勝利を刻むべき水平線は   作:月日星夜(木端妖精)

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本日四話目の更新です。


第十九話 激突! 演習大作戦

 翌日。

 昨日の内にたてた計画通り、暁率いる資源回収隊と秋津洲率いる資源回収隊が霧に飛び込んで行った。

 ついていった艦娘は暁の方に摩耶、大井、潮、満潮で、秋津洲の方には金剛、不知火、叢雲、漣という構成だ。

 互いの鎮守府のものを混成させて、遠征ついでに仲を深めようという魂胆もあった。

 叢雲は吹雪の傍を離れて大丈夫かと心配していたが、代わりがいないため渋々出ていった。

 

 大淀と瑞鳳は早速妖精さん達と開発に勤しんでいる。

 なんとか艤装使用不可の咆哮を打ち消す装備か、その中でも使える装備を作り出さなければならない。

 吹雪は演習だ。だが本来の演習と違ってデータから艦娘を呼び出し、戦い合う形式ではなく、港から程近い位置をぐるぐる航行するのみだった。あの毒電波の中で唯一稼働していた連装砲ちゃんがヒントにならないかと調べ回されているために、彼女達を用いた訓練もできないのだ。

 

 レ級は部屋の奥で待機……要するに閉じ込められていたのだが、霧を用いて抜け出してきて、コンクリートに直接座り込んで吹雪の訓練風景を退屈そうに眺めていた。

 

 

 艦隊帰投。

 昼を回ったくらいに無事、二つの艦隊が戻って来た。

 報告では敵と遭遇する事もなく、ただただ神経を削るのみだったらしい。

 

 燃料が手に入ったので幾人か艦娘を呼び起こす事になって、そこで困った事になった。

 立ち会った妖精さん達が艦娘を一人運んでくるたびに頭の上でマルやバツを作るので、気になった吹雪が聞いた結果、目を覚ます艦娘とそうでない艦娘を判断していたという。

 ここにいる子達は全て起こす事ができると信じていた吹雪には、これは大変ショックな情報だった。

 実際、駄目と言われた艦娘に燃料を与えても動き出す気配はなく、工廠内に重い雰囲気が漂った。

 

 午後はまず、起こす事の出来なかった艦娘達の埋葬から始まった。

 手ずから土を掘り、今にも動き出しそうな少女達を埋めていく。

 吹雪は悲しくて堪らなくて、涙で滲む視界に、泥だらけの腕で目元を擦った。

 

 悲しみは乗り越えなければならない。起こす事の出来た艦娘もいる。それにより笑顔になった子もいるのだ。

 

「提督……このたびの事、お悔やみ申し上げます」

「……はい」

 

 執務室には、新たに加わった艦娘が全て集められている。

 大きな椅子に腰かけた吹雪は、目元に影を落としながらも、鳳翔の言葉に頷いた。

 一対一。

 三十数名いた艦娘の中で呼び戻せた人数は……。

 

「それから、私を救って頂いて……感謝しています」

「潮ちゃんにお願いされましたから……」

「あの子が……」

 

 口元に手をやった鳳翔は、感慨深げに呟いた。

 彼女と潮の間にどのような経緯があるのか、今の吹雪に気にする余裕はない。

 救えると思った命が救えなかった。

 理不尽な結末に、何を言う事もできなかった。

 

「……では、失礼しますね」

「はい。詳しい話は……潮ちゃんから聞いていただければ」

「わかりました」

 

 一礼して退出した鳳翔と入れ替わりに叢雲がやって来た。

 落ち込んでいる吹雪に一瞬躊躇うも、足早に歩み寄って腕を掴み、無理矢理立ち上がらせた。

 

「吹雪、言ったはずよ。今日は忙しくなる。こんなところで腐っている場合ではないのよ」

「叢雲ちゃん……。でも、私、こんな事になるなんて思ってなくて……」

「死などそんなもんよ。くるとわかっていてくるもんじゃない。……でも、失う事を恐れる気持ちは捨てない事ね」

「恐れる……?」

 

 辛辣な言葉の次には気遣うように背を撫でる叢雲に、吹雪は彼女の顔を見て聞き返した。

 

「そう、恐れよ。敵を恐れ、仲間を失う事を恐れ、自身の驕りを恐れる。『大丈夫』と自分を信じ切るのは良いけど、あなたの即決即断は行き過ぎると汚点にもなるわ」

「……ちゃんと考えてるよ?」

「どうかしら。さ、恐怖の演習タイムよ。痛い思いをすると思うけど、我慢してね」

「え、痛いって……えっえっ、そんな話聞いてない……」

 

 困惑する間もなく、吹雪は演習海域へと連行された。

 

 

 吹雪型の制服に身を包み、艤装を身に着けて海の上。

 かつてA海域と呼ばれた演習用の場所に、吹雪と数人が立っていた。

 戦闘経験の少ない初雪、サポート役の叢雲、島風を一発殴りたい満潮が吹雪の後ろに並んでいる。

 吹雪の足元では、連装砲ちゃん達が永劫終わらない追いかけっこを楽しんでいた。

 

『アイテノ チームノ トウジョウダ』

 

 ぴりぴりと肌を刺す特殊な電磁波を感じながら、吹雪は直接頭に届いた妖精さんの意思に頷いて返した。

 ……ちなみに『今から相手が出てくるから、準備をしてください』が吹雪に聞こえた言葉の内容だったりする。

 

『駆逐艦吹雪改二』

『私がきっと、やっつけちゃうんだから』

 

 数メートル先に現れた吹雪の到達点が虚ろな目をこちらに向ける。

 ぱくぱくと口を開閉するのに合わせて、妖精さんの意思が飛んできた。抑揚も何もなく、少々不気味であった。

 その隣へ出現したのは、髪の両側が跳ねた白露型の艦娘。

 

『駆逐艦夕立改二』

『夕立、突撃するっぽい』

 

 そして最後に真ん中へ現れたのが、吹雪の探し求めていた艦娘。

 

『駆逐艦島風改』

『ひとっ走り付き合えよ』

 

 あれ、と吹雪は首を傾げた。

 彼女は唯一改二に到達した島風だと聞いていたのに、今届いた意思では改止まりになっていた。

 別の記録を呼び出してしまったのだろうかと疑問に思っていれば、三人が消え、カウントダウンに入る。

 

「いい? 吹雪。事前に注意した通り、島風はあなた以上に突拍子もない行動を繰り返すわ。『あれは何をしてるんだろう』と疑問に思ったら、すぐに回避行動に移りなさい」

「う、うん。……『私以上』って……」

「さ、来るわよ!」

 

 どういう意味、と問おうとして、カウントがゼロになるのに前を向く。

 ここからは油断できない戦闘時間だ。演習ゆえに怪我はしないが、説明では初めて演習する子は特殊な電磁波の影響を普通より強く受けて、本当にダメージを負ってしまったと錯覚する事もあるらしい。

 

「じゃあみんな、単縦陣で――」

 

 指示を出すために振り返った吹雪の目に、三人の中に立つ島風の後姿が映った。

 

「うあっ」

「ちっ、ぐ!」

「くっ、この大馬鹿!」

 

 驚いて身を引いた初雪が掌底を胸に受けて吹き飛び、叢雲が突き出したアンテナごと回し蹴りで弾き飛ばされ、殴りかかった満潮は島風が屈んだために拳を空振り、足払いを受けて海面を三回転ほどして止まった。

 

「行こ……う?」

 

 振り返った島風の、ハイライトの無い目と目が合う。

 そう思った時には既に目と鼻の先まで接近されていた。

 

「はや――」

 

 ドッと胸を打たれ、重い艤装ごと体が浮き上がる。

 吹き飛ぶ中で後転し、足から海面へ着水した吹雪は、リアルな胸の痛みに思わず手を押し当てて息を吐いた。

 前を見れば、倒れている三人の中を、島風が悠々と歩いてきている。

 あのスピード……まさしく深海神姫と同一のもの。やはり彼女は改二に到達した島風なのだろう。おそらく先程の『改』は聞き間違えか何かだったのだと思った。

 

 追いついてきた連装砲ちゃん達を一瞥した吹雪は、あのスピードを突破しない限りには深海神姫に勝つ事はできないだろうと予測した。

 それは正しい。

 速度で勝るか、対策をしなければ、先程のように四人一気にやられてしまうだろう。この中で最も練度の高い叢雲ですら一蹴されるほどのスピードは厄介極まりない。

 

「このっ!」

 

 立ち直った満潮が島風を羽交い絞めにする。

 そうだ、いくら早くてもああやって止めてしまえばなんの問題もない。そう考えた瞬間、両腕を跳ね上げられて拘束を外された満潮が、振り返った島風の拳を腹に受けて再び海面を転がっていった。同じ駆逐艦のパワーでは駄目なのか、それとも力も段違いに強いというのか。

 アンテナを前に出して警戒する叢雲に、どうしたら良いのかわからない様子で砲を構える初雪。その二人を無視して、島風は再び吹雪の方へ向かって来た。

 

 あんなに速く動けるのに、今はゆっくりと歩いている。それがまるで恐怖を煽っているように感じられて、吹雪は目を細めた。

 恐怖など感じない。吹雪は、無敵だ。

 

「……?」

 

 腰を落として砲を抱え、いつでも放てるようにした吹雪の前、数メートル先で島風が足を止めた。

 かと思えばその周囲に待機していた彼女の連装砲ちゃん達が猛然と円を描くように動き始め、それは波立つほどの激しさと速度になっていった。

 島風を囲むように、半径七、八メートルの距離で連装砲ちゃんが回転する。大中小の影がぶれて重なり、左右に激しく動いているように錯覚して見えた。

 島風が踵を返す。その場で反転して吹雪に背を向け、力を溜めるように徐々に腰を落とした。

 

 あれは、何をしているんだろう。

 

「っ!」

 

 そう疑問に思い、瞬間、左に身を投げ出していた。

 空気を穿つ鋭い音がした。波間を転がった吹雪には見えた。吹雪改二が、今吹雪がいた場所を蹴り抜いているのが。

 

 音もなく、島風が跳躍する。それは前方への低く鋭い飛び蹴りだった。が、その方向には誰もいない……いや、回転し続ける連装砲ちゃんがいる。

 連ちゃんを足場に再度跳躍して即座に反転した島風は、まるでピンボールのように凄まじい速度で吹雪の方へ突っ込んできた。

 

「っ、うわ!」

 

 身を起こしていた吹雪は、再び倒れる事でなんとかそれを避けた。穿たれた風が引き込まれるように収束していく。た、たしかに突拍子もないな、と吹雪は冷や汗を流した。

 

「吹雪!」

「え、ひゃあっ!?」

 

 名前を呼ばれて反応した吹雪は、思い切り腕を引かれて無理矢理立たされるのに目を白黒させた。

 見れば、自分の腕を掴んでいる自分(吹雪改二)がいる。

 ――吹雪改二は技術派で、金剛と同じ技術を高い精度で習得し、砲撃より雷撃より接近戦が大得意。

 掴んだ腕を肩に担ぐようにして反転した吹雪に引き込まれ、迫る海面を見つめながら、吹雪は叢雲に教えられた彼女の説明を思い出していた。

 

「ふぎゅっ!」

 

 バシャァン、と激しい水音が鳴り響く。

 顔面から叩きつけられた吹雪は、そこが水ゆえに『痛い』で済んだものの、白く弾けた視界はどしようもなく倒れ伏した。

 だがそのままではいない。即座に横へ転がり――背負った艤装が海の中へぬるりと入る重い感触がした――追撃のストンピングを避ける事に成功した。

 

「う゛っ!?」

 

 寝転がっていては格好の的だと立ち上がれば、横腹に突き刺さる冷たい鉄の感触に声を漏らす。

 くの字、とまではいかないが、折れ曲がる体に足が浮き、細まった視界で敵の姿を捉えれば、無表情の夕立改二を確認できた。

 ――夕立改二は突撃馬鹿。三度の飯より突撃大好き。とにかく敵に接近し、自身へのダメージも厭わないワイルドな戦いが大好物。

 叢雲が事前にしてくれた説明を脳裏に過らせながら、なんでこの人(艦娘)達、砲撃しないんだろうと思った。

 その思考を読み取った訳ではないだろうが、夕立改二が持つ砲が火を噴いた。ゼロ距離砲撃。

 横っ腹に熱い痛いを感じる前に錐揉み回転して海に激突する。自ら転がって勢いを殺しきり、立ち上がりはしたものの、驚愕と痛みの連続で少しふらついた。

 

「……あんた、案外頑丈ね」

「ぇほ……え? そうかな」

 

 傍に寄って来た叢雲に訝しむような目を向けられて、吹雪は夕立達を見たまま首を傾げた。

 まともな戦いは初めてだから、自分がどんなものかわからないのだ。

 ……少なくとも練度(レベル)一桁の艦娘が吹き飛ばされた状態から綺麗に着地はしないし、叩きつけられた際に自然に転がって勢いを殺したりはしない。

 これは吹雪が少しなかり変わった艦娘なのも関係しているが、きっと前に金剛とみっちり一夜訓練したおかげでもあるのだろう。たった一夜で全てを吸収する辺り普通ではないが、その実この吹雪の技術の習得速度は目の前の吹雪改二に負けていたりする。……吹雪は普通の艦娘だった。

 

「! はっ!」

 

 不意に吹雪が背後に砲を向け、見もせずに砲撃した。

 その先にいた島風に砲弾が直撃する。彼女も予測していなかったのだろう、自慢のスピードで避ける素振りもなかった。

 どうして島風の接近を吹雪が感知できたのか。

 

(なんとなく撃ったら当たっちゃったみたい)

 

 たぶん理由なんてない。強いて言うなら勘だろう。

 反転して数度砲撃を繰り返せば、突如として黒煙が吹き飛んだ。何事かと目を見張る吹雪の前で、島風の体から突風が放たれる。

 それは改造完了の合図。

 連装砲ちゃんを素材として改造した姿、それこそが島風改二だった。

 驚きながらも新たな姿を現した島風に砲撃を繰り返す吹雪。両腕を広げ、今まさに構えたばかりだった島風には当然全弾命中した。無表情だからわかり辛いが、驚きたじろいだように吹雪には見えた。

 

 もくもくと煙が巻き起こる。

 

 背後から聞こえる叢雲のかけ声と初雪の息遣いに、二人が夕立改二と吹雪改二と交戦しているのを把握しつつ、前だけを警戒する。

 

「……あれ?」

 

 風が吹き、それが煙を運んでいけば、そこには何もなかった。

 島風ちゃんは? と視線を左右に巡らせる吹雪の耳に、ジャブジャブと波が砕ける水音が届いた。

 はっとして振り返れば、視界の右から左へ、何やら大きな(イカリ)を引き()って歩く島風の姿があった。

 吹雪の直線状で止まった彼女が顔だけをこちらに向ける。かと思えば、錨を引き摺ったままこちらへと歩き出してきた。

 なんのつもりだろう、とは思わなかった。さすがに戦闘経験の少ない吹雪でも、叢雲がアンテナを持つようにして錨の柄を掴み、接近してくる島風を見て意図を察せないほど鈍くはない。

 

『――!』

「ひぇっ、あっ、わっ!」

 

 目前まで来た島風がすくい上げるように振り上げるのをさっと退いて避け、続く振り下ろしも大慌てて後退って避ける。だけど突きはどうしようもない。半円状の丸みを帯びた方をお腹に突き立てられて、吹雪はたまらず肺の空気を吐き出した。

 

「げほっげほ、ふ、ひゃああ!?」

 

 咳き込む暇も与えちゃくれない島風は、あろう事か錨に吹雪の体を引っ掛け、ぐいっと持ち上げてしまったのだ。

 そのまま放り投げられて、悲鳴が遠くまで伸びていく。

 今度も上手く受け身を取って海面を転がった吹雪は、こんな事を繰り返していれば艦橋が壊れちゃうよ、と艤装の心配をしだした。

 

(……それで、島風ちゃんは何してるんだろ)

 

 錨を海に突き立て、左腕を、手の甲をこちらに見せるように持ち上げた島風は、その腕にゴムバンドで括りつけられた情報端末、カンドロイドを起動して光化学画面を出した。

 吹雪も試しで使った事のある羅針盤機能が呼び出され、四人の羅針盤妖精さんと東西南北を示す

 回転を始める羅針盤に、もうそろ吹雪は理解し始めてきていた。なるほど、これが島風ちゃんの奇怪な行動。みんなが変だ変だと言う訳だ。

 どういう訳か羅針盤機能を使用して、魔法使いの格好をした妖精さんが矢印付きのステッキを盤面に叩きつけ、南を意味するSの英字で止まれば、その文字が中心に大きく表示されたのちに光化学画面が消えた。

 島風が動き出す。

 錨を持ち上げ、バットのように持って――フルスイングするとともに放り投げてきた!

 

「う、わっ、と!」

 

 予め警戒していた吹雪はなんとか避けられたものの、その後の砲撃までは予想してなかった。

 彼女の両肩に備えられた連装砲が火を噴けば、思わず目をつぶり腕で顔を庇ってしまう。まさかまともな攻撃をしてくるだなんて予想もしていなかった!

 

「…………?」

 

 海面を貫く激しい音がして、体が揺さぶられるのに身を硬くしていた吹雪は、いつまで経っても衝撃どころか痛みさえ襲ってこない事に、恐る恐る腕を下ろした。

 ……彼女の連装砲からはたしかに煙が上がっている。砲撃は確実に実行された。だというのに自分には掠りすらしていない。

 回避直後の無防備な体を、あの至近距離で狙って、当たらなかった……。

 

「ひょっとして……」

 

 島風ちゃんって、ノーコンなのでは……?

 その思考を読み取ったのか――そんな訳はないだろうが――怒ったように島風が再び砲撃してきた。

 

「わぁ!」

 

 と自身を庇う動作をするものの、今度はすぐにやめた。……やっぱり砲弾は直撃どころか掠りもせず、左右の海面へ突き刺さって水柱を上げていた。

 揺らめく波間で立ち上がる。

 当たらないのならば怖くない。……いや、やっぱり少し怖いかもしれない。

 けど、大丈夫。

 自分を勇気づけた吹雪は、背後から聞こえてくる砲撃音にも注意しつつ、島風の動向に注目した。

 『なんだろう』と思ったらすぐ避ける。繰り返し頭の中で反復して、砲を構えた。

 

(あ、あれなん……ああ、避けなくちゃ)

 

 さっと腕を交差させて顔を伏せる島風に疑問を抱いた吹雪は、すぐさま回避行動に移った。だけど、周囲が急に暗くなっていくのを不思議に思い、足を止めてしまった。

 

「……夜?」

 

 日が落ちていく。

 月が昇る。

 お昼を過ぎたばかりの夏の空は、星の海が煌めく夜空へと変わってしまっていた。

 知識が囁く。これは一部の深海棲艦が使用してくる『夜にする』不思議な咆哮。たぶん、それと同じ……。

 などと考察していた吹雪は、はっとして島風の方を見た。

 彼女はちょうど顔を上げたところで、夜闇に輝く瞳を捉えたと思った時には、彼女は跳躍していた。

 島風の背のユニットから羽のような光が噴き出し、加速する。突き出した両足での急降下キックに、反応が遅れた吹雪が避ける術はなかった。

 

 一瞬視界が暗転し……それで、終わりだった。

 

 

「だから言ったじゃないの。島風は突拍子もない事をしてくる、って」

「ううー、あんなのわかりっこないよ……」

 

 コンクリートの上で目覚めた吹雪は、まず叢雲に文句を言った。

 体を見下ろせば傷は一つもなく、生体フィールドによって守られた服や艤装はちっとも濡れていない。

 空も真っ青で、時間はお昼過ぎに戻っていた。それがかなり不思議に思えて、吹雪は首を傾げた。

 

「あの子もあのくらい変なのかなぁ」

「……深海神姫?」

「うん」

 

 立ち上がり、お尻側のスカートをはたきながら疑問を口にした吹雪に、叢雲は「さぁ?」と肩を竦めた。

 

「初雪ちゃん、満潮ちゃん、大丈夫?」

「ん」

「…………」

 

 振り返れば二人が立っていて、初雪は少し落ち込んでいるみたいだった。

 満潮の方は、自分の拳に目を落とし、ぐっぱぐっぱと手を開閉させている。凄まじいしかめっ面からは、島風を一発も殴れなかったのが余程悔しいように見えた。

 

『ソンナンジャアットイウ間ニヤラレルゾ』

 

 カツカツと鉄の足音を鳴らしてレ級がやってきた。ギッと満潮が睨みつけ、叢雲もあまり良い顔をしない。二人が自分を好いてないとわかっていても姿を見せるのだから、レ級も中々図太い深海棲艦だった。

 

「駄目だよ、出てきちゃ。鳳翔さんが見たらびっくりするよ」

『……人ヲペットカ何カミタイニ扱ウノヤメテクンナイ?』

「……?」

『エ、何ソノ心底理解出来ナイミタイナ顔ハ』

「とにかくほら、お部屋に戻って」

「ふん。ハウスよ、ハウス」

 

 微妙な顔をするレ級に満潮が追撃をかけた。しっしと手を振られて、レ級はぐぬぬと唸ってから霧に呑まれ、姿を消した。

 

「あら、今ここにもう一人いませんでした……?」

「あ、鳳翔さん」

 

 間一髪、きょろきょろと辺りを見回しながら鳳翔がやってきた。抱えたお盆には人数分の甘味が用意されている。

 

「疲れた体に甘いものはいかがですか? 私と潮ちゃんで白玉団子を作ってみたんです」

「いただくわ」

「叢雲ちゃん、速い」

 

 甘い匂いを嗅ぎつけて瞬時に鳳翔の前へ移動した叢雲が、さっそく小皿を受け取って楊枝に手を伸ばす。

 吹雪達も順次お皿を受け取り、手作り白玉に舌鼓を打ちながら、鳳翔と会話をした。

 

「わざわざありがとうございます、鳳翔さん」

「……美味しいわ」

「ん。甘さ控えめ」

「うふふ。喜んでもらえたようで何よりです。……元気そうで、良かったです」

「……あ。……ありがとう、ございます」

 

 これはきっと、落ち込んでいた吹雪を励ますための物でもあったのだろう。鳳翔の口振りからそれに気づいた吹雪は、恥ずかしげにお礼を言った。鳳翔はただ軽く会釈を返すだけで、何も言わなかった。

 

 もぐもぐぱくぱく、あっという間に平らげる三人を見ながら自分も楊枝を摘まんだ吹雪は、ふと隣に立つ叢雲に気付いた。

 

「……半分食べる?」

「………………いいえ吹雪、それはあなたのものよ」

「じゃあ食べちゃうけど」

「…………」

「叢雲ちゃん、本当に甘いものが好きなんだね」

「えっ? え、どうしてそう思うのかしら??」

「……あはは」

 

 叢雲の甘味好きは無自覚なのだろうか。

 それとも誰にもばれてないと思っているのだろうか。

 何はともあれ、吹雪は白玉の半数を叢雲に押し付け、仲良く二人で食べる事に成功した。

 

 友達と一緒に食べる甘いものは、吹雪の短い人生の中で、一番美味しい物だと感じられた。




おまけ

妖精さんの意思による夕立達の台詞を直訳すると

吹雪改二
『カンプ ナキマデニ タタキノメス』

夕立改二
『イノチゴイダケハ スルナ ジカンノ ムダダ』

島風改
『ヨロコベ ゼツメツ タイムダ』

となります。

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