機械都市を出発してからそれなりの時間が経つ。2週間から1カ月というところか。
なにせカレンダーで日付を確認しているわけではないから色々と時間の感覚がわからなくなる。日数を数えてもいるのだが道中長い雨が続いたりして先へ進めずにその場で止まることもあったのだ。
まあ、川の氾濫とかもあったとだけ言っておこう。それに流石に疲労やこれまでの怪我による不調もあったわけで、そう簡単に先へ進めるわけでもなかった。
特にひどいのは火の神殿が近い――つまり、火山付近に来たことでライラモンの体力が大分落ちてきてしまったことだろう。離れた場所で待っていてもらおうとも話したのだが、本人は大丈夫と言って聞かず、僕も人のこと言える戦い方ではなかったからそのままついて来てもらうことになってしまった。まあ、完全体だからまだ疲れで済んでいるのだろうが。
「それにしても、ようやく麓まで来たね。結構高い山だけど……どのあたりに神殿があるのかな?」
「デカい力を感じるのは分かるが……俺もよくは分からねぇな」
竜のデータを持つドルモンとストライクドラモンにも神殿の位置はハッキリとまでつかめないらしい。
デジヴァイスの反応からするに、5合目以上だとは思うが……
「結構上だね、頂上までいかないとダメなのかな?」
「いや、それはどうだろう。それより下の反応だとは思うけど」
山の形は富士山のようなそれではなく、もっとなだらかな形の火山だ。それでもかなり大きいのだが。日本の山ならば、阿曽山あたりが一番近いだろうか? 詳しくもないことだし、はっきりとはたとえられないけど。
とりあえず先へと進むものの、山登りはこれまでの旅とはまた違った辛さがある。
「カノンくん、今度の神殿って……エンシェントグレイモンなんだよね」
「ああ。十闘士の中でも後世に有名な話が伝わっている強力なデジモンだ。名前からして竜の姿をしているのは間違いないだろうな」
グレイモン系は恐竜、もしくはドラゴンの姿に近いデジモンだ。ウォーグレイモンの様な竜人タイプもいるが竜であることに間違いはないだろう。
マキナも懸念しているだろうが……竜の姿を模したデジモンは強力な力を持っている場合が多い。
「ここにきて直接バトルかぁ……バトルなんだよね」
「たぶんな。なぞかけみたいなことにはならないと思うよ」
「腕が鳴る、って言いたいところだが俺も伝説の存在と戦うのは厳しいものがあるぜ」
「ストライクドラモンがそうまでいうのって珍しいよね」
「流石の俺でも、戦いたくない相手はいるさ」
まあ気持ちはわかる。火山全体に感じる力。火の神殿はすぐそこに迫っている。
とにかく神殿にたどり着けばどんな試練なのかわかるが……ふと、足を止めてしまった。
「? どうかしたのカノンくん」
「――――、なんでもない」
なにか変な視線を感じた気がしたのだが、振り返ってみても怪しい影はない。
念のため索敵魔法を使ってみるが、別段怪しい反応はないみたいだ。
気のせいだった……のだろうか?
「……神殿が近づいて気が逸ったのかな」
そう結論付けて先へ進む。
嫌な予感よ同時に、どこか懐かしさにも似た感覚があったのだが……
◇◇◇◇◇
「熱い……」
マキナが思わず言ってしまうのもわかる。とにかく熱い。
遠くからは分からなかったが、山肌から熱気が噴き出ているのだ。そのおかげでライラモンはほとんどダウンしており、プロットモンもばてている。
「無理です……動けないですぅ」
「あはははははははっ」
「ダメだこいつら。色々とアウトだ」
「この分だと回復を待つにしても時間がかかるな。動ける僕とドルモンだけでも神殿に向かうべきかもな」
ストライクドラモンとマキナはまだ大丈夫そうだが、動けない二人を連れて降りてもらった方がいいかもしれない。マキナも汗が凄いし、今はまだ大丈夫だがそのうちダメになるかも。
それにここしばらくクダモンもなかなか起きないからそっちも心配なのだが……
「いや、カノン――その必要はないよ」
「どうしたんだドルモン?」
「神殿ならすぐそこにあるから」
ドルモンが見ている方向に目を向けるが、大きな岩があるだけで何も見えない。
熱さで幻覚でも見えているのではないかと言おうとしたその時、僕の体の中からデジメンタルが飛び出してドルモンの額に吸い込まれていった。
「――――っ!?」
「呼んでる――おれ、行ってくる!」
「おい! ドルモン!!」
ドルモンが走っていき、岩に近づくと――巨大な扉が出現しその中へドルモンが入っていった。
茫然としていた僕は何が起きたか飲み込めずにいたが、やがて理解した。火の神殿の試練がドルモンだけを選んだんだ。一対一の試練、それが火の試練。
「それってかなりマズイ、よな!?」
急いで岩へと近づくが扉はない。デジヴァイスを取り出して確認してみても神殿の位置はドンピシャでここだ。もっと早くに確認すればよかった。
どうにかして中に入れないかとサーチしてみるが……
「クソッ! だめか」
「ねえ、これってどうなるの……」
「ドルモンが試練を突破してくれるのを信じて待つしか、ないよな」
「……大丈夫かな、ドルモン」
信じるしかない。ここにきて、こういう事態になるとは思いもしなかった。試練に参加できる制限がある可能性があったのは分かっていたが、まさか入る時点で制限をかけられるとは。
いや、そもそも試練の方がドルモンを指名したのだ。
「いったいどういうことなのか――――ッ!?」
「カノンくん?」
再び嫌な視線を感じた。
試練とは関係がない。これはそんなものではない。恨み、怒り、負の感情を煮詰めたような感じ。そして、この暗黒の力。これと似たようなものを以前感じたことがある。
もうずっと昔にも思える、僕が初めて諦めかけたあの時の感じ。
空から黒い影が降り立つ。その悪魔の様な風貌。長い腕と灰色の肌、肌に焼き付く様に放たれている暗黒のデータ。
「――――ミツケタ」
「ネオデビモン、でもその姿は……」
この感じ、たしかにネオデビモンだ。だが、その特徴的な仮面はなくその素顔があらわになっていた。
「――ヒッ!?」
「なに、あれ……」
「見ただけでヤバいってのがわかることもあるんだな……」
あまりにもグロテスクな顔。それを見ただけでマキナの身はすくんでおり、他のみんなに関しても一歩後ずさるほどには嫌な感覚を味わっている。
僕も言うにたがわず、体が震えている。でも、このネオデビモンのデータ……どこかで?
「アノトキ――キサマサエイナケレバ」
あの時? 僕はこの時代でネオデビモンには――――いや、まさか……
「前に戦ったデビモンなのか!?」
「ガアアアアア!!」
直後に、奴の腕が振るわれる。
考えている暇はない。ドルモンのことは信じて待つしかできず、僕たちは目の前の敵と戦うしかなかった。
そして、敵が彼一体というわけもない。暗黒のデータがいかに危険な代物なのか、僕たちはまだその一端にしか触れていなかったのだ。
◇◇◇◇◇
他の神殿と同じく黒い空間。その中で一人、ドルモンは佇んでいた。
何かが自分自身に訴えかけるように感じていたが、いざ中に入れば冷静な思考が戻り今の現状を把握し始めている。これは端的に言えばマズイ状況だ。
「……カノンからコピーしたとはいえ、このデジメンタルをおれも使っていたわけだからおれの中に入ってもおかしくはないけど」
何故自分が呼ばれたのか。それは分からない。
だが、進むしかない。
ドルモンは前と思しき方向へと歩みを進める。少しずつだが、横にロウソクの様な明かりが灯り始めていた。これが通路であることを表しているらしい。背後を見れば、扉が見える。ただし、開きそうもないが。
「――――そろそろ、大広間……ぽい空間にでたね」
黒一色でわかりにくいが、円形の広間に出たらしい。周囲には一応影が付いており、どことなくコロッセオのような形状をしているように見える。
ただし、ドルモンの他には誰もおらず、どうすればいいのかわからない。
「ここでの試練はいったい……」
どんな試練なのだ。そう思った時だった。
遥か上方より赤い色の何かが飛来してきた。熱風をまき散らしながら、その巨大なデジモンはドルモンをにらみつける。
「ッ――!?」
「祖なる者よ。ここは火の神殿。炎を司る我が試練、今ここに始めよう――汝の力を示せ」
紅蓮の炎がドルモンめがけて襲い掛かる。
左右から伸びてくるそれは、彼――エンシェントグレイモンの翼だ。
「いきなり来るの!?」
「いたって簡単な試練だ。汝の力を示せッ!!」
続いて爪が地面をえぐりながらドルモンへと迫る。マズイと思ったが、脳裏のよぎるのは以前カノンと共に戦ったミラージュガオガモンのこと。
あの時の記憶を手繰り寄せながら、ドルモンは自身の速力を強化した。
「――――ッ!?」
自分自身でも何をしたのか完全には理解していない。だが、カノンと引き離された状態で一瞬だけだが極限状態になった。それが何を意味するのか。
その答えを知るにはいまだピースが足りない。
「取り掛かりはまずまずだ。だが、足りない。力も、覚悟も、未だに届きえない」
紅蓮の炎はドルモンを取り囲むように迫る。
とにかく回避するしかないと体を動かすが、このままでは消耗するばかりだ。
「くそッ、いきなりすぎて整理できてないよこっちは!」
「逃げるばかりでは解決はしない。我が試練の前には逃走はなく、ただひたすらに闘争の果てにこそ答えがある」
「難易度高くありませんかねぇ!?」
「世を照らす力にはそれ相応の器が必要なのだ。貴様が我が力を受け取るにふさわしき者か、見定めなくてはならない」
尻尾を振り回し、ドルモンへと叩きつける。
今度はかわしきれなかった。威力は炎や爪ほどではないが、その分速い一撃が入った。
「がああああ!?」
「汝は見たはずだ。己が何者なのかを――知っているはずだ。己の力を。貴様は運命の子と共にあらねば戦えぬ存在なのか? 否。違うはずだ。見つめ直せ。自身の力を!」
直後に、爆発が起きた。
ドルモンは先の一撃による痛みが激しく、彼が何を言っているのか聞こえていなかったが、この爆発で更に吹き飛ばされてしまう。
(どうする? どうすればいい……こんな時、おれはどうしたら――)
この場にカノンはいない。仲間たちはいない。
ただ一人、彼だけで乗り越えなくてはならない。
ドルモンというデジモンが、乗り越えなくてはならないものなのだ。
出来れば4章前に十闘士編は終わらせたいところですが、4章の内容次第では02編での同行がどうなるか……具体的にはテイルモンの究極体がなぁ…………