つん たか つん たか
指を規則的に動かしながら、自分のリズムを作っていく。
目の前・・・というか、周囲を覆うスクリーンに見えるのは、果てしない砂漠。
右を見ても、左を見ても、砂漠、砂漠、砂漠、砂漠、あ、朽ち果てたビル、砂漠。
美しい景色。何十度もここにきているが、これが仮想現実だとは到底信じられない。
私は、エスコンのVRモードを楽しんでいる時のことを思い出した。
あの時は感動しつつも、どこか画素の粗さが気になったが・・・いま、ここにそのような意識は無い。
脳にとってはただの現実。何をやっても、私の愛機は壊れないが。それでも現実。
色々詰め込んだせいで乙女とは思えないほどに強張った首筋を親指で揉みながら。さて、始めるかと独り言ちる。
レーダーが2つの光点を捉える。方位060より高速で接近中の敵機発見。迎撃せよ、迎撃せよ、ゲイゲキセヨ…
ぶつぶつと呟く、自分をトランスさせていく。今ここにいる喜びを噛みしめながら。
私は跳躍した。私の調整したAIを、一分以内に仕留めるべく。
ブンブンハローアーマードコアァ……
こんにちはからこんにちはまで、暮らしに健やかさを提供します。ご存じ、ジャンヌ・ウォルコットです。
そんな一人言と共に、私は愛機の胸から出てくる。ぐっもーにんえべりわん。あぁ、太陽が心地よいわね奥様。
そうね、ここは地下だけど。
自らの眼前に広がる光景をそこそこ満足げに眺めながら、私はごっとごっとタラップを降る。
無機物に囲まれた心地よい空間だ。大型の整備機器が、気を使いながら我が愛機をチェックしている以外、
何の音も聞こえない。
その様子を数秒間眺めると、更に気分が盛り上がってくる。
やはり、ロボは飽きない。美人は三日か四日か五日か六日で飽きるというが、ロボを眺めていても全くそんな気は起きない。真に美しいからね。しょうがないね。
「と、わったいむいずぃっとな~う?」
げ!六時半!!?
まずった、思ったより楽しみ過ぎていた。私は焦りながら私室に繋がる梯子に走った。
まっずいまっずい。朝だ夜明けだリリウムが起きちゃう!!なんでいつもより一時間長くやっちゃうのよ馬鹿シンジ!!(※自主規制)!(※自主規制)!!(※自主規制)!!!!!
梯子に手をかけ、飛ぶように、跳ねるように駆け上がる。シミュレーションの興奮がまだまだ続いている。
いい感じに恐怖を感じる回路の電源が切れている。
ヤケクソに近く私が叫び歌うのはスネークイーター。オーライ!レディゴー!ほーきーどーきー!!
だぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!まっにゃった!!!!!!!!!!!
隠し扉のハッチを開き勢いよく自室にエントリってっもいっきりベッドに頭ぶつけた痛くねぇ!!!
時計を見る。オーライまだ大丈夫。さっすが自分。ビバ自分。
とりあえず、ベッドに潜り込む。よし、あとは寝たふりをして10分後に来るであろうぐー・・・・・・・
朝は、そこまで嫌いではない。
確かに、夢の中には優しいお兄さまもお姉さま達もいるし、ゆっくり一緒にお話もできる。
だから、その夢から覚めると少しだけ悲しくなる。
でも、朝は急ぎ足とはいえユージンお兄さまが起こしてくれるし、すぐフランシスカお姉さまがキスもしてくれる。そして少し歩くだけでジャンヌお姉さまには会える。
だから、朝はそこまで嫌いではない。
緊急の仕事が入ったと既に着替え終わったお兄さまから、寝坊助のお姉さんを起こしてやってくれとお願いされた私は、早足にジャンヌお姉さまの部屋に向かう。少し乱れた息をそのままに、ノックを三回。
……
返事はない。熟睡しているのだろう。
ゆっくりと扉を開けると、ベッドに膨らみが見えた。
気配を感じた。扉が開く気配。布団の中で少し瞼を開けたわっちは、さて、どうするかと考える。
眠い眠くないでは全く眠くない。でも、だからといってフートンの魔力に抗えるかと言ったら別。
判決。二度寝。おやすぐー・・・・・・・・
「ジャンヌお姉さま。起きてください。もう朝ですよ。」
あと三世紀は寝かせて。
「・・・・・・リリウム、おはよう」
「おはようございます」
落ち着いた、品のある名塚ロリボイスが鼓膜を震わす。こんな目覚め方をしたいランキングの第六位に入る理想的な目覚めだ。あ?一位から五位はなんだって?目覚めないことだよ!!!
かぶっていた布団から頭を出し、をゆっくりと瞼を開ける。いまだ焦点の定まらない左目に、あぁ、可愛らしい少女が映っている。
全身が宝石のように美しい少女だった。白金色の輝くミドルロングの髪がふわり、と揺れる。真珠を想起する滑らかな指が、私の胴に触れている。紅玉のような瞳には、絶世の私の姿が映っている。
少女の名は、リリウム・ウォルコットと言う。ウォルコット家の秘蔵の娘。姉弟の禁断の愛の結晶。わちきの戸籍上の妹であり、事実上の姪である、近親相姦によって実った禁断の果実。
ゆっくりと身体を起こす。きゃわいさを演出する為に、動作は小さく、あ、ちょっと眼とかこすっちゃおう!
わっちのやっとこピントのあった金色眼がリリウムの姿を完璧に捉えた。ゆん、いつも通りかわかわゆい。よかったね!両親に似て!!
「お姉様とお兄様は?もう出てしまった?」
「はい、なんでも、緊急のお仕事が入ったと・・・」
あぁ、最近どっこも彼処も治安悪いからなぁ。
「じゃ、今日も私がご飯、作るからね」
にっこりと、エンジェルスマイルを浮かべてリリウムにいう。
「はい、お願いします。ジャンヌお姉さまの作る食事は、フランシスカ姉さまのものとは違った美味しさがあるので、リリウムも楽しみです。」
リリウムも純粋な笑みで、言葉を返してくれた。自分の生まれの歪さなど知らぬ、汚れなき笑顔である。
ウォルコット家は複雑な家系である。いや、近親相姦のことだけじゃなくて。
ウォルコット姉弟はリンクスである。この世界において、核兵器よりも価値のあり、そして(その汚染に目を背ければ)使い勝手の良い戦略兵器であるネクストACの操縦者である二人は、常に多忙だった。
企業による独裁的な統治の為に、力は不可欠なものであった。何せ、世間には未だ民主主義というかつての夢を忘れられずに暴れる人間がいる。そして企業は、かつての共闘など忘れ、(一応、非公式にだが)水面下で熾烈に争っている。
その結果、どこもかしこもテロ祭りである。BFFのお膝下であるこの周辺の治安は良いが、ウェールズやスコットランド、それにアイルランド辺りでは、それはもうドッカンバッカンやっている。
黒幕はほぼ間違いなく、ローゼンタール。あっことBFFは、商売敵である他に、民族対立という名の、底の存在しない泥沼の問題を抱えている。妥協の存在しえないこの二社は、それぞれが子飼いのテロ屋に金を撒き、武器を流し、非対称戦を繰り広げている。そしてテロが発生すると、それぞれの地域の支配企業がリンクスを派遣し、その力・・・・・・イコール企業の力を喧伝する。
互いに争いつつ、企業支配という現体制は盤石であろうとする。なかなかに楽しい関係性だ。
他にもリンクスは、プロパガンダの為の企業放送に出演するという仕事もあるが・・・・・・
「ま、今日は普通に仕事だろうな。」
ホットケーキをひっくり返しながら、ひとりごちる。この家は、名家であるのにお手伝いさんはいない。姉弟の爛れた関係を知られない為だ。
ファンキーなことに、彼奴等は懲りずに求めあっている。一応、避妊はしている(以前、不安になったために寝室に忍び込み、ゴミ箱を確認した)ようなので、新たに妹か弟がこの世に生を受ける心配はなさそうだが、それにしてもお盛んなことだ。罪の意識というのはかように燃えるものなのだろうか。
焼き目を確認しながら、手早く付け合わせのおかずを作っていく。
大人のいないウォルコット家では、基本的にわっちが家事を行う。
ジャンヌ・ウォルコットは、現在年齢以上にしっかりとした女として認識されている。当然だ。もともと、ひとり暮らしを行っていた成人男性だったのだ。一通り家事は行えるし、妹(姪)の世話もできる。
姉たちは、そんな自分に甘えていた。使用人のいないこの家で、自らの子の世話を私に任せている。十歳の妹にそんなこと任せるとかほぼほぼネグレクトだが、まぁ、気にしない。あの二人は忙しいし、親としては未熟だ。それに、ちゃんとリリウムや、私にも愛情をもって接してくれているのはわかる。(そこに、男女としてのそれが無い・・・はずだ。怖い。わっちも近親相姦の対象になるかもしれない)まぁ、子を産む気も覚悟もなかったのだろうし、親を殺す気もなかったのだ。しょうがない。
それはしょうがないことなのか?
独り言と思考を楽しんでいるうちに、料理は完成した。と、いっても簡単なものだ。パンケーキにスクランブルエッグととソーセージ、あとはちょいとしたグリーンサラダ。そんなものを二皿こしらえ、食卓で楽しみに待っているであろうリリウムのもとへ持っていく。
リリウムは可愛らしい娘だ。容姿は両親のものをそのまま受け継いでおり、可憐で、どこか儚さのある美しさをもっている。食べちゃいたい。
「お待たせ。待った?」
「いえ、そこまでは」
手にしていた本を置き、こちらに笑みを送ってくるリリウム。
どんな本を読んでいるか気になり、配膳の際に表紙を見る。・・・わぁお、哈→利↓波→特→かよ。
五歳児にして、ファンタジーとはいえ小説を読むのか。感心しながら自分も食器を置き、座る。
「じゃ、いただきましょうか」
「はい、では・・・」
そうして、祈りの言葉をささげ。(心の中でいただきますをし)食事に臨む。
私は当然として、リリウムもなかなかに大人びている。(設定上)両親が物心つく前に死んでおり、なおかつ大人が家を離れることが多いからだろうか、自分という保護者に甘えたりはするものの、どこか自立をしなければいけないという考えがあるように感じる。子供は子供らしくしてればいいのにねー。
テーブルマナーに気を着けつつ、食事を楽しむ。教育とは恐ろしい、たった十年で、ここまで作法が体に染みつくとは思ってもいなかった。
ちらり、とリリウムの方を見る。
幸せそうに食事をするかわいこちゃんを見ると、本当に心が癒される。食べちゃいたい。
食事を終えると、リリウムと共にリビングに向かう。
と、言っても特にこれをやる~ということはない。二人で遊んだり。たまに勉強したり。また遊んだりするだけだ。テレビをつけると、多種多様、隠したり露骨だったりする様々なBFFのプロパガンダ的番組が流れる。
いい気なもんである。本社が沈むとも知らずに。
私はリリウムに、何かしたいことは無いかと尋ねた。リリウムは少し考えるように、俯くと……
『次のニュースです。本日未明よりアイルランド島で発生した武装勢力による大規模蜂起に対し、BFF社は№19、及び№20の投入を……』
「!」
弾かれるように顔をあげた。BFFのナンバー19と20。間違いない、二人だ。
リリウムの目がテレビに向けられる。そこには、この家の二人の主人の顔と、機体が映されている。
これか、今日のお急ぎの理由は。輝く瞳でテレビに目を向ける妹(姪)をソファに座らせ、私も情報を頭に入れる。
元国軍を吸収した大規模武装勢力。幾つも流れる写真には、どうしてかわからない(すっとぼけ)がローゼンタール製品に身を包んだテロリストが写されている。
いつもの・・・である。BFFは見せしめとして、こいつらの鏖殺を命じたってわけだ。
時間を計算する。二人が家を出る、直近の基地に向かい、機体に乗り込む。機体は輸送機に運ばれ、その中でブリーフィングが行われる。輸送機は高速だ。すぐに作戦空域に到達する。ここから先は対空ミサイルが飛んでくる可能性があります。ご武運を、降下、降下、降下・・・
うん、そろそろかな?
その時、テレビの映像が切り替わる。キャスターが淡々と、新たに渡された原稿を読み始める。
『BFF社より速報が入りました。先程、BFF社が投入した№19 フランシスカ・ウォルコット。及び№20 ユージン・ウォルコットの活躍により。アイルランド島において蜂起を行った武装勢力が壊滅したとのことです。繰り返します、アキ程、BFF社が……』
ありゃりゃ、最初のニュースが入った時にはもう投入された後だったのか。
私は、軽くアイルランドに思いをはせる。様々なルートによって流れ込んできた兵器はBFF製のライフルによって無価値な鉄屑に変えられ、反企業の正義に燃えて武器を取った人間の殆どは物言わぬ肉塊となり果てただろう。打ち負かされても何とか生き残り、更に企業への憎しみを募らせた少数のテロリストも、降り注いだコジマ粒子に侵されて、遺伝子を強制的に変異させられ、理想叶わず倒れてゆく。
かくしてパックス・エコノミカは安泰でしたとさ。めでたしめでたし。
「ジャンヌお姉さま!お姉さまとお兄さまが!」
リリウムが興奮しながらこちらへと顔を向けてくる。姉と兄の活躍を純粋に喜ぶその表情を見ていると、こちらも嬉しくなってくる。
「うん、流石ね。悪い奴らを、こんなすぐにやっつけるなんて」
「はい!本当に凄いです…」
そういって、再び食いつくように画面を眺める。そこには、二機のヘリックスが映し出されている。いつかの対テロ作戦の時に撮影されたものだ。それをバックに、キャスターが二人の功績を賛美する。
近接戦闘を行う姉、遠距離狙撃により支援を行う弟。いつ見ても惚れ惚れする様なコンビネーション。
その様子を、純粋に、まるでおとぎ話の王子様かのように見つめるリリウム。きっと世界には、こんな風に、純粋無垢にあの殺人兵器に憧れる子どもがたくさんいるのだろう。
映像が終わり。ニュースも異なるものへと変わる。ただ、リリウムはその残像を未だ脳で楽しんでいるのかテレビに目を向けたままだ。
「ねぇ、リリウム」
「はい、なんでしょうか?」
「二人みたいに、ネクストに乗りたい?」
「はい!私もいつか訓練してリンクスになって。お姉さま達と一緒にリンクスに乗りたいです!」
「そっか」
「その時は・・・・・・」
「ん?」
「ジャンヌお姉さまも、私と一緒に戦ってくれますよね?」
「・・・うん、そうだね。」
二人は、今日は帰れないらしい。しかし、明日は何とか休暇をもぎ取ったとも報告してきた。
明日は四人でゆっくりできると知ったリリウムは、安心して眠り始めた。
時間は夜七時。ふと、窓から外、空を見上げる。そこには雲と、星と、月と、アサルト・セルがある。
この世界はどうなるんだろうな。企業が勝つのかORCAが勝つのか。それとも奴さんは獣となるのか。
いや、もしかしたらレイレナードが勝つかもしれない。そうなったら、人類はそこそこの痛みで空を手に入れることができる。
私は軽く未来に思いを馳せた後。さて、訓練訓練と自室に戻る。
ベッドの下。だいぶ奥。エロ本代わりに隠されている床の扉を開け、私はそこに潜りこんだ。
呆れるほどに長い梯子。防音材も張り巡らされたこの場所は、何かあった時でも、音が上に伝わらないようになっている。
そこをゆっくりと降りていく。疲れはない。私の身体はそんなものは感じない。
数分をかけて梯子を降り切る。
通路を歩き、認証式のゲートを開く。
そこにあるのはガレージ。ここに来る時にお願いし、家主も知らぬ間に人知を超えた力で作られた私だけの軍事基地。
隣接して、私が前世で住んでいた自室も設置されているが、今日はそっちに向かう気は起きない。
まっすぐと、愛機に向かい歩き始める。
さぁて、今日も訓練だ。なんにも知らない可愛い妹(姪)に、悲しい想いをさせない為に、頑張って練習をしなくちゃね。全く、なんだかんだ湧くもんなんだね、肉親の情って奴は。
私は、目の前に聳え立つ愛機に語り掛けた。
「じゃ、今日もいっちょ訓練に励みますかっと。……今日も一晩付き合ってね、愛しきクレピュスキュールちゃん。」
これから頑張って投稿しよう・・・