勝利を刻むべき水平線は   作:月日星夜(木端妖精)

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本日二回目の更新です。


第十七話 あれは島風?

「はぁ、はぁ、はぁ」

「ふー、ふー」

 

 荒い息遣いが狭く暗い建物の中に響く。

 地面に倒れ、手をつき膝をつく十三人の艦娘と一人の人間。

 吹雪と、吹雪の鎮守府の艦娘と、暁の鎮守府の艦娘達。

 

「わ、私達、どうなったの……?」

「ここは、いったい……」

 

 困惑の声が息の合間に会った。

 あの光に呑み込まれ、どうして自分達が五体満足でいられているのかがわからない。

 特に大淀と秋津洲はそうだ。腕が焼け、鋭い痛みが脳を刺し続けているものの、指が欠けていたり艤装が融解し肌とくっついてしまっている、なんて事もない。

 

「どうやら……全員無事のようね」

『ソノヨウダ』

「!?」

 

 身を起こし、辺りを見回した叢雲が呟くのと、壁際の暗がりからレ級が姿を現すのは同時だった。

 素早く立ち上がった叢雲が背負った砲を全て向ける。レ級は、おかしそうに笑うだけで攻撃してきたりはしなかった。

 

「貴様ぁ……!」

 

 膝に手をついて立ち上がった満潮が怨嗟の声を漏らす。

 彼女に取ってレ級こそ仇。かつての戦争で友を、仲間達を沈めたのは他でもない、奴だ。

 それは叢雲にとっても同じ。生まれた地での幸せを一日で奪われ、別の場所でやっと得た幸福もまた奪われて。そして今、再びその魔の手を伸ばしてきているのだ。

 

「ここがどこだなんて考える必要はねぇな……!」

「深海棲艦がいるなら、ワタシ達艦娘がやるべき事はただ一つ!」

「徹底的にやっちまうのね!」

 

 気炎を吐く艦娘達の士気は、熱気を伴ってぐんぐん上昇している。

 自分達も提督も無事。ならば次にやる事は危険の排除。

 

「ま、待って、みんな」

「吹雪……?」

 

 だがそれに待ったをかけたのは、他でもない、吹雪(提督)だった。

 初雪と潮に支えられて立ち上がった吹雪は、二人に目を向けて手を離して貰い、よろけながらも自分の足で立つと、誰よりも前に出てレ級と向き直った。

 

「あなたが、私達を助けてくれたんだよね?」

「ちょっと提督、何言ってるの!?」

 

 心底理解できないといった様子で瑞鳳が詰め寄る。そのさなかに足をもつれさせ、倒れかけたのを大井が支えた。その彼女も『ふざけた事を言うな』とでも言いたげな視線を吹雪に送ってきた。

 

「たしかに、そんなのありえないって思うかもしれないけど……じゃあ、私達はどうやってみんな無事に帰って来れたのかな」

「それは……」

「……そんなの! ……知らないわよ、そんなの」

 

 否定か、沈黙か。質問への答えはそれだけだったが、それぞれの視線は壁の前に立つレ級に向けられた。

 レ級は何を言うでもなく、尻尾を地面に垂らし、いつもの笑みを浮かべて立っているだけだ。やろうと思えばいつでも攻撃できるのに、そうはしてこない。そうしない事情があるのだ、と考える事は簡単だった。

 

「改めて聞くね。『神隠しの霧』を使って私達をこの場所に移動させたのは、あなただよね?」

『ンー、ソウト言エバソウダナ』

「うそ……」

 

 吹雪の問いかけに、レ級は頷いて返した。暁が口を手で覆って愕然とする。そんな事があり得るのか。なぜ。疑問が渦を巻いていた。

 

「チッ、深海棲艦に助けられたなんて恥晒しもいいとこだぜ、クソが!」

「ひゅ、ひょっとしてこっ、ここは、深海棲艦の本拠地……わ、私達食べられちゃうんじゃ……」

 

 不機嫌極まりない摩耶に、顔面蒼白の潮。

 状況の把握もままならず、不安や不満が伝播して空気が淀む。

 悪い感じだ、と吹雪は思った。

 

「回りをよく見て。ここ、たぶん緊急出撃ドックだよ」

「……? あ、たしかにそうかも! ……でも、秋津洲の鎮守府のドックじゃないかも……」

「暁の鎮守府のでもないわ。うちのは出撃用のスタートスロットが五つあるもの。ここには四つしかないわ」

「壁際に並んだ艤装は……先日瑞鳳さんが妖精さん達に渡した物ですよね?」

「う、うん。私じゃちょっと修理できそうにないから、相談しに行ったら『任せて』って言われて……じゃあ、ここは」

 

 うん、と吹雪は頷いた。

 ここは吹雪の鎮守府だ。妖精の園の奥にある黒い建物、緊急出撃ドックに他ならない。

 

「ムムム、ホントにワタシ達を助けてくれた、と言うのデショウカ」

「まさか……信じらない」

「……司令官」

 

 困惑。この一言に尽きた。

 なぜ自分達を助けたのか。敵同士なのに。いったいなぜ。

 初雪に呼びかけられた吹雪は、僅かに振り返って頷き、レ級に向き直った。

 

「ありがとう、は立場上……というか、みんなの気持ちを考えると言えないけど、助かりました」

『礼ハイランヨ。……本当ニオ前、艦娘デハナインダナ』

「えっと……はい。人間です。司令官です」

 

 それは嘘……では、ないらしい。

 どうやら吹雪は深海棲艦にすら人間として見られる稀有な存在のようだ。

 吹雪も司令官として振る舞い始めてからの短い時間で、急速に人間としての自覚を持ち始めている。人は慣れる生き物だ。人になった吹雪が慣れるのは道理だ。

 

「なぜ、私達を助けたんですか? あの霧を使えば一人ででも逃げられたはずなのに……それに、同じ深海棲艦から私達を庇ってくれてましたよね?」

『質問ガ多イナァ。……答エルケドネ』

 

 相変わらず不気味な笑みを浮かべてはいるが、彼女の口調は至って友好的だった。ただ、深海棲艦特有のどこか寒気がする声音と、僅かに走るノイズのような物だけが不快感を煽った。

 

『ナゼ私ガ存在シテイルノカ、ソノ理由ハ知ッテイルカナ』

「はい。ちょっと前に聞きました……かつての戦争で、戦いを永遠のものにする為に強い者を隠す、そういった役割を持つ深海棲艦だと」

『合ッテルヨ。私ハ戦争ヲ続ケサセル役割ヲ持ッテイル』

 

 だからこそお前達を助けた、とレ級が言った。

 

『戦争スルニハ人ガ必要不可欠ダロ? ソレヲアノ深海棲艦ハ、全部消シテシマッタノダカラ、堪ッタモンジャナイ』

「だから、新しく生まれた人間を守った?」

『ソーイウ事』

「ちょっと、何普通に会話してんのよ! そいつは深海棲艦なのよ!?」

 

 静かに言葉を交わす吹雪とレ級に苛立ったのだろう、満潮が吹雪に詰め寄り、会話を打ち切らせた。

 

「奴を、一度助けてもらったくらいで、この……! 私はっ!」

「おち、ふぎゅ、落ち着いてみちっ、うっ」

 

 襟首を掴まれて締め上げられると、話し辛くて敵わない。俄かに足が浮き始めれば、これはさすがに周りが止めに入った。

 

「気持ちはわかるわ。でも今は、吹雪の判断に任せましょう」

「あんた……くっ!」

 

 同じ境遇である叢雲に窘められれば、満潮も少し冷静になれた。今だ煮え滾る怒りは収まりが尽きそうにないが、この場で勝手に突貫して戦闘にでもなれば、誰も無事では済まないだろう。それでは目の前のレ級と変わらない。誰かに大切な人を奪われるか、自ら仲間を失うか。その違いしかない。

 だから満潮は肩を震わせながらも一歩下がった。他の者も、そんな彼女の様子を見て、砲を下ろした。

 一番攻撃したいものが我慢したのだから、逸る気持ちに押されて攻撃などできない。

 

「では、お前はなぜここにいるの? ……その説明をする為だけではないでしょうね」

『ウン』

 

 叢雲が問えば、彼女は素直に頷いた。

 

『アノ深海棲艦………深海神姫ヲ倒サナイ事ニハ、オ前達ニ未来ハナイ。何モ知ラズ戦イ続ケルノナラバ、ソレモマタ未来ニハ繋ガラナイガ……今ノオ前達ナラ、頑張レバドウニカナルダロウ』

「なぜそこまでする。人間を守るためとはいえ、出過ぎじゃないかしら」

『……』

 

 追求する叢雲に、レ級は口を噤んだ。そうしてなお笑顔なのだから不気味な事この上なく、ふむ、と彼女が声を出して腕を組む動作をしなければ、誰かの不安が爆発しそうでさえあった。

 

『希望、ダナ』

「希望?」

 

 オウム返しの声に、ソウソウ、とレ級が頷く。

 

『人間ガ生マレタトハイエ、タッタ一人デハ何モデキナイ……カモシレナイシ、(アル)イハ何カ出来ルカモシレナイ』

 

 だから少し、期待してみる事にした、と彼女は締め括った。

 

「そのために、私達に協力してくれるの?」

「は?」

『ソウダ』

「はぁ!?」

 

 吹雪が突拍子もない事を言ったかと思えば、レ級は肯定してしまった。

 なんと言う事だ。吹雪が拒まない限り、人間と深海棲艦が、艦娘と深海棲艦が共に戦う未来が目前に迫ってしまう。

 そんなの御免だ。というのがここにいる大多数の想いだった。多くの同胞を奪った敵と肩を並べて戦うなんて嫌だ。たとえ敵がどれほど強くとも、たとえ、レ級が味方になればどれ程心強くとも。

 

『ソレデ良イヨ。私トオ前達ハ相容レル事ハナイ。私ハ私ノ目的ノ為ニ貴様ラヲ利用スル。オ前達モソウスリャ良イダケノ話サ』

「下らない御託を……司令、今ここでレ級を討てば、今後の戦いが楽になります。指示を」

 

 手を広げて提案するレ級に、不知火は舌打ちでもしそな顔で吹雪に指示を仰いだ。『GO』以外の命令は受け付けない、と顔に書いてある。

 吹雪は困ってしまった。たしかにレ級は敵だし、みんなの仇だというのも知っている。でもどうしてだろう、吹雪にはそこまでレ級が酷い奴だとは思えなかった。……こんなにも自分は薄情だっただろうか。それとも人情に疎かった?

 悩みながらも、吹雪はとりあえず強引に話を進めてみる事にした。

 

「あの深海神姫って子、島風ちゃんだよね?」

『ハ?』

「え?」

「……何言ってるのよ、吹雪」

 

 素朴な疑問を投げかけた吹雪に返ってきたのは異口同音の疑問符と、正気を疑う声だった。

 

「何を……あいつがあんあ化け物な訳ないじゃない!」

 

 声を荒げて否定するのは満潮だ。彼女は島風の友達だったな、と思い返しつつ、吹雪は「だって」と言葉を続けた。

 

「艦娘は深海棲艦になるんだよね」

『ソウダガ……ドウシテ奴ヲアノ艦娘ダト思ッタ?』

「写真の子と似てるなって思って。……あ、他にもあるよ。連装砲ちゃんに反応してた」

 

 平然とおかしな事を話す吹雪に奇異の視線が集まる。レ級ですら呆れた風に頭を振った。

 

『オ前ハ自分ガ何ヲ言ッテイルノカ解ッテイルノカ?』

「……?」

『……解ッテ無インダナ』

 

 深海神姫を島風だというのは、かつての友を大量殺人鬼と言っているのと同義で、この上ない敵だと仲間に教えているのと同じだ。それがみんなにどのような影響を及ぼすのか、吹雪にはいまいちわからないらしい。

 

「…………たしかに奴は変だったけど……それだけで島風だと認める訳にはいかないわ」

 

 俯きがちになった叢雲がぽつりぽつりと呟くように言った。

 目の前で艦娘が深海棲艦になるのを見、その上で撃沈している彼女には何か思うところがあるのかもしれない。

 

「き、聞いてみるのが一番ではないでしょうか……そこに、彼女のお友達がいるのですから」

 

 腕の火傷を庇いながら大淀が言えば、今度はレ級へ視線が集まった。

 

『別ニ友達デハ無インダケドナァ』

「で、どうなんデス?」

「知ってるんでしょ。キリキリ吐きなさいよ」

「あれは島風?」

 

 ンー、と人差し指で額をトントンと叩き、難しい顔をしたレ級は、しばらくして、観念したように溜め息を吐いた。

 

『確カニ深海神姫ハ島風ト呼バレタ艦娘ガ変異シタモノダ』

「やっぱり……」

「でも、だったら、あいつは……」

 

 島風が、人類を絶滅させた?

 俄かには信じがたいレ級の言葉に、室内は静まり返った。

 

『マ、アイツガ誰デアロウト、今ハモウ関係ナイダロ』

 

 その沈黙を破ったのもまたレ級だ。

 「大有りよ!」と満潮が噛みつく。

 人間を攻撃したのが島風だというなら、いったいなぜ。どうしてそんな事を。

 

「深海棲艦になってしまったら、理性も何もかも失われるというの? だとしても、私……!」

「許せない。……そうね、許せないわね。どんな姿に変わろうと」

「約束を破った上にあんな事までしでかすだなんて……!」

 

 満潮と叢雲が慟哭するように言葉を吐き出した。かつての友の変わりように怒りと悲しみが綯交ぜになって、心の中がぐちゃぐちゃになっていた。特に満潮はそれが酷く、崩れるように座り込んでしまった。

 

「元に戻してあげる事はできないの……?」

 

 そんな彼女達の様子を見て、痛む胸に手を押し当てながら、吹雪はレ級に問いかけた。どうにかできないのか、と。

 

『無理ダロウナ。倒シテモ何モ無シカ、ナンカ艦娘ガ生マレルダケダロウ』

「じゃあ、決まりだね」

 

 吹雪は、レ級に背を向けて、全員を見渡した。誰もが緊張した面持ちでいた。この吹雪が何を言い出すか、予想できなかったのだ。

 

「深海神姫を倒して、島風ちゃんを助けだそう」

「……そんな事、できる訳ないじゃない……」

 

 暁の呟きは、あの深海神姫を倒せる訳がないという意味か、それとも島風が再び甦る訳がないという意味か。

 

「ううん、きっと助け出せる。そう考えた方が良いよ。……そう考えた方が」

「……吹雪、あなた」

「んんっ。あはは、ちょっと疲れちゃってるかな」

 

 暗い顔をして同じ事を呟いた吹雪は、明らかに普通ではなかった。元々少々おかしな艦娘ではあったが、ここまでではなかった。

 ……ひょっとすれば度重なる事態の急変の連続でおかしくなってしまっているのかもしれない。休息が必要だ。誰もがそう感じた。

 

「あの子を倒さなきゃ何も始まらない。そうだよね、みんな」

「それは……そうだけど」

 

 弱々しく返事をしたのは漣だ。吹雪の言葉は正しいが、素直には頷けなかった。

 現状の戦力であれを倒す事はできない。新たな戦力(レ級)を迎えるのは心情的に嫌。でも未来を望むなら、今の苦痛を我慢しなきゃいけない事もわかっている。

 前に立つ吹雪からは、それぞれの顔が良く見えた。嫌悪、憎悪、敵意に悪意。それが吹雪越しにレ級に向かっている。

 あんな奴と一緒に戦うくらいなら……! そういった気持ちはまざまざと伝わってきていて、だからこそ、吹雪は言わなければならなかった。

 

「私は、この手で未来を掴みたい。そのためには……みんなに嫌な思いをさせちゃうけど」

「……もういいわよ」

 

 吹雪の言葉を大井が遮った。

 険しい表情は、まるで自分を責めているみたいで、吹雪は気圧されて口を噤んだ。

 

「もう、いいわ。あんたが言わなくとも、私は言うわよ。力を貸してくださいって」

「大井さん……」

 

 沈んでも嫌だ、という顔をしながらも、レ級と組む事を受け入れると言った大井に、吹雪は僅かに目を見開いて彼女の名前を呟いた。

 

「……私達は、あなたを司令官と認めた、から」

 

 初雪も、囁くように小さい声で続く。肯定の意思がこもった声。

 

「確かに、不知火はあなたを司令と認めました。その指示に従うと。……あなたが決めるのなら、不知火はやり遂げます。必ず」

 

 射殺すようにレ級を睨みつけながらも、不知火が淡々と語る。

 彼女達は自分の意思で吹雪を指揮官だと認めたのだ。今さら否とは言わない……そういう事なのだろう。

 

「うう、あたしはなんにも言えないかも。ただ、早くお風呂入りたいかも……」

「私も、そろそろ痛みで泣きそうです」

 

 言外に指示に従うという秋津洲に、柄にもない事を言う大淀。

 

『……中々慕ワレテイルヨウダナ? テイトク』

「そう、なのかな……。そうだと嬉しいな」

 

 彼女達が嫌々ながらもレ級と手を組むと言ってくれるのは、少なからず吹雪を信頼しているからだ。

 彼女が唯一人間……人間を名乗る艦娘だから、ではない。吹雪だからこそ、辛うじて受け入れてくれるのだ。

 

『マ、ソウイウ訳ダ。テイトク、コンゴトモヨロシク』

「う、うん。よろしくね」

 

 こうして、吹雪の鎮守府に新たに暁の鎮守府のメンバーと秋津洲、そしてレ級が加わったのだった。


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