「すごい……」
マキナの眼から見ても彼、橘カノンが新たに進化したデジモン――アイギオテゥースモンの放つ力はすさまじいものであった。
体中から迸る雷、上半身を覆うように現れた赤い鎧は竜DNAより構築されたものでありドラモン系に近い特性を秘めている。
「みんな、少し離れていてくれ……あまり加減できそうにない」
「ガアアア!!」
咆哮を上げてオオクワモンが迫ってくる。進化したばかりで力のコントロールが不十分なのか、カノンが飛び上がるだけで周囲に電撃がまき散らされた。
マキナ達も慌てて離れるが、プロットモンが何とか防がねばダメージを受けていたかもしれない。
「ちょっと痛いです!」
「凄まじい力だ……並みの完全体を凌駕しているぞ」
「うん、それは分かる……でも、少しカノンくんらしくないっていうか、なんか違和感がある」
あれもまた適正にはあっているのだが、マキナから見るとどうにも違和感がぬぐえない。ドドモンも同じく普段のカノンとは何かが違うと思っていた。彼はそれを口には出さずに状況を静観していはいたのだが。
(一番近いので、イグドラシルに意識を持っていかれていた時か……似てはいるけど、カノンの意識はちゃんとある。なら、大丈夫か)
心配するほどのことではない。
そう思い、彼も何も言わない。今はカノンのことを信じるのみだった。
カノンも空中を駆け上がりオオクワモンと激突する中、自分の放出する力のコントロールに集中していた。出力が安定しない……いや、力が強まり過ぎて体がついてこれないのだ。
「クソッ、まだパンダモンの方がコントロールしやすかったぞ!」
「シザーアームズΩ!!」
電子音に近い声が響き渡り、オオクワモンの鋏が一瞬だけ大きく輝きカノンへと迫る。流石に出し惜しみはできないかとカノンも体から雷撃を放出してバリアーを展開し攻撃を防ぐ。
すぐさま魔力でプレートを構築し、足場にしてさらに上空へと飛び上がった。直後に、カノンがいた地点を強力な攻撃で切り刻むオオクワモン。
「あぶねぇ……一気に勝負をつけるしかないか」
「ッ――」
苛立つようにオオクワモンは腕を振りあげ、カノンへと攻撃する。
飛行能力がないためカノンは空中に一瞬だけ足場を作り、ジャンプするように回避するがそれも長く続けられない。完全体に進化したことで演算能力も上がり色々とできることは多くなったみたいなのだが……
(ヤバい。酔いそう)
データ量が多すぎてダウンまで残り数分といったところだ。
とにかくまずは相手の動きを止めなくてはならない。
一気にオオクワモンへと接近し、雷を杭状に変化させてオオクワモンへと突き放った。
「ライトニングパイル!」
「――ッ!?」
地面へとオオクワモンを叩き落とし、杭で縫い付ける。一本だけではすぐに脱出するだろうが――このライトニングパイルは一度突き刺すと、次に放つ杭は誘導されるように命中する。
最初の杭が次の杭を引き寄せ、必中の技となるのだ。
「連射連射!!」
手、足、羽、体、頭と次々にオオクワモンの体を縫い付けて拘束していく。
そして最後に、角からカノンの体全体を覆うほどの雷撃が放出され、雷の鎧となって力を極限にまで高める。そのままオオクワモンへと突撃していき、竜の鎧によって強化された筋力にて高速のラッシュを放った。
「ボルトブレイクノックダウン!!」
拳に雷撃を集約し放たれる、怒涛の攻撃。
オオクワモンの硬い身体を砕いていき、最後に雷撃を放出しきり吹き飛ばす。
同時にカノンも進化が解除され、アイギオモンへと戻るもののこの戦いに勝利したのだ。
どさりと地面に倒れ、ぷはぁと息を吐く。
「ダメ、疲れた……っていうか流石にもう新手は来ないよな?」
体に力が入らないと言いながら、カノンは地面に寝転がる。横目にまだストライクドラモンとスナイモンが戦っているのが見えるが、ほどなくして決着がつくだろう。
あまり気負う必用もない。戦いの果てにしか拓けぬものもあるのだから。
◇◇◇◇◇
ストライクドラモンはスナイモンとの戦いの中で、自身の存在と向き合わなければならなかった。
これもまた一つの運命。歴史がどう動こうと、この二体が出会うのは必然であり、この戦いもまた避けては通れぬもの。ウィルスを駆逐する存在同士が出会い、本能に抗うものと呑まれたものが戦う。
「この野郎、何も考えずに呑まれて戦って、それで満足なのか!」
「排除、全て――排除スル!」
スナイモンの斬撃がストライクドラモンに迫り、体を傷つける。致命傷を避けつつ接近していくがダメージはある。それでももう一人の自分ともいうべき存在と戦うことで彼の胸中には絶対に負けるわけにはいかないという思いが芽生えていた。
誰に負けてもいい。この先後悔することもあるだろう。だが、こいつだけには――
「自分自身にだけは負けられねぇんだよ!!」
攻撃のさなか、自分のデジコアがスナイモンに呼応するように脈動していた。
ウィルスバスターの本能が刺激され、ストライクドラモンの意識を乗っ取ろうと暴れまわっている。ストライクドラモンはそれを、握りつぶすように抑え込んだ。
黙っていろ。これは、俺の戦いだ。お前の出る幕じゃない。
「――ッ!?」
「俺は負けねぇ……負けられねぇんだよ!!」
漠然とした強くなりたいという思い。ここまでくる中、世界の一部だが色々なものを見てきた。
それでも、酷いことをする奴がいて、なんとかしようと戦っている奴らがいて――ただ強くなりたかった自分を恥じた。どんな奴でも、目的があって前に進んでいた。悪い奴だろうが良い奴だろうがそれは関係ない。両者ともに、自分では持ちえない信念や願いがあった。
「だから、もっと先へ――ッ!」
前へと進み続け、ストライクドラモンにも更なる道が拓ける。
それはまだつぼみだ。花開くのはまだ先になるだろう。それでも、大いなる力となってストライクドラモンの糧となる。彼に芽生えた勇気が、さらなる力をもたらすのだ。
「白い、炎」
「ぶっ飛びなッ!」
青い炎ではなく、白い炎が彼の体から噴き出す。
本来とは違うイレギュラーな成長でありながら、どこか正しいとも思わせる何かがあった。
炎を纏った拳がスナイモンに突き刺さり、暴走したデータが噴き出していく。
「ガアアアア!?」
「ッ――このデータ、強力なワクチンプログラムだと!?」
まるで体を蝕むウィルスデータだ。いや、どちらも本質は同じなのだろう。方向性が違うだけで、両者ともに同じものから派生した存在。
光と闇と同じだ。元は同じでありながら二極化した力。
そして、暴走したデータの中が彼の体にも流れ込んでくる。何とか押し返そうとするが脳裏に映像が流れ込んできて防ぐことが出来ない。ストライクドラモンに同調するように流れ込んできたそれは、スナイモンの記憶。
スナイモンが幼いころから戦い、どこかの誰かにプログラムを改変され――やがて、今の姿へとなったもの。自分を改造した誰かを殺し、世界を蝕むウィルスデータを駆逐し、ルーチェモンの軍勢と戦って――殺戮のみを行うデジモンへとなり果てたこと。
その根源、戦いの最初の記憶――泣きながら、誰かの亡骸に寄り添う芋虫の様なデジモンが見えた。
「――――ッ!?」
「ガアアアアアアアア!!」
データが壊れようとも、スナイモンは止まらない。
ストライクドラモンを殺そうと、その鎌を振り下ろし――その前に、再び胸を貫かれた。
「アアアア、ア」
「わりぃな……俺も気持ちはわからねぇわけじゃねぇ。別れってのはつらいよな。俺だって、耐えられるかわからねぇよ……でもよぉ、それだけだと寂しいじゃねぇか。もう、十分だろ」
スナイモンはその言葉に鎌をゆっくりとおろし、ストライクドラモンに抱きかかえられる。何かを呟いて、鎌をストライクドラモンに近づけ、彼も一つ頷いて鎌を握った。
「わかった。お前の意思は俺が継いでやるよ」
やがてスナイモンは空気に溶けるように消えていき――ストライクドラモンだけがその場に残された。炎も消えており、戦いが終わったことを告げていた。一陣の風が森の中を吹き抜け、あたりに静けさが戻る。
ゆっくりと膝をつき、緊張の糸が切れたのかそのまま固まってしまう。
「えっと、大丈夫?」
「心配すんな。別に平気だ……他のみんなはどうした」
「カノンたちもお疲れって感じ。オオクワモンは倒したし、カノンも完全体になっちゃったけどね」
「そうか、やっぱまだ追いつけねぇか」
「気長にやろうよ」
ライラモンはそういうが、自分より先に完全体になった奴にいわれてもなとも思うストライクドラモン。まあ、完全体になるには経験よりも精神面での成長が重要になってくる。
いくら経験を積もうと、至るのは容易ではないのだ。
究極体ともなると、一体どうすればいいのかわかったものではない。
「……どうする? 今日はここでキャンプか?」
「あはは、流石にそれは厳しいよね」
苦笑いしているとおり、またクワガーモンたちに襲われないとも限らない。
とにかく移動しなくてはならいのだが……全員、疲れがピークを越えていた。
「ひとまずは休憩するしかねぇな。もうちっと奥で休めそうな場所を探そう」
◇◇◇◇◇
少しの休憩の後に一行は先へと進んだ。
雷の神殿までは距離はさほど離れていないとはいえ、何度か野宿することになる。ちょうどいい場所を見つけ出し、キャンプの準備を整えるころには月が昇りあたりも暗くなっていた。
全員の疲れはたまりにたまっており、みんなすぐに寝てしまっていたのだが――二人だけ、まだ目を覚ましている。木の上に登り、月を眺めているカノンとそれを見て続いてきたクダモンだ。
「……」
「何を黄昏ているのだ。お前も疲れは溜まっているのだろう」
「クダモンか……いや、思ったよりは平気だよ。ドルモンとマキナがエネルギーを分けてくれたおかげかな」
「それでも体の疲労は残っているはずだが?」
「まぁ、それはそうなんだけどね」
視線は月を向いたまま、カノンはクダモンと会話する。
デジモンの命を奪い、それでも前に進まなくてはいけない。
「正しいことって、何なのかなって思ってさ」
「それは誰にもわからないさ。終わってみなければ、正しかったことかどうかなど判断できない」
「難しいこと言うなぁ……まあ、わかるけどさ」
「お前ならわかると思ったからな。マキナならもう少しストレートに今すべきことを考えろと言っている」
「そりゃ手厳しいことで……なあ、クダモン、ストライクドラモンのことなんだけど」
彼の戦いを少し見て気にはなっていたのだ。
アレは普通のデジモンではない。クダモンも何かを知っているようではあったのだが、ここまでそれを口にすることはほとんどなかった。皆が寝静まり、二人だけだからこそカノンもその話題を口にする。
「……確証はないが、私にとっても所縁の深いデジモンだろう」
「それって、どういうことだ?」
「おそらくは未来において、彼の存在は重要となる。私たちが過去に来なかった場合――未来から過去へ異変の原因となる物が送られなかった場合、この世界を平定するのは彼の仕事だったはずだ」
「それにしては無鉄砲すぎると思うけどね」
「ああ。どこかで時間の歯車がずれたのだろう。何かのきっかけが失われたのか、はたまた……いや、それは置いておくことにしよう」
クダモンは自分の中で何か答えが出たのか、それ以上は言わなかった。カノンが再び聞いてみてもそれこそ確証がないと考えを口にしない。
「だが忘れるなよ。この時代はこの時代に生きる者たちのモノなのだ。我々も本来なら異物。こうしてここに正常な状態でいられるのは、それだけの理由があるからだ」
「ああ……本当なら、僕たち自身が時間を歪めてしまう要因になる。なのにそうならないのは……」
「私たちが過去において何かをなしたことが歴史データに刻まれているから、だろうな。あのバグラモンがお前に隠していた以上、知られた時点で成立しない事柄なのだろう」
知ってはいたのだ。だからこそバグラモンは必要な時が来るとカノンたちを鍛えていた。魔王と呼ばれる存在ではあるが、彼もまた世界のために戦った存在だ。過去の異変により、世界が滅ぶことはよしとするはずもない。
「結局、僕らがこうして戦っているのは歴史の流れからしたら決まったことなのかねぇ」
「かもしれないな」
「……なんか、一つぐらいは反抗したくなるな」
「やめてくれ。それで未来が劇的に変わる可能性もあるのだぞ」
「分かってるよ。でも、何でもかんでも決められているってのはちょっと癪に障る」
ポケットから運命の紋章を取り出し、強く握りしめる。その際、別の硬いものにも手が当たったので何だろうと取り出してみると――半透明で青い色のゲーム機が出てきた。しかも、少し壊れている。
「……やべぇ、気が付かなかった」
「待て、どうしてそんな大きなものを入れていて気が付かないんだ」
「ほらこれ薄いから」
ちなみにカラーだよと、続けるがクダモンからすればそれこそどうでもいい。
「……お前もその手の娯楽に興じることがあるのだな」
「どんなイメージだよ」
げんなりとするカノンだが、とりあえず完全に壊れていないかどうか見てみる。おそらくは自分の電撃のせいであろう。ショートして爆発しなかったのが奇跡に近い。
分解してみないことにはわからないが……たぶん修理はできないだろう。
「ハァ……諦めるしかないか」
「……」
「? どうかしたか、クダモン」
「いや何でもない」
あの雷撃の中、これだけの損傷で済んだのか? その事実に、何かこの端末に異変が起きているとは思ったのだが……まさかなと切り捨てて、マキナのところへ戻る。
カノンももう一度溜息をついて、ゲーム機をポケットの中へと戻した。帰ってから考えればいいことだと――思った以上にはやく、日の目を見ることになるのをこの時はまだ、誰も知らなかったが。
アプモン見ましたー。とりあえず、最近の子供向けは妖怪の影響を受けてんなぁと思いつつ見ていたらいきなり触手。
そして最初の選択肢がなんかフロンティアを彷彿と……
なんだろう、テイマーズの時のにおいがするぞ。後半一気に暗くなるんじゃねぇのって感じがするぞ。
カノンがもっていたゲーム機は、最近話題になっていますがあえて名前ださないです。まあ、デジモンにも所縁がありますしわかる人はわかるでしょう。