さて、風のエレメントも入手してロコモンの線路を目指すのはいいのだが、意外と距離が離れておりたどり着くまで数日はかかりそうだった。
まあ普通に歩けばもっと長い時間を必要とするだろうことを考えると大分短縮されるわけだけども。
「それにしても、線路が開通するまで速かったね」
「たしかに、話には聞いていたけどもう運行できるまで開通させるとは思わなかった」
僕たちの知らないところでも世界は回っている。それは当たり前のことで、だからこそ世界は思い通りになりはしない。悪い意味だけでなく、いい意味でも。
今回は以前ロコモンたちを助けたおかげで、良い変化となって表れてくれた。
「しかし、この暑さもどうにかならないものかなぁ……」
「たしかに風の神殿を離れてから妙に暑いよね」
これは一体どういうことなのか。調べたいのは山々だが、流石に寄り道するわけにもいかない。
前に進むしかないというわけで再び歩き始める。食料の調達なども考えると、どこか水辺を見つけておきたいところだが……
「ん?」
そこでデジモンの反応を感知した。数は四体。力の大きさからみて全員が完全体というところだろう。
完全体が集団で動いている…………もしかしたらルーチェモン軍の追ってかもしれない。
「みんな、完全体が四体近づいてきている」
「うん。ウチにもわかった……どうするの?」
「迎え撃つしかないんじゃないの」
ドルモンがそう言うが、ルーチェモン軍だと決まったわけじゃない。
「隠ぺい工作をしていないあたり、ルーチェモン軍じゃない可能性もあるし……とりあえずは様子見だな」
いきなり襲うのもダメだろうと、全員を止めるが――彼は、そう言って止まるような奴ではなかった。
いや、あの事件があったばかりなのだ。僕がうかつだったというべきかもしれない。
「グルゥ……敵――ウィルスッ!」
「ヤバい、四体の中にウィルス種がいるみたいだ! 暴走状態になっている!」
「ウチは大丈夫なのになんで!?」
「そりゃ慣れだろうよ! 流石に仲間相手に反応はしなくなっているんだろうけど、初見の相手じゃそうはいかない……全員全力でストライクドラモンを押さえろ!」
僕が正面からストライクドラモンを抑え込み、マキナが背後から掴む。ドルモンとプロットモンは足を抑えるが……全員、引きずられているッ!?
予想以上の力だった。ここまでのポテンシャルがあったのか!? いや、彼もこの旅の中で力をつけてきていたんだ。それこそ、完全体に進化する寸前といったところまで。
問題はそれが悪い方向へ行く可能性が出てきてしまったこの状況だ。
「止まれェェェェ!!」
「ガアアアア!!」
このままじゃまずい――しかし、今回に限っては大丈夫だったというべきだろう。
僕たちが感知した完全体は、とても稀有な存在だったからだ。
「大丈夫です。その方を放して差し上げてください」
「え――(女の人?)」
一見すると、スタイルのいい人間の女性に見える。しかし、その反応は間違いなくデジモンだ。近くには他に三体のデジモンがいた。一体はこれまた人間の女性に見えるが、妙な着ぐるみと一体化したような姿をしているため、まだデジモンに見える。
他の二体も人型ではあるものの、どちらも人間とは異なる外見だ……しかしこの格好の組み合わせ、覚えがある。
(女の人は僧侶みたいな恰好、ほかの三体はそれぞれ猿、河童、豚を模した外見――なんだこれ最遊記?)
明らかに最遊記がモデルという感じのデジモンたちだ。
となるならば、この女性は三蔵法師がモデルということになるが……玄奘三蔵って男性じゃなかったっけ?
でも日本で作ったドラマだと女性が演じていたんだっけか? それ繋がりだろうか……
(って呆けている場合じゃない。とにかくマキナ達を連れて離脱しないと)
「カノン君!? いきなり掴んで大丈夫なの!?」
「わかんないけど、なんとかなりそうな気がする」
女性が数珠を使いストライクドラモンの動きを封じる。その隙にお供の三体が武器を交差させて更に動きを固めた。彼らはお経の様なものを唱え始め、同時にストライクドラモンの体からあふれようとしていたエネルギーが霧散していっている。
「凄い……あっという間に無力化しちゃった」
「カノン、これって……」
「ああ。たぶんデジタルワールドの魔法に近い技術だ。お経という形で出力しているんだろうけど……」
方式が違うからだろうか、術式がわからない。
すぐにストライクドラモンが地面に膝をつき、肩で大きく息をし出した。
「大丈夫ですか、お若い方」
「……スマン、助かった」
「いえ。ですが力に呑まれ続ければ、いずれ後悔することになりましょう」
「ッ……」
そう言うと、女性は僕たちの方へと向き直る。
「初めまして。わたしはサンゾモンと申します。それに、お供のゴクウモン、サゴモン、チョ・ハッカイモンです」
「ご丁寧にどうも、僕はカノンって言います」
「マキナです」
「ドルモンって言います」
「プロちゃんはプロットモンです」
それから、ストライクドラモン。まだ疲れが抜けきっていないらしく動きが鈍い。とりあえず肩を貸して起き上がらせるがその表情は暗かった。
やはり、暴走状態になったことを気にしているか……
「十闘士の力を集める定めを負いしモノたち……そして、運命の子。ようやく、出会えましたね」
「――――あんた、何者だ」
運命の子。あからさまに僕の方を向いてそんなことを言いだすサンゾモン。そのフレーズは何度も聞き覚えがある。最初に聞いたのはたしか、ヴェノムヴァンデモンの時にゲンナイさんが届けてくれた予言だったか。
サンゾモンは微笑むばかりでそれ以上の返答はしない。ただ、少しばかり張り詰めた空気が流れていた。
「お師匠様、あまり不穏な発言はお控えいただきたい」
「ゴクウモン、少々確認を取っただけです。彼はまだ事の始まりには至ってはいないようですが、多くの試練を乗り越えてきた様子――やはり、先日の闇の力はあなたが引き起こしたものだったのですね」
「……なんでそれを知っているのかは聞かないでおくよ。たぶん僕と同じような方法で感知したんだろうし」
「ええ、後方支援能力に秀でた完全体相当のデジモンならば十分に可能な方法です」
力の検知。いわば自分の体をレーダーにする術式。方式こそ違うがサンゾモンにも使えるのだろう。
やがて僕の方はもういいとばかりに今度はストライクドラモンへと目を向ける。
「…………これは厄介なことになっておりますね」
少しばかり思案顔になったのち、唐突に座禅を組んでサンゾモンは動かなくなってしまった。
「えっと……」
「すまないな。お師匠様は考え事を始められると長い」
「うん……それは何となくわかった」
背景と同化するように静かな状態だ。これ、しばらく元には戻らないんじゃないだろうか。
この後どうするか悩みどころだが、色々と話を聞きたい。素直に教えてくれるかわからないが、ストライクドラモンの疲労回復もかねて少しばかり休憩することになった。
◇◇◇◇◇
待っているのも手持無沙汰なので、サンゾモンの弟子の三体のデジモンたちと色々と話をすることになったが、ゴクウモンはともかく他の二体は少々軽い性格だった。
「オイラの名前はサゴモン、まあヨロシク!」
「アチキはチョ・ハッカイモン。まあ旅の癒し担当的なーそんな感じー」
「まったく何を言い出すのか……私はゴクウモン。我々はデジタルワールドを旅し、困っているデジモンたちを助けながら修行の日々を続けている。一応は中立の立場をとっているのだが……」
「ルーチェモン軍の奴ら、流石に目に余るからネ」
「アチキたちも結構あいつらと戦ってきたんだー」
「へぇ……そういえば反抗勢力が各地にいるとか言っていたっけ」
どこで聞いたんだったか……この時代にきて色々なことがあったし、細かいところで思い出せないことも増えてきた。もう半年近く旅しているような……
と、話が脱線しないうちに僕たちの目的についても話す。
「十闘士の神殿をまわって、エレメントを集めることになって……その道中、ルーチェモン軍と戦っている感じですね。残りの神殿は三つ、次に水の神殿を目指すところです」
「十闘士のエレメントか……お師匠様なら何か知っているのであろうが、見ての通り回答は期待しないでもらいたい。元々あまり多くを語らない方でな、この世界の命運についてもいずれ相応しい者たちが答えを出すとしかおっしゃられていない」
十闘士やらこの時代の異変やら色々と知っているのはほぼ間違いないらしい。話の中で、運命の子について以前言っていたこともあり、大きな転機が来れば出会うだろうと弟子たちに言っていたとゴクウモンが話してくれた。
「僕がこの時代にくることを予見していた?」
「カノン、この時代のイグドラシルって未来演算できたっけ?」
「いや……無理だと思う。となるとサンゾモン固有の力だろうけど」
腑に落ちない点も多い。
なんだかんだで事態の解決を優先していたから、この時代についての異変やら後回しにし過ぎていた感がある。そろそろ向き合うべき時が来たのだろうか。
「というかイグドラシルってなんだっけ?」
「あーマキナにはまだ詳しく説明していなかったか。簡単に言えばこの世界のホストコンピューターだよ。管理者……デジタルワールドにおける神様に近い存在かな。一応実態もあるけどプログラムの塊みたいなものさ」
「前に色々と大変な目に遭ってね……僕たちの時代じゃすでに稼働していないよ」
そんな話をしていたからか、サゴモンたちが「未来からきたとか初めてみたヨ」とか言い出している。ゴクウモンはたいして驚いていないが、もしかしてアレを知っているのだろうか?
「ゴクウモン、クロックモンって知っている?」
「話には聞いたことがある。君の知っている者はさらに発展したデジモンであろうが、おそらく能力的にはそう変わらないだろう。お師匠様も時間に関するデジモンについては聞いている。やがて、その力が使えなくなることも」
「そこまで先見しているのか」
色々と計り知れないデジモンだ。
時間移動が使えなくなることについては、たぶんアポカリモンを倒した影響と思われる。あの戦いにおける時空の歪みや元に戻る際の影響が方々に出ていた。事故として時間移動が起こる可能性は残されているものの、僕たちの時代では現状その手の力は使えない。
ちなみに、今回の場合は例外の一つだ。この時代での異変はおそらく事故か何かの時間移動由来のものが発端だとと思われる。そして、その歪みが僕たちの時代へ影響を及ぼし、僕たちの時間移動を可能にした。色々と偶然に支えられた面は大きいが。
(そういえば、未来から来ていたあの女の子……あれも一時的な歪みをつかっていたんだよな)
どこかで見覚えがある格好をしていたが……どこだっけか?
と、そこでサンゾモンが立ち上がったため僕の思考は中断することとなる。
「やはり、そういう事ですか。次にすべきことが決まりましたよ」
「お師匠様。皆がついていけませんのでかいつまんで説明してください」
「これは失礼……カノンさんたちは十闘士の力を集めていらっしゃるのは知っております…………そして、この次は水の神殿に向かうということで間違いありませんね?」
「はい、そのつもりですが……」
「ならば――」
そこで、サンゾモンが話を切り出そうとした瞬間であった。
嫌な気配を感じ、僕は全力でシールドを展開した。ゴクウモンたちもすぐさま臨戦態勢に入り、チョ・ハッカイモンとサゴモンがサンゾモンを守るように彼女の前に立つ。
マキナが銃を構え、ストライクドラモンは再び唸り声をあげる。
「このニオイ――奴だ」
「押さえろ、ストライクドラモン。僕も感じた……野郎、一人で来るなんてどういうつもりだ?」
あの時は混戦からの知覚外の一撃でライラモンがやられた……おそらくは入念な準備や作戦を立ててから行動に起こすタイプだと算段をつけていたから、単騎でやってくるとは思わなかったんだが……
「ライラモンの仇ッ」
「ふむ、そちらは噂に聞くサンゾモン一行か……厄介な者たちと合流されているが、これは逆に好都合だな」
「テメェがライラモンを殺した張本人か」
「いかにも。我が名はメタリフェクワガーモン」
しかし、その名も今日この日までだが。そう言って、メタリフェクワガーモンは一冊の本を取り出した。
「――――!?」
「お師匠様?」
「いけません、あの本を使わせては!」
「流石だな。だが、もう遅い。すでに解凍は終わり、インストールも完了している。最終的な起動さえすれば、終わる。貴様たちは危険すぎるのだ。我らが主のため、ここで死んでもらう」
「勝手なことをオオオオオオオ!!」
「まて、ストライクドラモン! アレはまずいッ!」
動き出したストライクドラモンを止めようとするが、一歩遅かった。やはり抑えきれないのか。仇を目の前にしてストライクドラモンは完全に頭に血が上ってしまっている。
それに、僕たちはあの本の中に入っているコードを知っている。まさかこの時代にあるなんて思わなかった。
「カノン君、あれが何か知っているの?」
「あれは……Xプログラムだ。ドルモンとプロットモンのX抗体に含まれているのと同じ、デジモンを死に至らしめる物」
「ええ。アレはそのβ版です。そして、あれにはもう一つ使い方がある」
デジコアに吸収させ、X抗体を生み出す――すなわち、X進化を強制的に引き起こす。
「メタリフェクワガーモン、X進化ァアアア!!」
「アアアアアア!!」
メタリフェクワガーモンの姿が劇的に変化する。より強靭な肉体へと増強し、ストライクドラモンを殴り飛ばした。地面を転がり、とっさにサゴモンが回収してくれたが今の一撃だけでも強烈なものだったことがわかる。ストライクドラモンにかなりのダメージが入っていた。
「グランディスクワガーモン!」
まさかここにきてXデジモン……しかも究極体にまで進化するとは、予想外にもほどがあるっての。