勝利を刻むべき水平線は   作:月日星夜(木端妖精)

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タイトルの通り、オリ敵出ます。


第十五話 深海神姫

「たたた、大変かもっ! 一大事かもっ!」

 

 不穏な気配を察した面々が外へ飛び出れば、きらきらと輝く海の上を一人の艦娘が疾走してきていた。

 銀髪のサイドテールは細長く風にたなびいて、反対側には錨と長いリボン。緑と白からなる服はここからでも確認できる迷彩色。腕に抱えている水上機は二式大艇ちゃんだ。

 その背後には、水平線を隠してしまうくらい広範囲に蔓延る濃霧が、生き物のように蠢いて追いかけてきている。

 

「『神隠しの霧』……」

 

 満潮が呟く。声は震えていて、ギュウ、と拳を握りしめる音も聞こえてきた。

 ……あれが。

 レ級が操り、人も艦娘も深海棲艦も関係なく浚い、消し去ってしまう異常現象。

 生臭い鉄の匂いを含んだ風が海の方から漂ってきて、吹雪は、あの霧はあんなにも嫌な気持ちを抱かせるものだったかと疑問に思った。

 初日に呑み込まれた霧はもっと白くて、綺麗で――。

 

「とにかく彼女を助けるわよ!」

 

 急な危機の襲来にいち早く反応したのは叢雲だ。艤装も何もなしに海の上へ滑り出て、すぐさま秋津洲を迎えると、重度の疲労状態にある彼女を支えて戻って来た。

 

「はひ、はひ、感謝、圧倒的感謝かもっ……!」

 

 数歩、叢雲の手を離れて吹雪へと歩んだ彼女は、目をつぶったまま膝をつき、両手で持った二式大艇ちゃんを掲げてみせた。

 それきり肩を大きく上下させるだけで動こうとしない。彼女の艤装からは黒煙が立ち上り、破れて焼け焦げた服は、激しい戦闘の跡を窺わせた。露わになった肌が熱と汗で赤らんでいる。細い疵痕が幾つも浮き出ていた。艦娘を守る生体フィールドを抜けて、彼女自身にダメージが出てしまっている。

 

「損傷が激しいわね……潮、水を! 初雪、妖精さんを呼んで来てちょうだい!」

「わかっ、わかりましたっ!」

「ん。すぐ戻る」

 

 てきぱきと指示を飛ばす叢雲に、この鎮守府で活動する艦娘も黙ってはいない。暁が案内をするために潮を追いかけ、妖精とよく接する不知火が初雪について行った。

 

「はふ、はひ、ふぅ、ふぅ」

「話ができる状態ではないわね……」

「……あっ、戦闘準備か? 戦うのか、なぁ!?」

 

 摩耶の声に、誰も答えなかった。みんな戸惑っているのだ。なにせ十数年戦いから離れていた。そのせいで、急に戦えと……いや、『戦え』とすら言われていない状況でどう動けば良いかなど、即座には判断できなかった。

 

「霧が……止まっています」

「どうしよう、装備なんて持って来てないわよ……?」

 

 大淀が指さす先では、たしかに一定の距離を保ち、霧が進んでこなくなっている。だが安心はできない。左右へ伸びる霧は明らかにこちらを囲もうとしている。その速度を考えれば、あの島風でなければ逃れる事はできないだろうと予測できた。

 だが戦うにしても、武器がない。吹雪達は丸腰でこの地に来ている。……いや、強いて言うならば吹雪には連装砲ちゃん達がついているが、それだけだ。

 

『キュー』

 

 吹雪の周りを取り囲んだ連装砲ちゃんが彼女を見上げ、まるで共に戦おうとでも言っているかのように鳴いた。うん、と吹雪が頷く。今は自分が司令官だ。まずは指示を出さなくちゃ。

 

「総員戦闘準備! 脅威に備えてください!」

「武器ならうちにたんまりあるわ! ……妖精さん達と不知火達に伝えたから、すぐに持ってきてくれるわ」

「ありがたい事デス。しかしワタシは、この身一つでも戦えマス! テイトク、さらなる指示を!」

「ええっと、それじゃあ……私と金剛さんで偵察に向かいます。他の方達はこの……秋津洲さんの様子を見ていてください」

「提督! その指示は受けられません!」

 

 大淀が悲鳴染みた否定の声を上げた。なぜ、と問う間もなく、全員の視線が吹雪に突き刺さる。

 

「あなたを危険に晒す訳にはいきません」

 

 吹雪は司令官だ。艦娘を導く存在だ。せっかく手に入れた人間をみすみす失うような真似をするものか。

 言葉から読み取れる執念のようなものに、吹雪はたじろいだ。自身を勘定に入れた彼女の指示は、誰の心にも暗い影を落としてしまったらしい。

 

「私が行くわ。連装砲ちゃん達、ついてきてくれる?」

 

 叢雲が海際へ歩み寄って連装砲ちゃんに声をかけた。しかし彼女達は吹雪の傍から動こうとしない。体ごと左右に頭を振ってイヤイヤと拒絶している。

 連装砲ちゃんは自立稼働兵装。島風の装備だが、島風のみが扱えるという事はない。だというのに彼女達は力を貸そうとはしてくれないらしい。叢雲は眉を寄せ、海の方へ顔を向けて遠くにある霧を睨みつけた。

 

「なら……待ちます」

「待つ? 武器が届くのを? ……たしかに、向こうに動きは見えないし、そこの彼女から事情を聞いた方が対策もたてられる」

「では、そうしましょう。ちょうど水も来たみたいですし」

「待たせたわね!」

 

 本棟から潮と暁が出てきた。水差しと氷の入ったコップをそれぞれ持っている。秋津洲の傍に駆け寄った二人は、彼女の手から二式大艇ちゃんを預かると、代わりにコップを握らせた。白く冷えたコップに、彼女の息が僅かに落ち着く。

 水が注がれれば、すぐさま口をつけ、空を仰ぐようにしてごくごくと飲み始めた。

 

「ゆっくり飲んでくださいね……?」

「んぐっ、んぐっ、ぷはっ!」

 

 潮の注意は耳に届いていない様子。呼吸を挟まず全てを飲み切った彼女は、乱暴に口元を拭うと、ようやっと目を開いて周囲を見回した。

 そこに白い制服姿の少女を見つけて目を見開く。

 

「てっ、て、ててっ提督!?」

「司令官・吹雪です。何があったのか、詳しくお聞かせ願いますか」

「はいっ、ぇとっ、ええと、霧、霧に……!」

 

 人を見た。その錯覚と衝撃は大きく、彼女はまたすぐに話せない状態に陥ってしまった。

 そうこうしているうちに武器が運ばれてくる。数台の台車にそれぞれの艦種の艤装。初雪と不知火の他に、妖精さん達もわらわらと走ってきていた。

 

「それぞれ自分のペースで装備を整えておいてください。いつ何が起こるかもわかりませんから」

「司令、これを」

 

 不知火が吹雪型に共通する艤装を持って歩み寄ってきた。

 

「ありがとうございます、不知火さん」

「不知火に敬語は不要です。呼び捨てで構いません。それは自衛の手段として……ご自愛を」

「う、うん。ぇと、不知火ちゃん」

「……」

 

 装備は渡すがくれぐれも戦うような事はするな、と釘を刺され、なんだか不思議な気分になりながら、吹雪は手早く艤装を身につけ、連装砲を首から下げた。

 

『アタラシイ シレイデ アリマスナ。シジチョーライ』

『ワァイ、テイトク、ヨウセイサン テイトク ダァイスキー』

『ショセンハ カキュウセンシ ブザマナモンダ』

 

 わらわらと(つど)って来た妖精さん達が次々と意思を飛ばしてくる。この妖精暗号通信による意思のやりとりは、受け手によって聞こえ方が違う。吹雪には彼女達の真面目な声が届いていた。

 

「みんな、よろしくね」

『ユウジョウノシルシ ヤロウゼ』

 

 小さなお手てで握手をせがむ一匹の妖精さんに、吹雪はしゃがんで人差し指を出した。指と手でのシェイクハンド。

 

「ぅぅっ、反省かもっ。取り乱してごめんなさい。霧には敵がいっぱいいるかもっ」

「秋津洲さん。……それで、その敵とは何級なんですか?」

 

 立ち直った秋津洲がよたよたと吹雪の前に出て、疲れた様子の敬礼をしながら報告を始めた。

 

「秋津洲流戦闘航海術がまったく通用しなかったかもっ。強敵かも!」

「それは……それで、敵は?」

「敵は! ……敵、は、その……霧が濃くて、正確には……」

 

 自信がないのか、尻すぼみに口を閉ざしていく彼女に、今は少しでも情報が欲しいから、と吹雪は催促した。どんな些細な特徴でも良い。そこから敵の正体が割り出せるかもしれない。

 

「イ級だったような気がしたし、ハ級だったような、ああでも、ロ級だったかもっ。ううん、人型……姫級かも? ……あっ、すっごく大きかったかも! 大きな口で叫んで、うるさかったかも!」

「要領を得ませんね……いかがなさいますか、提督」

 

 ふむ、と頷いて吹雪に問いかけた大淀の手には水差しが握られていた。蓋に手が添えられている。今にもそれを外して中の水を秋津洲にひっ被せでもしそうだった。

 彼女の話からは敵の姿がまったく見えてこない。情報が少ないのではなく多すぎるとは思わなかった。

 質問を変えよう。

 

「では、敵は何体いましたか?」

「んん、一体……いや、たぶん、三体くらいかも。……でっかいのと、中くらいのと、でっかいの……」

「三体、もしくはそれ以上ですね。みんな、聞いた? 各自武装の点検を終えたら、隊列を組んで、海に出ます」

 

 了解、と複数の声が重なる。

 マア待テ、と制止の声も被った。

 

態々(ワザワザ)霧ノ中ニ入ル必要モアルマイ』

「え? なんでですか?」

『ナンデッテ、私ガココニイルンダシ』

「……? ……あっ!」

 

 はっとして振り返れば、本棟前に背の低い少女が立っているのを見つけた。

 黒衣に青白い肌。それにその特徴的な笑顔は、間違いない、戦艦レ級。

 

「貴様!」

 

 満潮が飛び出した。砲を掲げ、誰が止めるより速く。その顔は憎しみに染まっていた。

 ――ずっと倒れていた彼女の時間も、きっと十四年前で止まっているのだ。吹雪にはそう思えた。現に彼女は生々しい感情を発し、レ級に向かって……腕の一振りで消し飛んだ。

 

「えっ」

 

 目を見開く。

 今そこに、確かに存在していた満潮が……消えた。

 他ならぬレ級の手によって。

 

「み、みち……え? え、今……どう、」

「落ち着きなさい、吹雪。満潮は霧によって飛ばされただけよ。どこかにね」

 

 取り乱しかける吹雪の隣へ立った叢雲が強い口調で話しかければ、吹雪は緩やかに自分を取り戻す事ができた。

 霧……そうか、神隠しの霧で。

 たしかに先程レ級が腕を振った時、濃霧が巻き起こっていた気がする。

 

「いくらあいつが強いと言っても、人一人の体を粉微塵にするほどのパワーはないわ」

『マァ、ソウダナ。私ニソコマデノ(チカラ)ハナイ。……バラバラニスルグライナラ容易イガ、ナ』

 

 さっと腕を広げ、歩みながらレ級が言う。どこか芝居がかった仕草は、狂気的な笑みと相まって現実味を薄れさせていた。

 

『安心シロ。オ前達モスグニ同ジ場所ヘ送ッテヤルサ』

 

 緩やかに腕を振るレ級に誰も攻撃しなかったのは……知っていたからだ。

 奴に艦娘の兵器は効かない。何をしても無意味。

 だからといって無抵抗でやられようとはしなかったが、何をするよりも霧が視界を覆う方が遥かに速かった。

 

 なすすべなく霧に呑まれた先は、海の上だった。

 

「くそっ、どうなってやがる!」

「て、提督……!」

 

 苛立つ摩耶に、怯える潮。

 

「う、くっ……!」

 

 ここへ飛ばされてきていたのか、少し離れたところで満潮が海に手をついて身を起こしていた。

 

 戦える者と戦えない者が入り乱れている。

 吹雪自身も経験が浅すぎて、どちらかというと戦えない者の方に入る。

 

「みんな、集まって!」

 

 それでもやれる事をやるだけだと奮起し、すぐさま指示を出した。

 吹雪を守るようにそれぞれが囲み、周囲に砲を向けて警戒する。

 戦いの雰囲気は久々だったが、体には当時の動きが染みついていた。鈍った勘も二、三隻敵を倒せば戻るだろう。

 そう思う経験者に反して、吹雪や初雪といった未経験者には、この緊張感や先の見えなさは中々にきついものがあった。

 どう動けば良いのかは知識にある。でも、いつ動いたら良いのかはわからない。

 指示が欲しい。吹雪は指示を送る側だ。自分でそうなった。少しその判断を後悔した。

 

『ナンダ……人間ガイルッテ聞イテ来テ見レバ……タダノ艦娘ジャナイ』

「っ!」

 

 霧の向こうから聞こえてきた声の方へ一斉に砲身が向けられる。

 

『ダガソノ艦娘ガ人間トナッタノダ。……コノ海ニ眠ル遺志ガ活性化シテイル。マタ戦争ガ始マル』

 

 声とは反対の方からレ級が現れ、吹雪を囲む艦娘達の半分が即座に振り返り、歩み出てきたレ級へと構えた。飛び出そうとした満潮が隣に立つ金剛の腕で止められる。この場で一人突出するのは自殺行為だ。

 ギリリと歯を噛みしめる音が鳴った。

 

『ソレハソレハ……』

『非常ニ喜バシイ事ダロ?』

『実ニ嘆カワシイ事ネ』

 

 吹雪達を挟んで、レ級が何者かと会話している。それが不気味で、左右に目を走らせながら、吹雪は額に滲む汗を無視して砲を抱え、腕に力を込めた。

 足下に佇む連装砲ちゃん達が足に擦り寄る。鉄の硬さと冷たさに少し安心した。

 

『人間ハ消ス。モウ戦争ハ起コサナイ』

 

 霧が蠢く。正体不明の少女の声の下へ続くように左右に分かれた霧の向こう側。

 底に佇む少女は、小さかった。

 だけど、力強い存在感を放っていた。

 長い金髪――金に似た、クリーム色の長髪は足下まで伸びていて、前髪の両脇が龍の牙のように鋭く固まって曲がっている。黒く縁どられた目は暗く、だけど確かな色があった。黄色の双眸は見ようによっては金に輝いているようにも見えた。

 

 目の真下、真ん中ほどから切れ込みのような赤い線が青白い肌の上を走り、顎まで伸びている。頭頂部には肌と同化した真っ黒な布が乗っかり、余った布が肩の後ろへ長く伸ばされていた。

 駆逐艦サイズの小柄な身を包む衣はイ級の皮を剥いで作ったような雑なもので、丈も短く、二の腕から指の先や、お腹周りや太ももから足先までが露わになっている。

 

「あなたは……」

『名前ナドナイ。コノ海ニ消エタ』

『深海神姫(シンキ)トデモ呼ンデオケ』

 

 ただ立っているだけのはずなのに、レ級が深海神姫と呼称した――おそらく姫級の個体は、威圧感を振り撒いていて近寄りがたい。

 それは吹雪が感じた事だ。もしかすれば金剛や叢雲のような歴戦の戦士なら、この程度どうって事ないと感じるのかもしれないが……指揮官の役割を持った吹雪が怯えてしまっては元も子もない。

 寄り添う連装砲ちゃん達に幾ばくかの勇気を貰いながら、吹雪は帽子のツバの下から深海神姫の様子を窺った。

 

「気を付けて……! あいつらだけじゃないかも! でっかいのもいっぱいいるかもっ!」

「でっかいの……?」

 

 秋津洲が注意を呼びかける。だけど、そのでっかいのとやらは姿も気配も見当たらない。霧の向こうにいるとしても、足下に広がる黒錆びた海は静かなままで、何か巨大な物が動くような感覚は伝わってこなかった。

 

「吹雪さん、カンドロイドのMAP画面を開いてください」

「はい、わかりましたっ」

 

 大淀に促され、吹雪はすぐさま左腕に括りつけたカンドロイドのスイッチを押し込み、光化学画面を出した。

 MAP画面では自分と味方を示す矢印が密集し、挟むように一隻ずつ赤い光点があった。

 だけど、それだけだ。他に敵の姿は見当たらない。

 

『無駄ダ。霧ノ中デハ何モカモガ神出鬼没。ソノ機械ニ頼リキリデハ不意ヲ突カレルゾ』

「っ……カンドロイドが、意味ない……!?」

「仕方ないわ、ならいっそ使わないって方が良いかもね」

 

 この便利な機械が通じないと知って戦慄する吹雪に、瑞鳳が軽い調子で声をかけた。

 そんな物がなくとも私達は大丈夫。そう勇気づけられているように感じて、吹雪は熱い息を吐き出し、ぐるぐると回る思考をなんとか一纏めにしようとしながら、光化学画面を消し去った。

 

『……ソレハ』

 

 深海神姫が微かな声を発した。

 風に乗ってそこかしこに響く不思議な声。

 幼くもあり、大人びていて、でもノイズが走っているような不快感も少しある。

 

『……イヤ、イイ。貴様ラヲ殲滅スレバ全テ終ワリダ』

 

 深海神姫が腕を上げた。

 何かに号令を下すように。始動を促すように。

 海が荒れる。

 足下がぐらつき、小さな悲鳴が重なった。

 お互い近い位置にいたために支え合い、一人としてバランスを崩す事はなかったが、代わりに誰一人事態に対処する事はできなかった。

 

『オオ――』

 

 敵が増えた。

 それは、巨大な影だった。

 二階建ての建物より大きいくらいの体を持ったイ級……そう称するほかない怪魚が体をくねらせ、波を跳ね上げて深海神姫の周囲を取り巻く。どれほど海がうねろうと、彼女は決して姿勢を崩さなかった。

 

『―――――――――!!』

「きゃあ!」

「っ!」

「なに!?」

 

 今度は咆哮だ。

 馬鹿でかい口を開け、大音声が放たれる。思わず耳を押さえてしまうほどの音の暴力に、たまらず誰もが顔を歪めた。

 同時に驚愕する。

 艤装や装備に青白い電が走り、バチバチと音をたて、黒煙を昇らせ始めた。

 

「これは……!?」

「ぎ、艤装が使用不可能になってます!」

「あ、あいつかも! 二式大艇ちゃんをこんなにしちゃった化け物!」

 

 秋津洲が抱えている飛行艇を労わりながら、新たに現れた怪魚こそ脅威だとみんなに伝えた。

 吹雪も自らの兵装が全て使い物にならなくなっているのを確認し、一周回って冷静になってきていた。

 そろそろ戦いがどんなものなのかわかってきた気がするのだ。

 

『コレデ貴様ラハタダノ標的ダ』

「ちっ! 悔しいけど、奴の言う通りね!」

「どっ、どうするのよ! このままじゃ暁達やられちゃうわ!」

「みんな、大丈夫だから、落ち着いて」

 

 狼狽える仲間達に吹雪が声をかければ、一転して静まり返った。

 誰もが息を潜め、吹雪に視線を移す。何が大丈夫と言うのだろうか。

 

「どうしてか、連装砲ちゃん達は大丈夫みたい」

 

 怪魚の動きに合わせて波が起こり、大きく体が上下する中で、吹雪は言う。

 その足下で連ちゃん、装ちゃん、砲ちゃんの三匹がヘラのような手を上げ、『キュー』と鳴いた。

 

「だから――」

「いけません。行かせませんよ……むしろあなたこそ逃げるべきです」

 

 吹雪の考えを読み取った大淀が被せるように言う。

 有無を言わさぬ口調に、吹雪は口を閉ざさざるをえなかった。

 

「司令。不知火達が囮になります」

「ご主人様は人類最後の一人っ、私達の最後の希望!」

「司令官。初雪達に命令して。誰を残し、誰と共に行くのか」

 

 決断を求められている。

 誰を残し、誰と共に。

 それはつまり、誰を殺し、誰を生かすか、という事。

 

 吹雪は知らなかった。

 

 人になるという事が……司令官になると言う事が、こんなに辛くて、恐ろしい事だったなんて。

 誰一人切り捨てたくない。みんなを助けたい。そのためなら自分の身を犠牲にしたっていい。

 きっとその考えは艦娘的で、人間の指揮官としては落第点も良いところだろう。

 それでも吹雪には、その考えしか浮かばなかった。

 

『人トナル事ヲ選ンダ最後ノ艦娘ヨ、サッサト決断シタ方ガ身ノ為ダ。敵ハ待ッチャクレナイヨ』

 

 レ級すら吹雪を急かした。

 その言葉の通り、怪魚は体の向きを変え、こちらへと進路を取ろうとしている。

 深海神姫も、今にも動き出しそうな気配を見せていた。

 

「ぅ、わ、私……」

「提督……!」

「司令官……!」

「吹雪!」

「わ、私、は……!」

 

 時間がない。

 深海神姫が動いた。

 腕を広げ、ザブザブと波を蹴りつけて歩んで来ている。

 

『サァ、来イ!』

 

 轟く少女の声の中で、吹雪は涙で滲んだ視界の先に手を伸ばした。


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