あの悪魔の夢を見た日から何度も同じ夢を見続けている。細部に違いがあるのだが、決まって最後は奴に切り裂かれるところで目が覚めるのだ。
あまりにも長い間続くため、一度病院に行ったが体には何の異常もない。心配事が夢という形で出ているのではとも言われたが、アレはそんな生易しいものじゃない。
あまりにもリアルで、ハッキリと記憶に残っているのだ。
不気味な仮面と、長い両腕。赤色の翼。ギロリと六つの瞳がこちらを射抜いて来て――
「ゲホッゲホッ!?」
「カノン、大丈夫……またあの夢?」
「……悪い。流石に一か月以上も続くときつくてな」
毎日でないのが救いだが、それでも嫌にリアルな死ぬ寸前を味合わされる夢だ。
眠っても体力が回復しないどころか余計に疲労することになる。
夢の中でも一応は自分の意志で行動できるらしく、悪魔との戦いの中でドルガモンではなくアーマー体に進化させていたが――――結果は悲惨なものだった。
どうやらあの悪魔相手にはアーマー進化では太刀打ちできないらしく、正直見るに堪えない光景を見せられ続けている。
ドルガモンならまだマシな状況に持ち込めるとはいえ、打開策が見いだせない。
「何を怖がっているの……ただの夢でしょ」
「夢だよ…………でも、なんとなくわかってきたんだよ」
夢を見た後に起きると、紋章が少しだが光っていた。
どう説明したらいいのかわからないが、アレはただの夢ではない。
「確実に起きる出来事だよ――場所は三度目になる第六台場。天気は雨……時間は昼頃かな」
日にちまでは分からないが……おそらくは夏。異常気象で暑いのかもしれないのであてにならないけど、夢の中の僕は半そでを着ていた。
みたことない服だけど、今後その服を母さんが買ってくるようなことがあれば――さあ、どうだ。
「……カノン、すごく怖い顔している」
「そりゃ怖い顔にもなるよ……ごめん、ちょっと頭冷やしてくる」
ひどい汗を掻いている。シャワー浴びに風呂場へ向かう。
ただの夢だと決めつけて気にしないように努めるのも一つの答えだろう。だが、僕にはできそうもない。
少し温い水を出し、汗を流す。ドルモンにも最近きつくあたってばかりいる……どうにも考えがまとまらない。対抗策の一つでも思いつければなんとかなるのかもしれないが、手詰まりな以上どうすることも…………
「ハァ……」
風呂場から出て、タオルで体を拭く。部屋に戻ると……母さんが買い物から帰ってきていた。そういえば、今日は日曜日だったか…………いけない。大分まいっているのか、曜日の感覚が抜け落ちて――――!?
「あらー、カノン。シャワー浴びてたのー? ほら、最近暑くなってきたでしょう。だから新しい服を買ってきて……どうかしたの?」
「ううん。なんでもないよ、母さん」
母さんの手には、僕が夢の中で着ていた服があった。
その時の僕の表情から何かを察したのか、ドルモンがこっちを見ていたけど……僕にはただ母さんに心配をかけないようにそうやって誤魔化すことしかできずにいた。
◇◇◇◇◇
悪魔の両腕が僕らを捕えようと動く。僕も援護を続けるが、奴には効果がなく、必死に防御してもいともたやすく破られてしまう。
これまで戦ったデジモンの比じゃない。まさに格が違う。
それでもドルモンが闘いを続け――やがて、目の前が真っ暗に……
場面は最初に戻り、悪魔と対峙するところから始まる。
スライド進化を多用していき、一度も攻撃を喰らわないように立ち回る。それも、意味をなさない。基本ステータスに差があり過ぎる。奴の能力を一つでも上回ることができなければ、勝つことは不可能だ。
今度は僕が進んで防御をしようとして――爪が迫り、場面は暗転する。
初めから空中戦を挑む。しかし、それは愚策だった。
悪天候なのもあって、僕らにとっては不利な条件すぎる。ただ、今度はすこしだけ意識があった。僕たちを倒した後は奴は更に強大になっていく。
もはや手が付けられない。より最悪な形で、未来は壊される。
なら初めから諦めればいい――どうして諦められるのか――逃げ出してしまえばいい――その先に未来はない――嫌だ。死ぬのは嫌だ。痛いのは嫌だ。どうして僕が戦わなくてはいけないのか。どうして僕ばかりがこんなにつらい目に遭わなければいけないのか……
考えが堂々巡りを起こして、頭の中がぐちゃぐちゃになる。僕は――もう動けない。
「この、バカカノン!!」
「ッ――グホッ!?」
突如、思いっきり殴られた。
たぶん顔は腫れているだろう。痛みもひどい。
「――のやろう、何しやがる」
「ウダウダして、そんなのいつものカノンじゃないよ。おれの知っているカノンは、そんな弱虫じゃなかった!」
「……お前はアレを見ていないからそう言えるんだよ! 力の差があり過ぎる、戦えば僕たちは死ぬんだぞ!」
「それでも――カノンなら逃げなかったよ」
「――――ッ、なら証明してやるよ!」
ドルモンの額にふれ、夢でみたデジモンを明確にイメージする。何度も見てきた。何度も味わってきた。その姿はすぐに頭に描かれ、ドルモンのデジコアと接続される。
『ネオデビモン、完全体』
出てきた情報はそれだけ。詳細は不明。それでも、彼我の戦力差は絶望的。完全体のデジモンは前にも見たことはあるが、戦闘能力に特化した存在ではなかった。それに一対一ではなかったのだ。
だからこそ付け入る隙があったが、今回は違う。
今度は生易しい相手じゃない。
「今のドルモンが勝てるかよ……勝てるわけ、ないよ」
「……この、大馬鹿!!」
今度はドルモンが頭突きを仕掛けてくる。あまりの痛みに頭を押さえるが、それはドルモンも同じだった。
「この、石頭」
「お互いさまだろうが……っていうか、先にそっちが殴って来て頭突きして、どういうことだよ!」
思わずドルモンを殴ってしまう。もう無意識に身体強化がなされており、普通に殴り飛ばしてしまった。
それでもドルモンは僕につかみかかってきた。今までにない気迫で、僕を真正面から睨んで。
「マキナとの約束はどうした! 今までだってピンチはあっただろ! 次に戦う奴の方が強いから諦める? そんなのカノンらしくない――それに、なんでおれに頼らない!」
「――――」
「今までだって一緒に戦ってきたんだ……カノンは一人じゃない。おれがいるだろ――おれを信じてくれよ、カノン!」
「…………そうだよな、何一人で悩んでいたんだよ」
死を意識し過ぎていた。それに、敵の方が強かったことなんていつものことだったじゃないか。最初の戦いもギリギリだった。ダークリザモンの時だって、死ぬかと思った。
マーメイモンの時もバステモンと一緒だったから無傷で済んだ。
ヨウコモンの時は無事に方が付いたものの、今までの経験があったからこそだ。油断していたら危なかった。
ウッドモンや異常気象で出た幻影との戦いで僕は戦えるようになったと判断してしまっていた――でも、ただ調子に乗っていただけなのかもな……
「いつものカノンなら、どんな運命だって真正面から向き合っていたよ。小さいのにどこまでもまっすぐに、自分の足で歩いてきた」
「……小さいは余計だっての。でも、おかげで目が覚めたよ」
僕がそう言うと、ドルモンはニカッと笑って拳を付きだした。それに合わせ、僕も拳を突き合わせる。
迷いは晴れた。うじうじ悩んでいるなんて僕らしくもない。
理屈っぽくなりすぎた。時には、真正面からぶつかることも必要なんだろう。
その後、見舞いに来たヒカリちゃんに腫れた顔を見られてびっくりされて、ドルモンと喧嘩したことが母さんにばれてしまいこっぴどく叱られたけど……
この日以来、あの夢を見ることはなくなった。ただ漠然と何かが近づいている予感へと変わっていったが……もう不安はない。
来るならば来るといい。僕はもう逃げない。
◇◇◇◇◇
7月20日、海の日。
あの夢と同じ、雨。全国的に雨で海水浴を楽しみにしていた人は残念である。
不思議なことだが僕はやけに落ち着いていた。
「……まあ、せめてもの抵抗ってことで」
何から何まで夢の通りにするのも癪なので別の服を着ることにする。夢の中では半そでだったから……ダウンジャケットを着よう。
首に紋章をつけ、デジヴァイスとパンフルートも持っていく。頭には飛行帽をかぶり、フル装備になる。
「ドルモン……準備はできたか?」
「うん――とりあえず、ドリモンに退化しておくね」
そう言って、退化してすぐに僕の頭の上に乗っかる。ある意味目立ちそうな気もするが……いや、傘をさしていくから大丈夫か。大人からは見えないだろうし。
家から出るとき、少しばかり後ろめたさを感じたけど……ゴメン。やっぱり何か言うのは無理だった。
「これで歪みで出た幻影だったらいいのにねー」
「だな。でも、不思議とわかるんだよ……アレは本物だってな」
玄関を出てエレベーターへ向かう。一歩一歩歩くたびに色々な思い出が頭をよぎる。今までの戦いのこと、何気ない日常。マキナとの思い出、ドルモンと出会った日――と、そんな時だった。ふいに視線を感じた。
後ろを振り向くと、こちらをじっと見つめるヒカリちゃんがいたのだ。
「ねえ……二人とも、どこへいくの?」
「ひ、ヒカリちゃん……」
「どこに……行くの?」
こてんと首をかしげるヒカリちゃんを――初めて怖いと思った。生理的な恐怖とかではなく、何と言い表せばいいのか……心の奥底に響くような怖さ。害悪なものではないのに、なぜか体が動かない。
純粋過ぎるゆえに見続けていられないというか……だけど、それに呼応するかのように僕の奥底の何かが目を覚ました。
「――ッ」
「ヒカリちゃん……ごめん、ちょっと散歩してくるだけだよ」
「うそつかないでよ。すごく、危ないことしようとしているでしょ」
僕は困ったように笑って、ヒカリちゃんの顔を見つめる。
この子はとっても優しい子だ。僕がとても危ない目に遭うというのをわかってしまったからこそ、止めようとしてくれている……だけど、それはできない。
「僕が行かないと、もっと大変なことになるから……」
「なんでカノン君じゃないとだめなの? 誰か、他の人でも――」
「僕が選んだから。僕が自分で決めたことだから」
僕が彼女をどこか他人に思えないのと同じように、彼女も僕を他人とは思えなかったんだろう。今この時はそれがどういった意味を持つのかわからなかったけど……それでも、これだけはハッキリと言えた。
「ここで何もしなかったらすごく後悔するんだ。ここから先に進めば、もう後戻りはできない。それでも――デジモンを始めて見たあのワクワクが僕を動かしてくれる。体の底から熱くなるようなこの感じ……結局、こうやって危ない道に進んじゃうんだろうね……だから、いくね」
「あ――」
「それと、夕飯までには帰るって母さんに言っておいて!」
僕はそれだけ言うと、エレベーターに乗った。ヒカリちゃんの顔はもう見えない。でも、約束したから。
「ドリモン――絶対に帰るぞ! 今日はハンバーグだ!」
「うん!」
ほどなくして、第六台場にたどり着いた。人に見られないように移動するのが一番苦労した……ドルガモンに進化して低空飛行してもらったけど、結構きついね。
「きついのはおれだっての」
「悪い悪い……無駄話をしている時間はなさそうだな」
ここでは三度目の戦いになる。目の前の空間が歪み――その奥から悪魔、ネオデビモンが姿を現した。
金色の仮面からは六つの瞳がこちらを見つめている。腕だけが異様に長い歪な人型。赤く染まった翼、今までのデジモンの比じゃない存在感――いや、一人例外がいたな。
昔デパートの屋上で出会ったアイツに比べれば月とスッポンか。
「グ――オオ!!」
奴が雄たけびを上げ、その爪を怪しく輝かせる。それと同時に僕らも打って出た。
「いくぞ、ドルガモン!」
「うん、パワーメタル!!」
鉄球がネオデビモンに迫る。しかし、それはいとも簡単に切り裂かれていた。
それは想定内。悪夢を克服してから必死に開発を続けていた術式を解凍していく。時間がかかるが――その間、ドルガモンがネオデビモンに組み付いて奴に攻撃をさせないようにしてくれていた。
「カノン!」
「大丈夫――解放!!」
地面に手をついて、ネオデビモンへ向かって強力な雷撃が放たれた。ドルガモンもすぐに離れてくれたので巻き添えを喰らわずに済む。
これで倒せるわけはないが――ほんの少しの隙が作れる。その間に、ドルガモンが渾身の一撃を準備し始めた――――だが、奴は僕の予想を超えていた。
「ガアアア!!」
「――――え、嘘だろ」
「ドルガモン!?」
奴の体に電撃はまとわりついている。デジモンの構成情報そのものに痺れという状態異常を加える特殊な術を開発した。ドルモンも協力してくれて、これで大丈夫だと思ったが――奴は、その痺れでも体を無理やり動かしていた。
効果があるのは見てとれている。奴の皮膚が痙攣をおこしていた。だが、それでも体を強制的に動かすなんて――と、そこで奴がドルガモンにトドメを指そうとしているのが見えて……
「――この、離れろぉおおお!!」
「か、カノン……」
轟音が鳴り響く。奴も防御を行ったが、そのまま後ろへと飛ばされていた。僕の右手には何かのハンマーのような姿が重なって見えていたが……すぐに消えていく。
何が起きたのかはわからないが、体の中のデジメンタルが力を放出しすぎて休眠した気がする。どうやらエネルギーを一気に放出したらしい……ということは、今何らかの術が発動したという事か。
「いや、そんなのはどうでもいい」
今大事なのは――ただ、この窮地を脱することだけ。考えるのは後だ。
僕たちは乗り越えるんだ……こいつに負けるなんて『運命』を! その手で、ぶち壊すんだ!! 自分たちの運命は自分たちで切り開くんだから!
そうして、僕達は光に包みこまれた。奴の爪が迫ってきていたが――光が悪魔の爪から僕達を守っていた。
「行くぞ、ドルガモン………………超進化だ!!」
紋章が輝きを増していき――黄金に輝きだす。
デジヴァイスの色も白から銀に変わっていく。
「ドルガモン 超進化ぁアア!!」
ドルガモンを構成する情報が変化を起こしていき、より竜のデータを強くしていく。
体は紅く染まり、翼はさらに大きくなる。巨大な体に、より力強い姿に。
「――――ドルグレモン!」
赤き獣竜が今ここに、誕生した。
というわけで次回に続くのじゃ。
たぶん、次々回あたりで原作に入ります。ついに8/1です。