世にリリウムのあらん事を   作:木曾のポン酢

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(LR編ラストまでの道筋が)見えました


5:35  エイ=プールの受難

「はぁぁぁぁぁぁ…………」

 

エイ=プールは深く、深く、深く、溜息を吐いた。溜息と貧乏揺すりが癖となって一年以上が経った。

少し強めに脂の浮いた頭を掻く。はらりはらりと、青みがかった黒髪が抜け落ちた。

もう、一週間も自室に帰れていなかった。シャワーも浴びていないし、睡眠も食事も満足に取っていない。先ほど、用を足しに行く際に見た鏡の中の自分は、まるで屍者のようであった。

 

 

 

現在、インテリオル・グループは、正規のリンクスを一人しか持っていない。

 

先のリンクス戦争で、早期の単独講和によってインテリオル・ユニオンは、致命的な被害を受ける前に他の企業よりも一足早く平和を手に入れる事ができた。

 

が、致命的な被害を受けなかったのは、軍事インフラのみであった。

 

インテリオル・ユニオンは、現代戦において必須で有り、その世界において最強の戦力とされているネクスト戦力のほぼ全てをこの戦争で失った。

インテリオル・ユニオンにとっても、エイ=プールにとっても笑えない話であった。七人いたリンクスの内、五人が戦死、一人が二度とネクストに乗れない程の傷を受けて戦線離脱。唯一無事だったのが、支援用のネクストに乗る新人リンクス。

 

その混乱は凄まじいものだった。ネクスト部隊壊滅の責任を取るため、軍事部門のトップ級は軒並み首をはねられ、連鎖的に各所で人事異動が行われた。

 

エイ=プールは、その煽りをモロに受けた。唐突に同社の最高戦力にされ、それに相応しい責任と階級と仕事を与えられた。

 

はっきり言って、迷惑そのものであった。

エイ=プールは、別に理想や使命感に燃えてリンクスになったわけでは無かった。勿論、ウォージャンキーという訳でも無い。

 

大学生のころ、パックスによる支配体制が確立された後に義務化されたAMS適性検査で、C-という値をたたき出した彼女は、拉致スレスレの強引な手段によりレオーネに確保された。

しかし、エイ=プールは別に嫌と思ったりはしなかった。

将来に対して何の夢も持ち合わせていなかったし、戦争に対してもそれほど忌避感を持ち合わせていなかった。さらに、提示された報酬も破格であった。まともに働いていたら一生かけてしか稼げないような額を、一年で受け取ることが出来た。

エイ=プールは二つ返事でレオーネへの入社を約束した。三年以上に渡る訓練の後、リンクスとして戦力化された彼女は、低いAMS適性を補うために支援用の機体が回された。ヴェーロノークと名付けた機体に乗り込んだ彼女は、旧政府の残党部隊の掃討戦で一定の成果を挙げた。

 

思えば、この時期は彼女にとって一番楽しい時期であった。最強の兵器に乗って、ぷかぷかと空中浮遊を楽しみながら、ミサイルを放つ。それだけで、ほとんどの戦闘が終わっていた。

 

が、リンクス戦争がそんな彼女の平穏をぶち壊した。アナトリアの傭兵、アクアビットの狂人、レイレナードの特殊部隊、GAのネクスト。あらゆる牙がインテリオル・ユニオンに一斉に襲い掛かり、その四肢を食いちぎってしまった。

 

エイ=プール自身も、狂人から一撃を受けていた。しかしそれは、幸運(不幸)な事に致命的なものではなかった。

彼女の受難は、一応の検査入院の後に現場に復帰してから始まった。

 

彼女を待っていたのは、今までとは比べ物にならないほどに広く綺麗な執務室と(別に今までのものが汚かったという訳ではない。)真新しい少佐の階級章(これまでは少尉であった。)、多くの肩書、部隊、そして多種多様な仕事と指揮官としての教育であった。

 

そこからの一年は、激務に次ぐ激務であった。指揮官としての教育を受けながら士官としての仕事を行い、パイロットとしての職務をこなしながら、与えられた部隊と共に訓練をする。

 

すさまじい負荷がエイ=プールにのしかかった。給金も跳ね上がったが、だからと言って耐えきれる仕事量ではなかった。退職も考えたが、唯一のリンクスにそんなことが許されるとは到底思えなかった。

 

 

 

指が、剥き出しになった頭皮を掻く。円形脱毛症の為に綺麗に髪が抜け落ちたコイン型の地肌を撫でながら、もう一度溜息を吐いた。

 

脂を纏った左手が、勢いよくエンターキーを叩いた。新型ネクスト試験の報告レポートと題名の着けられたそれを保存すると、勢いよく伸びをしながら立ち上がった。

 

終わった、という声は出なかった。あまりに疲れていて、歓喜の声を上げる体力も残っていなかった。今はただただ眠りたかった。ここ最近、反企業勢力の相手の戦闘やプロパガンダの為の撮影などで、まともに休めていなかった。

特に、反企業勢力による襲撃はここ最近やけに多い。平和などただの戦間期とでも言いたいのか、どの企業も自らの息のかかった武装勢力に武器を流し、各企業の復興を邪魔しようと非対称戦をしかけている。企業の崩壊により、行き場を失った実験機のテストパイロットなどを確保してリンクスに仕立て上げ、同じく流出したネクストに乗せて戦力としているグループも、少なくない。

一昨日、エイ=プールが相手したのもそんなテストパイロット崩れだった。まぁ、徹底的に爆撃してなんとか被害を出さずに倒すことはできたが…。

 

 

 

エイ=プールはすでにシャットアウトしかけている脳から、明日の予定を検索する。多分、きっと、おそらく、午前は予定がないはずだ。ゆっくりと、ねられるはず。

 

ふらふらとおぼつかない足で、ソファへと歩き出す。もう、ダメ。ぱたりと、倒れるように寝転んだ。柔らかな衝撃に包まれたエイ=プールは、一分もたたないうちに深い眠りの中に旅立った。

 

 

 

 

 

習慣というのは恐ろしかった。五年で、身体がここまで教育されるとは思ってもいなかった。

 

部屋に鳴り響いたスクランブル警報を聞き、反射的に飛びエイ=プールは、部屋にかけられたパイロットスーツをひったくるように掴むと、隣接するエレベーターに乗りこんだ。カーテンの隙間から、ほのかに明るい陽光が漏れている。

 

時計を見ていないせいで、何時間寝たかはわからなかった。陽は昇っているので、ある程度休めたとは思いたいが……

 

格納庫行きのエレベーター内でパイロットスーツに着替えながら、しかし一体何なんだと思考を回す。グループ唯一のリンクスを叩き起こしてまで、迎撃せねばならない敵。この近くのネクスト持ちはあらかた叩き潰したはずだが……。

 

格納庫にたどり着くと、ヴェーロノーク目指しキャットウォークを駆けた。虹彩認証式のロックを解除し、コジマ粒子を完全に密閉できる特殊カーゴの中に入って、コックピットに向けて伸びた通路から機体に乗り込む。体感で、起きてからここまで約5分で行うことが出来た。

 

手早くAMSを接続する。機体に火を入れ、いまいち不明瞭で、反応の鈍い第二の身体との接続をONにした。

カーゴが動き出す、輸送機への搬入が始まったのだ。

と、その途端に通信が入る。

 

『すまないな、エイ=プール。こんな朝っぱらに』

 

声は、聴きなれたものだった。先の人事異動で少将の階級と共に、本社直轄部隊の指揮官に任命された男は、申し訳なさそうに詫びの言葉を口にした。

 

「別にかまいませんよ。貴方が命令したんですから、理不尽なものでは無いことはわかってるわ。」

 

エイ=プールは、彼女にしては軽めの口調で言葉を返した。元々ノーマルACのパイロットであったことから、戦前はリンクスの教育係であり、戦中は参謀将校としてレオーネのネクスト部隊の作戦立案に関わり、戦後は責任を取らされて飛ばされた将軍の代わりに本部直轄の精鋭部隊の指揮を任されたこの男は、レオーネ入社以来、最も世話になった人間の一人だ。

 

『なら、ブリーフィングを始めるぞ。30分前、我が社の東部管轄地がUNKNOWN一機による領土侵犯を受けた。これを受け、東部方面隊は迎撃の為に第三八防衛中隊を派遣した』

 

視界の端に、第三八防衛中隊についての情報が流れ込んでくる。GOPPERT-G3を配備された部隊で、先の大戦での実戦経験もある。

 

『が、同部隊はものの数分で壊滅した。現在、東部方面隊に所属する部隊達が敵の進撃阻止の為に行動中だが……戦況は芳しくないようだ。君には、この不明目標の撃破を行ってもらいたい』

 

「数分で……、というと、敵はネクスト?」

 

中隊規模のノーマルを数分で壊滅させるとなると、相当な質の差があることになる。現在存在する兵器の中で、そんなことが可能なのはネクストくらいであろう。

 

『いや』

 

しかし、その言葉に男は首を振る

 

『形は確かにAC型だが、ネクストとは違うらしい。だが、現場は混乱していて、詳細な情報は未だ流れてきたいない。すまないが、詳細は現地で確認してくれ』

 

「了解しました」

 

まぁ、多少の理不尽は会社勤めにはつきものだ。エイ=プールは息を吐いた。ちょうど、上のほうでは輸送機にカーゴを接続している音が聞こえる。彼女は瞳を閉じた、作戦地域到達までは、まだもう少し時間がある。それまでに、もう少しだけでいいから寝ておきたかった。

 

 

 

 

 

戦況は目に見えて悪かった。

 

輸送機から投下された瞬間、エイ=プールは悟った。このままでは、間違いなく突破される。

戦車や武装ヘリ、MT、アルドラやBFF製のノーマル。多種多様な兵器の残骸が火を噴きだしながら転がっていた。

 

『リンクスだ!リンクスが来たぞ!』

 

生き残っている兵の歓声が無線を通して聞こえてきた。空から援軍が来るのを今か今かと待ち望んでいたのだろう。

 

「こちらヴェーロノーク、作戦地域に到着しました。通常兵器及び、損害を受けたノーマル機は撤退してください。撤退を確認次第、攻撃を開始します」

 

冷静に周囲の状況を確認したエイ=プールは、下で行動する部隊に向かって命令を送る。その中で、敵と思わしき機影を見つけた彼女は、それを観察しようとカメラをズームさせた。

 

『どこの機体だありゃ、データベースには記録されてないぞ』

 

男の言葉の通り、見たことのない奇怪な機体だった。全身はオレンジに塗装されているが、ところどころが妖しく蒼く光り、なんとも不気味だ。

フォルム自体は、タンクタイプのACといった姿だが、その動きは他のノーマルとは比べ物にならないほどに速い。

武装は、四門装備された背部レーザーキャノンと両腕に備え付けられたレーザーブレードの二つ。どちらも、威力は高い。狙撃戦でもって対象の撃破を図っているBFF製のノーマルを、キャノンの一撃でもって破壊する。接近戦を挑んでいたアルドラ製ノーマルが、手に持つシールドごと袈裟切りにされ倒れ伏す。

 

攻撃可能距離まで接近する途中、通信が入った。

 

『こちらハルトマン中佐、即応防衛連隊の指揮官だ。リンクス、敵ACはこちらの機体では太刀打ちできん。すぐに攻撃を頼む』

 

「了解しました」

 

まぁ、どんな敵が相手でもやることは変わらない。もともと支援用の機体であるヴェーロノークは、たった一つのことをやるための機体だ。

 

折りたたまれていた武器腕が展開し始める。ヴェーロノークの両腕が、戦闘機の主翼の様に伸び、左背部、肩部…搭載された全武装を発射可能な状態に持っていく。

 

敵がこちらの存在に気が付いた、レーザーキャノンをこちらにむけて指向し始める。エネルギー兵器ならば、ある程度の被弾は気にしなくていいなと割り切りながら、ヴェーロノークに不規則にQBを繰り返させながら接近する。

 

二度、レーザーが脚部に被弾する。PAがある程度威力を散らし。対EN兵器を重視した装甲が、青白い閃光をいなす。APの減少数値は許容範囲内、このまま突っ込んでも構わないだろう。

 

敵がこちらに気を取られているうちに、地上部隊は距離を取り始めている。そろそろ良いだろう。

 

エイ=プールは、味方に対し警告を行った。

 

「ヴェーロノーク、攻撃を開始します」

 

次の瞬間、全身に搭載されたミサイルランチャーの蓋が一斉に開く。ヴェーロノークの姿が白煙に紛れ、一瞬の後にそれらを突き破って多数のミサイルが放出される。

 

発射されたASミサイルたちは、ミサイル先端部分に搭載されたIFFをフル稼働させ、敵を探知し始める。

数秒後、一機だけ応答の無い兵器を見つけたミサイルは、パッシブ方式の赤外線センサーを稼動させその目標に狙いを定める。様々な方向へ向けて放たれたミサイルたちは、ほぼ同時に、敵へ向けて自らの弾頭を向けた。

 

ミサイルを視認したのだろう。敵兵器は回避しようと動き出す。どうやら、QBは装備していないらしい。

 

ならば、全て躱すのは不可能だ。絶え間なく第二波・第三波を放ちながら、エイ=プールは考える。

彼女の戦い方には、一切の遊びが無い。空中からの徹底的なミサイル爆撃。分厚い弾幕により敵を圧倒し、一気に敵を制圧する単純明快な戦法。

そんな単調な戦法だからこそ、対抗手段がない相手に対しては一切の逆転の隙も与えずに粉砕することが出来る。

 

敵不明機には、どうやら機銃も、フレアも装備されていなかったらしい。一発被弾し動きの鈍ったところを、容赦などプログラミングされていないミサイルたちが襲い掛かる。

 

 

 

戦闘は、そこから数十秒で終了した。哀れな不明機はネクストに対応する事無く沈黙し、何の価値もない醜悪なスクラップと化した。

 

「なんだか、あっけないですね。」

 

機体を上昇させ、戦域に戻ってきた輸送機へと接近する。

 

『ノーマル相手に無双したといっても、その程度ではネクストの相手にはならないという事だろう。敵は、ミサイルに対する対策を全くとっていなかったようだしな。』

 

男の言葉にうなずく。ともあれ、これで仕事は終わった。

 

地上部隊から、感謝の通信が無数に上がってくる。それを聞いていくらか気分を良くしながら、エイ=プールは呟いた。

 

「では、帰りましょう。」

 

『そうだな。あぁ、叩き起こしてしまった埋め合わせという訳ではないが。午後と明日の予定は何とかしておいたぞ』

 

「え!?」

 

エイ=プールは思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

 

「本当ですか?」

 

『あぁ、なんとかお前の移動中に都合着けておいた。どれも軍関係の仕事だったからな。たまにはちゃんと家に帰れ』

 

通信機の向こうに神を見た気がした。無意識に手が祈りの形を作ってしまう。

 

『その代わり、昼は少し付き合ってもらえないか?』

 

「昼……ですか?まぁ、一日以上の休みの為には頑張れますが……」

 

なんとなく嫌な予感がしたが、背に腹はかえれなかった。ここで頷かなかったら、次の一日休みは三日後だ。輸送機が視界の端に移り、ぐんぐんと近づいてくる。

 

「わかりました。付き合います」

 

エイ=プールがそう言うと同時に輸送機の格納庫が開いた。速度計を位置に気を回しながら、機体をなんとか滑り込ませる。正直言って、戦闘よりずっと気の張る作業だ。

 

『ありがとう。詳しい説明は帰ってからする。いまはゆっくり休んでくれ。お疲れ様、ミッションは終了だ。』

 

どしん、という音と共に格納庫に何とか着地する。カーゴが閉じ始めた。

 

エイ=プールは言葉に甘えることにした。席に深くもたれかかり、目を瞑る。身体に刻まれた疲れは深い。ごつごつとしたパイロットスーツに包まれている上に、決して楽な姿勢でないのに、すぐに睡魔が眠りに誘うべく彼女に誘惑を始めてきた。

 

 

 

 

 

一号機は面白いデータをインターネサインに与えてくれた。先ほど戦闘を行った敵性兵器は、この青緑色のエネルギー粒子を活用し高い戦闘能力を発揮していた。

調べてみると、なかなかに応用の効きそうな物質だ。次に開発する機体では、いろいろとテストしてみる必要がありそうだ。

 

そしてもう一つ、ミサイルに対して見過ごせないレベルでの脆弱性があることもわかった。次のモデルでは、機体の高速化と迎撃兵装の充実を行う必要がある。

 

インターネサインは、さっそく機体の設計を開始した。先ほど得たデータを全てインプットし、最適なモデルを選択する。

 

刹那の間に数千数万のモデルが提案され、数秒の間に二個まで選択肢が絞られる。

 

四脚モデルと二脚モデル。一秒間の熟考の後、インターネサインは二脚モデルを選択した。先ほどの戦闘は、インターネサインに上空を取ることの利点を教育していた。

設計と建造を開始する。先ほど改善したことにより生まれた問題や、エネルギー粒子を活用するために新たに取り付けた装置の設計等により、幾つかの部分で効率の低下が見られたが、全体の作業速度は前回と比較しても2.38倍は上昇していた。

 

 

 

新たな殺戮兵器の完成は、近い。

 




ついでにfA主のカップリングも見えました。

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