが……今の太一さんは心の整理をする必要がある。椅子にもたれかかってぐだっとしていた……
「……クーラーが気持ちいい」
「おい」
「随分と久しぶりなんだぜ。そう思うのも無理はないだろ」
「いや何があったのか聞いていないんでわからない――――久しぶり?」
もしかして、デジタルワールドとこっちの世界って時間の流れ方が違うのか?
「太一さん、デジタルワールドで何日過ごしましたか?」
「何日って言うか……何カ月?」
となると、一分で向こう側はどれくらいたつんだ? 太一さんがデジタルワールドに行ってからこっちは数時間程度……数か月ってことは、多く見て100日ぐらい? 正確な数字は出せそうにないから置いておくとしても……放っておくと浦島太郎状態になるのか。
「ちょっとマズいかなぁ――」
「マズイってコロモン! はやくトイレトイレ!」
「うがぁ、うぐぐぐぐ」
……思考の海にダイブしていたら、なんかマズイことになっていた。別の意味で。
ドルモン、あれどう思う?
「トイレぐらいちゃんと使おうよ」
「それができるデジモンは君ぐらいだと思うんだ。今のところ」
「あん……おいしい」
「ヒカリちゃんまだ食べてたのか……薬ちゃんと飲むんだぞ」
「うん」
なんかしまらないなぁ……
改めて時系列とかイベントの順番を確認。
そしておもったんだ――光子郎のパソコンってアップルのものがモチーフだよねたぶん。