勝利を刻むべき水平線は   作:月日星夜(木端妖精)

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暁が眠る、素晴らしき物語の果て
第十三話 司令艦娘吹雪


 

 

「そういう訳で司令官になってみたんだけど」

「……そうね」

 

 組んでいた手を解いて机へ乗せた吹雪が、キリッと整えていた表情を崩し、照れ笑いを浮かべながら言った。

 真面目な顔も良く似合っているが、こういう風に素朴な表情も彼女には良く似合っている。

 

「どう、かな。司令官の制服、似合ってるかな」

「見たままを言えば、着ているというより着られている、ね」

「あう。やっぱりそう見えるよね……」

 

 袖口を弄りながら問いかけた吹雪は、ばっさり切り捨てられて項垂れた。大きな机と大きな椅子に挟まれているのも相まって、彼女はとても小さく見えた。

 頼りない司令官の姿に、叢雲が肩を竦める。

 

「……それでどうするのよ、()()さん?」

 

 腕を下げた大井が姿勢を崩し、腰に手を当てて問いかけた。若干苛立たしげなのは、場に流された羞恥やらが綯交ぜになっているのだろう。

 

「ぁ、はい! えっと、先程も言った通り、まずはみんなを起こそうかなって考えてます」

「んんっ。……なんか、すっごく嬉しくなって思わず受け入れちゃったけど、結局はあなたが人間だって名乗ってるだけだし、意味ないんじゃないかしら」

 

 こほんと咳払いをした瑞鳳が指摘する。それは、その通りだ。

 人がいない状態でみんなを起こしても、また動かなくなってしまうのは実証済み。

 今度だってそうなってしまうのではないか、むしろそうなるだろうと危惧するのは当たり前の事だった。

 

 ところで、彼女は今言ったようにただ熱に押されて吹雪を司令官と認めた、という訳ではないだろう。

 人間宣言から一夜が明けて、現在時刻は朝の九時。考える時間は十分にあった。

 ゆえに吹雪が正式にこうして執務室の机についている時点で、全員が吹雪の人間化(?)、及び司令官としての着任を認めた事になる。

 認めたからと言って吹雪が本物の人間になれる訳ではないが、全員のコンディションは最高値以上に振り切れていた。本物の人間が現れれば、黄金色の炎を噴き出してしまいかねない勢いだった。

 

「吹雪さん。いえ、提督。あなたの指示に従うのはやぶさかではありませんが、同胞の目覚めを促すにあたって一つ、問題があります」

「問題、ですか? 瑞鳳さんが言ったのとは別の、でしょうか」

「ええ。前にも私は言いましたね。倒れた艦娘に分け与える資源はない……あれは驚かしや嘘ではないのです」

「あっ……あ、ええはい、そ、そうですよね」

 

 一歩前に出た大淀がまた別の問題を指摘する。

 資源がない。彼女達を起こそうにも、与えるべき燃料が足りないのだ。吹雪はその事をすっかり忘れていて、恥ずかしそうに頬を掻いた。

 

「一人分ならなんとか捻出できます。たった一人だけに絞って、で良いのならば、ですが……」

「まずは一人、試してみるのがいいんじゃない?」

「そうよね。全員起こして駄目でした、では、言ってはなんだけど、資源の無駄ですもの」

 

 瑞鳳の言葉に大井が同意する。それはそうだ。事を急ぐ必要はない。時間的猶予は、それこそ地球が滅びるまである。問題なのは自分達が生きていくだけの至言を確保できるか、その一点だけだ。

 仕切り直すように眼鏡のつるを押し上げた大淀が、吹雪に問いかける。

 

「では提督、どの艦娘を呼び覚ましますか?」

「そうだなぁ……」

 

 顎に指を当てて思案する吹雪だったが、まず誰を、と聞かれて一番に思い浮かぶのは一人だけだ。

 

「お決まりですか? では、参りましょう」

 

 先導する大淀に、司令艦娘吹雪以下艦娘と妖精達がぞろぞろとついていった。

 吹雪は、(妖精さんいたんだ……)と秘かに思った。

 

 

 湯呑みサイズのドラム缶を手に、吹雪は艦娘寮、駆逐寮二階の満潮を寝かせた部屋へ足を運んだ。

 今回吹雪が選んだ艦娘は、写真を拝借した相手、満潮だったのだ。

 あの古びた写真はすでに彼女の手に戻っているが、勝手に借りていた事は事実。なのでまず彼女を起こし、その事を謝罪しようと思っていた。

 二段ベッドの下側に寝そべる彼女の隣へ膝立ちになった吹雪は、安らかでも険しくもない顔をしばらく眺めてから、行動に移った。

 

「ん……」

 

 唇を割るようにドラム缶の縁を差し込み、頭を支えて燃料ドリンクを飲ませる。ゆっくり、ゆっくり、むせたりしないように。

 口の端からつぅっと半透明の液が流れる。反応は、ない。

 やっぱり、飲んでくれないのかな。

 吹雪の脳裏に諦めがよぎった時、こくりと満潮の喉が動いた。

 それがきっかけで、少しずつ少しずつ彼女は燃料を飲み下し、ついには腕を持ち上げ、吹雪の腕をがっしりと掴んで、自らの意思でドラム缶を傾け始めた。

 

「…………」

 

 そっと目を開いた彼女に、その口からドラム缶を離す。光の糸が引いたのは唾液が分泌されている証。彼女が活動し始めているという証明。

 

「おはよう、満潮ちゃん」

「…………?」

 

 光の無い瞳を吹雪に向けた満潮は、直後、カッと目を見開いた。

 

「しれい……! …………ふ、ぶき?」

 

 がばりと身を起こした満潮が言葉の途中で息を呑む。少し目を細めると、確認するように名前を呟いた。

 

「うん。私は吹雪だけど、司令官でもあるよ」

「……。……? …………?」

 

 ここからが正念場だ。

 今部屋の外で待っている大淀達の話によれば、燃料を与えれば一時は意識を取り戻す艦娘は、現状を正しく認識すると一時間と持たず呆然自失状態になってしまう。

 満潮を現在(いま)へ連れ帰るには、繋ぎ止めるものが必要だ。

 まさにそれとなれるよう、吹雪は人間に、司令官になった。

 目を白黒させる彼女を労わるように手を握って持ち上げ、感覚を共有する。彼女の視線は吹雪から外れて、自身の手に向かった。

 繋ぎ止める。こうして、物理的にでも。

 

「深海棲艦がいるんだ。私、満潮ちゃんと一緒に戦いたいな」

「た、たかう……? …………? ……まだ、おわって、ない?」

「終わってないよ。……まだ、終わってない。ここに人類最後の一人がいる」

「……にんげん?」

 

 そんなの嘘っぱちだ。

 人間なんてどこにもいない。

 人間を自称する艦娘が一人ばかりいるだけで……でも、満潮が意思を取り戻すには、それで十分だった。

 

「ん、んっ!」

 

 彼女は吹雪の手をきつく握り締めると、全身に力を入れて起き上がった。埃っぽい服から、古い匂いが立ち(のぼ)った。

 

「……感謝するわ。私を起こしてくれた事」

「ううん。……私がやりたいと思った事をしただけだから」

「なんでもいい。私は、戦わなければならないの」

 

 綺麗な薄黄色の大きな目を力強く瞬かせて、彼女は過去に思いを馳せるように俯いた。

 力いっぱい握り締められた拳からギシリギシリと圧力の音がする。

 

「この手で……あいつはこの手で、こっぱみじんにしてやりたいと思っていた……!!」

 

 『あいつ』が誰を指すのかは、吹雪にはわからない。でもそれは、一緒に過ごしていればきっとその内わかるだろう。

 今は彼女の再起を喜ぼう。

 

「じゃあ、一緒に行こっか」

「……ええ。……体が凝って仕方ないわ」

 

 こうして、吹雪の艦隊に新たに満潮が加わった。

 

 

「どうやらあなたは正真正銘の提督のようですね」

「コングラッチェーション! 吹雪~、素晴らしい働きデース! 感動シマシタ!」

 

 食堂に集まった面々は、満潮がシャワーを浴びている間、話を詰める事にした。

 真に艦娘を呼び覚ました吹雪は、すなわち満潮にも提督であると認められたという事。

 きっと吹雪は、艦娘でありながらも提督に成り得る資質を持っていたのだろう。

 もしかしたら、それは割とポピュラーな性質だったのかもしれない。

 過去、提督になれるかどうかの検査を艦娘に行ったという記録はないが……そもそも艦娘は提督となる資質を多く備えている。妖精が見え、意思を交わせて、他の艦娘と絆を結べる。

 だからなろうと思えば、誰もが提督になれたのかもしれない。

 しかし提督とは人間だ。艦娘は人間ではない。

 であるなら、司令官となった吹雪は人間か艦娘か、どちらなのだろうか?

 

「じゃあ、みんなを起こしても大丈夫ですよね! ……燃料さえあれば、ですけど」

「こういう時こそ横の繫がりよね。お隣の鎮守府に燃料を分けてもらいに行きましょ」

 

 満潮が風呂から上がるまでに準備を整え、全員で本棟前へ向かう。一足先に出ていた大淀が玄関前に車を回して待っていた。

 

「どこに行くのよ」

「移動しながら説明するね。……初雪ちゃんが」

「ん」

 

 しっとりと髪を濡らし、制服も洗濯・乾燥させて生まれ変わった満潮は、事情を知らないために説明を求めていた。自ら話そうと思った吹雪だったが、初雪の獲物を見つけるような目を見て彼女に任せる事にした。……案外、説明とかそういうのが好きなのかもしれない。

 

 助手席の扉を開け、運転席に座る大淀に「失礼します」と一言投げかけた吹雪が座席に背を預けてすぐ、その膝に連装砲ちゃん達が飛び乗ってきた。

 

『キュー』

「あはは。あっ、こら、危ないよ」

『キュ?』

 

 大きいの、中くらいの、小さいのの順番でぴょーん、ぽーんと膝の上に乗ってくるものだから、そんなに大きくない太ももの上はすぐに満員。弾き出された小さいの……叢雲が砲ちゃんと呼ぶ子が足下に落ち、目を回した。

 

「よこしなさい」

 

 開けっ放しのドアからさっと腕が伸びてきて、装ちゃん(中くらいの)と砲ちゃん(小さいの)を掻っ攫っていった。

 

「じゃ、吹雪。また後でね」

「うん、じゃあね」

 

 銀髪を翻してスタイリッシュに去って行った彼女は、隣に止まっているもう一台の車に乗り込んだ。そちらは瑞鳳が運転するもので、叢雲の他に金剛と大井が乗っている。他には、お隣に届けるための日用雑貨や何かがダンボールに詰め込まれて積まれていた。それはこちらの車も同じ。

 

「シートベルトをしっかりかけてくださいね」

 

 扉を閉めた吹雪は、大淀の注意に従ってきっちりシートベルトをかけた。バックミラーに目を向ければ、満潮が初雪と潮に挟まれてちょこんと座っている。じぃっと吹雪の後頭部を見つめているようだった。吹雪の提督衣装が気になって仕方ないのだろう。

 

「それでは出発します」

 

 ギアが入り、車が発進する。

 吹雪はなんとなくカンドロイドを取り出して、光化学画面を出した。地図機能が正常に働き、自身の現在地が△で表され、点と線でできた鎮守府から抜けていく。

 見慣れぬ機械の出現にか、満潮が反応した。

 

「……それは、あんたの?」

「これ? ううん、私のじゃないよ」

「いいえ、提督。それはあなたの物です」

 

 成り行きでずっと自分が持っているだけで、自分の所有物ではないと言った吹雪に、大淀が訂正した。

 

「叢雲さんはそれをあなたに譲渡する気のようです。少なくとも、自分の持っているものではない、と」

「え、でも、叢雲ちゃん、そんな事言ってませんでしたよ?」

「つい先ほど聞いたばかりですからね。しかし……」

 

 大淀の視線がミラー越しに満潮に向けられる。

 

「もしかすると、あなたより彼女の方が持ち主に相応しいかもしれません」

「……満潮ちゃんが?」

 

 その視線を追って振り向いた吹雪に、満潮は腕を組んで座席に背を押し付けた。

 

「いらないわ、あいつの持ち物なんて」

「あいつって誰か、聞いても良い?」

 

 少し機嫌を損ねたように吐き捨てる彼女に、吹雪は物怖じせず問いかけた。気になる事が多くて、躊躇っている暇など無いのだ。

 

「……島風よ」

「……島風ちゃん、か」

 

 またその名前だ。

 この鎮守府に所属していて、最も強かったというなら、交友範囲もよっぽど広かったのだろう。

 しかし満潮は、どちらかというとその島風の事を嫌っていると吹雪には思えた。

 あまり踏み込んで良い問題ではないだろう。そこら辺の事情も、付き合っているうちにわかってくるはずだ。

 

 

 ハイウェイを通り、件のお隣さんまで向かう事一時間半。

 街中はどこもかしこも倒壊しており、形を保っているものは多くなかった。

 ハイウェイだって穴開きで、しかも横転した車や、三つ四つ一緒くたに団子になっている車なんかもあるが、大淀は慣れた様子で運転していた。もう何度も往復しているのだ、このくらい大した事ではない。

 

 二台の車が、鎮守府に辿り着く。カンドロイドのMAP画面では『名もなき鎮守府』となっていて、きっと人間がいなければ全部同じ表示になってしまうのだろうと吹雪は思った。それから、自分達の鎮守府に名前を付けるべきかとも考えて――今の司令官である吹雪ならいけるだろう――、やめる。今名前を付けてもしょうがない。それよりやらなくちゃならない事は他にたくさんある。

 

 外観も内部も吹雪達の鎮守府とそう変わりない場所。

 本棟前に車を並べて停め、全員が下りた頃に、本棟の玄関から小柄な影が飛び出して来た。

 

「待ってたわ! 入り用なものがたっくさんあるの。さ、はいっ――人間?」

 

 紺色のロングストレートは腰まで届く長髪で、髪と同色の戦闘帽形略帽がぷっかり嵌まっている。服装は暁型共有の制服。

 駆逐艦・暁だ。

 彼女は面々を見回しながら歩み寄ってきて、吹雪を見つけると、目を見開いて立ち止まった。

 

「はい。このたび我が鎮守府に着任しました、吹雪です。よろしくお願いします」

「って、艦娘じゃない! びっくりさせないでよ、もう」

 

 もー、とぷりぷり怒りながらも、暁の視線は吹雪に釘付けだ。用も忘れて彼女に走り寄り、その手を取って引っ張り始めた。

 

「で、でも、そうね、新顔ならおもてなししなきゃ、レディーの矜持に反するわ!」

「えーっと……どうしましょう?」

「あなたの紹介も兼ねてますから、彼女について行って、そこでこの鎮守府の艦娘と顔合わせを行ってください」

「ちなみにその暁はこの鎮守府のトップよ」

「そうよ、ここは暁の鎮守府よ! えっへん!」

 

 瑞鳳の紹介に、彼女は足を止めて自慢げに胸を張った。

 自分より頭一つ小さい少女のえばりっぷりになんだかこそばゆい物を覚えながら、吹雪はトテトテと後ろから走ってきた連ちゃんを抱え上げ、両腕でよいしょと抱いた。

 

「それじゃあ、案内するわ。ついてらっしゃい!」

「…………」

 

 軽快な動きで本棟へと走って行く暁の後姿に目を細め、吹雪は両隣りに来た初雪と潮に、「すっごく元気な艦娘もいるんだね」、と小声で話しかけた。

 暁は、まるきり彼女に僅かにある知識通りの様子だった。レディーを自称し背伸びするのも、幼さが丸見えなのも、愛らしい動きも。

 だけど彼女は大戦を切り抜け、生きて帰り、人類絶滅を受けて倒れず、十四年の歳月を耐え抜いた艦娘。吹雪よりずっと長く生きて、辛い経験をいっぱいしてきたはずだ。

 

「……よしっ、私も頑張らなきゃ」

 

 それでも健気に動く暁に元気を貰った吹雪は、軽く気合いを入れて歩き出した。


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