世にリリウムのあらん事を   作:木曾のポン酢

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コンビニの「美味しくなって新登場」って、だいたいスケールダウンしてるよね。

遅れた理由はニンテンドースイッチのせいです。ゼルダの伝説が面白過ぎた。


新 二話 プロローグ

いつも、いつも、同じ夢を見る。あの日からずっと。

 

大地から空まで、全てが赤く燃える世界。ヘッドホンからは、同じ言葉が流れ続ける。作戦の失敗と、撤退を指示する暗号。しかし、永遠にリフレインし続けるかに思えたその言葉は、唐突に響いた爆音とノイズにより、聞こえなくなった。

 

国軍による乾坤一擲の作戦は、パックスが投入したリンクスにより破綻した。アナトリア半島に集結した陸海空軍はその六割を損失し、現在はイスタンブールにおいて絶望的な撤退戦を行っている。

 

醒めた目で、レーダーを眺める。あの時と同じ順番で、友軍のレイヴンたちの反応が消えていく。

傭兵たちに与えられた仕事は、風前の灯火である国軍の命運をただただ数日、いや、数時間程伸ばすための、無意味な救命活動の為に死ぬことである。

 

報酬は破格だった。自らの命よりも大切な存在を持っていた傭兵は、この仕事を受けた。

 

 

 

例外は自分だけだった。

 

 

 

二度、三度、首を鳴らす。幾度目かの挑戦かも覚えていない。あの日以来、瞼を閉じるたびにこの日の記憶が戻ってくる。

 

息を吸う、ヘッドホンから響く悲鳴、戦友からの死に際の警告。しかしあの時は、その警告が脳に届く前に、それは現れた。

 

爆音、目の前で横たわっていたGA製の大型兵器が、高温により融解、内部に保管された火薬に着火し、爆散した。

 

その炎と煙の中から、ゆらりと、蒼い影が現れる。

 

その眼は、この燃える世界の中でも不気味な程に紅く輝いていた。

 

その肢体は、自らが乗り込む相棒よりもしなやかで、強靭で、美しかった。

 

その腕には、二つの刃が握られていた。まるで月光の様に、持ち主の狂気を表すかのように、妖しく輝く紫光の名刀。

 

目の前に現れた死神からかけられた言葉は、いまでもハッキリと、その声色まで思いだせる。

 

彼女は、本当に、本当にうれしそうな声で、こう語りかけてきた。

 

『逢いたかったぞ、伝説のレイヴン。できる、と聞いている。』

 

轟音。必殺の踏み込みの為の、ネクストACによる刹那の呼吸。メインブースターへと、空気が、コジマ粒子が、収束していく。

 

反射的に、機体を屈める。次の瞬間、爆音と共に、弾丸のような速度で彼女は突進してきた。

 

『いくぞ』

 

この時の得物はマシンガンとブレード。しかしそのどちらも、今まさに自分を殺そうしているソレを迎撃する力はない。

 

ハイエンドノーマルが持てる程度の火器では、ネクストACを最強の兵器たらしめるコジマの護りを突破できない。

ハイエンドノーマルが持てる程度のブレードでは、目の前の紫光の直刀と鍔迫り合いが出来るほどの出力は出せない。

 

よって、勝つためには、目の前の剣戟の嵐をかわし続けるしかない。それが、幾たびも夢の中で戦い続けることにより、自分が得た結論である。

 

頭上を二条の光が通り過ぎる、意識には止めない、刹那の逡巡を楽しめるような贅沢を、目の前の剣士は許さない。

 

右腕に装備したマシンガンを放つ。殆ど0距離に近いこの距離でも、プライマルアーマーは放たれた弾丸の運動エネルギーを霧散させる。本当に、馬鹿げた兵器だ。

だが、これで少しはコジマも減衰されたはずだ。男は、左手に握られたトリガーを押し込んだ。次の瞬間、文字通り高速で、純エネルギーを濃縮した刃が・・・

 

衝撃、機体が大きく揺れる。けたぐりか。こいつ、白兵戦の技量に全てをかけてやがる。

わずかな穴を穿つべく伸びた剣は、レイレナード製ネクストの細身な胴体の横を拡散しつつ通り過ぎ、マシンガンによって開けられたコジマ粒子の綻びは、高出力ジェネレーターにより一瞬で修復された。

 

そして、こちらの姿勢は現在進行形で崩れている。さて、どうするか。

 

急速に近づく地面を他人ごとの様に眺めつつ、ブースターを操作する。体勢を立て直すためではなく、現在進行形で迫ってるであろう追撃をかわすために。

 

衝撃、ブースターの爆音、空気を斬る音、鉄の溶ける音、ブザー、頭部コンピューターが右腕破損を伝え、モニターがマシンガンとの接続が断ち切られたことを伝えてくる。

 

QBのような瞬間移動ではない。ただのブースターによる回避。宙に浮いていたことによって、スムーズに横へと逃げることが出来た。

 

しかし、そもそもの姿勢が崩れているため、その着地は無様だった。二度三度転がり、ガツンと、放棄された戦車にぶつかって止まる。

 

と、同時に、左腕に着けたブレードを突きだ・・・・・・

 

『成程、流石だ。惜しむらくは・・・・・・』

 

あぁ糞、追撃が速すぎるだろう。

 

目の前には、今まさに剣を突き刺すとするネクストACの姿、死に際、ちらりと機体に取り付けられた時計を確認する。

 

ちっ、どれだけ繰り返しても、あの日を超えられないか。

 

次の瞬間、視界は闇に覆われた。

 

 

 

 

 

 

清々しい朝だった。夢の中での何百度目かも覚えていない死の瞬間。かつて味わったそれは、いまだに生々しい実感として夢の終わりに現れる。

 

上体を起こした男は、まずは二度、三度、首を鳴らす。ごきり、ごきりと鈍い音が鳴り、思考が覚醒した。

 

「やはり、ハイエンドノーマルじゃ届かんか・・・」

 

首を揉み、此度の夢を振り返る。今回は台風の目を目指し、あえて嵐に手を突っ込んだが、結局そこに存在したのも暴風雨であった。

 

「まぁ、そもそもNo.3に真正面から挑むのがアホだって話なんだろうがなぁ。」

 

しかし、夢の中でアンブッシュなど試せない。あの時の戦闘は、全てが急だった。ネクストの投入も、その到達速度も、友軍の崩壊の速さも。一切の準備の暇なく、彼女と相対せざるをえなかった。

 

男は立ち上がると、テーブルに投げ出された新聞記事に目を通した。エチナ・コロニーにおける戦闘の記事。レイヴンによる山猫狩りの大金星。

 

だが、幾度シミュレーションしても、自分はこの奇跡を起こせそうにはない。戦場を演出する時間はなかった、友軍は蹂躙されていた、そして相対するパイロットは、ネクストの力を自らのそれと勘違いした小娘ではなく、闘争に狂い切った歴戦の戦乙女であった。

 

「蟻は戦車にゃ勝てねぇか・・・」

 

ノーマルとネクストの差は、蟻と象などという次元の話ではない。蟻の顎では、戦車の複合装甲に傷を与えられるわけがない。そんな次元の話だ。

 

と、コンコンとドアがノックされる。どうぞと伝えると、遠慮がちに扉が開かれた。

 

「おはようございます。朝食ができましたよ」

 

にこりと、命の恩人であるフィオナ・イェルネフェルトは言った。風と共に、トマトや香辛料の芳香が鼻をくすぐり、寝ぼけ眼の食欲を刺激する。

 

「ありがとう。いま、降りるよ」

 

男がそう応じると、フィオナはまた嬉しそうな顔で、では下で配膳をして待っています。と言い残して、扉を閉めた。

 

頭を掻く。いったい、どうしてこんなことになったのだろうか。

 

あの日、何とか死に損なった自分は、満身創痍の身体を労わりながら、芋虫の様になった相棒から這い出て、護身用のライフルを杖代わりに、兎角、戦場からの離脱を目指した。

 

その最中、出会ったのが彼女だった。後から聞いた話であるが、アナトリアで募集された赤十字活動の為に来ていたらしい。放射線・コジマ防護服を着たゴツゴツとした姿であったが、あの時は確かにそれが天使に見えた。

 

あの戦場で発見された傷病者は、付野戦病院や付近のコロニーで治療を受ける。自分が運ばれたのはここ、コロニー・アナトリアであった。

 

彼女の献身的な看護は、この時より始まる。その眼には、少女が、二回り上の男に向けてはいけない色があった。

 

「吊り橋効果って奴・・・・・・なのかねぇ」

 

結局、患者と看護者の関係のまま、今日まで過ごしてきた。既に満足に動けるようになってはいたが、現状は殆どがヒモのような状態だ。

 

彼女の父親よりあてがわれた自宅の階段を下りる。イェルネフェルト教授。アナトリア繁栄の立役者であり。ネクストAC技術研究の第一人者。その娘が、彼女、フィオナ・イェルネフェルトである。

 

「さ、座ってください。温かいうちにいただきましょう」

 

此方の姿を確認したフィオナが、爛漫な笑顔を向けてくる。汚れも、死も、何も知らない純真なそれ。戦場では、見ることのできないそれ。

 

少しぎこちなくだが、自分も微笑みを返す。

 

「今日は、トマトで煮込み料理を作ったんです。最近はこの辺りも寒くなってきましたからね。温かいものが良いと思って。パンも焼けています。えっと、お皿は・・・・・・」

 

まるで新妻の様に、ぱたぱたと動き回るフィオナを目で追う。いったい、彼女は自分をどう思っているのだろうか。何となく気付いているが、どうにも、口に出して聞こうとは思えない。自分にその気があるのかと言えば・・・まぁ、ないと言えば嘘になる。フィオナは若く、みずみずしく、美しい。透き通り、短く整ったブロンドヘア、碧く輝く大きな瞳、はりのある白い肌。目鼻立ちも整っており、その肢体も・・・・・・

 

「?どうしたんですか?何か、ついていましたか?」

 

フィオナから声をかけられ、ハッと自分が、娼婦を品定めする目で命の恩人を見ていたことに気付く。少しばつが悪くなり、「いや、何でもない」と視線を窓の外に移した。

 

アナトリアは、美しい町である。イェルネフェルト教授と、彼のIRS/FRS研究がもたらした繁栄は、町全体に感じられた。国家解体以降の世界で、ここまでの栄えているのは、六大企業の城下町を除けば、同じくネクストAC研究を主産業としているコロニー・アスピナくらいであろう。

 

街を歩く人々は、みな、幸せそうな顔をしている。まるで、この繁栄が永遠に続くことを確信しているかのように。

 

無論、永遠の繁栄など存在しない。かつて世界を支配していた国家群がいま存在していないことからもわかるように、盛者必衰の理から逃れることなど不可能なのだ。

 

特に、その繁栄を、個人に依存しているアナトリアでは・・・・・・

 

あるいは、だからこそ自分は未だに、アナトリアから離れられないのかもしれない。

 

このコロニーの未来には、自分が慣れ親しんだ混沌と汚泥が見える。その時が来るのを、じっと待っている。

 

自分の罪深さに呆れる。ここ数年の平和で豊かなリハビリ生活は、戦場で負った傷は癒したものの、戦場に慣れ切った精神を回復させるには至らなかったのだ。

 

「お待たせしました。さぁ、いただきましょう!」

 

フィオナが、パンとサラダを自分の前に置く。男・・・・・・かつて、伝説のレイヴンと呼ばれていた傭兵は、視線を前に戻した。

 

とりあえず、今はこの束の間の平和を楽しむとしよう。筋肉量も、いまだ現役時代のそれと比べると見劣りがする。その時までに、なんとか身体を戻さねばならない。

 

フィオナが食前の祈りをささげる、自分もそれにならった後、まずは煮込み料理を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男の予想は当たっていた。これから数か月後、アナトリアを揺るがす大事件が起きた。

イェルネフェルト教授の死と、それを契機とした研究員一団による、研究データの持ち出し、コロニー・アスピナへの亡命。

 

アナトリアの失陥・没落。その序曲が、始まろうとしていた。




なお、新装版を書くきっかけとなったのは首輪付きの登場時期に大きな矛盾があり、そこに耐えきれなくなったためです。

ついでに、色んなキャラの掘り下げをしたいと思っている今日この頃です。

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