風の神殿も近づいてきた矢先のことだった。
その日は天気も悪く、どんよりとした空模様で何か嫌な予感が朝からしていた。皆が口数少なく肌にピリピリとした何かを感じていたのを覚えている。
後々考えると、これが一つの大きな転機だったんだろう。僕たちみんなにとって、この日の出来事はいつまでも心に残り続けている。後悔はし足りないし、今でもどうにかできたのではないかと考えてしまう。
そう、はじまりは何かが爆発するような音からだった。
◇◇◇◇◇
大きな音がした。僕たちは一斉にその方へと目を向けると土煙と共に何かが蠢くような影がこちらへと迫って来てた。数を数えるのもバカらしくなるくらいの大軍。
「――ルーチェモン軍!?」
「いきなりだなオイ! 奴ら攻めてきやがったってのか!?」
「みたらわかるでしょ! カノンくん、どうするの」
「逃げるにしたってこうだだっ広いと的になるだけだな。だったら迎え撃つしかないッ」
幸い、成熟期までのデジモンしかないみたいだ。どうやら広い場所で数で押し込む作戦らしい。一応周りも
ならばここは一気に制圧して突破するのが賢明か。
「いくぞドルモン! プロットモン!」
「合点だ!」
「いくです!」
流石に数が多いため、究極体は使えない。時間制限を考えるなら完全体までがベスト。ドルモンはグレイドモンに。プロットモンはネフェルティモンに進化してもらう。
僕もアイギオテゥースモン・ブルーへと進化し上空へ飛行する。
「僕は上から援護する。みんなは円を組んでお互いをフォローしながら立ち回るんだ!」
「わかった。ちゃんと援護してよ!」
「サイクロモンにケンタルモン、ガオスモンにティラノモン……他にも色々いるみたいだな。より取り見取りってか」
「軽口言っていないで、気を引き締めていくよ」
そう言うマキナの首元には薬莢がぶら下がっているが、何の反応も示さない。どうやらクダモンはまだ本調子じゃないらしい。
(ちゃんと話を聞くべきなんだろうが、今はそんなこと言っている暇はないな。それに、たぶん教えてくれないだろうし――とにかく、まずは目の前の問題を片付けるべきだ)
左腕からエネルギー弾を発射し、敵をかく乱する。何匹か素早いデジモンがいるがそいつらはマキナとネフェルティモンが対応し、ストライクドラモンとグレイドモンが遊撃しながら彼女らを守っている。
時折硬い相手はライラモンが吹き飛ばして対処していた。
実力差は問題ない。ただ、数が多すぎる。
「いきなりこんな手に出てくるなんて……一体どうなっているんだ?」
何か嫌な予感がする。とにかく素早く対処しなくてはいけない。一気にエネルギーを放出して敵を吹き飛ばす。その隙にグレイドモンが飛び込んで次々に敵を切り裂いていった。
ストライクドラモンが力を解放し、体に炎を纏って迫りくるデジモンたちを蹴散らしている。どうやら彼も大分力をつけてきているらしく、素の状態で並みの完全体を越える力を発揮し始めているようだ。
(それだけに、今後の進化が予測できないわけだけど――)
と、そこで僕は思考を中断させる。何か嫌な気配を感じシールドを展開した。そのはずだった。
「ッ!?」
「カノンくん!?」
強い衝撃と共に僕の体が弾き飛ばされる。知覚外からの攻撃!? 一瞬思考が乱れれた。その隙に小さな影が僕たちに迫ってくる。あれは……
「ミサイモンだ気をつけろ! 幼年期だがとてつもない破壊力を持っているぞ!」
知っている。いつだったか、前に見たことがある。ただ、そう返事をする間もなく全力で防御して攻撃を防ぐしかない。
うめき声が思わず漏れるほどに、強い衝撃が何度も襲ってくる。
仕方がない――いくぞ!
「グレイドモン究極進化――ドルゴラモン!」
ドルゴラモンの体が輝き、強い衝撃波があたりに放たれる。
ミサイモンも含めて、周囲のデジモンたちをその一撃で破壊していく。
「流石に数が多いが、突破口はできた!」
「よし、ならこの場を一気に――」
そこで、再びなにか嫌な予感が体を駆け巡った。
知覚外からの攻撃。それはすなわち――気配を感じさせないような存在、もしくは何かトリックがあってのこと……普段から搦め手が多いだけにそう考えていたが、もっと単純な話だった。
「スナイパー!?」
衝撃が襲って来た。ただ、それは僕にではなく近くにいた彼女――ライラモンへと届いたのである。
「ら、ライラモン……」
「あれ……なんだろうこれ、体に力が…………」
ガクンと体が倒れていく。マキナが慌てて彼女の体を支えるが、はた目から見てわかるように、彼女の体に力が入っておらず、体が動かないのがわかる。
手足の先から小さな粒状のナニカがこぼれている……あれは、ライラモンの――――
「カノン、ライラモンのデータが!」
「分かっている――でもまずはッ!!」
ライラモンの撃たれた位置と先ほどの僕が受けた衝撃、その方向と知覚範囲から逆算して――おおよその位置を割り出す。
先ほど僕が撃たれた時にはここまでのダメージを受けることはなかった。おそらくは機械系にはあまり効果がない攻撃だったんだろうと推察できる。
だけど今はまずこの一撃を放つ方が先決だ。
「ぶっ飛べ――!」
◇◇◇◇◇
「すこし、欲をかき過ぎたか」
メタリフェクワガーモンは確実に一撃を当てるために準備していた。そのために囮のためだけにあんな大軍まで用意したのだ。
しかし一番厄介な存在はよりにもよって機械系に進化してしまい、次善の策でミサイモンによる爆破を行わなくてはいけなくなった。それも防がれたために自分の弾丸において最も効果を見込めるライラモンへと標的を変えたわけだが……
「まさか、このたった少ない情報でここにエネルギー砲を打ち込むとはな」
たった一撃の攻撃でメタリフェクワガーモンの体にダメージを負わせた。狙撃のために少し自分の体をカスタムした弊害か、若干脆くなってしまっていたらしい。
「いや、それでなくとも奴の砲撃が規格外なのか」
まるで神か魔王の幼生体というべきか、未だ力の全てには目覚めていないが近い将来厄介な存在になることには違いない。何とも奇妙なことに、光の属性ではあるのだが闇の属性の力を使っている。高位の天使型――それこそルーチェモンと同種か近しい存在だからこそ同時に二属性の力を用いているのだろうが。
「今はとにかく撤退を――ッ!?」
そこで、目の前に炎が迫ってきた。
青白い炎に包まれた人型のデジモン。いや、シルエットで見るのならば人だがその印象は竜。
ストライクドラモンが咆哮と共にこの離れた位置まで飛来した。
「グルァアアアアアア!!」
「クソッ――計算外だった。こいつのポテンシャルがここまでだったとは」
怒りによってデジコアの枷が外れたのだろう。今までも白い炎という形で潜在的な力が発揮されていたが、今回は怒りによりストライクドラモンの内なる力が純粋なパワーとして発揮されている。
だがしかし、それは同時に理性も外し戦闘のためだけの存在へと変貌することを意味する。白い炎ではなく再び青い炎――いや、紫色の炎へと変貌を遂げたそれは標的を殺すためだけに振るわれるものだった。以前に見せた浄化の力、その片鱗すらもそこにはない。
「ガアアア!!」
「調子に乗るなァ!!」
炎とメタリフェクワガーモンの放つ光弾がぶつかり合う。小さな爆発が起こり、両者の肉体にダメージが入っていく。互いに身を削らねばこの状況を切り抜けられない。
ストライクドラモンが爪を振るい、メタリフェクワガーモンが巨大な腕でそれを弾く。
「――ハハハ! 貴様、自らの身すらも破壊するぞ。その炎はお前の凶暴性が形となったものだ。我々はデータで出来た存在だ。この感情すらもデータで出来ている。すなわち、感情そのものが形となってしまうのが我々なのだ!」
「ガアアアアアアアア!!」
「故に力に身を任せた貴様は全てを滅ぼす! わたしを倒すがいい! だが、その果てには破滅しかないと知れ!!」
少しでもながく戦いを長引かせなければならない。メタリフェクワガーモンには理解できていた。この存在は危険だ。ルーチェモンの配下にとって、この存在は危険すぎるのだ。
(今はまだ未熟だ。だが、将来は必ず我々にとっての大きな障害となる。ならば我が身と引き換えにこの場で消し去るしかない!)
刺し違えてでもここで消さねばならない。その覚悟で突撃しようとした、そのタイミングだった。
強烈な闇の力が彼の仲間たちがいたはずの場所から吹き荒れたのは。
「なに!?」
「――――ッ」
そのため、本能がむき出しになったストライクドラモンが反応した。復讐心に取り付かれたためにメタリフェクワガーモンのみを標的にしていたが、魔王型デジモンに迫るほどの闇の属性の波動を感じたことで彼の動きが止まったのだ。
その一瞬で彼は考える。
(どうする? わたしの体も限界に近い。こいつを消す――いや、動きが止まったということは標的を変えるかどうか、それを考えるだけの冷静さが戻ったという事。これはチャンスではない!)
強い波動がほんの少しだけでも思考能力を取り戻させたのだ。本能に身を任せた状態ならば相討ちにはなった。だが、今の状態ではその可能性もない。
戦闘センスの塊であるからこそ、我を失っている状態でもない限り完全体として平均より多少強い程度の自分では勝ち目はないと、すぐに判断を降す。
「ならばここは逃げるのが得策よ」
煙幕をはり離脱する。自身の体も限界だった。体のあちこちはショートしており、データが破損している。
これはしばらくの間は修復に専念する必要があるだろう。
そしてストライクドラモンもしばらくは動かないでいたが、ちらりと見たときになにか黒い影が彼を止めようとしていたのが見えた。どうやら、追手の心配をする必要はないらしい。念のためジャミングをしてはいるが……
「まったくもって、計画通りにはいかぬものだ」
賽は投げられた。今この時、運命は大きく動き出した。
◇◇◇◇◇
ストライクドラモンを止めることはできなかった。体から炎を噴き出させて狙撃者を殺しに行ったのだろう。今の彼に理性は残っていない。
ドルゴラモンたちが周囲のデジモンを食い止めてくれている中、必死にライラモンの治療を行っているが……
「クソッ――まるで植物を虫が食い荒らしているみたいだ。ライラモンのデータがどんどん破損していっている!」
「そんな、どうにかならないの!?」
「…………無理だ。使われた弾丸とライラモンのデータの相性が悪すぎる。深いところまでダメージが……」
地面を何度も殴る。どうにかできないか、頭に激痛が走ろうが構わず対処法を演算するが、結果はダメだ。もうライラモンは……
「――ごめん、なさい」
「謝るな! 絶対、絶対に何とかして見せる!」
「いいの……わかっている。ただ運が悪かっただけ。たまたま、相手が私の天敵だった。それだけ、だよ」
「ライラモン! 諦めないでよ! ここで、ここで死んじゃダメでしょ!」
「――――最期に、お願いがあるの」
「最期なんて言うなよッ」
何カ月も一緒に旅をしてきたんだ。ここでお別れだなんて言うな。最期だなんて言うな。目の前が歪み、地面に水滴ができる。
ライラモンは僕の手を握り、まだ無事なデータを渡してきた。
「おねがい、ストライクドラモンを止めてあげて……今のまま、戦っていたら彼も死んじゃう――だから、お願い」
「ライラモン……」
「あんな、悲しそうな叫び声をあげて戦う彼を止めてあげて」
そのセリフを最期に――ライラモンはデータの粒となって消えた。
「あ、ああああああ……」
マキナが涙を流し、そのデータを掴もうと手を伸ばすが、それもかなわず彼女は風に乗っていく。
ドルゴラモンとネフェルティモンの動きが一瞬止まり、咆哮と共に再び周囲の敵を吹き飛ばす。
「なんで……なんでよライラモン」
「――――ちくしょう……」
危険な旅だと分かっていたはずだ。今までだって何度も危険なことはあった。そして、ついには彼女が犠牲になった。
僕自身だって何体ものデジモンを倒してきた――だけど、この別れはあまりにも唐突で、そしてやるせなかった。自分のふがいなさに腹が立つ。自分の油断がゆるせない。
だけど……立ち止まるわけにはいかない。
「ライラモン……お前の最期の願い、それをかなえる前に立ち止まるわけにはいかない。泣くのは後だ。今は、ストライクドラモンを止める」
体の中で枷のはずれたような感覚があった。ライラモンに貰ったデータが僕の中のナニカと結びつき、強大な力となって駆け巡る。
懐かしい感覚と共に、僕の姿が変異していく――ああ、この力は使ったことがある。
呑まれそうになる感覚があるが……それは、すでに乗り越えた道だ。
「カノン、くん?」
「大丈夫だ。心までは、呑まれないさ」
膨大な力となって、あたりに吹き荒れる。体毛は黒くなり、僕の体は悪魔と呼ぶべき姿へと変貌を遂げた。
「アイギオテゥースモン・ダーク」
◇◇◇◇◇
__第三コードの解放を確認。
__第四コードの使用条件が満たされました。第四コードを使用します。
__プログラムTの解凍を開始します__エラー。第四コード使用中につき、一時中断します。
__第四コード。名称・ダーク発動。
__未開放コード。残り1