第一話 目覚め
「撃ちます! 当たってぇ!!」
『――――ッ!』
「装備換装急いでっ!!」
『オオ――』
「ぁあああっ!?」
『――――!!』
「っ、こんのぉ、やったわね!!」
怒号と、悲鳴と、怨嗟の声が海上にひしめき合っていた。
砲火が空を焼き、黒煙が雨のように降り注ぎ、一人、また一人と沈んでいく。
そこに絶望はなかった。
そこには希望だけがあった。
深海棲艦との最終決戦。集まったのは全世界の艦娘。
練度の高低関係なしに戦いに挑み、作戦は等しく「前進あるのみ」。
敵が沈む。
味方は沈まない。
どれだけ傷つこうと、どれだけ熾烈に攻められようと、近くの艦娘と手を取り合い、協力して敵を打ち倒していく。
勝利は目前だった。
敵の首領である深海棲艦さえ倒せば、世界に平和が戻る。
そのはずだったのだ。
「――――っ!!」
誰かの悲鳴が響いた。
直後、声を上げた艦娘とは別の誰かが沈んだ。
それは希望だった。
全艦娘の中で最高峰のパワーとスピードを持つ艦娘が敵首領と交戦し、討たれた。
激震が走る。
この戦いにおいて人類が彼女を心の支えにしていたのと同じように、多くの艦娘が彼女に心を預けていた。
彼女が沈まない限り私達も沈まない、と。
だが希望は砕けた。
広がる風に不安は伝播していって、戦線が崩壊した。
不屈の艦娘がいくらいようとも、もう、状況は覆せなかった。
◇
「綺麗な空だなぁ」
半球状の青空を見上げた吹雪は、波に体を揺らされながら呟いた。
「……はふー」
あくびをするように大きく息を吐き出した吹雪は、空に向けていた顔を戻して周囲を見回した。
見渡す限りの青、青、青。太陽光に煌めく白。
知識が囁く。これは海。走るための道。敵への直結路。
自らのテリトリーであり、敵のテリトリーでもある生命の泉。
「……、……。」
上下や左右に細かく揺さぶられる体に、肩に食い込む厚布。背負った
何気なく浮かせた手が冷たい鉄に触れ、指の腹で撫でれば、痺れに似た感覚が指先に残った。
「……なんで私、ここにいるんだろう」
ぽつりと呟く。
風の音がそれに答える。
今ここに艦娘・吹雪が誕生した事に意味など無い。
ならば今この時に生まれた吹雪に役割は課されない。
だから吹雪は自分が何をすればいいのかがわからず、ただこの場に立っていた。そうして波に揺られていた。
「……ん」
首の後ろに手を回し、もう片方を天に突き上げてぐぐーっと伸びをした吹雪は、しっかりと
自分がなんのために生まれたのか。自分は何者なのか。それらならば全て、この世に発生した瞬間から吹雪の中に答えがあった。
かつての
人類に
……だが、どうだろう。
本能が囁いている。海の上へ浮き上がった瞬間に得た知識が、こう言っている。
『人類に未来はない』……と。
それはすなわち、艦娘にも未来はない、という事だ。
「……ひなたぼっこしたいなぁ」
夏の空は高く、ぎらぎらと照りつける太陽は容赦なく体から水分を奪う。
だが艦娘は航行する際に纏う防護フィールドに守られ、温度を保たれている。
眩い日差しはぽかぽかと陽気で、足下で波立つ海と水煙は涼しい。
気を抜けば眠ってしまいそうな、そんな感覚。
だがここは海の上。安全な場所とは限らない。
にも関わらず吹雪がこんなにも
この吹雪は……少し、ほんの少し、変だった。
その理由は、この先で出会った初めての知的生命体から教えられる事になる。
2038年8月1日。
どこまでも澄んだ静かな空は、水平線の彼方まで続いていた。