――意識の海の底。斬られた腕と共にカノンは油断を悔いていた。
焦りがあったのは事実だ。勝つ算段もあった。それでも、どこかで相手を甘く見ていたフシがある……いや、そうではない。いまだに囚われているのだ。
あの時、メタルエテモンによってレオモンが殺された、自身の失敗を。
「どうすればよかったのか、いまだにわかんないよ……」
この時代に来て、色々なことに直面してきた。
旅の大変さ、デジモンたちとのかかわりあい、仲間たちとの思い出。
色々なことがあった。色々なことが起こる。
体からデータが流れ出し、命が削れていく感覚があった。その流れと共にカノンの心の中に隙間のようなものが出来ていくようだ。
「――」
言葉にならない声が漏れる。
今も仲間たちは戦っているのだろう。せめて、彼らだけでも守らねばならない。
痛む体にむち打ち起き上がろうとして、何かの重さを感じた。
「……マメ、モン?」
「動かないでください! みんなで必ず助けて見せますから!」
どうして彼らが自分を助けようとしているのだろうか?
カノンにはそれがわからなかった。早く逃げなくてもらわなくてはと考えるものの、体が動かない。
「絶対に助けますから!」
「兄ちゃん、諦めんじゃねぇぞ! お前たちが必死に守ってくれた命を今度は俺たちが繋ぐ番だからな!」
多くのデジモンたちが斬られたカノンの右腕を再びつなごうとしてくれている。
その光景を見て、カノンの心に何かが灯っていく――いや、今とても大事なことを思い出したのだ。
誰かを助けたいという思いは決して自分だけが持つものではない。いや、誰かを助けることでその思いが伝播しまた誰かに伝わる。そうやって少しでも世界はよりよくなっていってほしい。
子供じみた願いだ。でも、自分はいつの日かそう思ったはずだった。いつからか、焦ってしまっていたのかもしれない。自分の身を犠牲にしてでも誰かを助けようとして、その結果大きな失敗をする。
流れ出たデータが今起きていることを伝えてくる。ドルモンとプロットモンがアーマー体となってキングエテモンと戦っていた。ストライクドラモンたちも援護してくれているが、力の差があり過ぎる。
マキナが自分が倒れたばかりに突撃して……息はあるものの、それでカノンの後悔がやまないわけではない。
「ッ――」
切断された腕がとりあえず動ける状態で接続され――カノンは立ち上がった。
「!? まだダメです! 動いたらあなたの体が!」
「それでも立ち止まるわけにはいかない」
いつの日か誓ったことだ。
逃げてはならない。立ち止まってはならない。
それに、自分がやらくて誰がやるというのだ。
――戦いが続いて忘れていた。誰かに強制されて戦っているわけではない。大きな運命の流れで、戦いがあるがそれは”自分自身”で選んだことなのだ。だから、自分は戦う。
「大丈夫だ……それがどんな運命だろうと、誰かの思惑があるものだとしても――全部全部、僕が真正面からつっきてやるさ!」
「カノンさん……」
「だから、ありがとうなマメモン」
「いいえ……こちらこそ、うれしかったんです。ぼくの作ったデジメンタルが、機能して――カノンさんが使ってくれて、それがうれしかったんです。だから、ぼくも力になりたくて……」
「十分だよ。そのお礼の言葉が何よりもうれしい」
カノンとマメモンの頭に手を置き、優しくなでる。青い光がカノンの中に流れ込む様に、彼の力が増大していく。一つの想いがつながり、カノンの中の力が高まっていった。
戻らなくてはいけない。青い光を身にまとい、カノンは走り出す。
「――超進化ッ!!」
直後に、彼の姿が劇的に変化した。
生物的ではなく機械的に。左腕は肥大化し、巨大なアームとなる。背中には飛行機の様な翼が展開され、彼のスピードを飛躍的に高める。
「アイギオテゥースモン・ブルー!」
◇◇◇◇◇
いかに優れた防御力を持っていようとも、究極体のデータの一部をもっていようとも、本物の究極体を倒すには一歩足りない。
キングエテモンは向かってくるライノモンとネフェルティモンの攻撃をいなし、背後から接近してくるストライクドラモンを殴り飛ばす。
カノンたちが離脱した後も戦いは続いていたが、キングエテモンがマントと王冠を脱ぎ捨てた直後――攻撃と防御が追い付かなくなり始めたのだ。
防御力を無視したかのような攻撃と、こちらの攻撃はタイミングを読んだうえでかわされる。
「クソッ――こいつどんな察知能力していやがるんだよッ」
「そこまで強いなら王国だって作れるだろうに、なんで回りくどいやり方をしているんだ!」
「わかってないネー……ミーはキングだ。力で示すだけが能じゃないのサ!」
そうやって語る間にもライラモンの放つ光弾が迫るが、それを片手で弾き飛ばす。マキナを抱きかかえながら援護しようと放った技であるが、ライラモンもそれを見て自分の攻撃が通用しないことを悟る。
「こいつ硬すぎるでしょ!」
「ハハハ! 当たり前だヨ。ミーは究極体。お前らとは出来が違うのサ!」
両手を上に掲げ、黒い球体が出現する。
あたりの物を吸い込もうとする小さなブラックホールのようなそれは、見る見るうちに大きくなっていった。ライノモンにはそれがガイアフォースのようにも見えたが……性質は全く異なる。
これは闇のデータそのものだ。光が放出と破壊ならば闇は吸収と汚染。どちらも極まれば強大な力をもつ属性だ。
「すべて飲み込んでやるヨ。そしたらミーの王国をたててあげようじゃないカ。計画ではもっとスマートにいくつもりだったんだけど……もう面倒だからやっちゃうネ」
そして、技が放たれようとした瞬間であった。
青い影が飛来し、闇の球体へと飛び込んだ。
「――ハ?」
内側から一気に球体が霧散し、青い影が再びキングエテモンの目の前に現れる。
巨大な左腕が彼を捉え、近くの建物へと叩きつけられた。轟音と共にキングエテモンが吹き飛ばされたことであたりに土煙が立ち込めるが……その人影を見間違える彼らではない。
「――――カノン、だよね?」
「ああ。待たせたな……大丈夫だ。後は、任せてくれ」
まだ完全に治ってはいないのだろう。右腕にノイズが走っている。それでも、彼は戻ってきた。
新たな姿へと進化し、吹き飛ばしたキングエテモンを睨みながらそこに立っていたのだ。
「ッ――貴様、いったい何だってんダ!」
「余裕がないなキングエテモン。まあマントと王冠を捨てているあたり……みんなの攻撃で色々となりふり構わなくならないといけないぐらい、ピンチだったってことだろうが」
「でもコイツ余裕そうな表情で……あ」
ライノモンの疑問もその通りだが、言葉にして気が付いたのだろう。
周りのみんなはまだわかっていないようだが、カノンは答えを告げる。
「こいつの猿芝居だよ。だますのが得意なキングエテモンだ。何でもないように見せかけるのはお手の物だろうさ」
「でも確かに防御を破られて、こちらの攻撃も……」
「おそらくはリズムを読んだんだ。だますってのは相手の呼吸を見ることも大事だからな。鋭い観察眼や話術、自分のペースに巻き込むってのがコイツの力だよ」
「いい分析するケド、それが分かったところで力の差は埋まらないんだよネ!」
黒いオーラを放出し、キングエテモンが迫る。
それに対してカノンは何もしようとしない。
「カノン!?」
静かにキングエテモンを見つめるだけで、青い姿となったカノンは一歩も動かない。
これを好機ととらえたのか、黒い球体を両手に出現させたキングエテモンはその二つをカノンへ突きだす。
「終わりだよボーイ!」
「ああ、お前がな」
一瞬だけ体がぶれる。左腕から放出されたエネルギー派によりカノンの体が高速で移動したのだ。キングエテモンの攻撃が不発に終わり、彼の体が無防備になる。
すぐに体勢を立て直そうとするが、時すでに遅し。
「――――ッ!?」
「さて、空の旅に連れて行ってやるよ王様!」
キングエテモンの下に潜り込んだカノンはその巨大な左腕でがっちりとキングエテモンを掴む。
身動きをするがキングエテモンは逃げることがかなわず、そのまま上空へと連れさらわれてしまう。
「放せッ――お前、一体何をするつもりだ!?」
「爆弾でも隠し持っていたら厄介だからな。この期に及んで人質をとったりされたら厄介だし、上空でならこっちも遠慮なく全力でぶっ放せるからね……覚悟はいいかキングエテモン」
「この……放せぇええええ!!」
「パワードイグニッション!!」
左腕から膨大なエネルギーが放出される。
キングエテモンも自身のエネルギーを防御に回すが、それもすぐに削り取られていった。
「なぜ! なぜ防御を貫通するんダ!」
「それは簡単さ……お前自分をもだましていたんだよ。確かに究極体のお前はスペックが高い。でも、筋力強化されているとはいえ完全体だった僕となぐり合って威力が互角なんだ……スタミナも含めて、身体能力はそこまで高くない」
つまりは、自己暗示。
強力過ぎる騙す力が、自身にも及んでいたのだ。それにより本来の能力以上の力を発揮していたのだろうが……
「少し中途半端が過ぎたな。特出しているってなら、もっと強い力を持っていたもおかしくはない。なのにお前は随分と回りくどいやり方しかしていなかった――いや、出来なかった」
「ダメだ、そんな――ミーの、ミーの本性を暴くなぁあああああああああ!?」
「だましてだましてだまし続けて、最後には自分までだましていたっていうのか――お前が本当にしたかったことは何だ! 何故こんな回りくどいやり方をしていたんだキングエテモン! さあ、答えろ!!」
「――――あ」
誰もいない。周りにいない。
一人ぼっちだったあの頃――キングエテモンの思考にノイズが走る。見せるな。その過去を見せるなと抵抗するが、それでもかつての記憶が彼の中からあふれ出してくる。
「――――ガアアアア!!」
「うおおおおお!!」
直後に、爆発が起きた。
爆風からは青い人影が飛来するのみで後には何もない。
決着はついた。
カノンは地面に降り立ち、進化を解く。
「……」
「カノン、同情しているの?」
「いや……」
下までカノンの叫びは届いていた。いや、彼らの叫びというべきか。
そしてキングエテモンの見た光景がカノンにも見えていた……何らかの共鳴が起きたのであろうが、その現象が何を意味するのかはまだ分からない。
ドルモンたちも進化が解けており、疲労が見えているが……カノンの持っている物をみて、驚きの表情に変わった。
「って、デジタマ!?」
「どういうことです!?」
「なんでデジタマがあるんだよオイ……」
「ああ。たぶん僕の力だろうな……デジモンをデジタマに還元する力なんだけど、自由に使えないんだよね……いまだに発動条件謎だし」
「ってことは、それってキングエテモンの……」
「うん。彼……って言いていいのかは微妙だけどね。特殊な事例でもない限り記憶は引き継がれないし、同じデジモンが産まれるわけじゃない」
中には例外もあるが、おそらくはパートナーデジモン特有の現象なのであろう。
カノンも話に聞いているぐらいでそこのあたりのメカニズムには詳しくない。
「今度産まれてくるときは、まっとうに育つことを、願って…………」
「カノン?」
どさりとカノンが倒れ、右腕から赤い色の液体が漏れ出す。
「傷口が開いたんだ! 速くマメモンたちを!」
「い、意識は残ってるぞ……」
「そういう問題じゃないでしょ! まったくまた無茶してッ!」
それはお互い様……と言葉を続けようとしたが、流石にカノンももう限界だった。
完全体への進化を二度も行い、さらには怪我をした状態での戦闘に全力の攻撃。デジタマ化の力を発動したのだから疲労もたまりにたまっている。
結局、彼は再びベッドの上へと戻されることとなる。意識もその後すぐにとんで手術をすることとなってしまったのだ。
目を覚ますのは三日後のこととなる。
マキナ含めてみんなから怒られることは確実ではあるが――何か心のつかえがとれたのか、その表情は少しだけ朗らかだった。
機械都市編はあと一話やって終わると思います。
次の旅の準備で、そしたらすぐに火の神殿へ突入いたします。
triの4章キービジュアル見ましたが、何故バクモンなのか……