結局、終わってみるとあっけないものである。しかし僕の心中には苦いものが込み上げてきている。
今まで戦ったデジモン、もしくはそれに類するものはどこか邪悪さというかこのまま生かしておくのはいけないというのがなんとなくわかったのだ。
最初のワイヤーフレームのアイツは生き物とすら呼べないプログラム体であり、その後ろに何らかの悪意を感じた。
ダークリザモンにしても似たような感じであり、マーメイモンは内部にそのままにしておけない何かがあったし、別の要因でデジタマに戻った。
だけど今回は別だ。自分たちの意思で、アイツを消してしまった。
「カノン、大丈夫か?」
「うん……なんていうかこれで良かったのかなって」
地上に降り立ち、サンダーバーモンからドルモンへと戻る。
さっきから頭が回らない。本当にこれで良かったのか。そんな疑問が浮かんでは消える。
そして、まるで暗い闇の底に意識が落ちそうになって――――
「カノン君、ありがとう」
――――彼女の一言で意識が浮上した。
涙を浮かべて、僕の両手を握ってきている。まるで氷のように冷え切っていた僕の体が熱を取り戻していく。
僕が言葉を発せずにいると、マキナはゆっくりとだが言葉を紡いでいく。
「ウチ、怖かった……このまま消えてなくなっちゃうんじゃないかって、すごく怖かった」
その手には確かに熱があった。
だからこそ、アイツの言葉は今でも信じられない。だけど……それはすぐに否定される。
「それに、思い出したんだ。ウチは本当に死んだんだって」
「でも――たしかにこうして体が」
「今なら、わかるよ…………あの時、どこか遠い所に行った後、学校の中にいたんだ。たぶん学校に行ったことが無かったから行ってみたかったんだと思う」
そう言うと、マキナの体が一瞬ぶれて――二の腕のあたりにノイズが走り、0と1のデータの羅列に変化した。
「なっ――」
「カノン君の近くにいるとね、こうやって元気な体を作れたんだけど……もう、限界みたいだね」
「うそだろ……これって」
「カノン、マキナからデジモンのにおいがする。それも二つ分」
「二つ?」
一つはおそらく、ヨウコモンが言っていたマキナの電脳核だろう。
だが、もう一つは? と、そこでデジモンに関連するものをマキナが身に着けているのを思い出した。
そう……彼女が首から下げている薬莢だ。
「――――流石に、潮時か」
「そっか……夢じゃなかったんだね、クダちゃん」
「クダモンだ。橘カノン、ドルモン。お初にお目にかかる」
薬莢の中から、小さなデジモンが姿を現した。白い色の小動物型のデジモン。今まで見たデジモンとは異なりどこか神聖な空気を纏っている。
悪いデジモンではないのは分かるが、それだけに意味が分からない。なぜ、彼女が危ない時にも姿を現さなかったのか。
「私はイグドラシル直属の者だ。といっても、君らは詳しく知らないようだが」
「デジタルワールドの神様みたいな存在って認識しているけど、間違っているのか?」
「似たようなものだ。我々の世界の管理者であるからな。まあ今となっては意味がないが」
それはどういう事だろうか? しかしクダモンはその問いには答えずに簡潔にマキナについてだけ答える。
「私は擬似電脳核を宿してしまったマキナの監視の任務を与えられている。最初、彼女と会話したこともあるのだが……マキナは君に出会うまで不安定な存在だった。ゆえに、今の今まで私との出会いや魂だけになったことさえも忘れていたのだ」
「……だとしても今の今まで黙っていた理由になるのか?」
「私は過度な介入を禁止されていたのだ……それに、マキナの電脳核が悪い方向へ進化しないとも限らなかった」
進化――それはつまり、マキナは……
「ああお察しの通り。人間というよりはデジモンに近い存在だろう。君の力に当てられて人の側に近づいたがな」
「僕の力って……僕に一体どんな力があるって言うんだよ」
「……君を見つけたのはホメオスタシスだからな。私も特殊な何かがあるとしか言えない。デジメンタルをその身に宿す時点で、異常なことだとは思うが…………自覚はしているんだろう」
「…………ハァ。わかってるよ、僕が何らかの例外というか特殊な何かがあることは」
でなきゃこうして次々に厄介ごとがこないっての。お隣にもう一人特殊な何かを持っている人がいるけどね……前はそっち狙いの奴らだったし。
というより、僕狙いで現れるデジモンって今までいたっけか?
「成り行きでおかしなことにはなっているけど、僕自身が直接狙われたことってないと思うけど?」
「いや。今は安定しているから大丈夫だが……君もかつては危うい立場だったよ」
「……そんなことあったかな」
何だろう。なんか記憶にもやがかかっている……
「話を本題に戻そう。私自身もマキナを見ていて助けたいと思っていた…………個人的には彼女に好感を覚えるからね」
「……でも、助けなかった――――いや、もしかして攻撃能力が無いのか?」
「監視のため、私の存在は隠ぺいされていたからね。干渉がほとんどできないように封印されていたんだ。できるのは連絡ぐらいだ」
どこか悔しそうに、クダモンは歯を食いしばる。
その言葉で安心した。マキナは感極まったのか、クダモンを抱きしめてしまう。
「ま、マキナ!?」
「……ずっと見ていてくれたんだね」
「私は、君を監視していたと言ったはずだが?」
「ううん……だって、ずっと暖かったもの。カノン君と会うまでウチがウチでいられたのはクダちゃんのおかげだよ。一人になっても不思議と怖くなかったんだ。誰かと一緒にいるみたいで……しゃべれないのは寂しかったけどね」
「マキナ……」
泣いて、笑って、誰かを大事に思う気持ちがあって……これのどこが死んだ人間だと言うのだろうか。感情を持って、今ここにいる。僕たちと何の違いがあるというのだろうか。
ああ、僕は彼女を助けてよかったんだ。心からそう思える。それでも僕たちのエゴでヨウコモンを撃破したことは変わりない。だったらそのことを受け止めよう。
「ドルモン……迷いは吹っ切れたよ」
「うん。大丈夫――カノンは強いから」
きっときっかけはこの時だった――僕はもう迷わない。善や悪とかよくわからないけど、全てを受け入れて先へ進もう。どんな運命が待ち構えていようとも、きっと乗り越えられるから。
淡く、紋章が輝きを放つ。輝きとしては小さいものだったし、この時は誰も気が付いていなかった。だけど、それが小さくも大きな一歩だった。
と、話はそこで終わればきれいに終わったのかもしれない。でも、何の解決もしていない問題が一つ。
「さてと……それじゃあウチはもう行くね」
「え――どういうことだよ」
「やっぱりさ、もう死んじゃっているのにこの世界にいていいわけが無いって思うんだ」
「…………マキナ」
「大丈夫。ちゃんと行くべき場所に行くだけ。元あるべき姿に戻るだけ――だから、そんな悲しそうな顔をしないで」
彼女は覚悟を決めた顔で、僕を見る。何故と思うと同時に理由が分かった。
「もう、限界なのか?」
「うん……やっぱり、本当に体があるわけじゃないからこうやって崩れちゃったんだ。あとどのくらいもつかはわからないし、もう行かなきゃ」
にっこりと笑い、マキナは一歩僕らから離れる。ほんの一歩の距離。だけど、僕にとってはこの距離がもう取り返しのつかない距離なんじゃないかと思えるほどに遠く感じた。
すると、マキナは困ったような顔をして口を開く。
「最後に、一つお願いをしてもいい?」
「……なんだ」
「カノン君、いつも笛をつけているからさ。一度でいいから聴いてみたいんだ」
「ああ、わかったよ」
パンフルートを取り出し、頭に浮かんだ楽譜を演奏する。
それに合わせて、マキナが言葉を――いや、メロディーを紡ぐ。
◇◇◇◇◇
演奏が終わり、別れの時間がやってきた。
名残惜しいが――もう行かなければいけないのだろう。
「……それじゃあ、またね!」
「――――」
マキナは最後に、それだけ言い残して去って行った。まるで、世界に溶けるように消えていき――あたりには静寂が戻る。
結局、友達が出来たんだか出来なかったんだか……
「カノン、きっとまた会えるよ――カノンの最初の友達と」
「何言ってんだよ――最初は、お前だろ」
「……ありがと」
空には星が浮かんでおり――やがて、街が光りを放ち始める。どうやら、停電が起きていたようだ。どうりでデジモンが空を飛んでいたというのに騒がしくなかった――いや、デジモンの影響で停電を起こしてしまっていたというべきか。
そんなことにも今の今まで気が付かないとか切羽詰っていたみたいだ……
「またね、か……そうだよな――きっとまた会える」
信じ続けていれば、きっと……
◇◇◇◇◇
初めて出来た友達と別れた。強がりを言っちゃったけど、本当はもっと話したいことがたくさんあったし、遊び足りないし、未練たらたらである。
……ふと思うが、ウチはこのまま消えてしまうのだろうか。
「それはちょっと、嫌だなぁ」
「……何を勘違いしているか知らないが、私は別にマキナは消えなくてはならないとは言っていないぞ」
「でも、こうして体が崩れているし……」
「ああ崩れている。リアルワールドで体を保てていたのは単にカノンから漏れ出していた力をお前が吸っていたからに過ぎない。限度もあるし、お前が自分の存在を死んだものとして自覚したからこうして崩れたのだ」
「え、でも――」
ウチは思い出した。最初にクダちゃん――クダモンと出会った日のことを。
あれは死んですぐ後だ。どこかわからない森にいたウチの目の前に出てきたクダモンはいきなり「魂だけでさまよっているのか……電脳核まで形成しているな」って言い出したんだっけ。
「そうだ。だが私は君が死んだとは一言も言っていないぞ」
「……あれ?」
「肉体という面で見れば確かに死んでいるのだろう。だが、偶然が重なったこととはいえ電脳核を得たことで魂が死んだわけではないのだ。さらに言えば、橘カノンの力を微弱ながらも取り入れたことでお前の電脳核は特殊な変化を遂げた……だが、お前自身の意識がまだ定まっていないからこそ、体が崩れている」
「……ウチはまだ死んでないの?」
「きわめて特殊な形だがな。それに、まだ半死半生といった方が良い。きちんとした形を手に入れるにはお前自身が頑張らなければならない……そのために私が力を手に入れるための場所へといざなおう」
「…………そっか、また会えるんだ」
「それは君のがんばり次第だ」
クダモンはそう言うと、にっこりと笑う……なんだか素直じゃないの。
「でも、クダモンはなんでウチについてきてくれるの?」
「まあ私も帰る場所はなくなってしまったみたいだからな。それに、存外君と一緒にいるのも悪くない」
「そっか……ありがとね。でも、帰る場所って……イグドラシルって人はいいの?」
「人ではないのだが…………それについてはまた今度にしよう。まずは、このゲートの先へ向かう」
クダモンは寂しそうというか、飽きれているというか……不思議な表情で溜息を吐いた。イグドラシルがどうかしたのだろうか?
……そういえば、どこに向かっているのだろうか? なんとなく消えようかなぁなんて思ってみたけど変な場所にいるし。
「ここはいわば時空のはざまだ。色々な世界の間にある異空間というべきか。君が向かうべき場所へは私がルートを知っている。私たちの住んでいる場所とは違うデジタルワールドへ向かう」
「デジタルワールドっていくつもあるの?」
「ああ。一般のデジモンは知らないことだが……私たちがこれから向かうのは、ウィッチェルニーという世界。魔法使いの世界だ」
「ま、魔法?」
「そこに行けば、君が自分の力で自分の存在を確立する術を身に着けられるだろう」
こんな時だけど、ウチは魔法使いの世界と聞いてワクワクしてきている自分を感じていた。
不安もある。それでもこのワクワクは止められない。まだ見ぬ未来がある――未来があるだけでウチは頑張れる。
だから、また会おうねカノン君。
◇◇◇◇◇
話にオチをつけるならば、また母さんに怒られたことだろうか。帰ったのは夜中だったし……まあ僕の表情から何かを察してくれたのか小言もそこそこだったけど。
それに今回はほとんど怪我をしていなかったことも大きい。停電の理由もなんとなく察してくれたらしく、追及は無かった。
だから、その次の日の話を語ろう。
それは太一さんがおたふくか何かになったらしく、ヒカリちゃんを少し家で預かることになったんだけど……思わず僕がつぶやいた一言だ。
「結局、人間の友達は0か……」
「? わたしはカノン君の友達じゃないの?」
「……ありがと」
後日、光子郎さんに僕らって友達ですかねって聞いたけど……「ボクは友達だと思っていますよ」って返してくれた。別に嘘は言っている様子はないし、同じ話題で話せる同年代の子供はお互い、大切だと思っている。
結局のところ、僕の方の問題だったのだろう。別に無理して周りに合わせようとは思わないし、友達も少ないけど――この時以来、普通に外で遊ぶようになったし周りと会話できるようにもなった。
「…………次に会ったときは、お礼を言わないとな」
「カノーン! ボール行ったぞー!」
「オーライ!」
――またいつか会おう。
あと少しで原作に入りますぜ旦那。
タグの追加をどうするか悩む今日この頃。
ドルモンを育てたいなとペンデュラムエックスの現在の値段を見たけど……手が出ねぇ…………
リンクスは始めると歯止め効かなくなりそうなので避けております。
…………中古で最近のデジモンゲームをどれか購入しようかと検討中。密林も半額ぐらいになってたし。